第23話:突入
テュール異王国の騎士装備は、主に二種類に分けられる。
一つは全身を覆う鎧であり、防御力とそこに仕込みをして身体強化の魔術具として開発された、大がかりなものだ。
総じて大物になりやすく、着込めば体格が一回り以上巨大化する。
魔獣を相手にすることも多いため、力負けしないように重量を重く作ることもあって、すべてを装着している場合は、ロボットにすら見える。
欠点は、大きさと重量故に慣性に振り回されやすことと、装着している騎士の魔力を消費するが故の燃費の悪さか。
前衛で戦闘する騎士用に調整された、近接戦闘用である。
もう一種は、魔術をメインに使う騎士用だ。
魔術具としての性能は低くし、鎧自体も小型で軽量なものとなる。
個人の適性に合わせた発動体を装備し、基本的には後衛前提となる軽装の鎧だ。
身体強化の魔術具としての能力などは除外されており、仮に身体強化などが必要なら、装着した騎士が自前で発動しなければならない。
装備の品質と闘い方から、魔術メインの騎士の方が、扱うべき技能が多くなるため、テュール異王国においては、魔術騎士は総じて能力の高いエリートである。
ぶっちゃけ、魔術を選んで戦うより、魔力量に任せて身体強化を発動し、鎧の防御力を頼みに近づいて斬りかかった方が戦闘としては安定するのだ。
もちろん、近接戦闘用の騎士鎧をまとう騎士といっても、魔術が使えないわけではない。
結局のところ、テュール異王国の騎士というのは、近接戦闘から魔術までこなせて、しかも身体強化の魔術具を戦闘の間安定して運用可能な、エリートなのである。
** ++ **
アジトへの侵入は、最初は静かに始まった。
目的地の倉庫は、外には見張りはいなかったものの、倉庫の中には見張りがいた。
これらの見張りをどうするか、と言うのは、モリヒトには疑問だった。
突入部隊として集められた騎士は、魔術騎士が混じっているが、それでも装備はそれなりに重い。
金属部品が多いため、動けばそれなりに音がする、と思っていたからだ。
「・・・・・・静かなもんだな」
「そりゃ、テュール異王国の騎士の鎧は、一個一個オーダーメイドだから。きちんと採寸して作ってる上に、設計もきちんとしてるから、鎧の金属が擦れたりして、音を立てることなんてないのよ」
かすかな金属音くらいはするが、全身金属の鎧を着こんでいるにしては、その音は静かだ。
何より、足音があまりしない。
「そりゃ、靴の裏には衝撃吸収材付きよ」
言って騎士が見せてくれた脚には、なにやら鎧の上からサンダルのようなものを巻き付けている。
外付けで巻き付けたようなものではなく、それを含んだ設計となっているようだ。
「皮とか、ゴムとか、そういう素材の複合で作ってるらしいわ。そういうのを、鎧の金属がこすれるところにさりげなく仕込んでるおかげで、あんまり金属の音が鳴らないとか」
それらの鎧の事情から、テュール異王国の騎士鎧は、総金属製でありながら、制音性に優れるのだという。
「さらに、今回は魔術を使って音を静かにさせるわ」
倉庫を外から囲み、今回同行している魔術騎士が三名、同時に魔術を詠唱している。
一定範囲内の音を消す魔術だ。
その魔術が発動した瞬間に、倉庫の扉を蹴破り、騎士達が突入した。
とはいえ、魔術の効果範囲内にいたモリヒト達には、それらの音は聞こえない。
魔術の効果が切れ、音が戻ってきたころには、倉庫内は制圧状態となっていた。
「早いな」
見張りについていた者たちは、騎士達に比べれば弱いとはいえ、即座に捕え、無力化しているあたり、さすがだろう。
「なんだかんだ、やっぱり騎士は強いよねえ」
以前、セイヴがテュールの騎士は弱くはないと言っていた。
実際、オルクトの騎士と比べても、テュールの騎士は上澄みの層に近い実力を保持しているという。
全体の数は少なくとも、確実に実力者の集団なのだ。
「・・・・・・入り口が見つかったって」
アトリに呼ばれて、モリヒトは向かう。
「どんなもん?」
「階段になってるらしいけど、どうもかなり急な階段になってるみたい。あと、結構長そうって」
「だろうねえ」
「手順は?」
「打ち合わせ通りよ」
倉庫の周囲は、国軍の一般兵たちが警護に就く。
突入と制圧を目的とした騎士達が、アトリと一緒に突入する。
その後に、クリシャを先頭に、モリヒト、ナツアキ、ロクロムの小隊が続く形だ。
「じゃ、先行くわ」
アトリはそう言うと、さっさと倉庫へと入っていった。
「肩で風を切っておられる・・・・・・」
刀を腰に提げ、簡素な鎧を身にまとい、颯爽とした後ろ姿で倉庫へと去っていくアトリを見て、ううむ、とモリヒトが唸ると、クリシャがくすくすと笑った。
