第13話:いつものこと
モリヒトは、不幸体質だ。
基本的に道を歩けば棒に当たる。
そうなるから、旅行などに出た際は、土産物は最後に買うようにして、街をうろつく時は無手で歩くようにしている。
そうした予防策が、ほとんど無意識に刷り込まれていることを自覚する度、モリヒトはなんとなく虚しい気分を味わう。
「・・・・・・どうしたんですか? はい」
ルイホウに聞かれて、モリヒトは何でもない、と笑って見せる。
周囲は大通り、と言う割には人通りが少ない。
寂れているわけではないし、屋台や店の呼び込みの声も聞こえるが、一国の首都の人通りとしては少ない。
「・・・・・・これはやっぱり、この国の力を示してんのかね・・・・・・」
「そうですね。やはりこの国は他国に比べて弱小ですから。はい」
ルイホウも少し寂しそうに頷く。
「そこらへんは、これからのユキオに期待だな」
「はい。そうですね。はい」
嬉しそうに笑うルイホウを見て、うむ、とモリヒトは頷く。
大通りを通り抜け、王都正門に近づく。
「・・・・・・」
門を通り抜け、その向こうに出て、足を止めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・どうかしましたか? はい」
ぼう、と街の外を見ているモリヒトを見て、ルイホウが声をかける。
「この光景には、違和感があるな、と・・・・・・」
門の外は、いきなり街並みが消え、野原や森が広がっている。
大通りの足元はレンガによって、きちんと舗装されているのに、門を一歩踏み出すと土を踏み固めた地面が道として続いているだけだ。
街や道に明確な境界がない日本の街並みに慣れているモリヒトとしては、こういう光景はどこか違和感が付きまとう。
「まあ、これがこの世界、と言われればそれまでなんだけどな・・・・・・」
「面白いですか? はい」
「・・・・・・少し、街の外に出てみるか?」
「危険ですよ? はい」
疑問口調に首を傾げてはいるが、ルイホウは苦笑している。
「まあ、いつもの短剣は持っているし、そんなに遠くに行くつもりもないからな」
「そうですか。なら、お供しますよ。はい」
ルイホウは笑みを浮かべ、モリヒトについてきた。
** ++ **
王都の外は平原が広がっている。
といっても、森が視界に入っているし、さほど広い平原、というわけでもない。
「・・・・・・落ち着いて見ると、結構起伏もあるな・・・・・・」
「大規模な移動には不向きですね。はい」
「そういう移動、することあるのか?」
「ないですよ? 戦争しませんから。はい」
ふーん、と頷き、モリヒトは歩く。
その顔は、つまらなさそうな表情だ。
「・・・・・・何か、面白くなさそうですね・・・・・・。はい」
「俺は、基本的に怠け者だからな。この一月ばかり、ちょいと働きすぎた。だから疲れてるんだよ。ああ、だる・・・・・・」
がく、と肩を落とす。
「・・・・・・この一月で初めてですね。モリヒト様のそういう顔を見るのは。はい」
不思議そうな顔をして、ルイホウはモリヒトの顔を覗き込む。
「・・・・・・何でルイホウはここにいるんだ?」
「いきなり何ですか? はい」
困惑した顔を見て、モリヒトはため息をついた。
「すまん。俺はどうやら相当疲れているらしい。・・・・・・子供相手に弱音吐くようなことは、しないように気を付けてたんだけど、な・・・・・・」
「・・・・・・私、子供ですか? はい」
きょとん、としたルイホウに、モリヒトは笑いかける。
「ユキオ達のことだよ。ルイホウは、この世界じゃもう大人だろう?」
「この世界で、女性の成人は十三歳です。男性だと十五歳ですが。はい」
「・・・・・・そういや聞いてなかったな。ルイホウいくつ?」
「今年で十七歳です。はい」
わりとあっさり答えが返ってきた。
「ナツアキは十七だったか。ユキオとアトリは十六で、アヤカは十四、ウリンも十四だったな・・・・・・」
「モリヒト様は? はい」
「二十。・・・・・・のはず」
「はず? はい」
「気にするな。あんまり気にしなくなっててな」
実際、高校を卒業してから、自分の年齢に自信が持てなくなっている。
「・・・・・・まあ、年上だからって、俺もさほど大人な訳じゃないか・・・・・・」
呟き、モリヒトは歩き出す。
「どちらへ? はい」
「散歩だ散歩」
平原の緑の中、土の色を見せる街道がある。
「ルイホウ。この道を行くと、どこに着く?」
「この街道は、隣国の首都まで続いていますよ。はい」
「というと、オルクト魔帝国、だっけ?」
