表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第4章:人が騒ぐ、それを祭と呼ぶ
133/436

第15話:一日の終わりに

 王都は、平和だ。

 夜、日が沈むころ、外に出していた看板を仕舞いながら、ミーナは思う。

 少し前に、地震で崩れたがれきに押しつぶされかける、という怖い思いはした。

 一方で、その時に助けてもらって、憧れもできた。

「ふふ・・・・・・」

 ほんの少しの笑いをこぼして、外に出していたカートなどを店の中へと仕舞っていく。

 そうして、扉を閉めれば、戸締りは完了だ。

 治安のいい王都では、商品を店の前に出しておいたところで、盗まれることはまずない。

 こういう治安の良さが、店前のディスプレイをよくして、王都の景観を華やかにしていると言われている。

 花で飾ったカート。

 彩をよくした看板。

 周囲の店も、それぞれにディスプレイには凝っている。

「さて、と」

 片づけを終え、店の前を掃いて片付け、中に入って鍵をかける。

 ミーナの店は、両親が営んでいる薬屋の片隅の花売場だ。

 普段の営業ならば、接客をミーナが行い、調薬を父親が、ギルドなどへの納品を母親が担当している。

「ん、と・・・・・・」

 今の時間、母は晩御飯の調理を行い、父は素材の補充を行っている時間だ。

 ミーナの仕事は、店を訪れた客に売れた薬品の在庫の確認である。

 足りなければ、父に補充を頼まないといけない。

 基本的に、ミーナの家が営む薬屋は、市民が使う日常の常備薬がメインとなっている。

 最近は、『竜殺しの大祭』が近いこともあって、小さな擦り傷や打撲などの怪我をしてしまう者が多く、傷薬の類がよく売れる。

 単価は高くないし、作成に手間がかかるものではないものの、やはり在庫は少な目だ。

 片づけを終え、在庫の確認をしている間に、日も落ちてくる。

 扉を閉め、窓にかかっている板をはめれば、店内に光は差さなくなり、暗闇になる。

「あ、しまった・・・・・・」

 先にランプを点けておくべきだった、と反省する。

 その時、暗くなった店内で、かたん、と音がして、ミーナはびくりと肩を震わせる。

「えっと・・・・・・」

 周囲を見回し、店内が暗闇で見えないことに、はあ、とため息を吐いた後で、

「・・・・・・」

 かすかに目を閉じて、開く。

 開いた目に、輝きがあった。

「あ・・・・・・」

 目を輝かせる光は、ミーナが幼いころから使える、一種の能力だ。

 魔術的な能力で、目に魔力を集めることによって、視力を強化する力である。

 幼いころは、夜にこの力を使って、目が光るところを見られて、魔獣と呼ばれた。

 それで、故郷と呼べる街にいられなくなり、こちらに引っ越してきた経緯がある。

 両親や魔術に詳しい人などには、それは魔術的な力であり、珍しいものではなく、才能の一種である、などと言われては来たため、力そのものに対する忌避感は薄いが、人前でこの力は使わないようにしてきた。

