序章:エピローグ
ユキオは、ルイホウの報告を聞く。
「・・・・・・で、結局、その村は助かったの?」
「はい。幸い、すでに特効薬のある病でしたし、村の周辺には、使える薬草もありましたから。はい」
ライリンなどは、少々険のある顔をしているが、ユキオは笑みを浮かべている。
「ん? なら、どうしてモリヒトは機嫌悪いわけ? 助けられたのよね?」
アトリが首を傾げ、アヤカは考え込む。
ライリン一人が、諦観を表情ににじませた。
「・・・・・・モリヒト様が、魔力切れから立ち直られたのが、村に着いた翌日です。はい。・・・・・・そのころには、村の病も一段落着いていたので、その時点で帰れば、もう一日早く、帰ってくることもできたのですが。はい・・・・・・」
ルイホウの表情も、暗くなる。
「その時に・・・・・・」
ルイホウの報告は続く。
** ++ **
モリヒトが起き上がれるようになったころには、村は明るい空気に包まれていた。
「モリヒトさん!」
フィニが駆け寄ってくる。
「・・・・・・やあ、フィニ。おはよう。・・・・・・村は、大丈夫みたいだな?」
「はい! ルイホウ様のおかげで、村は助かりそうです」
フィニの表情も明るい。
「・・・・・・良かったな」
頭を撫でてやると、くすぐったそうな表情を浮かべ、フィニは笑った。
「はい!」
その笑顔を見て、モリヒトは来てよかった、と思う。
「・・・・・・フィニ。ルイホウはどこにいる?」
「今は、村長のところです。・・・・・・特効薬の作り方を教えてくれているんです」
「そうか・・・・・・。・・・・・・案内してくれるか?」
「いいですよ」
フィニは、モリヒトの手を引いて歩き出す。
その間モリヒトは、周囲の様子を確認していた。
「・・・・・・」
村の様子は、異王国とはかなり違う。
合掌造りに似た造りだ。
壁のない、三角形の茅葺きの家。
中は、丸太の支えがあるだけだ。
造りそのものは、さほど手が込んでいない。
魔術があるのだ。
もっといい家を、簡単に建てることもできると思うのだが。
「・・・・・・差が、あるのか。・・・・・・それとも、王都が特別なのか・・・・・・」
王都の街並みは、特別だろう。
だがおそらく、テュール異王国の辺境にも、これと似たような村はあるのだろう。
ルイホウも、特に驚いた様子は見せていなかった。
「・・・・・・まあ、これが当然だというなら、そうなんだろうけど」
さすがに、少々カルチャーショックにも似たものを感じた。
ちょっと失礼か、と苦笑とともに、戒めを内心に課す。
この思考は見下しに繋がる。
これが、この世界の普通なのだ。
自分も、適応する必要がある。
「ふう・・・・・・」
一つ、小さな息を吐き、
「フィニ。君は、大丈夫なのか?」
「はい。昨日、お薬は飲みましたから」
「なら、いい」
村長の家に入ると、ルイホウがこちらを振り向く。
「モリヒト様。お加減はいかがですか? はい」
「大丈夫。気分は悪くない」
笑みで答えれば、ルイホウも安心したように微笑んだ。
「よかったです。はい」
ルイホウの奥に座る老人を見る。
「・・・・・・そちらが、この村の村長、でいいですか?」
「はい。・・・・・・貴方が、こちらの巫女殿の主、と聞いておりますが」
「違いますよ。彼女は、自らの職務として、俺についてきてくれるだけです。おかげで、少々我がままに付き合わせましたが」
「いえ。モリヒト様。私も、こうしたかったですから。はい」
ルイホウの陰りのない笑みに、モリヒトも笑みを返す。
ルイホウの隣に腰を下ろし、
「話は済んだのかい?」
「はい。ちょうど製法を伝え終えたところです。はい」
「村の状況は?」
「症状の重い者の処置は、既に終えました。はい。・・・・・・お教えした薬で、残りの村人の病も癒えるはずです。はい」
「そうか」
フィニが、お茶を運んできた。
「・・・・・・ん? フィニはひょっとして・・・・・・」
