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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第4章:人が騒ぐ、それを祭と呼ぶ
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第31話:魔獣の波

「状況は?」

 王の執務室。

 そこで、ユキオは声を発した。

 実行された、ミュグラ教団のアジトを襲撃し、制圧する作戦。

 なぜこの時期に、という疑問はあったが、『竜殺しの大祭』前に、万全を期しておきたい、ということで、作戦は実施された。

 ユキオに上がっている報告は、たまたま情報が手に入ったから、放っておいても問題ないだろうが、どうせ犯罪者の集団だし、オルクトから『竜殺しの大祭』のためにやってくる来賓がいるときに何かしら騒ぎを起こされても面倒だから、掃除しよう、というノリで実行された作戦だ。

 事前に得ていた情報などから、それほど心配はない、とされていた作戦だったが、

「問題が発生したってね」

 ユキオにそう報告があったのは、つい先ほどのことだ。

 儀式の練習に一段落つけて、一息ついていたところだっただけに、少々ユキオは不機嫌である。

 実際、ユキオは、現在行われているアジトの制圧作成については、実質ハブられているため、疎外感もある。

 それが、ここで急に報告が上げられて、執務室に座っているわけだが、まだ女王としての即位を済ませていない身では、迎撃の指揮などもできない。

「ぶっちゃけ、私ここにいても何もできないわよね?」

「それはそうなのですが、以前の事件の際、襲撃があったこともあります。警戒は必要です」

 メイドであるウリンに言われ、

「それは分かるけど」

 はあ、とユキオはため息をついた。

 そこに、扉を叩く音がした。

 ユキオが背筋を伸ばし、ウリンが入室を許可すれば、テュール王国王国軍将軍であるルゲイドが、執務室へと入ってきた。

「将軍」

「先ほど、王都の外の観測所より、報告がありました」

「王都の外・・・・・・? 今日の作戦って、確か街中にあるアジトの制圧作戦だったわよね? もしかして別件?」

「現在調査中ではありますが、別件ではないかと思われます」

「・・・・・・続けて?」

「は」

 そうして、将軍は、報告を続けた。


** ++ **


 始まりの報告は、王都郊外に存在する観測所からの報告だった。

 テュール異王国は、地脈の終わり際にある土地であり、その土地のほとんどが、地脈の上にある。

 そのためか、他地域に比べると、強い魔獣が多く発生する。

 オルクト内においては、強い魔獣が発生することから、危険地帯として魔獣区域、というのがある。

 他地域に比べると圧倒的に強力な魔獣が多数生息する、危険区域であり、定期的にオルクト帝国軍の精鋭部隊が訓練がてら駆逐する領域だ。

 当然、地脈の上にある。

 テュール異王国は、ほぼ全域がその魔獣領域に等しい国である。

 地脈の終わり際ということもあって、地脈に含まれる魔力がそれほど濃密ではないことが理由だが、それ以外にも、テュールの巫女衆が地脈に干渉して魔獣の弱体化をしているという理由もある。

