第14話:侵入
テュール異王国は基本的に平和で、犯罪者も少ない。
平和で穏やかだが、特別に豊か、というほとではないためだ。
何せ、国の予算のいくらかに、オルクトからの援助金が混じっている。
自国だけで存続できない弱小国であり、オルクト以外にはうまみのない国。
それこそ、テュール異王国なのである。
そのためか、テュール異王国には、それほど大きな犯罪組織が存在しない。
要は、とても治安がいい。
異世界から召還された王たちが、そういった治安の悪さを嫌うタイプの王が多かったことも要因の一つだ。
結果として、隠れ潜むのが難しい王都が完成した。
この治安の良さについては、オルクトより優れているともいえる。
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王都では、現在、一般市民には分からない範囲で、警戒度が上がっている。
巡回の頻度が増えたり、街の警備兵だけでなく、衛兵も巡回に出たり、門の出入りが厳しくなっていたりだ。
その中でも、特に、指名手配として似顔絵や特徴が出回っている人物がいる。
白髪に三色の混ざり髪、長身の男。
すなわち、『怪人』ミュグラ・ミケイルだ。
他、先の事件を起こしたと思しき、ベリガル・アジンも、その特徴を周知され、要警戒対象となっている。
白衣に、腕に何かの布を巻き付けた姿。
紙の魔術具を使用する教団員。
髪色はこげ茶色で、色眼鏡を付け、無精ひげを生やしている。
兵士たちによって配られた手配書は、大体そんなことが書いてある。
「よく来たな」
ベリガル・アジンは、下町の酒場のカウンターで、何気なく隣へと座った二人組へと声をかけた。
カウンター奥の店主は、ちら、と客を見たあと、カウンター裏に貼ってある手配書へと目をやった。
カウンターに先に座っていたのは、赤い髪をオールバックに撫で付け、しっかりと身なりを整えた、若い商人風の男。
眼鏡も何もかけていない顔は、ひげなどはきれいさっぱりと剃られており、清潔感ある、よい男ぶりをしている。
続いて席についた二人は、旅のほこりに汚れたローブをまとっていたが、そのフードを下ろせば、どこにでもいるような男女だ。
少なくとも、手配書の記載とは似ても似つかない。
店主は、何事もなく、仕事を続けた。
「・・・・・・酒と食い物をくれ」
席についた客は、ベリガルからかけられた声を無視するように、カウンター奥の店主へと声をかけた。
それを受けて、店主は酒樽から酒を注いで二人の前に置き、その後に焼いた肉詰めやパンなどを並べる。
「ふむ。思い切ったものだな」
ベリガルが言うのは、隣に座って食事に手を付けたミュグラ・ミケイルの姿を見てのものだ。
森でモリヒト達が遭遇した時には、目立っていた長い白髪と三色の混ざり髪。
だが、ミケイルはそれをきれいさっぱりと剃り落していた。
地肌の見える坊主頭となったが、元の顔がいいためか、ハチマキを巻いただけの姿でも、ずいぶんと様になっている。
隣にいるサラは、髪色を茶色に染めて、化粧も変えているためか、やはり印象が違う。
「きれいさっぱりとやったところで、本気で動いたらまた生えるしな」
ぺちぺちと自分の頭の地肌を、むしろ面白そうに叩きながら、ミケイルは言った。
ミケイルの身体強化は、再生力にも優れている。
切った髪程度なら、その気になれば一日で元通りになる。
ミケイルの髪が長かったのは、どうせ切ってもすぐ伸びるから、と適当に切りそろえるくらいしかしていなかったこともある。
「あれが目立つおかげで、ただこうしただけで誰も疑わねえ。楽なもんだ」
ミケイルとサラは、警戒をすり抜けて、既に国の中に入っていた。
ベリガルなどは、先の事件からずっとこの国にいるし、そもそもこの王都にきちんと戸籍を持つ一市民であったりする。
今の顔なら、白衣をまとって動いていても疑われない。
そういう下地は作ってしまっていた。
「で? どうすんだ?」
「さて?」
ミケイルの問いかけに、ベリガルは、軽く笑みを浮かべて手に持ったグラスを回した。
琥珀色の液体が、ガラス製のグラスの中で、ゆったりと回転した。
「おいおっさん」
「逆に聞きたいんだが・・・・・・」
詰め寄ろうとしたミケイルに、ベリガルは視線を向けた。
その視線に押しとどめられ、ミケイルは、む、と眉を寄せる。
「君はどうしたいんだ?」
「ああ? そうだなあ・・・・・・。とりあえず、モリヒトと決着をつけてえな」
しばらく腕を組んで考えた後、ミケイルは、にや、と笑ってそう言った。
その顔を見て、ふむ、とベリガルは頷く。
「であるならば、今回はあきらめてくれ」
「ああ?」
「悪いが、こちらも事情が差し迫っていてな。今彼に動けなくなられると、ちょっと困る」