「はい。わしの孫です」
「なるほど」
納得する。
「で? 様子見に、もう一日かけるべきか?」
「いえ。もう大丈夫だと思います。はい」
「なら、帰るか」
「え? 帰るんですか?」
「そりゃ。用事が終わったら帰るさ。・・・・・・あんまり、帰りが遅くなると、さすがに怒られるかもしれんしな」
「・・・・・・はあ」
フィニは沈んだ様子を見せるが、モリヒトとしては納得してもらうしかない。
「あ。でも、おなかすいてないですか?!」
「む? まあ、確かに、ほとんど一日、何も食ってないし・・・・・・」
腹は空いている。
「じゃあ、せめて朝ごはんだけでも食べていってください。あたし、用意してきます!」
フィニがばたばたと出て行った。
「・・・・・・よほど、嬉しいんでしょうな。普段は、もう少し大人しい子なのですが」
村長も苦笑している。
「いえ。構いませんよ。自分の故郷が滅びていたら、二度と笑えなかったかもしれないのだから」
そう言うモリヒトの顔には、どこか気遣うような表情が浮かんでいる。
「・・・・・・何人、死にました?」
「発症した村人は、五十八人。その内、十二人が死にました。その中には、あの子の両親である、わしの息子夫婦も含まれております」
この村の人口は、百人には届かないはずだ。
五十八人というのは、相当な数である。
「そうですか・・・・・・」
フィニにとって、この結果は、嬉しいだけではないかもしれない。
いや、それでも、『助かった』のだろう。
全滅ではないだけ、ましなのだろうから。
** ++ **
朝食を食べた後、モリヒトは、散歩と言うことで村の中を歩いていた。
ルイホウは、最後に村の様子を見て回っており、フィニが案内を買って出てくれた。
「・・・・・・普段は、あの広場で、皆が布を編んだりとかしてるんです! それから・・・・・・」
明るい。
痛々しい、とも思えるほどに。
「・・・・・・フィニ。・・・・・・亡くなった方の遺体は、どこに?」
「え・・・・・・?」
唐突にモリヒトから言われ、フィニが唖然とした顔をする。
「村長から、まだ埋葬も済んでいないと聞いている。せめて、墓ぐらいは、な」
「・・・・・・モリヒトさん」
フィニはしばらく、モリヒトの顔を黙って見上げていたが、
「・・・・・・こっちです」
今までの明るさが嘘のように、静かに手を引いて歩き出した。
** ++ **
村の一角に集められた遺体達からは、僅かに、腐臭が漂い出している。
むしろをかけられているだけで、特に処理がされていないためだ。
それらを見下ろし、モリヒトは適当な広さの場所を見つけると、短剣を取り出し、
「―ブレイス―
大地よ/数は十二/死者の安楽を守る穴を」
べこん、と大地がへこみ、六ヶ所二列の穴が生まれる。
それぞれ、大体一メートルほどずつの間を開けておいた。
「―ブレイス―
静かなる風よ/優しき腕を/死者の眠りを妨げることなく運べ/行く先は彼らの安楽の穴へ」
あえて、フィニの顔は見ないまま、モリヒトは一つ一つ、遺体を風の魔術で穴の中へ運んでいく。
「・・・・・・」
フィニは、先ほどから、モリヒトの服の裾をつまんだまま、動かない。
だが、モリヒトの風が、最後の一組の夫婦の遺体へと及んだ時、
「あ・・・・・・」
小さく、声を上げた。
「・・・・・・両親、かい?」
「・・・・・・はい」
「そうか・・・・・・」
隣合っていた穴に、夫婦の遺体を収める。
やがて、全ての遺体を収め終えた後、
「フィニ。済まないが、皆の名を教えてくれるか? 墓に刻まないと」
「はい」
魔術を使って土をかけ、近くの森から切り出した木で、十字の墓を造って名を刻む。
「・・・・・・あとで、ちゃんとした墓を造ってやってくれ」
フィニの返事はない。
全員分の墓を造り終えたところで、フィニは両親の墓の前で立ち尽くす。
「・・・・・・モリヒトさん」
