第18話:仕込みと危険と
「さて、どうしたもんかな・・・・・・」
唸りながら、モリヒトは歩いていた。
その後ろを、ルイホウとクリシャがついていく。
三人が悩んでいるのは、森の中での会談の結果だ。
正直、どう報告したものか、と、頭を悩ませているのだった。
** ++ **
『竜殺しの大祭』の失敗。
そして、新女王ユキオの死。
二つのことをベリガルが口にしたとき、最初に動いたのはルイホウだった。
「どういう意味ですか? はい」
杖に魔力が込められ、周囲の水気が増す。
それとともに、わずかに温度が下がったように感じる。
「・・・・・・警戒をしないでほしい。ここで何かをしたところで、結果は変わらない」
ベリガルは、その状態にも特に反応を見せず、静かに腰を下ろしている。
「・・・・・・」
ベリガルをにらみ据えるルイホウだが、
「ルイホウ」
モリヒトに声をかけられて、魔力をおさめた。
「で? どういう意味だ? さっき言ってた、お前の仲間がやってるっていう儀式の影響か?」
「いや、そちらは、成立してしまえばどうなるか、だが、成立させなければ問題ない」
「じゃあ、何だ?」
「・・・・・・」
聞き返したモリヒトへ、ベリガルの視線が刺さる。
「俺が何か?」
「原因は、君にある」
「・・・・・・俺?」
言われる理由が分からず、モリヒトは首を傾げる。
内心、自分に原因がある、という理由を考えてみる。
だが、体質に関しては、ルイホウが当日近づかなければ問題ないと言っているのだし、問題ではないと踏む。
それ以外で、思い当たる節がない。
「言いがかりか?」
「半分は。・・・・・・半分は恨み言だな」
ふ、とベリガルが笑った。
その笑いに、自嘲とモリヒトへの嘲弄の二つを感じて、モリヒトは眉をひそめた。
「原因は、まさにここで起こったことだ」
「・・・・・・瘤。テリエラ?」
ここで瘤から助け出した混ざり髪の少女を思い出す。
現在は、巫女衆管轄下の学院に入って、魔術師やそれに類する進路の教育を受けていると聞く。
このままいけば、巫女衆に入るか、または、テュール異王国の魔術騎士団に入るか、どちらかになるのではないかと聞いている。
本人の希望があるなら、市井で一般人として生活する道もある。
瘤を作る儀式に使われていたという事実から、要監視対象とはなっているものの、ミュグラ教団の実験体から保護された、という過去持ちなら、ルイホウをはじめとしてそれなりに保護され、社会復帰をしている例も多いため、差別などの心配も薄い。
「あの子に、何か仕込んでいるのかい?」
クリシャも、厳しい声を出した。
この国に来てから、城内や、巫女衆で働いている混ざり髪に積極的に交流を図って、その生活状態を確認していたようだし、やはり思うところはあるのだろう。
「いや。あの娘にも問題はない」
「・・・・・・じゃあ、何だってんだ?」
「主な原因は、君だ。モリヒト。異世界からの来訪者。真龍の体質を持つ者」
「む」
ベリガルは、モリヒトを見ながら、そう言った
モリヒトとしては、やはりそこか、という思いとともに、それが何の関係がある、という思いがある。
「この場で行われた実験は、テュールの巫女に鎮められるのが前提の実験だった」
ベリガルは、モリヒトの悩みなど気にしないかのように話を進めた。
「鎮められたところで、テリエラは地脈に沈み、溶ける。・・・・・・その時こそ、あの娘を媒介に刻んだ術式が、効果を発揮するはずだったのだが」
「生贄か・・・・・・」
「そうだが?」
悪びれもしない態度に、クリシャがいら立った様子で、鼻を鳴らした。
それに対し、一瞥こそしたものの、ベリガルはまたモリヒトに視線を戻し、話を続けた。
「だが、それは阻止された。他ならない、君の手で」
「俺が何かやったわけじゃないがね」
「自覚はなくとも、真龍の体質の一環ではあるんだろう。・・・・・・地脈とより親和性の高い肉体が、テリエラの代わりに君を引き込んだ」
「だな。おかげで、テリエラは助け出されることになり、彼女に仕込まれたお前の術式は、無意味なものになった、と」
「いいや。そうでもない」
どうにも、とモリヒトは不満、というか、不気味な感情を得る。
それは、いら立ちと同等のものとして、モリヒトの中に沸いていた。
ベリガルは、先ほどから、どこかはぐらかすような、結論を先延ばしにするような言葉を重ねている。
そのことが、どこかイライラする。
「・・・・・・面倒だ」
だから、はっきりと要求した。
「結局何が言いたい?」
「簡単に言ってしまうと、テリエラに仕込んでいた術式は、中途半端に効果を発揮した状態で、モリヒトの力によってかき消された。結果として、私としても想定外の状態で、地脈の中に私の仕込みが残ってしまっている」
