第34話:教え導きし人
ジュマガラは、実のところ、目を覚ましていた。
かぶせられた袋のために視界はなく、体は縛られているために動かすことはできない。
だが、思考はできた。
また、口をふさがれているわけでもないため、声も出せる。
そして、手から離れたところで、『教え導かれし人』には、ジュマガラの魔力が込められており、制御下にある。
袋の中の暗闇で、ジュマガラは口の端を吊り上げる。
「ふふ。さあ、娘よ。あなたの時間です」
** ++ **
「で? ありゃ一体何なんだ?」
ミケイルは、遠目に、湖からあふれ出した赤黒い流れを見て言った。
ミケイルとサラの二人は、既にアジトから脱出している。
近くにいたベリガル・アジンへ資料を手渡し、今は成り行きを見ている段階だった。
「あれは、地脈から溢れた魔力だな」
ベリガルは、ミケイルの質問にそう答えた。
「それだけか?」
「それだけだね」
「・・・・・・あのままだと、王都にそれなりに被害が出るだろうが、それであの頭おかしい総帥が、満足すんのか?」
何せ、
「俺らが脱出するころにゃあ、テュールのやつら、ほぼ完全にアジトを制圧してたし、多分、あのおっさん死ぬぞ」
「・・・・・・そうなってくれると、私もいろいろやりやすくなるんだがね」
「あ?」
ベリガルが、やれやれ、とため息を吐きながら言ったセリフに、ミケイルは振り返る。
「ジュマガラが主力としている発動体は、『教え導かれし人』という。あの男が、自分の娘に生まれた混ざり髪に『教育』を施して、作らせた発動体だ」
「・・・・・・胸糞わりいことやってそうだな?」
「正直、私でも、あの発想は出ないよ。まさか、生きた人間に、自分を材料にした発動体を自作させるなど、うまくいくかも分からない上に、出来上がった発動体に何かしらの特性が発生するとも思えない。せっかく貴重な混ざり髪を一から教育できると言うのに、その機会をどぶに捨てるようなものだ」
「ああ、そうかい」
「ところが、これが上手くいってしまった」
ベリガルが顔をしかめた。
珍しい不機嫌な顔に、ミケイルは少々面食らった。
「あの発動体について、ジュマガラはずいぶんと自慢そうに語っていたよ。私は、人の手によるウェキアスを作り上げた、とね」
** ++ **
熱と火。
そして、それに混じる鉄臭いにおいに、肉や脂の燃える匂い。
総じて、人間の燃える匂いだ。
「・・・・・・」
爆発が収まると、中心部には焦げた跡。
そしてその中心に、本が一冊、浮いている。
そこにあったはずのジュマガラの体はなくなっていた。
『教え導かれし人』アリーエ・クティアス。
「・・・・・・・・・・・・」
ぱらぱらぱら、と本のページが風もなければ、誰も触れていないのに、めくられる。
右腕の小手『ライトシールド』に手を当てつつ、モリヒトはそれを見る。
さっきの爆発を、とっさにライトシールドで防げたのは、僥倖だった。
魔力を注ぐだけで小規模ながら障壁を発揮する発動体を持っていたおかげで、先ほどの爆発はしのぐことができた。
「クリシャ! ナツアキ! 無事か?!」
「ボクは大丈夫!」
「こっちも、なんとか・・・・・・」
クリシャは、モリヒトの隣にいたこともあって、モリヒトのライトシールドが張った障壁の内側にいた。
ナツアキは、要領よく、爆発したジュマガラの体から、影になる部分に隠れていたようだ。
「つかなんだありゃ?」
何の支えもないままに空中に浮かび、無意味にぱらぱらとページがめくられている『教え導かれし人』。
それに対し、モリヒトもクリシャも、どうすべきが分からない。
「でも、あれが今この陣を稼働させてる」
「本で、発動体だぞ? 術者いないぞ!?」
「分からないけど、でも、ジュマガラの気配は消えてないよ。さっきの爆発でここ全体に広がってるけど」
その言葉の意味するところを考える前に、動きはあった。
『教え導かれし人』のめくられたページには、びっしりと文字が書き込まれている。
その中の一部の単語が、不意に発光した。
意味は読み取れる。
『火/敵対者を攻撃』
モリヒトは、とっさに右腕の小手に魔力を込めて、ライトシールドの障壁を発生させていた。