ベリガルの言葉に、ミケリウは眉を詰めた。
「おい、俺を止めるってんなら、いくらおっさんでもそれなりの事情を言ってもらうぞ」
「うむ。以前やった私の仕込みの小細工が中途半端になってしまっていてな。主に、お前の狙いのその男のせいだが」
「・・・・・・で?」
「放置しておくと、この国が沈んで、皆死ぬ」
「・・・・・・」
うむ、ともっともらしい顔で頷いたベリガルに、ミケイルはなんとももの言いたげな顔をした。
「とまでは言わんが、まあ、少なくても今いる王の周囲は全滅する」
ベリガルの言葉に、ミケイルは、は、と鼻で笑うような息を吐いた。
「おいおい。何やってんだよ。おっさん」
「私に言うな。あの男と魔皇が悪い」
他人に責任転嫁して、ベリガルは嘯く。
「対策は打つつもりだ。まずはそちらの対策を手伝ってもらいたい」
「具体的には?」
「ふむ・・・・・・」
それから、ベリガルによって、ミケイルにしてほしい内容が説明された。
「マジかよ・・・・・・!」
聞き終えたミケイルは、驚きに目を見開いていた。
その隣にいるサラもまた、目を瞠って驚いていた。
「・・・・・・ははは!」
その驚きが抜ければ、次は大笑いだ。
周囲の客から注目を集める中で、げらげらと大笑いした後で、
「おもしれえ! 乗った!!」
** ++ **
「いやはや、大変参考になりました!」
ローベントが、そう言って頭を下げていた。
頭を下げられたクリシャはと言えば、まんざらでもない顔でふふふ、と笑い返していた。
「まあ、ボクとしても、向こうの大陸の近況が知れてよかったよ」
実際、クリシャがカラジオル大陸にいたのは、百年以上も前の話だそうだ。
それだけ経つと、やはりいろいろと変わるものらしい。
昔は、あの大陸は群雄割拠の時代であったらしいが、今の大陸は、一つの国家によって統一されているという。
「しかし、ローベント君。ほとんど独学で、よくもそこまでの知識を得たね?」
「いやあ。決して独学というわけではないのです」
「うん?」
クリシャが首を傾げれば、ローベントはやれやれ、と肩をすくめて言った。
「ミュグラ教団、という不埒者どもがおるのです」
別大陸にもいるのかよ、とモリヒトは思い、聞いた。
「そっちにもいるのかよ」
「おや、その言い分ですと、こちらにも?」
「というか、クリシャから聞いた話だと、多分この国発祥」
「なんと・・・・・・! 納得ですな」
驚きに声を上げ、ローベントは唸る。
「自分たちの大陸でも、最近まで正体不明の集団だったのですがな。事件を起こしまして」
「こっちでも最近やらかしてたよ。近いうちにまたなんかやらかすんじゃないかと思われてる」
モリヒトの言葉に、ううむ、とローベントも唸った。
「参考までに、何やったんだ?」
「地脈を暴走させて、大規模な瘤を作り出しました。破壊するのに、それなりの被害を出しましたな」
「おお、大変だな・・・・・・」
「その事件の際、押収した資料などから、研究を進めたのです。結果として、この国のことを知りまして」
「ほうほう」
ローベントは、研究資料に残されていたこの国の地脈の利用法を知って、それを知りたくなり来たらしい。
テロ組織の残した情報であるだけに、国元ではまだ警戒されているようだが、知らなければ対策も取れない、と半ば無理やりに権利を勝ち取ったのだという。
「根性あるなあ・・・・・・」
「いやあ、国が豊かになると思えばこそです」
ははは、とローベントは、頭をかきながら照れた。
「さて、ずいぶんをお時間を頂いてしまいました」
ローベントの言う通り、日が傾き始めていた。
「ご迷惑でなければ、またいずれお話を伺う機会があるとよいのですが」
「申請を頂ければ、いずれはその機会もあるかと思います。はい」
ルイホウの言葉を受けて、ローベントは頷いた。
「では皆様。またいずれ」
そう言って去っていくローベントを見送る。
「立派なもんだ」
「そうだね」
城への帰路についた三人は、ローベントについて話している。
その途中のことであった。
「おっと・・・・・・!」
どん、とモリヒトが中年の男にぶつかった。
「すまんね」
短く言うと、男は足早にさっていく。
「む・・・・・・・?」
しばらくして、モリヒトは、懐の異変に気付く。
「財布でもすられたかい?」
「いや・・・・・・」
手を入れて、取り出した。
「・・・・・・手紙だな」
「・・・・・・おや」
手紙を開いて、三人で覗き込む。
「・・・・・・む」
そして、三人で眉を顰めるのであった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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