第15話:一日の終わりに
王都は、平和だ。
夜、日が沈むころ、外に出していた看板を仕舞いながら、ミーナは思う。
少し前に、地震で崩れたがれきに押しつぶされかける、という怖い思いはした。
一方で、その時に助けてもらって、憧れもできた。
「ふふ・・・・・・」
ほんの少しの笑いをこぼして、外に出していたカートなどを店の中へと仕舞っていく。
そうして、扉を閉めれば、戸締りは完了だ。
治安のいい王都では、商品を店の前に出しておいたところで、盗まれることはまずない。
こういう治安の良さが、店前のディスプレイをよくして、王都の景観を華やかにしていると言われている。
花で飾ったカート。
彩をよくした看板。
周囲の店も、それぞれにディスプレイには凝っている。
「さて、と」
片づけを終え、店の前を掃いて片付け、中に入って鍵をかける。
ミーナの店は、両親が営んでいる薬屋の片隅の花売場だ。
普段の営業ならば、接客をミーナが行い、調薬を父親が、ギルドなどへの納品を母親が担当している。
「ん、と・・・・・・」
今の時間、母は晩御飯の調理を行い、父は素材の補充を行っている時間だ。
ミーナの仕事は、店を訪れた客に売れた薬品の在庫の確認である。
足りなければ、父に補充を頼まないといけない。
基本的に、ミーナの家が営む薬屋は、市民が使う日常の常備薬がメインとなっている。
最近は、『竜殺しの大祭』が近いこともあって、小さな擦り傷や打撲などの怪我をしてしまう者が多く、傷薬の類がよく売れる。
単価は高くないし、作成に手間がかかるものではないものの、やはり在庫は少な目だ。
片づけを終え、在庫の確認をしている間に、日も落ちてくる。
扉を閉め、窓にかかっている板をはめれば、店内に光は差さなくなり、暗闇になる。
「あ、しまった・・・・・・」
先にランプを点けておくべきだった、と反省する。
その時、暗くなった店内で、かたん、と音がして、ミーナはびくりと肩を震わせる。
「えっと・・・・・・」
周囲を見回し、店内が暗闇で見えないことに、はあ、とため息を吐いた後で、
「・・・・・・」
かすかに目を閉じて、開く。
開いた目に、輝きがあった。
「あ・・・・・・」
目を輝かせる光は、ミーナが幼いころから使える、一種の能力だ。
魔術的な能力で、目に魔力を集めることによって、視力を強化する力である。
幼いころは、夜にこの力を使って、目が光るところを見られて、魔獣と呼ばれた。
それで、故郷と呼べる街にいられなくなり、こちらに引っ越してきた経緯がある。
両親や魔術に詳しい人などには、それは魔術的な力であり、珍しいものではなく、才能の一種である、などと言われては来たため、力そのものに対する忌避感は薄いが、人前でこの力は使わないようにしてきた。
今は、店の扉を閉めきり、窓板もはめた状態で、外から見られることはない、と判断したからこそ、使えている。
「ナツアキ様」
音の正体は、店内に飾ってあった、守護者ナツアキの肖像が倒れた音だった。
いけない、と思いながら、ランプを見つけて、火を灯し、目から魔力を散らす。
目の輝きは消え、ランプに照らされた店内で、ミーナは倒れた肖像画を元に戻した。
「・・・・・・ふふ」
そっと、肖像画の表面をなぞる。
憧れだ。
がれきに挟まって動けなくなっている時、あの不安の中で遠くに聞こえた声が、少しずつ周囲のパニックをおさめていった。
声を上げ、気づいてくれた人が、がれきの外へと出してくれて、そのまま広場へと連れていかれて、医者が怪我を診てくれた。
幸いにも擦り傷ぐらいで、後に残るような傷跡もなく、今は元気に店番が出来ている。
そのすべてが、あの場で指揮を執った、『守護者』ナツアキのおかげである。
そこにあるのは、感謝であり、憧れである。
いつか、自分の小さな力で、何か助けになれることがあれば、恩返しでもできないだろうか、と。
そんなことを考えていたら、ふと最近できた知り合いを思い出し、
「トキトさん。今日は来なかったな」
ふふ、と小さく笑いが漏れる。
最近、店の前を通ることの多い、城に仕えているであろう青年だ。
店の前を通る度、ミーナがいると挨拶をしてくれて、話しかけてくれる。
自分と年は近いだろうか。
少々頼りなさげな風貌だけど、花を見る目は優しいし、決して悪い人ではないと思う。
周りの人の話を聞く限りでは、例の地震の時にけが人の誘導や、がれきの撤去なんかに力を貸して駆け回った、とかで、商店街の人々は彼が来ると温かく出迎える。
あちらこちらと、あの時怪我をした人や、店や屋台が崩れて被害を負った人などを見て回って、大丈夫なことを確認していたのを、ミーナは知っている。
被害に対する対応が終わった後も、時折やってきては、様子を見回っている青年だ。
一番年頃が近いだろうミーナのところへ通っていることを、近所のおばさま方にからかわれもしているが、ミーナとしては、トキトに失礼ではないかと思う。
「あの人は、立派な人だよ、と」
モリヒトさんという、仲のよさそうな人もいた。
冗談めかしていたけれど、きっとトキトが変なことをしていると噂でも立たないように、確認に来たのだと思う。
そのくらいには、多分トキトは期待されている人なんだろうと思う。
目に宿る力に、後ろ暗いものを感じている自分では、きっと不釣り合いで、
「て、違う違う!」
何を考えているんだろうか、と首を振る。
「いけないなあ・・・・・・」
トキトのことを、妙に信用してしまっている自分に、ミーナは戸惑いを感じる。