「それで?」
「困ったことに、地脈に溶けた術式が、私にも制御不可能な状態で残っているため、『竜殺しの大祭』に影響を及ぼす可能性が大だ」
聞いた内容を、ゆっくりとかみ砕くように理解して、モリヒトは一つ頷いた。
「・・・・・・・・・・・・お前のせいじゃん」
「さて?」
「いや、お前が何もしなきゃ、要はそういう面倒は起こってない、という話だろう?」
「それはその通りなわけだが」
「じゃあ、お前のせいじゃん」
「もちろん、それは分かっているとも、だから、こうして君達に情報提供するための場を設けた」
ふ、とやはり悪びれる様子のない態度に、もうあきらめにも似た気持ちを抱きながら、モリヒトは聞く。
「結論を言え」
「私の残した仕込みについての追跡調査の結果、今、王都内で進行している儀式の下準備と合わさって、予想外の結果が生み出されようとしている。それはそれで興味深いのだが、今回はそれは見たくない。なので、君達に情報を提供することで、『竜殺しの大祭』を正常に終了するための手助けをしたい」
「本音か?」
「もちろんだ。・・・・・・この件で、新王が死んだ場合、次の王の召還にまではまた時間が空く。『竜殺しの大祭』を失敗した上での、それはこの土地を海の下に沈めかねない、と予想している。さすがにそれは、今後の私の研究に差し障る」
「結局は、自分の利益か」
「他にもあるが、君達に最も信用してもらえるのは、やはり打算だろう?」
ベリガルは、肩をすくめて笑って見せて、机の上に書類の束を滑らせた。
「何はともあれ、だ」
書類を受け取ったモリヒトは、ぱらぱらとめくってから、隣のルイホウに渡す。
「その資料には、テリエラを通して地脈に仕込むはずだった術式と、その効果について記載してある。・・・・・・私の考える、解決方法もな」
「・・・・・・」
「その資料の内容は、巫女衆の方で精査すれば対策は取れるだろう。・・・・・・そして、もう一つ」
ぴ、と人差し指を立て、ベリガルは要求した。
「王都内で行われている儀式を中断させる。そのための手助けを頼みたい」
「・・・・・・手助け?」
「私が表立って動くには問題がある。だから、君達の方で阻止してほしい」
「勝手なことを言うな」
「もちろん、補佐はするとも。・・・・・・ただ、ミュグラ教団の一員として、どうにも出来ないこともある」
モリヒトは、ルイホウやクリシャと目を合わせる。
二人の表情は、信用できない、と雄弁に語っていた。
「どうにもできない理由は?」
「簡単に言ってしまうと、ミュグラ教団員には、同士討ちを防ぐための契約術式がある。そして、その中でも、ミュグラ教団の統率者に対しては、一切の敵対ができない」
「・・・・・・待て、今その話をするってことは、王都でことを起こそうとしてるのは・・・・・・」
「そう。今、王都で儀式を行おうとしているのは、今代のミュグラ教団の総帥。ジュマガラだ」
** ++ **
それは、不気味な男であった。
一見すれば、穏やかに微笑む麗人に見えた。
絶えず穏やかな微笑みを浮かべる整った顔立ち。さらさらとたなびく長髪。スマートな体躯。
その男は、一見すれば、危険な男には見えなかった。
だが、目を見た瞬間に、その印象は一変する。
どこまでも暗く濁った眼だ。
狂気と執念、欲と俗、そして、慢心と法悦。
これは、狂人である、と、ただ目を見ただけで分かってしまう。
男は、ジュマガラ、と呼ばれていた。
ミュグラ教団、総帥、ジュマガラと。
「用意は?」
問いかけるのは、彼の部下の教団員に対してだ。
「は、予定通りの数は揃っており、手順表に従い、儀式準備は進行中です」
教団員は、ジュマガラの問いに対し、平坦で抑揚のない、機械じみた声で返答した。
「結構」
そう言って、ジュマガラは頷いた。
ジュマガラは、視線を向ける。
儀式場の中央には、祭壇があり、その中央には、人型大のものを安置できる寝台が七つ備えられている。
儀式の準備のため、あちらこちらと走り回る教団員たちだが、その動作は無機質で、表情は平坦で、感情は希薄であった。
「・・・・・・・・・・・・」
それらの様子を、感動もなく眺めながら、ジュマガラは時を待っていた。
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「さて?」
ベリガルは、机の向かいに座る、それぞれの顔を見る。
「・・・・・・私の情報は、理解してもらえたかね?」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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