第26話:儀式の間
短め
儀式が行われている石堂。
ここまでのアジトの薄暗さとは違い、その石堂は明るかった。
地面に描かれた巨大な魔術陣が、強い光を発している。
それによって、足元から照らされるように、石堂全体が明るくなっているのだ。
もっとも、その足元の魔術陣から立ち上る光は、どこか薄暗くも見えた。
** ++ **
ぼんやりと、天井を見上げる。
体が動かない。
夜、いつものように、寝台に入って眠りについたと思った。
目が覚めたら、見覚えのない、土牢の中にいた。
周りには数人、自分と同じように眠っている人がいた。
牢の外に置かれた小さな明りでは、土牢の中を全て見通すには足りなかったけれど、幸い自分には『目』がある。
『目』を開くと光ってしまって、暗闇の中では目立つだろうけれど、そこは少し気を使えば大丈夫だろう。
というか、この状況で出し惜しみはできない。
だから、薄目を開いた状態で、『目』を開いた。
「・・・・・・!」
息が詰まる。
誰も彼も、囚われていた。
薄目なんて、気を使うことも必要なかった。
そもそも、自分は『目』を開く必要などなかった。
最初から、『目』は開いていたのだから。
土牢にいる者たちは、皆縛られて転がされ、麻袋をかぶせられていた。
そのために、光が漏れる心配はない。
袋は、自分にもかぶせられている。
だが、『目』が開いていたから、袋越しに外が見えただけだ。
「・・・・・・あ」
そして、『目』が見る。
袋をかぶせられて囚われた人々。
それは皆、自分と同じ『混ざり髪』であること。
そして、その身に欠けられた、魔術、いや、呪いの痕跡。
同じ土牢に入れられている誰かを見て、想像する。
自分にも、同じ呪いが欠けられていると。
「・・・・・・ひ・・・・・・!」
何が起こっているのか、恐怖に喉が引き攣った。
ひきつったままに漏れそうになる悲鳴を、必死に押し殺す。
逃げ出したい。
だが、身体が動かない。
縛られているから。
だけどそれだけでなく、体に力が入らない。
毒か、魔術か。
分からない。
だけど、体は意思に反してぴくりとも動かず、暗闇の中で何もできず。
その状態が、心に負荷をかけ、ストレスとなる。
吐き気がして、吐くことすらできない。
ただただ、心の底から湧いてくるかのような恐怖で、体の奥底が震えている。
なまじ、『目』で見えてしまうからこそ、その恐怖はより強かった。
「!」
誰かが来た。
だから、慌てて『目』を閉じた。
「・・・・・・数は?」
かすれた、不気味で低い声だ。
袋越しで聞こえにくいが、そこにいるのは分かる。
「揃っています。十五人」
「一つ当たり五人ですか。十分でしょう」
は、と短い応答。
「運びなさい。魔力の高い個体です。眠りの呪いも解けかけているものがいるかもしれません。運ぶ前に、再度かけなおしなさい」
「はい」
そう言って、足音は一つ、この場を離れていく。
土牢の鍵が開けられ、扉が開けられる。
** ++ **
気が付けば、別の場所に移されていた。
今度は、『目』は閉じていた。
それでも、麻袋の荒い目を通して、昏い光が目に映る。
「・・・・・・」
周りで、不気味に反響する声がある。
魔術の詠唱だとなんとなくわかるけれど、意味が聞き取れない。
幾人もの声が混ざり合い、反響しあい、何を言っているのか個別には聞き取れなくなっている。
そんな不気味な状態で、ぴくりとも動かない体で、ただ、時間が過ぎるのを待つことしかできない。
「・・・・・・だれか、たすけて」
声は、出なかったと思う。
** ++ **
儀式の間は、この日のために用意された空間ではあったが、決してそれだけの空間ではなかった。
もともと、この場所にはこれだけ広大な空間があった。
だれも、気づいていなかっただけだ。
知っていたのは、ごく一部。
それこそ、三百年前。
