第35話:援軍と現状打破
「『竜殺し』で殺される『竜』の顕現って、そんな大事なのか?」
ミケイルの疑問に、ベリガルは頷いた。
「大事だ。実際、今王都に押し寄せているものは魔獣の群れだが、あれは運がいい」
「あん?」
「もし、あの周辺にあの高濃度の魔力を受ける器としての獣や魔獣がいなければ、あれらの魔力自体が凝縮し、何かしらの魔獣の形を取っていただろう」
「そんなことあんのか?」
「あるとも」
ベリガルは、資料から目を離し、中心地となっている湖の方を見る。
「それこそ、『瘤の獣』とでも呼ぶべきものだ。生命ではない、だが、なぜか動くモノだな」
それは、
「それは、瘤が現れた後、それを放置しておくと、瘤から現れるモノだ」
瘤は放置しておくと、そこから魔獣を生み出す。
「高密度の魔力が凝縮したモノ。元が真龍から生まれた魔力なだけに、案外、真龍のなりそこない、とでも言えるものなのかもしれん」
「で? ジュマガラの狙いってそれなのか?」
「いや、ジュマガラの狙いは別にある」
ベリガルは、資料をぱらぱらとめくって、ミケイルに向かって言った。
「今、あそこには地脈から吸い出した膨大な魔力がある」
赤黒い水のようなそれは、所詮は集めた末に貯めきれずに溢れた余分である。
もっとも、そんな溢れた余分ですら、獣を魔獣化させるほどに、圧倒的な濃度なのだが。
「その膨大な魔力で、ジュマガラの研究成果に対する実験が行われている、ということだ」
ベリガルは、何でもないことのように言う。
その視線は、研究資料に向けられていて、テュールで起こっている異変については、目を向けない。
「ジュマガラの研究ってなんなんだ?」
「あの男は、曲がりなりにも、ミュグラ教団の総帥だ。研究内容だって、教団の主要目的のそれだよ」
「・・・・・・より高き人になる?」
「それだ」
「だから、それとあの水が何の関係が・・・・・・」
「あの水に触れれば、獣は魔獣になる。なら、人間があれに触れたら、どうなる?」
言われて、ミケイルは考えた。
その答えは、水に巻き込まれた魔獣たちにある。
水に触れた魔獣は、どうなったか。
純粋に、強化された。
人間も、魔力を操り、魔術を行使する獣、という意味では、魔獣に分類される。
ならば、人間なあの水に触れたならば、
「まあ」
そこまでミケイルが想像したところで、ベリガルは口をはさんだ。
「実際には、多すぎる魔力量に耐えきれず、発狂して取り込み過ぎた魔力を暴発させ、爆発。・・・・・・お前が今までによく見た人間の末路をたどるだろうよ」
言われて、ミケイルは顔をしかめた。
ミュグラ教団の実験体の末路の内、ベリガルが言ったものには心当たりがある。
ミケイルだって、運が悪ければそうなっていた可能性はあるのだから。
「・・・・・・で、適合できた人間が出れば、俺みたいなバケモンになると」
「そういうことだ。もっとも、多少魔術的に優れている程度で、『人間』から外れられるとは、私は思わないが」
「あん?」
「私が目指す『より優れた者』は、魔術の能力なりなんなりとは、もっと別のところにあるべきだと思っているのでね」
「ふうん・・・・・・」
「まあ、ともあれ、アプローチの方向性としては面白い。ジュマガラがもたらした結果は、後で有効に活用させてもらうとしよう」
「ふん。その前に、この国消えるんじゃねえの?」
「そうはならないさ」
「言い切るじゃねえの」
ふむ、とベリガルが顎に手を当てて、一つ頷いた。
「ああ、ほら、例の彼らに渡した資料があるだろう?」
「地脈にあんたが仕込みしたとかいう、あれか?」
「ああ。あれ、大半は嘘なんだ」
「は?」
ミケイルが呆気に取られた顔をしたが、ベリガルは資料の解読を続けつつ、
「あの資料を渡す前に、あの資料通りの反応が出るように偽装の仕込みはしたがね。先の事件でやっていた仕込みは、実はもう完全に吹っ飛んでいて、かけらも残ってない」
「おいおい。じゃあ、一体何のためにあの資料を渡したんだよ?」
「ふむ・・・・・・」
ずず、とベリガルは傍らに置いていた紅茶をすする。
「そういえばミケイル君。君、私が用意した魔術具は、あのアジトに仕込んでおいてくれたかね?」
「あ? ああ、サラと手分けして、言われた通りにしといたけど?」
「ならば、それで問題ないとも」
ミケイルのもの言いたげな視線をさらりとかわし、ベリガルは茶をすするのだった。
** ++ **
「ナツアキ!」
「アトリか!」
石堂の入り口で、ナツアキはアトリを見つけた。
「どうなってるの?!」
「敵の親玉のジジイが爆発して飛び散ったら、それが女になって襲ってきたんだ!」
「意味がわからない!」
とっさに、アトリはナツアキを殴っていた。
「何をするんだ・・・・・・」
「ごめん、つい」
「ていうか、攫われていた人達は?」
「もう、地上まで運ばせたわ」
「そっか」
ほ、とナツアキは息を吐いた。
