第17話:顔合わせ
森の中を目指し、モリヒト達が歩いているころ、街の中では、ちょっとした騒ぎが怒っていた。
「どうしたんですか?」
そこに行き会ったナツアキは、馴染みとなった商店街の住人達に声をかける。
「ああ、ちょうどいいとこに!」
顔なじみのおばさんが、ナツアキにつかみかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「それが・・・・・・!」
話を聞いて、ナツアキの顔色が変わった。
** ++ **
モリヒトが、ルイホウの案内で森の中を進む。
やがて、一角がぽつんと開けた場所へと出た。
「・・・・・・思いのほか優雅な空間が・・・・・・」
しっかりとしたテーブルとイス。
樹々の枝葉による日よけ。
森の中の休憩所は、雰囲気だけならなかなかのものだった。
そこに座っているのが、うさんくさい白衣の中年でなければ、もっとよかった。
「・・・・・・ベリガル・アジン」
その姿を見たクリシャが、名を呟く。
「ベリガル・・・・・・。そうか。あんたがそうなのか」
それに対し、モリヒトの反応は、驚きだ。
一度、接触のチャンスがあったとはいえ、その時は瘤の対処に気を取られていて、姿を見ている余裕はなかった。
後で聞かされたことではあったため、モリヒトとしては、ベリガル・アジンは、厄介な敵、という印象が強い。
その隣にいるクリシャから、強い緊張を感じて、モリヒトは、ふむ、と唸る。
「・・・・・・はじめまして。モリヒトです」
その挨拶を聞いて、ベリガルは顔をしかめた。
「気の抜ける男だ。・・・・・・まあいい」
そう言って、おもむろにベリガルは立ち上がる。
「ベリガル・アジンだ。本日、君をここに呼び出した男だよ」
言って、ベリガル・アジンは、軽く一礼した。
「・・・・・・あ」
「? どうかしましたか? はい」
その礼を見ていたモリヒトが、ベリガルが座っていたテーブルを見て声を上げ、それに対してルイホウが首を傾げた。
それに対し、モリヒトはテーブルの上を指さす。
ほかほかと湯気を立てるティーポットや、焼き菓子などが並べられている。
「くそ、なんかうまそうなもん食ってる」
「・・・・・・どこを見ているんですか。はい」
「せっかく屋台でうまそうなもん買ってきて、昼時で腹減ってるだろうやつらの前で美味そうに食ってぐぬぬ計画が」
「そんないやがらせしようとしてたのか」
はあ、とクリシャが呆れのため息を吐いたので、モリヒトは、ははは、と笑う。
「だって、どうせ敵だろ? いやがらせと煽りぐらいしたっていいじゃないか」
「こらこら」
「迷惑をかけてきているのはあっちじゃないか」
モリヒトがベリガルを指さして子供みたいなことを言うと、
「迷惑をかけられたからっていやがらせをしていい理由にはならないよ」
やれやれ、とクリシャは腰に手を当てて聞き分けのない子供に対する母親のような口調だった。
「子供扱いかあ」
「君よりは大人だよ」
ははは、とクリシャは笑った。
「あの、お二人とも、よろしいですか? はい」
「お? ルイホウ? どうかした?」
「うん? 何か言いたいことでも?」
「あちらの方、お待ちですよ? はい」
ルイホウが示す先、ベリガルが立ったまま待っている。
「・・・・・・できれば、話をしたいのだが」
こほん、とベリガルが咳払いとともに促してきた。
「呆れられてるよ?」
「いいんじゃないか? 別に」
気にしても仕方ないだろ、とモリヒトは気軽に椅子に座る。
それを見て、顔を見合わせた後、ルイホウとクリシャも席についた。
そのことを確認し、ベリガルも椅子に座り直すのだった。
** ++ **
「で? 何の用?」
席についたモリヒトが、持ってきたお土産の食事を頬張りながら、ベリガルに聞いた。
「わざわざ、手の込んだ組紐まで用意して、俺を呼び出しだろ?」
「ふむ。・・・・・・そうだな」
ベリガルは、顎に手を当てて唸る。
「まずは、認識合わせから始めようか」
「ほう?」
何を言い出すのか、とモリヒト達が身構える中で、ベリガルは、肩をすくめて見せた。
「はっきりと言っておくが、前回の事件については、私の完全敗北だ」
「・・・・・・」
いきなりの敗北宣言から始まり、モリヒトが呆気に取られる中、ベリガルはにやり、と笑ってモリヒトを見た。
「正直、君の存在こそが不確定要素の最上位だ。・・・・・・テュールの巫女と、魔皇の介入までは、想定内だったがね」
褒められているのか、と思えば、悪い気はしない。
モリヒトがちょっと調子に乗りかけたところで、クリシャが横から肘鉄を入れた。
「気を付けた方がいいよ?」
「うん。敵だしな」
「そういうことじゃない」
クリシャの、ベリガルを見る目は厳しい。
「ベリガル・アジン。ボクも最近よく聞く名前だ」
「へえ? 有名人なのか」
「そう」
クリシャは、ベリガルをにらんだまま、口を開く。
「ミュグラ教団の中でも、有名だよ。・・・・・・有名なのに、捕まらない」
クリシャは、唸る。
「こいつのやらかす実験は、基本的に被害が出ないんだ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。こいつのやらかす実験は、一時混乱をもたらし被害を生む。けれどその後にまで被害が残らないんだ」
