第21話:そのころのユキオ
すー、とゆっくり長く吸気を行う。
二メートル以上という、自分の身長よりも長い棒を振り上げ、頭上で保持する。
息を止め、一つ、二つ、三つ、と声を出さずに数え、
「ふ」
短い呼気とともに、振り下ろす。
棒の先端が空気を切り裂く音がして、振り下ろされ、
「!」
ぴたり、と先端が地面に触れる直前で止める。
しなりなく止まった棒の重みを感じつつ、息を整え、ゆっくりと棒を引き戻す。
「・・・・・・お見事です。振りはもう完璧ですね」
ライリンからの声がかかって、ユキオは振り返る。
先ほどから、同じ動作を延々と繰り返していた。
ユキオが握っているのは、ただの長い木製の棒に、握りをつけただけのものだ。
木製ではあるが、芯に金属が入っているらしく、長さも相まって、両手でしっかりと持たないとよろける程度には重さがある。
手元側に重心がある重さのため、真っすぐに持ち上げると、安定して持てる。
この棒が、『竜殺しの大祭』でユキオが振るう、『竜殺しの剣』の模型である。
重さと長さは、もととなっているものと同じであるらしい。
『竜殺しの儀式』の際には、この振り上げて、振り下ろす動作こそが、儀式の肝として使われる。
重量があるため、本来なら、身体強化の魔術などと併用して振るわれるものだが、ユキオの場合は、ウェキアスである『八重玉遊纏』があるため、身体強化の魔術の習得に必要な時間を、儀式の手順の確認に充てている形だ。
「・・・・・・重いわ。これ」
傍らに控えていた巫女衆の一人に棒を渡し、ユキオは差し出された手ぬぐいで汗をぬぐう。
「ものとしての重量や大きさは、実物のそれをそん色ないのですが、実際に振るわれる際には、これより軽く感じるかもしれません」
「そうなの?」
「場としての影響と申しますか、『竜殺し』の儀式用に作られた儀礼剣ですので、その目的のために振るわれる際に、使い手に対して補助が発動します。それが、身体強化のような効果を発揮しますから、本番の際には、もっと軽く振るうこともできるかと」
「なるほど」
本来なら、その重さで模擬用の棒を作りたかったらしいが、その軽さも体感的なものであって、再現できないとあって、保管されている『竜殺し』の剣を元にした作りになっているらしい。
ユキオはここ数日、ひたすらにこれらの儀式の手順の習得に勤しんでいる。
女王としての執務は一時停止し、ほぼ時間のすべてを訓練につぎ込んでいる形だ。
「・・・・・・これを、毎年ねえ・・・・・・」
「ここまでやるのは、今回のみで十分でございましょう。来年以降は、負荷も軽くなると想定されますし、儀式もそれほど精密でなくてもよいはずです」
「だといいけれど」
差し出された水を口に含み、その冷たさにほっと息を吐く。
「・・・・・・みんなは?」
ユキオが聞いたのは、今朝からモリヒトもナツアキもアトリも、城の外に出ているからだ。
それについて、アヤカから聞いたものの、こちらの訓練の方が優先度が高い、ということで、こちらに来ている。
それも一段落ついたため、ユキオは聞いたのだろう。
「はい。アトリ様、ナツアキ様、モリヒト様は、現在城下にて、不届き者の討伐に動いております」
「不届き者? 遊びに出かけてるとかでなく?」
「はい。モリヒト様とルイホウの方で、なにやら城下にて犯罪行為が行われているという情報を得たとのことで、軍部の者で精査しました」
「ああ、なんだか、情報は上がってたわね? 外国の犯罪組織がどうとか・・・・・・」
まったく知らせないと逆に怪しまれてばれるから、とアトリやナツアキが適度にぼやかしてあげた報告書だ。
その内容については、ユキオも聞いている。
「現在、微妙な時期です。近いうちにオルクトの魔皇陛下もお越しになられますので、その前に決着をつけるべき、ということで、軍部の方からアトリ様と、モリヒト様、クリシャ様に出撃要請が出ました」
「その三人は、まあ、分かるとして・・・・・・、ナツアキも行ってるのよね?」
「それなのですが・・・・・・」
む、とライリンは言葉に詰まった。
それに対し、ユキオが訝し気に首を傾げ、問いを発そうとしたところで、
「失礼します。はい」
修練場に、ルイホウが入ってきた。
「・・・・・・ルイホウ?」
その姿を見たユキオは、あからさまに疑問を顔に浮かべた。
「あなた、モリヒトと一緒じゃないの?」
「はい。人手が足りないので、今回は別行動となります。はい」
「・・・・・・そんなに人手が足りないの?」
ルイホウの言葉に、ユキオは不安げ、というよりは、不満げに聞き返した。
ルイホウは、わずかに顔を伏せ、ため息を吐く。