次の瞬間、ページから炎が噴き出す。
障壁に当たり、炎が散るのを見ながら、モリヒトは叫んだ。
「どういう手品だ!? くそが!!」
「わめかない。体力を消費すると、魔力も無駄にするよ!」
「だからって、これどうすんだ?!」
「ちょっと待って・・・・・・」
クリシャが周囲を見回す。
その間に、モリヒトは叫んだ。
「ナツアキ! お前、入り口の人質のところに戻れ! できれば、助けを呼んで来い!!」
「あ、はい!」
ナツアキが走り去るのを音に聞く。
その間に、炎が止まり、またページがめくられる。
「・・・・・・この」
次の攻撃を見過ごす理由もない。
モリヒトは、レッドジャックを構えた。
ばん、と音を立て、『教え導かれし人』が閉じられる。
気づいた瞬間だった。
モリヒトは、異変に気付いた。
赤黒い、ジュマガラだった肉片が、『教え導かれし人』の周囲に集っている。
「うわ。正気度が下がりそう・・・・・・」
ぐじゅぐじゅと音を立てながら、『教え導かれし人』の周囲に肉片が集まり、肉塊へと変わっていき、
「っ!?」
不意に、その肉塊から、白い繊手が突き出し、『教え導かれし人』をつかみ取った。
その繊手は、『教え導かれし人』を肉塊の中へと取り込んでいく。
そのまま、肉塊が形を変えていき、そこには一人の少女がいた。
黒髪に、白髪がメッシュに入った混ざり髪。
ジュマガラがまとっていたものと同じデザインの法衣を身にまとい、その手に小さな杖と『教え導かれし人』を持っている。
床に降り立ち、姿勢を正した少女はモリヒトとクリシャに目をやる。
「初めまして。アリーエ・クティアスと申します」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
優雅に一礼をした少女、アリーエに対し、モリヒトとクリシャは沈黙を返す。
「第二形態とか聞いてねえよ!」
「何言ってるか分かんないけど、言いたいことはまあ、分かるかな」
モリヒトのわめきを聞いて、クリシャが苦笑した。
** ++ **
「アリーエ・クティアス?」
ミケイルは、ベリガルの出した名前に首を傾げた。
ミケイルが、聞いたことのない名前だったからだ。
「ジュマガラの一人娘の名前であり、『教え導かれし人』の制作者だ」
「・・・・・・あー、つまり、なんだ? ジュマガラが死ぬと、そいつが出てくる、と?」
「いや、違う。ジュマガラとアリーエは、それぞれに肉体を入れ替えることができる。ジュマガラが人間の肉体を動かしている時は、アリーエは『教え導かれし人』として、発動体として活動する。それに対し、アリーエが人間の肉体を動かしている時は、ジュマガラは『教え導きし人』として、発動体として活動する」
説明の内容に、ミケイルは首を傾げた。
「自分を素材に、発動体を作成した、と私は言ったが、その製作者が死んだとは、私は言っていないぞ?」
「あ、あー。そうか。そういやそうだ」
ぽん、とミケイルは手を打つが、
「いや、だからなんだよ?」
「アリーエ・クティアスは、自らの肉体を発動体に加工することで、人間としての『形』を捨てることに成功したのだ。『教え導かれし人』として存在している間、アリーエは魔力だけで生きながらえることができる。そして、ジュマガラはその現象を研究した結果、自分の肉体にも似たようなことを施して、アリーエと肉体を共有できるようになった」
「二重人格か?」
「違う。肉体の構造ごと切り替わる」
『教え導かれし人』の発動体には、魔術具としての能力もあり、その特性は、の発動体を通じて発動した魔術の効果を受けた対象は、次に発動する魔術の効果対象にできる、というものだ。
この対象化には、通常の魔術における、知覚できる範囲、という限定が存在せず、また、発動効果の精密化、高威力化というメリットもある。
「これを利用して、ジュマガラは自らの肉体に魔術をかけた」
その結果生まれたのが、『教え導きし人』、という魔術具だ。
小さな杖の形をしたそれは、言い換えればジュマガラである。
「効果は、ジュマガラの持つ魔力を全て一度に放出する代わりに、肉体を分解し、アリーエを顕現させること」