「この大陸最大の国家ですね。はい」
魔術研究の最先端にして最大手、とのことだったが。
「この国が唯一隣接している国家で、同盟を結ぶ相手か。・・・・・・何だか、なあ・・・・・・」
「何ですか? はい」
「つまるとこ。その国が攻めてくると、こちらは対抗しきれない、と」
「攻められる理由がありません。この国は、あの国の生命線の一つですから。はい」
「・・・・・・竜殺しの大祭、とかいうあれか?」
「それです。はい」
「ふーん」
頷きつつ、モリヒトは先へ進んでいく。
ルイホウは、自分の身長ほどもある杖を抱えて、その後をついていった。
** ++ **
一時間ほど歩くと、平原と森の境界に至る。
「・・・・・・この辺りに来ると、王都が見えないな」
「森に阻まれますからね。はい」
森を避けるように作られた街道が、連続してカーブしているため、でもあるのだが。
「・・・・・・面倒な作りだよな。まっすぐに整備させたいとこ、ろ・・・・・・だが?」
街道を見ていたモリヒトは、息をひそめて耳を澄ます。
「どうかしましたか? はい」
「ん~。・・・・・・何か聞こえないか?」
「何か? はい」
ルイホウも耳を澄まし、
「・・・・・・獣の鳴き声、ですか? はい」
「なのか? 俺には、あまり聞き馴染みがない」
「・・・・・・」
何か不審を覚えたらしいルイホウが、じっと耳を澄ませる。
「・・・・・・これは、・・・・・・はい・・・・・・」
「どうかしたか?」
何か、様子の違うものを感じたらしい。
「・・・・・・何か、あったんでしょうね。はい」
「何か?」
「少なくとも、ただの魔獣じゃありません。はい」
「何で分かる?」
「鳴き声の質が違いますから。はい」
「質、ねえ・・・・・・」
首を傾げる。
まあ、ルイホウが言うならそうなんだろう、と納得し、
「・・・・・・行くか」
「面倒に巻き込まれますよ?」
「・・・・・・いや、このまま帰っても絶対巻き込まれる」
確信。
不幸体質の自分だ。
必ず、トラブルを引き寄せて、
「あ、遅かった・・・・・・」
「・・・・・・下がってください! はい!!」
ルイホウに襟を引かれ、ルイホウが杖を構えて前に回り込む。
「―サロウヘイヴ・メイデン―
大地よ/壁を」
ルイホウの眼前に、大地が隆起して壁を作る。
「む?」
モリヒトが小さく唸った直後。
轟音を立て、壁が吹き飛んだ。
「おお? 派手だな」
「攻撃魔術です。はい」
ただ、とルイホウは首を傾げ、
「流れ魔術っぽいですね。はい」
流れ弾の一種か、と内心首を傾げるモリヒトを置いて、ルイホウは風を起こして土煙を吹き飛ばす。
砂埃が晴れた後、モリヒトは、森がトンネル状にえぐられた光景を目の当たりにする。
やがて、バキバキ、という音とともに、幹の一部をえぐられた木が倒れていく。
「・・・・・・ルイホウ」
「はい」
木のトンネルの向こう側。
意外と近い距離だ。
そこに、あった。
「・・・・・・助けよう」
「分かりました。はい」
魔獣に襲われる、旅人か何か。冒険者だろうか。
先ほどの魔術は、その中の魔術師が放ったものらしい。
剣士が二人、魔術師が二人。
遠目のため、顔は分からないが、
「敵の数が多いな」
「エオドッグ。・・・・・・群れで狩りをする魔犬です。はい」
先に行く、と言い置いて、モリヒトは前に出る。
「―ブレイス―
大気よ/渦巻け/風よ/引き抜け/敵に絡め」
イメージは嵐の玉。直径一メートルほどの大きさの球形の渦巻く風だ。
そこから、風を使って、その嵐の一部を引っこ抜いて叩き付ける。
その結果生まれるのは、真空現象だ。
すなわち、カマイタチ。
連続して生まれたそれは、幾筋かの軌跡で魔犬達を薙ぎ払う。
「・・・・・・終わり、というわけではないよな?」
「おそらく、はい」
ただ、彼らの当面の危機は、消えただろう。
「おーい! 大丈夫か?!」
木のトンネルを抜け、四人の冒険者の元へ。
「・・・・・・ああ、ありがとう。すまない。助かった」
先頭にいた剣士は、剣を地面に突き刺し、それを杖代わりにして、肩で息をしている。
他の三人も、似たようなものだ。
「怪我があるなら、治療するぞ?」
ルイホウが、と付け加えると、ルイホウが微妙に嫌そうな顔をしつつ、
「やりますけど、はい。でも、疲れるんですよ? はい」
近づき、魔術で治癒をかけていく。
後ろにいた二人は、かなり疲労しているようだ。
前衛の剣士は、一人が男で一人が女。
後ろのローブ姿は、二人とも女のようだ。
