第36話:気持ち悪くとも
「ああ、気持ち悪・・・・・・」
杖『精霊殺し』を握り、モリヒトはぼやく。
「ああ、確かに悪趣味な杖で・・・・・・」
「違う違う。そっちじゃない」
クリシャの杖を見た感想を首を振って否定する。
「何すればいいかが分かるのが気持ち悪い」
「うん?」
クリシャが首を傾げた。
モリヒトからしてみると、本当に気持ち悪い状態なのだ。
「ここに溢れてる魔力が、地脈由来のせいかも知れないけどな。今何ができるかが分かる」
地脈に流れ得る魔力は、この大陸ならば黒由来。
モリヒトは、真龍由来の体質を持っている。
黒から知識を渡されているのか、とも思えるが、多分違う。
言語化できるような知識ではないのだ。
ただ、本能、とでもいうべき部分で、できる、という確信があり、こうすればこうなる、という予感がある。
「・・・・・・はあ」
今、手に持っている杖でどこまでのことができるのか、それが分かってしまう。
ここに踏み込んだ直後は、うすらぼんやりとした、なんとなる、という思い込みにも近い程度の感覚だったものが、こうして地脈の魔力を感じ取る度、あるいは、陣に吸収され、放出された魔力を受け取る度、あるいは、放たれた魔術から放散された魔力を吸収するたび、感覚が変わっていくのを感じる。
それは、人間の感覚とは違う感覚があるようだ。
二足歩行で歩く自分が、四足でも自然に歩ける、と確信を持つかのよう。
言語化できない知識、誰かに伝えることもできない感覚。
腕を上げることを、言葉にせずとも、意識せずともできること。
その感覚が、今モリヒトには満ちている。
それは、確信だ。
「・・・・・・気持ち悪いわー」
訓練をしたわけではない。
学習したわけでもない。
何かを積み上げることもせず、できることだけが増えた。
おそらく、真龍が世界から知識を得る時、というのは、こういう感覚なのではないだろうか。
地脈を流れる魔力は、地脈を流れる間に世界に放散され、拡散し、あるいは、生物に吸収されて、生命力や魔術に転換され、また魔力として放散され、やがては真龍に吸収された後、新しい魔力として地脈に流される。
魔力の循環だ。
その間に、おそらく世界の理か何かのようなものが、魔力の中に溶けるのだろう。
あるいは、その溶けたものこそ、他者が使った魔力を別の他者が使えない理由であるのかもしれない。
そして、その溶けたものを濾し取って受け入れるのが、真龍の役割とするなら、長く生きた真龍の中には、あるいは、この世界に生きてきたすべてのものの記憶があるのかもしれない。
「ああ、気持ち悪い」
だから、この場の陣の性質も、どうすれば壊せるかも、分かる。
知らないはずのことが、いつの間にか頭の中にある。
自分のものではない知識と記憶、そして、感覚だ。
案外に、異世界に転生したらこんな気分なのかも、と半ば現実逃避気味に思う。
この状態は、よくない。
真龍由来の体質があるとはいえ、モリヒトは、人間なのだ。
自分のものではない知識や感覚を得ることは、混乱するし、下手をすれば自分を失うことにもなりかねない。
「・・・・・・はあ」
なるほど、とも思う。
黒が、ああなるわけだ、と。
こんなものを受け取り続けていれば、自我は薄くなり、自らの姿形を維持することすら困難になるだろう。
行き着く先は、より大きなものへの回帰だ。
「さっさと済ませよう・・・・・・」
便利な体質だと思っていたものだが、ここで思いもよらない副作用を知った気分だ。
生きている間にどうにかなるものではないが、それもここまでの高濃度魔力にさらされることが、これからはなければの話だ。
俺にとっては、放射能に近いな、とモリヒトは思う。
何よりも、この場で吸い上げ、自分の中に残る感覚が、どこまでも気持ち悪い。
ミュグラ教団の妄執、あるいは、狂信、というものだ。
「・・・・・・始める。囮頼むわ」
首を振って、モリヒトは、改めて杖を握る。
詠唱の言葉は、湧き上がる。
「―スレイベレメンタル―
■■■■/■■■■/■■■/■■■■■■」
自分の口から、言語とも取れない何かが漏れだした。
そのことを、やはり気持ち悪い、と思いながら、モリヒトは魔術を行使した。
** ++ **
「・・・・・・ん?」
アリーエは、変化を感じ取っていた。
「何かが・・・・・・」
変わった。
と考え、杖を振る。
隠れている場所は分かる。
だから、そこへと攻撃を向けて、
「はっ!?」
感覚に任せて、アリーエは横へと跳んだ。
今まで警戒していた方向とは、まったく違う方向からの攻撃だった。
「なんですの?」
足元が濡れたのを感じて、見る。