「で、中の状況は?」
「敵のボスと、モリヒトとクリシャが戦ってる」
「戦況は?」
「・・・・・・多分、悪い」
ナツアキは逃げろと言われて、さっさと逃げたわけだが、先ほどから後ろでは魔術の音がする。
あれは、モリヒトやクリシャのそれとは違うだろう。
「そう。・・・・・・」
アトリは、腕を組んで考えた。
「アトリはどうしてここに?」
「大体の制圧が終わったから。・・・・・・あと、外の状況もやばいみたい」
「やばいって?」
「王都の方に、魔獣の群れが向かってる。それも、明らかにヤバイ何かの流れに乗って」
アトリとしては、助けるために飛び込みたいが、その前に伝令が来たことで、一度足を止めてしまった。
後ろからは、戻ってくるように言われている。
代わりに、モリヒトとクリシャに援軍は来ている。
「だから、私は戻るわ。あんたも来なさい」
「ああ、わかった」
アトリとナツアキは、その援軍に後を任せて、アジトから撤退することにした。
それを見送り、援軍は、杖を握りしめる。
「ここが、鍵ですね。はい」
そして、魔術の詠唱に入った。
** ++ **
地下の石堂で、モリヒトは逃げ回る。
アリーエ・クティアス。
そう名乗った女は、見た目には清楚な女でありながら、非常に剣呑であった。
杖の一振りで魔術が飛んでくる。
飛んできた魔術は、そこらに飛び散り、そこからさらに魔術が飛んでくる。
逃げ回るにも限界があり、今はライトシールドをクリシャに放り投げて、代わりに障壁を展開してもらっていた。
現在、この石堂には地脈から溢れた魔力が満ちており、それを利用できればクリシャならば、ほぼ無制限に魔術が使える。
逆に、そういった地脈魔力の使用ができないモリヒトでは、魔術の使用には限界があるのだ。
「さて? いい加減に、死んでくださいませんこと?」
アリーエが、遠間からそんな声を投げかけてくる。
「こちらとしても、いつまでも邪魔をされると面倒なので」
「どうする? モリヒト君」
クリシャは、ライトシールドで障壁を張りながら聞いてきた。
環境的な要因が相まって クリシャの魔力が切れる可能性はほぼない。
だが、それは、アリーエの方も同様だ。
このままでは、互いに決め手のない、千日手に近い状況だ。
だが、
「・・・・・・もう少しだな」
モリヒトは、レッドジャックを構え、炎の弾を撃ちだして、敵が散らばらせた血だまりをまとめて消し飛ばす。
ついでに、アリーエにも攻撃を飛ばす。
「君の魔力、切れないかい?」
「問題ない。・・・・・・妙な話だが、お前らが魔術を使ってくるれるおかげで、こっちもそれなりに魔力が吸収できてる」
結局、魔力切れのない、千日手、だ。
だが、とモリヒトは左手を見せる。
「結局、ずっと握ってるね。それ」
精霊殺し、とジュマガラが読んだ発動体である杖だ。
「どっかに捨てて、あれに拾われでもしたら面倒だからな」
破壊したいが、それもできない。
持ち続けるしかないのだ。
だが、結果として、どこに隠れてもアリーエに居場所を探知される。
おかげで、障害物が遮蔽物の役にしか立っていない。
「だけど、こいつが鍵だろ」
「・・・・・・どうするんだい?」
「もうちょい」
モリヒト達は、さらに奥へと走る。
それは、石堂の中で、入り口から最も遠い場所だ。
それを追って、移動してきたアリーエもまた、入り口から遠い場所にいる。
「・・・・・・よし、仕掛けるぞ」
「説明してよ」
「ふん」
あっち、とモリヒトが指さした先。
それを見て、クリシャはしばらく首を傾げ、
「ああ!」
ぽん、と手を叩いた。
「なるほど」
「クリシャ。これ貸す」
モリヒトは、クリシャへとレッドジャックを渡す。
「ん?」
「ライトシールド使いながら、レッドジャック使うぐらいできるだろ?」
「え? もしかして、ボクに一人で二人分やれって言ってる?」
さっきから、モリヒトはレッドジャックを使って炎の魔術を撃っている。
ここで、隠れたまま、クリシャがレッドジャックで炎の魔術を撃てば、アリーエならばごまかせる。
あとは、精霊殺しだが、
「これもここに置いてくから、しばらく目を引いてくれ」
「・・・・・・ああ、もう! 何やるつもりか知らないけど、わかったよ!」
クリシャは、自分の杖を懐に仕舞い、レッドジャックを握る。
「ボク、剣は下手だからね?」
「心配するな。俺も似たようなもんだ」
さて、とモリヒトは、精霊殺しの杖を握りしめる。
「じゃあ、クリシャ、囮役よろしく。ルイホウ。ここの中心まで行く。クリシャと一緒に、敵の妨害よろしく」
ちゃぷん、と小さく水滴が跳ねる。
「じゃあ、行くぞ」
そして、モリヒトは詠唱を開始する。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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