 今は、店の扉を閉めきり、窓板もはめた状態で、外から見られることはない、と判断したからこそ、使えている。

「ナツアキ様」

 音の正体は、店内に飾ってあった、守護者ナツアキの肖像が倒れた音だった。

 いけない、と思いながら、ランプを見つけて、火を灯し、目から魔力を散らす。

 目の輝きは消え、ランプに照らされた店内で、ミーナは倒れた肖像画を元に戻した。

「・・・・・・ふふ」

 そっと、肖像画の表面をなぞる。

 憧れだ。

 がれきに挟まって動けなくなっている時、あの不安の中で遠くに聞こえた声が、少しずつ周囲のパニックをおさめていった。

 声を上げ、気づいてくれた人が、がれきの外へと出してくれて、そのまま広場へと連れていかれて、医者が怪我を診てくれた。

 幸いにも擦り傷ぐらいで、後に残るような傷跡もなく、今は元気に店番が出来ている。

 そのすべてが、あの場で指揮を執った、『守護者』ナツアキのおかげである。

 そこにあるのは、感謝であり、憧れである。

 いつか、自分の小さな力で、何か助けになれることがあれば、恩返しでもできないだろうか、と。

 そんなことを考えていたら、ふと最近できた知り合いを思い出し、

「トキトさん。今日は来なかったな」

 ふふ、と小さく笑いが漏れる。

 最近、店の前を通ることの多い、城に仕えているであろう青年だ。

 店の前を通る度、ミーナがいると挨拶をしてくれて、話しかけてくれる。

 自分と年は近いだろうか。

 少々頼りなさげな風貌だけど、花を見る目は優しいし、決して悪い人ではないと思う。

 周りの人の話を聞く限りでは、例の地震の時にけが人の誘導や、がれきの撤去なんかに力を貸して駆け回った、とかで、商店街の人々は彼が来ると温かく出迎える。

 あちらこちらと、あの時怪我をした人や、店や屋台が崩れて被害を負った人などを見て回って、大丈夫なことを確認していたのを、ミーナは知っている。

 被害に対する対応が終わった後も、時折やってきては、様子を見回っている青年だ。

 一番年頃が近いだろうミーナのところへ通っていることを、近所のおばさま方にからかわれもしているが、ミーナとしては、トキトに失礼ではないかと思う。

「あの人は、立派な人だよ、と」

 モリヒトさんという、仲のよさそうな人もいた。

 冗談めかしていたけれど、きっとトキトが変なことをしていると噂でも立たないように、確認に来たのだと思う。

 そのくらいには、多分トキトは期待されている人なんだろうと思う。

 目に宿る力に、後ろ暗いものを感じている自分では、きっと不釣り合いで、

「て、違う違う!」

 何を考えているんだろうか、と首を振る。

「いけないなあ・・・・・・」

 トキトのことを、妙に信用してしまっている自分に、ミーナは戸惑いを感じる。

 その信用を好意と思うような経験は、ミーナにはない。

 力でいじめられた幼いころの経験から、同年代の相手と接することを避けてきたミーナにとって、警戒できない同年代、というのは、戸惑う相手でしかない。

 嫌な気はしないし、昼間しか来ないから、普通に接することもできている。

「・・・・・・ん、と」

 は、と息を一つ吐いて、切り替える。

 変な方向にものごとを考えている。

 少なくなった在庫を書いた注文書を抱えて、ミーナは母屋へと向かうのだった。


** ++ **


 街が暗闇に沈んでいく。

 大通りには該当もあるが、都市全体を照らすほどの光量はない。

 オルクトの大都市ともなれば、魔術具を利用した光源も多いが、テュールではまだ、油などの燃料を使うランプも多い。

 地脈から得られる魔力を利用した灯りがある分、テュールは夜の光源という部分では発展している方である。

 その光源に照らされた大通りから外れれば、月や星の明りのみで暗闇が支配する裏通りがある。

 窓からわずかに漏れる程度にしか明りがない夜道は、当然ながら人気もない。

 そして、その人気のない通りを歩く者たちがいた。

 夜警の兵士たちの巡回の明りをやり過ごし、その者たちは闇に紛れて通りを進む。

 足音もなく、ただでさえ暗い通りを、さらに暗いところから暗いところへと渡るように進む様は、どう見てもまっとうな人間たちには見えない。

 とはいえ、見咎めるものもない彼らは、目立った邪魔に会うこともなく、目的地へと到達した。

 その後、言葉を交わすことなく、目線を合わせて頷き合い、それぞれに行動を開始した。


** ++ **


「さあて?」

 どうしたものか、とモリヒトはうなる。

 帰り際、スリか何かの手段で渡された、手紙の内容についてだ。

「ルイホウは、どう思う?」

「思惑がつかめませんね。何を考えているのやら。はい」

「しょうがないよ」

 顔をしかめて唸るルイホウを横目に、クリシャの方は気楽な笑みを浮かべて首を振った。

「こんな内容の手紙じゃ、用件なんて分かりっこない」

 三人が顔を突き合わせて悩む手紙の内容は、ただ一言。

「・・・・・・『明日、瘤の跡地で待つ』、ね」

 この手紙をモリヒトに渡したことを考えれば、跡地と言っているのは、先の事件で瘤が発生した、森の中のあの地点だろう。

「あの場所、今はどうなってるんだ?」

「調査も終了し、問題なく瘤も解消できたことが確認できていますので、現在は何もしていません。はい」

 瘤の出現と、セイヴが周囲を薙ぎ払ったのもあって、森の中の空き地となってしまっているという。

 とはいえ、もう問題ない場所なので、森の再生に任せる、ということで、現在は特に監視も何もされていない場所だ。

「わざわざ、あの場所に呼び出すことに理由がある、か。または、単純に俺に分かる王都の外を指定したかったのか」

 モリヒトには、分からない。

 ただ、いたずらとして無視をする、という考えは、モリヒトにはなかった。

「・・・・・・わざとらしいよなあ?」

「そうだね。どう考えてもね」

 そう言ってクリシャがつまみ上げるのは、白い糸、いや、紐だ。

 白い糸に、青、緑、黒の糸を混ぜて編んだ紐である。

 何も知らない者が見れば、ただ色を混ぜた組紐なのだろうが、知っている者からすると、この色の組み合わせは、ある人物を思い起こさせる。

「ミュグラ教団からの誘い、だよな。たぶん」

「おそらくね」

「いると思うか?」

 モリヒトの問いに、ルイホウは首を振った。

「どうでしょうか? 確認を取りましたが、現在までのところで、それらしい人物の通過は確認されず。また、王都内は警戒が厳しくなっていますが、それらしい人物の目撃情報はなし、です。はい」

「そもそも、当人がいるなら、わざわざ組紐使わなくても、本人の髪の毛を使えばいいしね」

 クリシャの言うことに頷きつつも、モリヒトとしては、どうにも嫌な感じがぬぐえない。

「・・・・・・ユキオ達には知らせずに。今は大事な時期だしな」

 一世一代の大舞台の直前だ。

 心配事を増やしてやることはない。

「しかし・・・・・・」

 そのことに、ルイホウとしては何か言いたいことがあるようだが、モリヒトは首を振って、

「ユキオ達には、知らせるな。将軍と大臣と、あとライリンさんにだけ知らせておく」

「・・・・・・なるほど。はい」

 あくまでも、知らせないのはユキオ、アトリ、ナツアキ、アヤカの四人に対してのみだ、ということを伝えれば、ルイホウは頷いた。

「行くにしても、俺とルイホウとクリシャの三人だけ。他は、いない方がいいと思う」

「だね。巻き込まれても、ボクらなら、最悪逃げてこれるし」

 クリシャも頷いた。

「・・・・・・仕方ありませんね。危険なことは避けていただきたいですが。はい」

「いやあ、この手紙が俺のところに届く時点で、安全なんて期待できねえだろ」

 けらけらと笑いながら、モリヒトは手紙をつまみ上げると、

「―レッドジャックー

 火よ/燃えろ」

 魔術で火を点けて、燃やしてしまう

「・・・・・・さて、まあ、明日な」

「準備、しておきます。はい」

「あまり気張らないようにね。ルイホウ君」

 決意みなぎる顔をしているルイホウの肩を、クリシャは優しく叩くのだった。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