そこには、自分が放つ血のそれとは違う、透明な水の球があった。
「・・・・・・・・・・・・どうして、などと問うのは無粋ですわね」
援軍であろう。
そして、術者がどこにいるかがつかめない。
入口へと目線を飛ばしても、遠く離れている上に、障害物に阻まれて見ることはできない。
だが、こちらの姿が見えていないのは、向こうも同じだろう。
それなのに、向こうはこちらへと攻撃を仕掛けている。
こちらが、圧倒的に不利な状態だ。
だが、
「こちらを捕捉しきっているわけでもないでしょう」
だったら、と足元へと杖を振るう。
瞬間、足元から赤黒い煙が立ち上る。
そして、
「そこ」
斜め上へと向けて、血の弾を撃つ。
それは放物線を描いて、入り口付近へと着弾するはずで、
「あらあら」
それは、途中で迎撃された。
左右方向からの水の攻撃による迎撃であったが、
「場所が、割れましてよ?」
左右から均等に迎撃は放たれた。
魔術でできることとできないことを考えれば、敵の位置は、その左右の発射点から、等距離だ。
「直線状ですわね」
だから、杖を振る。
それは、入り口へと向けて、アリーエのいる位置から全体的に埋めるような攻撃だ。
振り向きざまにさらに杖を振って、飛んできた炎の球と、見えない力場の球を迎撃する。
血がばらまかれ、そして、それがアリーエに情報を伝えてくる。
「・・・・・・む?」
だが、それは、相手の魔術が水であることで阻害された。
水で血が洗い流されるせいで、血が十分な役目を果たしてくれていないのだ。
「偶然ではあるのでしょうが。厄介な」
まさか、それを狙って水を放っているわけでもないだろう。
この場に魔力が満ちているとはいえ、適性がなければ、水でこれだけの制御は不可能だ。
先ほどから魔術をいくつも放っているが、そのことごとくが迎撃される。
それどころか、
「く」
杖の一振りで、足元から盾のように血が立ち上り、その表面に水の攻撃が当たって、弾かれた。
「なんですの?」
無詠唱で、杖を振るだけで魔術を放てるこちらの方が、圧倒的に魔術の発動速度は優位なはずである。
それが、魔術の連射速度で負けている。
「腹が立ちますの」
人造のアートリアと、父たるジュマガラは、アリーエをそう呼んだ。
それが、魔術の扱いに置いて、相手の方が格上、ということだ。
「・・・・・・・・・・・・」
アリーエの目が据わった。
たたた、と足音が聞こえる。
それは、入り口側から、こちらへと近づいているのを感じた。
それから、二人が隠れていた場所からも、移動している気配がある。
だが、足音は一つ分。
杖『精霊殺し』の気配は、まだとどまっている。
「ふふ・・・・・・」
笑う。
「もう、加減はなしですの」
杖を振りあげる。
「―ジュマガラ・クティアス―
血よ/降り注げ/誘い/招き/宴となれ」
** ++ **
魔術の効果は、唐突に現れた。
アリーエの杖の先から放たれた、赤黒い奔流が、高く打ち上げられ、石堂の天井を打つ。
そこから、当たった血の量に何倍とありそうな、赤黒い水がしみ出し、球を作る。
そして、弾けた。
石堂全体へと、アリーエの放つ血の弾と同様のものが、降り注いだ。
そのすべてが、おそらくは攻撃だろう。
全体攻撃だ。
当たれば、おそらくただでは済まない。
姿を現したクリシャと、ルイホウの魔術が、それを入り口と最奥の両面から次々と迎撃していく。
だが、数が多い。
迎撃しきれない弾の中、アリーエは飛び上がると、石堂の中心にある、最初にジュマガラがいた舞台まで跳び戻り、杖を振るう。
それが、クリシャやルイホウへと攻撃となって、放たれる。
迎撃に動いているクリシャやルイホウでは、対応の手が限られるだろう。
つまり、もう一つか二つか手がないと、アリーエに押し負けるだろう。
それを、モリヒトは真下で見ていた。
石堂の中心点付近。
そこにあった、舞台の下だ。
丁度死角になって、アリーエからは見えていないだろう。
そこで、モリヒトは、寝転がって、天井を見据える。
伸ばした腕で構えるのは、短剣型の発動体である、ブレイスだ。
「・・・・・・」
すう、と息を吸い、吐く。
「―ブレイス―」
詠唱の先のイメージは確かな貫通力。
以前に一度放った魔術。
レールガンもどきの、雷撃を使ったブレイスの射出魔術だ。
「いけよ」
ぱ、と手を放せば、音を置き去りにした閃光が、真っすぐに石堂の天井の中心へと撃ち放たれた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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