「ま、あちらはあちらで、だいぶ慣れている、ということだよ」
それより、とクリシャが後ろを振り返ると、剣を一本渡され、簡易的な皮鎧を着たナツアキがいる。
「・・・・・・大丈夫か? 剣振って、自分の手とか足とか、切るなよ?」
「大丈夫ですよ。・・・・・・これでも一応、アトリの家で軽くさわりくらいは習ってるんで」
そう言いながら、危なげない様子で剣を抜いて見せる。
「ふむ」
剣を鞘から抜く、というのは、それだけでも慣れていないと手間取ることがある。
ゆっくりと落ち着いてやれば問題ないが、何回も何回も連続したり、戦闘時のとっさの時などに急いで抜こうとすると、引っかかったり、手を切ったりする。
鞘に納める時も同様だ。
だが、ナツアキの手つきに、その類の危うさはない。
「・・・・・・? アトリの家では、刃物も触ってたのか?」
「いえ。こっち来てからですけどね」
「ふむ・・・・・・?」
こちらは割と物騒な世界だし、ちょっと前には王城まで襲撃された事件もあった。
あの事件を経た以上は、護身用に訓練しておくのは悪いことではないと思うが、
「まあ、戦わない方向で。足手まといだしな。俺ら」
モリヒトが言えば、ナツアキも頷いた。
「ミーナ嬢にかっこいいとこ見せたいかもしれんが、慎重にな?」
「そんなつもりはないですよ!」
けらけらと笑いながら、モリヒトは剣を手に階段へと進む。
「暗いねえ」
階段を覗き込めば、奥の方は暗闇へと消えている。
「明りは消されてるね」
クリシャも覗き込んで、頷いた。
「奥に進んで明りを点けるってわけじゃないのか」
「目立つのは目立つが、気づかれるまでは静かに制圧していくって話だからね」
騎士の鎧には、こういう暗闇を見通す機能があるらしい。
クリシャは、杖を抜いて、何か詠唱をした。
「こういう時は、暗視ゴーグルでも使うのかねえ」
モリヒトも、それにならう。
短剣のブレイスを抜いて、
「―ブレイス―
闇よ/道を開けろ/風よ/身を隠す衣となれ」
暗視ゴーグルとステルスのイメージで、魔術を詠唱。
外から見えないから、どういう具合に消えるのかはわからないが、少なくとも階段の先は見通せるようになった。
「準備完了」
「僕も、いけます」
ナツアキの方は、眼鏡を取り換えている。
「・・・・・・その眼鏡は?」
「暗視機能付きの眼鏡です」
「・・・・・・そんなもんあんのか」
「魔術を付与した眼鏡は結構、需要があるからね。遠くを見るものとかもあるし」
眼鏡にも種類があるんだねえ、と頷きつつ、モリヒトは階段へと足を踏み入れる。
「さて? 何気に、こういうのは初めてだな」
森に入ったり山に登ったりはしたが、暗闇に入るのは初めてだ。
ダンジョンに突入する直前みたいで、異世界だねえ、とそんな風に、モリヒトは笑うのだった。
** ++ **
「お、突入が始まったな」
遠目に状況を確認していたミケイルは、突入を開始した騎士達を見て、ふん、と立ち上がる。
手足につけたそれぞれの装備は、以前付けていたような、鉄くずをまとめたようなものではなく、ある程度見た目も整った形の手甲と脚甲になっている。
「どうするの?」
「ベリガルからは、別の進入路をもらってるんでな。そっちから行くぞ」
「別の・・・・・・?」
「資材搬入用の口らしいな。儀式場近くまで、直行だとよ」
「ふうん?」
ミケイルは、ぱんぱん、と手を打ち合わせて、
「ベリガルの予想通りなら、そっちに行けばかちあうはずだ」
にや、と笑いながら、ミケイルはフードを被った。
「・・・・・・本気でそれで行くの?」
サラが言う通り、ミケイルは、妙な仮面のついたフードを被っている。
「いいんだ。これをかぶってりゃ、俺は、ミュグラ・ミケイルじゃないって言い張れる」
「・・・・・・そうかしら」
サラの視線の先には、そのフードからこぼれる、特徴的なミケイルの髪がある。
ほんの少し前まで剃りあがっていた頭も、今ではもう首の後ろでくくれる程度には髪が長くなっている。
魔力を意識的に練り上げる程度で髪が伸びるんだから、やはり体質としてはおかしいとは思う。
「言ったもん勝ちだな」
はっはっは、と笑いながら、ミケイルは屋根の上を走り去っていった。
後ろから見送ったその様は、まさに『怪人』と呼ぶにふさわしいものであった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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