「・・・・・・いいことでは?」
「それで終わってるならね」
クリシャは腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らした。
「こいつが暗躍した後の土地を、ボクも調べたことがある。巧妙に隠されてはいたけれど、何かの仕込みがあった」
「ほう?」
クリシャの言葉に、ベリガルが笑った。
「どんな仕込みか、分かったかね?」
「・・・・・・分からなかったよ」
クリシャは、悔しさをにじませて、吐き捨てるように言った。
にらむ目は厳しいままだ。
「何かを仕込んでいるのは分かったのに、何を仕込んでいるのかが分からなかった。何を目的としているのかも」
「ふ。心配せずとも、後に何か被害をもたらすような仕込みはしていない。私がしている仕込みは、実験が終わったあとの追跡調査のための観測の仕込みだ」
ベリガルがしてきた実験は、主に地脈関連だ。
だが、その内容は多岐にわたる。
地脈から力を引き出して肉体に注ぐことで強化する。
あるいは、地脈から力を引き出して、大地に影響を与える。
この辺りは、今のオルクトやテュールでもやっていることの延長ではある。
だが、ベリガルがやったのは、さらにこの逆だ。
すなわち、生きている人間から魔力を抜いて、弱体化させる。
豊かな土地から地脈へと魔力を還元させ、枯れた大地を作る。
成功してしまった場合に、被害が極めて大きくなる。
もっとも、その後に元に戻していくのが、ベリガルのやり方だ。
「とはいえ、その後のことまで知っておかねば、研究は成功とはいえない」
「何を言っているんだか。どうせ、その覗き見で、いろいろ情報収集してるんだろう」
「もちろん。できることは、いろいろ利用させてもらっているとも」
悪びれることもなく頷くベリガルに、クリシャは、ふん、とそっぽを向いた。
「・・・・・・しかし」
ベリガルは、モリヒトを見た。
「困ったことに、この間の実験では、その仕込みが軒並み破壊されてしまった」
「ほう? それはいいことを聞いた。大変すばらしいね」
「・・・・・・なんか、クリシャ機嫌悪いな?」
「こいつが表に出るようになってから、ミュグラ教団には出し抜かれることが多くなったんだよ。特に、研究主体の教団員とは違うタイプの実働員。・・・・・・『怪人』とかね。ああいうタイプが出てきて、ボクの邪魔をすることが多くなった」
全部が全部、ベリガルの手駒というわけでもないだろうが、それでも面倒が多くなったのは事実だという。
それまでは、隠れて動くタイプの戦闘者みたいなのや、研究成果の謎生物などが多かったものの、混ざり髪の戦闘員なども混ざってきて、クリシャとしてはやりづらい相手が増えたという。
「まあ、そちらの話は本題ではない」
「ふうん?」
「今回君達を呼んだのは、私の実験に関することだ」
「協力しろってんなら、お断りだぞ?」
「実験そのものへの協力は要請しない。敵対者にそんな要請をしたところで、うまくいくはずもないことはわかっている」
ベリガルは、顔色をちらりとも変えずに続ける。
「情報提供をしたいと思う」
「ん?」
「一つ。今、王都内で私以外のミュグラ教団員が、大規模な実験を企図している」
その言葉に、ルイホウが息をのんだ。
クリシャは、ふん、と鼻を一つ鳴らして、
「どうして教えるんだい?」
「今、あの王都、特に『竜殺しの大祭』に何かしらの手を出すことは、私の望むところではない」
「へえ? それはまたどうして?」
「今回の『竜殺しの大祭』は、数年分の蓄積を解除する、私も観測したことのない儀式となる。できれば、成功してもらって、その結果を見届けたい」
「つまり、実験より観測がしたいと」
モリヒトの確認に、ベリガルは頷いた。
「だが、今王都で行われる実験は、『竜殺しの大祭』そのものを妨害しかねない」
「そうすると、正常な結果が観測できないから、邪魔してほしくて、ボクたちに情報を渡すと?」
「そういうことだ」
「信じられない」
クリシャが吐き捨てたが、これはモリヒトもルイホウも同じ気持ちだ。
「だろうな。故に、ただの情報提供だ。だが、『精霊姫』よ」
「・・・・・・」
「その実験の素材に使われるのは、王都内に住む混ざり髪だ」
「・・・・・・・・・・・・」
クリシャの視線が、いっそうに厳しくなった。
「もどったら調べてみるといい。おそらく、王都内の混ざり髪に、行方不明が出ていることだろう」
「知ってて、邪魔しなかったのかい?」
「私にも、教団内の立場というものがある。・・・・・・表立って邪魔はできない」
「胡散臭い」
「まあ、邪魔はする。少なくとも、『竜殺しの大祭』に影響が出ないようにはしよう」
「おや、ずいぶんと親切だ」
クリシャの皮肉な口調にも反応せず、ベリガルは、重々しく告げた。
「もう一つ。こちらの方が重要だな」
今の情報でも十分にやばいだろうが、という視線をものともせず、ベリガルは言った。
「このままだと、『竜殺しの大祭』は失敗。新王は命を失うことになる」
それは、決して無視の出来ない予測であった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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