クリシャが潰した研究所の崩落に巻き込まれた、一部の研究員たちだけだ。
その研究員たちが残した資料をもとに、ジュマガラはこの空間を探り当て、ここに自分の研究施設を築いた。
おおよそ、二十年をかけて構築されたこの場所が、王国内へ口を開いたのは、ほんの数日前だった。
それまでは、王都の外の森の中にある入り口からしか、ここへ訪れることはできなかったのだ。
それどころか、地下で育つ植物を育て、畑まで作って自給自足していたのだから、ジュマガラがこの施設にかけた労力は並大抵のものではない。
そして、それらの苦労が、今結実しようとしている。
ジュマガラが座す中央の祭壇。
その周りで、魔術陣が光り輝き、教団員たちが詠唱を続けている。
この儀式が終われば、その結果は、はたしてジュマガラの望むものとなるであろうか。
時間のかかる儀式の完了まで、ただ静かに、ジュマガラは思索にふけるのであった。
** ++ **
「・・・・・・さて?」
石堂の入り口に到達した三人は、中を覗き込む。
ここに来るまでにすれ違いかけた敵は、クリシャが魔術で対処した。
中では、外の騒ぎなど無視して、儀式が続行されている。
「クリシャ。どう見る?」
「あれ。中央で気持ち悪い杖を持ってるの。あれがジュマガラ」
「ふむ」
見た目から明らかに気持ち悪い杖を持っている。
遠目だと、ただの赤黒い棒にしか見えないというのに、この距離ですでに気持ち悪さを感じる杖だ。
「ちょっと待ってね」
クリシャが石堂の中を観察している。
石堂は広い。
二百メートル四方はありそうな空間だ。
巨大な魔術陣が床に敷かれている。
特徴的なのは、四か所。
高く作られた台のようになっている箇所が四か所ある。
正三角形の頂点となる三か所と、その中央の一か所だ。
「あの高い場所の上だね」
五メートル四方ほどの大きさのその台の上に、何かが置かれている。
「あそこに、多分さらわれた人達がいる」
それぞれの台を数人の教団員が囲み、何かの魔術を詠唱している。
「終わるまでの時間は?」
「そんなに余裕はないね。とりあえず、詠唱は邪魔しないと」
「む」
台座の周囲を囲む教団員の数は数えられるほどではあるが、少なくはない。
下手に突っ込みと袋叩きになりそうだ。
かといって、
「大規模に吹っ飛ばすと、陣の上の人質が危ないな」
「いや、ここでモリヒト君が下手に魔法を使うのは危ないよ」
どうするべきか、とレッドジャックを握りしめながら言うモリヒトに対し、クリシャは首を振った。
クリシャの視線は、陣を見据えていて、
「あの陣、多分上に載ってる人達から魔力を吸いあげてる。ここで下手にモリヒト君が魔術を使うと、モリヒト君の体質的に周囲の魔力を吸い上げてしまうよ」
「そうなると?」
「陣の方で、足りない魔力を補うために、陣の上に乗っている人達の魔力を吸い上げるだろうね」
それは、端的に命にかかわってしまうだろう。
助けに来たのに、モリヒトが命にとどめを刺すようなことになっては、本末転倒だ。
「しかし、だとするとどうする?」
「・・・・・・・・・・・・ボクが行くしかないか」
はあ、とクリシャが諦めたように息を吐いた。
モリヒトやナツアキは、そうそう力にはなれない。
魔術が使えないモリヒトでは、敵を仕留めるのは困難だし、ナツアキは魔術が使えない。
「・・・・・・幸い、相手は儀式に集中してる。・・・・・・最初に、ボクが周りの教団員を吹っ飛ばすよ。それで、ジュマガラの気を引く」
「その間に、俺とナツアキで陣の上から人質をどかす」
「わかりました」
三人は頷き合い、行動を開始した。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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