しばらく黙っていたフィニが、不意に声をかけてきた。
「ん?」
「・・・・・・私の両親は、自分たちも病気なのに、率先して看病をしていました」
「・・・・・・立派だな・・・・・・」
「村の家の一つに、重病の人を集めて、他の人は近付けないようにして・・・・・・」
「うん」
「助けを呼びに行ったのは、あたしが初めてではなく、まだ元気な大人の男の人が、近くの村に助けを呼びに行ったんですが・・・・・・」
「・・・・・・」
「村に病を持ち込むな、と追い返されて・・・・・・」
それが、悪いわけはない。
理屈では。
見捨てられる方の感情は、納得できないだろうが。
「・・・・・・だから、あたしが異王国の方に・・・・・・。途中で、冒険者の方に出会えて・・・・・・」
それが、一緒にいた三人だったのだろう。
「でも、魔犬に囲まれて、もうだめだ、と思いました。・・・・・・ごめんなさいって、心の中で何度も謝りました。・・・・・・でも、モリヒトさん達が助けてくれたんです」
「・・・・・・ああ」
「・・・・・・でも、帰ってきたら、お父さんも、お母さんも・・・・・・」
一番助けたかった人達だろう。
でも、間に合わなかった。
運が悪かった。
言ってしまえば、それだけだ。
だからこそ、納得できない。
モリヒトは、黙ってフィニの頭を撫でる。
「・・・・・・」
謝りたい。
そんな気持ちが、モリヒトの中にある。
もっと早く、モリヒト達が助けていれば、と。
だが、謝ることはできない。
それは、フィニがモリヒト達を責めるのが先だから。
それ以上に、モリヒト達には何もできなかったのだから。
責められる筋がない以上、謝ってはいけないのだ。
今モリヒトが謝ってしまえば、フィニは、その思いを内にこもらせるしかなくなる。
「・・・・・・」
だから、黙って頭を撫でる。
「・・・・・・」
フィニが、額をモリヒトに押し付けた。
「・・・・・・うう」
静かな嗚咽が、モリヒトの手の下から聞こえた。
** ++ **
フィニが泣き止むのに、そう長い時間はかからなかったように思う。
ただその後、フィニの頼みで、墓に供える花を探しに、森の中へ入ったため、結局、村を出たのは、日が中天を回ったころだった。
「・・・・・・その後、行きよりも少しゆっくりと戻ったんですが、途中でモリヒト様が倒れまして。はい」
「「「は?」」」
ユキオ、アトリ、アヤカの声が重なる。
「お墓づくりに魔力を使いすぎたのに合わせて、どうやら感染していたみたいで、一度村に戻ることに・・・・・・。はい」
「・・・・・・」
全員、無言。
「・・・・・・それで、決まりが悪いのではないか、と。はい」
「・・・・・・くく、何それ、締まらない・・・・・・」
ユキオが噴き出し、それを見たルイホウも苦笑する。
帰りの道中の会話を、胸の内に隠したまま。
そんなルイホウの様子を、アヤカはしばらくじっと見ていた。
** ++ **
「なんだか、やり切れん」
「・・・・・・フィニのことですか? はい」
「ん。どうしようもなかったのは事実としても、後味の悪さを感じるよ」
「そうですね。はい」
ルイホウも同意して頷いた。
「・・・・・・まあ、フィニのことだけ考えても、偽善になってしまうが」
「・・・・・・・・・・・・」
モリヒトの言葉に、ルイホウは頷かず、ただ瞑目した。
「間に合えば、助けられた、と分かってしまうと、なおのことだな」
「そう、ですね。はい」
「ぐだぐだと考えてしまうのが傲慢だと思うんだが、解決できない、と諦めてしまうのは、ちょっと悔しいんだよなあ・・・・・・」
ぼやくモリヒトを見て、ルイホウは、静かに息を吐く。
「では、諦めない方法があると? はい」
「あればいいな」
「そうですね。私も、そう思います。 はい」
モリヒトは軽い口調ながら真剣な表情をしていて、それをみたルイホウは、ただ頷くのだった。