 ただ、いくら弱めているとはいえ、やはりテュール異王国の魔獣は強い。

 さらには、終わり際という、淀みを含む地脈が流れるテュール異王国に生まれる魔獣は、その性質を受け継いで、狂暴化しやすい傾向にある、

 そのため、王都をはじめとした各街や、それぞれの街をつなぐ街道などには、それぞれに魔獣除けの魔術が施されているが、それを無視して現れる魔獣がいる。

 テュール異王国内にいくつか存在する観測所は、そうやった王都に近づく魔獣を早期に発見するためのものだ。

 基本的に、そういった魔獣は地脈の流れの傍で発生するため、観測所の位置も地脈の近辺にある。


 今回の最初の報告は、その中の一つ。

 王都郊外に存在する観測所から来たものだった。


 王都の郊外にある、湧き水によって形成されている湖。

 その湖の色が変わったという。

 最初は、光の加減か何かかと思われた。

 だが、その湖の水かさが増し、岸からあふれ出すに至って、さすがに異常事態として、報告が上がった。

 正確に言えば、その前の時点で、異常が発生している、と巫女衆から報告が上がり、それを受けて見張り台から確認したところ、湖の異変が報告されたのだ。

 この時点では、経過観察の段階だった。

 ところが、この湖からあふれ出た水に触れた動物が、次々と魔獣化しているという。

 さらには、魔獣もこの水に触れると、明らかに強大化してしまっているという。

 そして、その流れはゆっくりと、王都へ向かって迫っているという。


** ++ **


「・・・・・・それ、人間が巻き込まれたらどうなるの?」

「想像もしたくないですな。一応、巫女衆からは想定される被害が報告されておりますが、どれも正直・・・・・・」

 目も当てられない、とルゲイドはユキオに告げた。

 ユキオは、はあ、と頭を抱える。

「対策は?」

「城壁に兵を集めております。確認したところ、あふれ出した湖水は、液体としての性質は失っておらぬ模様。壁などで遮断できると」

「それで?」

「門などに土嚢を積み上げ、王都内への浸水を封じ、襲い来る魔獣に関しては、城壁上からの攻撃で対応します」

 ルゲイドの言葉に、ユキオは顔を上げる。

「・・・・・・この事態の原因そのものに関しては?」

「件のアジトに対し、伝令を発しました。内部の制圧はほぼ完了しているとのこと。巫女衆もおくりましたので、あとは、時間の問題でしょうな」

「この王都がだめになる?」

「まさか。向こうのアジトでの事態を収拾すれば、おそらくこの事態は解決しましょう」

 巫女衆の方からは、そう報告が来ております、とルゲイドは続けた。

 湖水の増加は、魔術的なものであるという。

 おそらくは、現在制圧作戦が実施されている、アジトでの儀式が原因だ。

 儀式が止まれば、湖水の増加も止まるという。

「間に合うかしら?」

「間に合わせるしかありませんな」


** ++ **


 テュール王都『テュリアス』

 白灰色の石を切り出し、精緻に組み合わせ作られた、テュール異王国の城壁に守られた都市。

 他国との戦争は想定していなくとも、荒れ狂う魔獣を多く抱えるこの国で、その魔獣領域のど真ん中にある王都を守護する城壁は、頑丈だ。

 過去、身を伸ばせば城壁の高さに届こうか、という魔獣の襲撃があった際も、魔術によって強化された城壁は、ほぼ無傷で攻撃に耐えた。

 だが、そこに今回迫るものは、魔獣ではなく、正体不明の水であった。

 赤黒いその水は、触れた動物を魔獣化する。

 人間が触れた時にどうなるかなど、想像もしたくない。

 城壁の上で、弓の準備をしている国軍兵士たちや、魔獣狩りの傭兵達たち。

 あるいは、魔術のための発動体を用意している魔術師たち。

 そのほか、魔獣が上がってきた場合に備え、近接戦闘の準備をしている者たちもいる。

 どちらにしろ、城壁の上では、戦闘準備が整えられつつあった。

「・・・・・・見えたぞー!!」

 城壁上の見張り台から、叫びが上がる。

 誰の目にもはっきりと、赤黒い、まるで血のような色合いの流れと、それにのってゆっくりとこちらへ進む魔獣の群れだ。

「迎撃ようーい!!」

 大きな声とともに、弓に矢が番えられ、引き絞られる。

「・・・・・・・・・・・・はなてーい!!」

 号令とともに、矢は放たれる。

 魔術のこもった矢は、弧を描いて飛び、魔獣の群れへと突き刺さる。

「次、魔術、放てー!!」

 その後も、矢と魔術とが次々と城壁から飛んでいく。

 それらの攻撃を受け、魔獣たちもまた、動き出す。

 ゆったりと流れに乗って動いていた魔獣たちが、走り出した。

 赤黒い水の流れから飛び出し、魔獣たちが突進してくる。

 迎撃戦は、始まったばかりだ。


** ++ **


「・・・・・・何が・・・・・・?」

 石堂の中、モリヒトはうめいていた。

 周囲の陣の光が強くなっている。

 それらの光は、天井へと向かって伸び、天井の中央付近にあるくぼみから、外へと流れ出していく。

「さて。儀式はこのまま、なりそうですね」

 ジュマガラの言葉に、モリヒトはジュマガラをにらみつける。

「この儀式、止めないとどうなる?」

「さて? 王都は壊滅するでしょうが、その先は、どうなるでしょうか?」

 ふむ、と首を傾げるジュマガラに殺意が湧く。

 だが、今はそうしている場合ではない。

「止め方は?」

「さて?」

「・・・・・・・・・・・・さらわれた混ざり髪をどうにかすれば、止まるか?」

 それは、最後の手段ではある。

 だが、

「いいえ。彼らの魔力は、所詮は呼び水。現状、この儀式は地脈より吸い上げた魔力を元に行っています。彼らをどうにかしても、止まりません」

 そのジュマガラの返答に、モリヒトは唸りつつも、少々ほっとした。

「つまり、この陣をどうにかするか、地脈自体をどうにかしないと、止まらないということか」

 足元の陣の線を蹴りつける。

 だがやはり、そこは削れも消えもしない。

「・・・・・・ぶっ壊すか」

「危険ですよ?」

「あ?」

 レッドジャックを構えるモリヒトに対し、ジュマガラが声をかける。

「魔力に満たされた陣です。下手に破壊しようものなら、地脈から吸い上げた魔力で、この石堂自体が吹き飛ぶかもしれませんね」

「そうか。それは大変だな」

 頷いて、モリヒトはレッドジャックを振り下ろす。

 陣が描かれた床を斬り付けるが、

「傷はつかんか」

「・・・・・・・・・・・・信じられないことをしますね」

 ジュマガラが言うが、

「はったりだろ? 地脈の流れってのは、途中で吸い上げでもしない限りは、もとに戻る性質があるってのは知ってるぞ。陣を壊して、吸い上げを止めれば、それで終わりのはずだ。それをさせたくないための、はったり」

「なるほど」

 頷き、ジュマガラはまた、『教え導かれし人』を手に取る。

「壊れたんじゃ・・・・・・」

「これのことは、知り尽くしています」

 ふ、と笑いながらジュマガラが表面を撫でる。

「何より、これを壊したのは、蒸気。・・・・・・私が生み出した魔術の水によるもの。であるならば、直すのも容易ですよ」

 そんなことできるものなのか、と思うが、魔術のイメージ次第というふんわりなでたらめさを考えれば、できない話ではないのだろう。

「そして、先ほど、あなたは魔術をつかって、蒸気をこの石堂全体へと広げましたね?」

 言われて、モリヒトがやべ、とうめく。

「おかげで、この場所は、私の魔術の思いのままです!」

 また、『教え導かれし人』が掲げられる。

「では、邪魔をしないでいただきますよ!」

 こぽん、と石堂内に、音が響く。

 それは、人間ほども大きさのある、無数の赤黒い水の球だ。

「つぶれて死になさい」

 ジュマガラの言葉とともに、それらの水の球が、モリヒト達へと殺到した。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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