片方は、魔術師用の杖を持つ女性。片方は、フードをかぶっていて、雰囲気から女とは分かるが、顔は分からない。
「・・・・・・ん?」
その内の一人に目を向ける。
ローブとフードを纏った、顔の分からない人間。
片方は魔術師のようだが、こちらはどうも違うらしい。
「護衛か何かか? 王都へ向かう途中だったのか?」
「あ、ああ。王都へ、その人を護衛してな」
剣士の男が答える。
どうやら、この男がリーダーらしい。
「・・・・・・何で歩きなんだ? 王都へなら、街道を通る辻馬車があるだろう・・・・・・」
「そ、それは・・・・・・」
男が口ごもる。
「訳アリなら、別に聞かんよ。見なかったことにして、俺達は消える」
「・・・・・・待ってください」
フードを被っていた女が、フードを取る。
少女だ。
黒髪に、緑の眼を持つ少女。
少し大人びた、可愛らしい顔立ちをしているが、おそらく十歳前後の、子供である。
「何だ?」
「そちらの方は、召還の巫女様、ですよね?」
ルイホウを指す言葉に、モリヒトは頷く。
「そうだ」
「助けて、ください・・・・・・」
すがるようにルイホウへと、少女は手を伸ばす。
「・・・・・・それは、『巫女の派遣』を要請している、とそういうことでしょうか?」
「そうなるわ」
ルイホウの問いに答えたのは、冒険者の女性の方だ。
一方、モリヒトは『巫女の派遣』という言葉に首を傾げて、
「・・・・・・ルイホウ。説明よろしく」
ほとんど丸投げに近いが、
「召還の巫女は、この国において、もっとも強い力を持つ魔術師でもあります。はい。ですが、召喚など、そうそう行わない以上、巫女達は普段、することがあまりないのです。はい」
召喚を行わなければ、仕事がない、ということか。
「数代前の王の時代から、遊ばせておくよりは修練にもなるだろう、ということで、緊急時に巫女を派遣するようになったんです。はい」
「なるほど」
傭兵国家のようなことをする。
「ですが、巫女は数が限られます。それゆえ、その要請も、簡単には受け入れられないのが現状です。まして、。はい」
それは、納得できる言葉だ。
だから、
「場所は? それと、何を目的としている?」
「オルクト魔帝国の、リーセ村。・・・・・・病人が・・・・・・」
「流行り病か?」
「はい」
「ルイホウ?」
「・・・・・・私の一存では、決められません。はい。それに、他国への派遣の場合、その国の政府の承認が必要となります。はい」
その言葉を聞いた瞬間、少女の顔が絶望に沈む。
「そうか。でも、俺は助けに行くぞ?」
少女の顔を見たモリヒトは、ルイホウにそう言っていた。
ルイホウは、モリヒトの顔を見返して、苦笑を混ぜつつ微笑んだ。
「それなら、私もついて行かざるをえませんね。はい」
きょとん、とした少女の頭を撫で、
「で? 君の村は、どこにある?」
「リーセ村は、異王国と魔帝国の境界のすぐ傍にある村です。はい。ここからだと、馬車で二日ほどかかります。はい」
だとすると、歩きで行くには、少々無理がある距離だ。
準備が必要になる。
だが、
「行けないことはないか」
「道中に休みを入れる必要はありますが、私とモリヒト様がそれぞれに魔術を使えば、往復二日ほどでしょう。はい」
「本当ですか?!」
少女が、希望に満ちた声を上げる。
「護衛の人達は、どうする?」
聞くと、三人は顔を見合わせ、
「ここに、置いて行ってくれていい。・・・・・・ここからなら、王都までなんとか辿りつける」
「分かった。なら、置いていく」
怪我も治っているし、大丈夫だろう。
「方向はどっちだ?」
「あっちです」
指差された方向は、西寄りの北西方向。
「ルイホウ、先導してくれ。それと、道を頼む」
「はい」
少女を抱え上げる。軽い。
「しっかり掴まってろ」
「はい」
「では、モリヒト様。行きますね? はい」
「おう」
「―サロウヘイヴ・メイデン―
水よ/橋を形成せ/氷よ/その道を支えよ」
水が集まって橋を形成し、凍りついて歩けるようになる。
「―ブレイス―
炎熱よ/肉体に強化を/我らに加速の加護を与えよ」
炎の光が、モリヒトとルイホウを包む。
「・・・・・・そうだ。君の名前は?」
「フィニ、です」
「フィニ。しっかり掴まってろ。行くぞ」
ルイホウが先に、それを追って、モリヒトが駆けだす。
爆裂にも似た跳躍の連続の疾走は、急激な速度となって、二人を彼方へ運ぶ。
モリヒト、ルイホウ、フィニの三人がリーセ村に到着したのは、半日後のことだった。
村にたどり着いた瞬間、モリヒトは魔術の使い過ぎでぶっ倒れ、回復に丸一日を要するのだが、それは別の話である。