その信用を好意と思うような経験は、ミーナにはない。
力でいじめられた幼いころの経験から、同年代の相手と接することを避けてきたミーナにとって、警戒できない同年代、というのは、戸惑う相手でしかない。
嫌な気はしないし、昼間しか来ないから、普通に接することもできている。
「・・・・・・ん、と」
は、と息を一つ吐いて、切り替える。
変な方向にものごとを考えている。
少なくなった在庫を書いた注文書を抱えて、ミーナは母屋へと向かうのだった。
** ++ **
街が暗闇に沈んでいく。
大通りには該当もあるが、都市全体を照らすほどの光量はない。
オルクトの大都市ともなれば、魔術具を利用した光源も多いが、テュールではまだ、油などの燃料を使うランプも多い。
地脈から得られる魔力を利用した灯りがある分、テュールは夜の光源という部分では発展している方である。
その光源に照らされた大通りから外れれば、月や星の明りのみで暗闇が支配する裏通りがある。
窓からわずかに漏れる程度にしか明りがない夜道は、当然ながら人気もない。
そして、その人気のない通りを歩く者たちがいた。
夜警の兵士たちの巡回の明りをやり過ごし、その者たちは闇に紛れて通りを進む。
足音もなく、ただでさえ暗い通りを、さらに暗いところから暗いところへと渡るように進む様は、どう見てもまっとうな人間たちには見えない。
とはいえ、見咎めるものもない彼らは、目立った邪魔に会うこともなく、目的地へと到達した。
その後、言葉を交わすことなく、目線を合わせて頷き合い、それぞれに行動を開始した。
** ++ **
「さあて?」
どうしたものか、とモリヒトはうなる。
帰り際、スリか何かの手段で渡された、手紙の内容についてだ。
「ルイホウは、どう思う?」
「思惑がつかめませんね。何を考えているのやら。はい」
「しょうがないよ」
顔をしかめて唸るルイホウを横目に、クリシャの方は気楽な笑みを浮かべて首を振った。
「こんな内容の手紙じゃ、用件なんて分かりっこない」
三人が顔を突き合わせて悩む手紙の内容は、ただ一言。
「・・・・・・『明日、瘤の跡地で待つ』、ね」
この手紙をモリヒトに渡したことを考えれば、跡地と言っているのは、先の事件で瘤が発生した、森の中のあの地点だろう。
「あの場所、今はどうなってるんだ?」
「調査も終了し、問題なく瘤も解消できたことが確認できていますので、現在は何もしていません。はい」
瘤の出現と、セイヴが周囲を薙ぎ払ったのもあって、森の中の空き地となってしまっているという。
とはいえ、もう問題ない場所なので、森の再生に任せる、ということで、現在は特に監視も何もされていない場所だ。
「わざわざ、あの場所に呼び出すことに理由がある、か。または、単純に俺に分かる王都の外を指定したかったのか」
モリヒトには、分からない。
ただ、いたずらとして無視をする、という考えは、モリヒトにはなかった。
「・・・・・・わざとらしいよなあ?」
「そうだね。どう考えてもね」
そう言ってクリシャがつまみ上げるのは、白い糸、いや、紐だ。
白い糸に、青、緑、黒の糸を混ぜて編んだ紐である。
何も知らない者が見れば、ただ色を混ぜた組紐なのだろうが、知っている者からすると、この色の組み合わせは、ある人物を思い起こさせる。
「ミュグラ教団からの誘い、だよな。たぶん」
「おそらくね」
「いると思うか?」
モリヒトの問いに、ルイホウは首を振った。
「どうでしょうか? 確認を取りましたが、現在までのところで、それらしい人物の通過は確認されず。また、王都内は警戒が厳しくなっていますが、それらしい人物の目撃情報はなし、です。はい」
「そもそも、当人がいるなら、わざわざ組紐使わなくても、本人の髪の毛を使えばいいしね」
クリシャの言うことに頷きつつも、モリヒトとしては、どうにも嫌な感じがぬぐえない。
「・・・・・・ユキオ達には知らせずに。今は大事な時期だしな」
一世一代の大舞台の直前だ。
心配事を増やしてやることはない。
「しかし・・・・・・」
そのことに、ルイホウとしては何か言いたいことがあるようだが、モリヒトは首を振って、
「ユキオ達には、知らせるな。将軍と大臣と、あとライリンさんにだけ知らせておく」
「・・・・・・なるほど。はい」
あくまでも、知らせないのはユキオ、アトリ、ナツアキ、アヤカの四人に対してのみだ、ということを伝えれば、ルイホウは頷いた。
「行くにしても、俺とルイホウとクリシャの三人だけ。他は、いない方がいいと思う」
「だね。巻き込まれても、ボクらなら、最悪逃げてこれるし」
クリシャも頷いた。
「・・・・・・仕方ありませんね。危険なことは避けていただきたいですが。はい」
「いやあ、この手紙が俺のところに届く時点で、安全なんて期待できねえだろ」
けらけらと笑いながら、モリヒトは手紙をつまみ上げると、
「―レッドジャックー
火よ/燃えろ」
魔術で火を点けて、燃やしてしまう
「・・・・・・さて、まあ、明日な」
「準備、しておきます。はい」
「あまり気張らないようにね。ルイホウ君」
決意みなぎる顔をしているルイホウの肩を、クリシャは優しく叩くのだった。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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