「それが、なんなんだ?」
「そして、アリーエが魔力を使い切ると、アリーエの肉体は分解され、ジュマガラが再構築される」
その際、周囲にある魔力を吸収して回復する。
「この組み合わせによって、ジュマガラはどれほどの怪我を負ったとしても、『教え導きし人』を使用すれば、一度アリーエを経由した上で、全回復して復活するわけだ」
「・・・・・・反則じゃねえか」
「君がそれを言うかね?」
簡単には傷つかない硬い体と、傷を負ってもすぐに回復する再生力。
ミケイルの体質だって、十分に反則だ。
「おまけに、アリーエはジュマガラと違い、戦闘向けだ。最低でも、危機を脱出するには十分な能力を持っている」
だからこそ、ジュマガラは今まで生き延びてきた。
「何者だよ? その、アリーエって女は」
「言ったろう? ジュマガラは、人造のウェキアスを生み出した、と」
つまり、
「アリーエは、いうなれば、人造のアートリア。クリシャと同じように、無詠唱で魔術を行使する、バケモノだよ」
** ++ **
モリヒト達は、防戦一方に追い詰められていた。
アリーエが右手に持った小さな杖を振るう度、そこから血の弾が撃ちだされる。
詠唱などなく、十分な殺傷力を持っているだろうと予測できる攻撃だ。
あと、見た目的に食らったら呪われそうだ。
「うっとうしいなあ・・・・・・」
相手が射撃をしてくることに対し、遮蔽物に事欠かないのはありがたい。
だが、遮蔽物に隠れていればそれで大丈夫、というわけでもなく、血の弾が何かにぶつかると、それは弾けて周囲に血がばらまかれる。
その血は、もう一度アリーエが小さな杖を振るえば、再度弾となって、襲い掛かってくる。
『教え導かれし人』の、一度魔術を影響を受けたものは、魔術の対象として利用できる性質が、そのまま受け継がれているのだ。
そのために、何度となく攻撃を受けるうち、遮蔽物の後ろに攻撃が回り込み、モリヒト達はそこからさらに下がる、と言うことを繰り返している。
「モリヒト君」
「・・・・・・どうなんだ?」
遮蔽物の裏で、モリヒトがクリシャに聞くと、クリシャは顔をしかめた。
モリヒトは先ほどから、牽制目的で、小規模な火炎弾の魔術をアリーエに放っている。
アリーエが杖を一振りすれば、周囲から血が集まって壁を作り、あっさりと防御されてしまうが。
だが、その間に、クリシャは陣の効果を調べ、今何が起こっているのかを調査していた。
「・・・・・・・・・・・・まずいかも」
「陣が動いている以上、まずいのは分かってる。こいつをどうにかしないと、俺らが・・・・・・」
やべえ、とモリヒトは言いたいが、クリシャはそれ以上に切羽詰まった声を上げた。
「まずいんだよ! この陣、地脈から高濃度魔力を引き出して、上に送ってる」
「それが?」
「このままだと、『竜殺しの大祭』で出現するはずの『竜』が、ここに顕現しちゃうよ!」
「・・・・・・・・・・・・それが、なんかまずいのか?」
『竜殺しの大祭』がある以上、『竜』を殺す手段はある。
『竜』が顕現したとして、ユキオが『竜殺し』を振るえば、最終的な問題は消せるのではないか。
「だめだよ。何のために『竜殺しの大祭』が、テュールの一番端っこで行われると思ってるの?!」
「・・・・・・?」
「『竜殺しの大祭』は、地脈のゆがみを『竜殺し』っていう儀式を通じて吹っ飛ばす儀式魔術なんだ。テュールの端っこで行うのは、『竜殺しの大祭』を行うと、そこから下流にある地脈が吹っ飛ぶから」
つまりは、
「こんなところで『竜殺しの大祭』なんてやったら、ここから先の地脈の上にあるものが吹っ飛ぶことになる!」
「・・・・・・どのくらい?」
「最低でも、テュールの半分くらいは消えてなくなっちゃうよ! 王都にも当然被害が出る!!」
「・・・・・・・・・・・・まじかー」
それはまずい、とモリヒトは唸るのだった。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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