「巫女衆の手が根本的に足りていません。『竜殺しの大祭』準備。祭に盛り上がっている城下で発生するけが人などへの治癒魔術での対応。王国全体に張られた防衛網に穴を開けるわけにも行きませんし、おまけに今回の事件で、まさしくてんやわんやという有様でして。はい」
「おまけに、モリヒトは危険地帯に突っ込むしって?」
「・・・・・・全くです。はい」
落ち着いた顔ながら、わずかに怒りがにじんでいるのが分かる口調に、思わずユキオは噴き出した。
「・・・・・・何はともあれ、とにかく人手不足です。はい」
笑われたことに憮然としながらも、ルイホウはユキオへと現状を述べる。
「そう。・・・・・・で、その事件にナツアキがついて行った理由は?」
「その犯罪組織が誘拐などを行っているそうで、さらわれたと思しき被害者に、どうやらミーナ様が含まれるようです。はい」
「ミーナって、ナツアキが最近ご執心の?」
「はい。そのミーナ様です。はい」
ルイホウの肯定に、ユキオは、はー、と感心したようなため息を吐いた。
「・・・・・・となると、もしかしてナツアキ、キレてるかしら?」
そこに思い至るのは、さすがに幼馴染、ということだろうか。
「きれる? とは・・・・・・?」
ライリンが首を傾げるので、ユキオは肩をすくめる。
「あいつ、友達がそういう目に遭うの許せないタイプだから」
意外と正義漢なのよ、とユキオは言った。
「昔は一人で突っ込んでたけど、最近は、周りを巻き込むことを覚えたから、普段は私たちが巻き込んであっちこっち振り回してるけど、キレてる時は、逆にすごいから」
ふうん、とユキオは面白くなってきた、という表情をした。
それはともかく、
「ルイホウ? それで、どうしたのですか?」
ライリンに水を向けられて、ルイホウは頷いた。
「はい。巫女長様。現状を鑑みて、第六保管庫の鍵をお貸しいただきたく、参りました。はい」
「第六・・・・・・? 何を必要としているのですか?」
「『水鏡』です。はい」
「・・・・・・・・・・・・ふむ。まあ、いいでしょう。貴女が必要と言うのなら、そうなのでしょうから」
そう言って、ライリンは袂から鍵を一つ取り出し、ルイホウへと渡す。
「ありがとうございます」
鍵を受け取ったルイホウは、深々と礼をするのであった。
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「ねえ、ライリン」
ルイホウの退出を見送った後、ユキオはライリンへと声をかけた。
「第六保管庫とか、『水鏡』とかって、何?」
「第六保管庫は、扱いの難しい術具などを保管している、巫女衆の保管庫になります。危険物も多いので、巫女長の許可がなければは入れません」
「へえ・・・・・・。『水鏡』は?」
「探知と解析に特化した魔術具になります。極めて繊細な扱いを要する上に、必要となる魔力量も多いため、あまり使用されないのですが・・・・・・」
「危険なの?」
「はい。・・・・・・使用する魔力量が多い、ということは、扱いを一歩間違えば命に関わる、ということでもあります。ルイホウならば、よもや読み違えたりはしないでしょうが・・・・・・」
ライリンは、そう言いながらも、眉が寄っている。
「心配?」
「ええ。ルイホウならば、わざわざ『水鏡』など使わずとも、同レベルの魔術を行使できるはずです。あの娘にとって、『水鏡』の利点など、魔術の構築と行使が早くなる程度です。それで消費する魔力量は段違いですから、割に合わないといいますか・・・・・・」
魔術について詳しくなく、ルイホウがどうしてそれを必要とするのかも分からないユキオとしては、ライリンの危機感はあまり共有できない。
それでも、ライリンへと思うところを口にした。
「たぶん、モリヒトから離れてるから、不安なんじゃないかしら」
「・・・・・・調子を見誤らぬとよいのですが」
はあ、と心配そうなため息を吐きながらも、ライリンは首を振って、気分を切りかえる。
「何はともあれ、あちらの事件は、担当の者たちにお任せになってください」
「大丈夫なの?」
「問題ありません。得ている情報などからも、解決はすでに見えています。・・・・・・むしろ、『竜殺しの大祭』に影響が出ないか、現場の者たちから心配の声が上がっているほどです」
「・・・・・・なるほど。私ががんばれば、問題ない、と」
「ご無理をおかけしますが・・・・・・」
心苦しそうに言うライリンに、ユキオはからりと笑って答えた。
「心配ないわ! 私が、自分でやるって決めたんだもの!!」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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