第27話:精霊殺し
クリシャは、静かに中へと入りこんだ。
陣を踏まないようにしながら、感覚を鋭くする。
「風よ/吹き荒れろ」
簡易とはいえ詠唱を行い、クリシャは魔術を行使する。
石堂の中、四つある高台を中心として、風を吹かせる。
暴風ともいえる勢いで吹き荒れた風は、台の周辺で詠唱を行っていた教団員を吹き飛ばす。
かろうじて耐えた者たちも、体勢を崩し、詠唱を中断させている。
それらの状態を一瞥すらせず、クリシャは風をかき分けるように跳んだ。
向かう先は、中央の高台、いや、祭壇だ。
「ふむ・・・・・・」
自分へと飛び込んでくるものを見たか、不気味な杖を手にした男が立ち上がる。
ジュマガラ。
ミュグラ教団の総帥という立場で、だがその恰好は、まるで魔術師のそれであった。
黒いローブと杖を手に、長く伸ばした髪を持つ、痩身の男。
病的にくぼんだ眼に、こけた頬。
近づけば近づくほどに、不気味さが増していく。
それに対し、クリシャは、杖を向けて、
「吹っ飛べ!」
魔術による力の弾を撃った。
「お返ししましょう」
だが、反応は静かであった。
風の音に紛れ、聞こえるかどうかというかすれた小さな声。
ジュマガラが杖を前に突き出し、クリシャが放った力の弾に触れた時、その弾ははじけ飛んだ。
「・・・・・・・・・・・・おや?」
想定外、という顔で、きょとん、とした顔をジュマガラはする。
「・・・・・・ふむ? 何をしました?」
「何がだい?」
警戒心などなく、純粋にクリシャへと疑問を投げたジュマガラに、クリシャは眉をひそめて問い返す。
いつでも追撃の魔術を放てる姿勢のまま、だが、会話に応じる。
それはモリヒトやナツアキが人質を解放する時間稼ぎのためでもあるし、あるいは、今の不可思議な防御に対する警戒でもあった。
「先ほど、私は貴女の魔術を反射しようとしたのです」
そのクリシャの事情を知ってか知らずか、特に昂揚も緊張もない平坦な口調で、ジュマガラは続けた。
「へえ?」
「貴女の使う魔術のおおまかな解析はできています。ならばそれに対抗する術式を組むこともたやすい」
「ああ、そういえば、以前帝都で仕掛けてきた連中には、ボクの魔術は通りが悪かったっけ」
「ええ。あれは、いい実験になりました」
何でもないように、ジュマガラはこくり、と頷いた。
あの帝都での襲撃は、クリシャの身柄を狙ったものではなく、単純に、クリシャの魔術への対抗手段が、効果を発揮するかどうかの実験だったわけだ。
「欲を言えば、ガーゴイルの戦闘試験も行いたかったのですが、どうやらそれは叶わなかったようで」
残念でした。とやはり平坦な表情でジュマガラは言った。
「それで・・・・・・」
「うん?」
「先ほどの私の質問には、お答えいただけないでしょうか?」
種を明かせば単純で、二連射しただけだ。
一発目が反射され、それが二発目に当たってはじけて消えた。
見えない弾であるが故に分かりづらかったかもしれないが、見えていれば気づいただろう。
とはいえ、
「敵に、自分の手の内をぺらぺら喋れって?」
それを、クリシャがジュマガラに説明してやる義理はない。
「敵・・・・・・?」
ふむ、とジュマガラは首を傾げた。
「そういえば、なぜ貴女はここにいて、私どもに攻撃をしかけるのでしょうか?」
なぜそんなことをするのか、本当にわからない。
ジュマガラの表情はそう語っていた。
韜晦しているとか、相手をからかっているとかいうわけではない。
本心から、そう感じているとわかる表情だ。
「分からないなら、そのまま倒れてよ」
クリシャが杖を振る。
再度不可視の力の弾が飛ぶが、ジュマガラが杖を前に差し出せば、やはりはじけ飛ぶ。
「無駄な・・・・・・」
「そうでもない」
くい、とクリシャが杖の先端を振ると、弾けて散ったはずの力が再度集まり、四方からジュマガラへと殺到する。
「ほう?」
ジュマガラが杖を振った。
今度は、弾け散る前に力の弾がかき消える。
「どういう仕組みなんだか・・・・・・」
「単純に、貴女の魔力の波長は解析済みです。であるならば、貴女が使う魔術に干渉するなどたやすいことです」
「あり得ないよ。いくら魔力波長を解析できたからって、それだけで魔術への干渉はできない。・・・・・・せいぜいで、自分に当たる直前にかき消すぐらいでしょ?」
自分に当たる魔術をどうにかするぐらいならばできるだろうが、相手の魔術そのものへの干渉は、全く別領域の話だ。
クリシャの知る中で、可能かもしれないのは、モリヒトぐらいのものである。
「ご明察です。・・・・・・ですが、攻撃に対する防御ならば、それで十分。・・・・・・そして」
ジュマガラが、杖を前へと突き出した。
「―スレイベレメンタル―
音よ/従いなさい」
杖が振るわれた。
瞬間、音が消え、
「!!!!!?????」
溢れた。
それは、先ほどまで響いていた、だが、教団員たちが吹き飛ばされたことで消えていた詠唱だった。
それが、先ほどまでのものを越え、さらに莫大な、まさしく爆音というべきレベルで響き渡る。
その音に、クリシャは思わず耳を押さえて座り込んだ。
「・・・・・・!」
口を開いても、自分の声が聞こえない、かき消されるほどの爆音だ。
周囲、人質に解放に動いていたモリヒトやナツアキも、同じように耳を押さえてうずくまった。
爆音の中、術者であるジュマガラだけは、なんでもないように平然と立っていた。
「こんのっ!!」
杖を振る。
だが、魔術が発動しない。
「なんで?!」
「たとえ貴女といえど、魔術発動の仕組みそのものは変わらない。魔力を練り、イメージを行い、詠唱で形にする。ですが、これだけの詠唱が、これだけの音量で響けば、魔術を発動する際のイメージを正確に結ぶことなど不可能でしょう」
かつ、かつ、かつ、とジュマガラが段を下りてくる。
「なぜ敵対するのか。私には不思議でなりませんが、今邪魔をされるわけには参りません」
術者であるためか、ジュマガラの声だけは不思議と通じる。
クリシャは耳を押さえながらも、対抗策を考えるが、イメージがまとまらない。
それどころか、ジュマガラが近づくに従い、段々と体に力が入らなくなっていく。
「ああ、不思議ですか?」
ジュマガラは、自分の手に持つ杖を持ち上げた。
ジュマガラが杖に視線を注ぐとき、今までの平坦な感情の感じられなかった目が、確かに狂気にもにた愛おしさを感じさせる。
「この杖は、銘を『精霊殺し』と言います。混ざり髪を捕まえるため、この杖で発動した魔術は、混ざり髪に対して、より強く効果を発揮するように作られているのです。なので、この杖で発動した魔術の効果は、貴女に対してはよく効くのですよ」
言いながら、ジュマガラはクリシャへと手を伸ばした。
「貴女とは、語らいたいことが多くありますが、今はこの儀式の方が重要です。申し訳ありませんが、しばらく眠っていただきましょう」
自分へと迫る手を見ながら、クリシャは動けない。
このままでは、捕まる。
なんとか、後ろへと這いずるクリシャだが、平然と近寄ってくるジュマガラの方が早い。
まずい、と思うが、思考に靄がかかるように、クリシャは抵抗する気力を奪われていく。
「・・・・・・・・・・・・」
は、と漏れた吐息が、誰かの名前を呼んだようだった。
そして、ジュマガラの手が、クリシャに触れようとしたとき、その詠唱は響いた。
** ++ **
「―レッドジャック―
炎よ/風よ/混ざれ/爆ぜろ!/ぶっとばせ!!」
** ++ **
叫ぶに任せて放たれた魔術は、石堂の中央付近の空間で、爆発を引き起こした。
爆音の響く中、加減などできずに放たれた魔術は、まさしく大爆発を引き起こす。
爆炎がかろうじて周囲を焼かない程度の規模。
だが、そこから発生した衝撃と爆風は、周囲をもろともに吹き飛ばす。
台の上にある陣に置かれていた人質たちを石堂の端まで吹き飛ばし、ジュマガラとクリシャに対しても、同様に衝撃は襲い掛かる。
だが、爆音に耳を押さえ、うずくまっていたクリシャと、ただ立っていたジュマガラでは、衝撃に対する体勢が違う。
耐えきれず吹き飛ばされたジュマガラと、かろうじて耐えたクリシャ。
二人の距離は、大きく開いた。
** ++ **
「・・・・・・モリヒト君、かい?」
うずくまるクリシャに、モリヒトは駆け寄る。
「元気か?」
「いや、耳鳴りがするよ・・・・・・」
頭を振りながら、力なく言葉を吐いて、クリシャはふらふらと立ち上がる。
「人質は・・・・・・」
「緊急事態だ。あのくらいの高さなら、死にゃしないだろ。上からどかしておけば、魔力の吸い上げも止まるはずだし、俺の体質で魔力を吸収しても、大丈夫なはず」
ナツアキも一緒に飛ばしてしまったが、あちらはあちらでなんとかすると信じるしかない。
「・・・・・・つか、すまんがクリシャは、ナツアキの方に回ってくれ。選手交代」
「・・・・・・大丈夫なのかい?」
「相性が悪すぎるだろう。聞いてたけど、クリシャの攻撃はあっちに通じない。あっちの攻撃はクリシャに特攻。これじゃ、勝負にならん」
だから、モリヒトが前に出る。
ジュマガラは、研究者であり、戦闘者ではない。
だったら、条件はモリヒトとそう変わらないはずだ。
「俺の方が、まだいい相手ができるはずだ」
「・・・・・・仕方ない。任せるよ」
クリシャが、ふらついた足取りながらも離れていった。
モリヒトは、レッドジャックを改めて構えると、詠唱する。
「―レッドジャック―
火よ/明りを灯せ/松明に火を」
石堂を照らしていた陣の光は、魔力供給を失って、消えつつある。
さらには、少なくも存在していた松明も、モリヒトの魔術が生んだ衝撃と爆風によって、消えている。
暗闇に沈む前に、石堂の中を照らしておく必要がある。
飛ばした火は明りとなり、その明りに照らされた松明へと向かう。
それによって、松明に火が点いた。
「・・・・・・はあ」
うまくいった、とモリヒトは胸をなでおろす。
今やった魔術は、発動した後に火の行き先を制御している。
少々、難しい魔術だったが、うまくいってよかった。
「・・・・・・やってくれますね」
安堵の息を吐いたモリヒトに、そんな声が届いた。
体についた埃を払い、振り乱れた髪を撫で付けながら、ジュマガラがモリヒトを見ていた。
「・・・・・・報告にあった、召喚者ですか」
やれやれ、と言いながら、ジュマガラは杖を持ったまま、別のものを取り出す。
それは、黒い本であった。
「まあ、いいでしょう。まだ儀式は挽回がききます。邪魔者を排除を優先した方がよさそうだ」
相変わらず平坦な口調と表情ではあったが、モリヒトの耳には、どこかいら立ちが含まれているように聞こえた。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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