第12話:新女王とお忍び街歩き(3)
記念館に並んでいるのは、過去の歴史だ。
立派に飾り立てられた大きな建物は、案外に人の入りは少ない。
飾りが新しいのは、今年が近づいているからだろう。
「『竜殺しの大祭』って、普通には一年に一回やるらしいからな。全部の記録が入ってるわけじゃないらしいけど」
細かい記録は、城の書物庫の中だ。
ここの記念館にあるのは、『竜殺しの大祭』のおおまかな歴史や、手順の解説である。
基本的に、一般市民が『竜殺しの大祭』の現場を観戦することはできない。
儀式場へ入ることができるのは、関係者に限られる。
今回で言えば、当事者である女王や巫女衆以外だと、守護者や国家上層部、あとは、オルクト魔帝国からの来賓くらいだろう。
「・・・・・・しかし、『竜殺し』っていっても、やっぱり儀式なんだよな」
壁にかけられた説明書きを見ながら、モリヒトは呟く。
「大きい剣よね」
ユキオが示したのは、展示された大剣についてだ。
壮麗な飾りを施された大剣は、銘を『竜殺し』という。
展示されているのはレプリカだが、実際の『竜殺し』と、外観はほぼ同じだ。
儀式用の剣であり、刃はついていない。
ユキオの身長よりも長い大剣であり、ユキオはこれを持って儀式に臨むことになる。
「・・・・・・振れたか?」
「タマの補助があってようやく。持ち上げるだけならそんなでもないんだけど、振り回すとなると、やっぱり長さのせいで重さに振り回されるわね」
仕方なし、という口調で言ってはいるが、ユキオの表情はどこか悔しそうだ。
「まあ、実際の儀式の時は、大上段に振り上げて、振り下ろすだけらしいけど」
あくまでも、儀式だ。
『竜殺しの大祭』は、根本は瘤の鎮めの儀式であり、それを大規模化したものでしかない。
実際に竜を殺すものではなく、『竜に見立てた瘤』を破壊する儀式だ。
対象は動かないし、儀式魔術を発動するための動作として、剣を振り上げて振り下ろせれば、それでいい。
「・・・・・・祝詞とかあるんだけど、これが長いのよね」
辟易した顔でユキオは嘆いている。
「祝詞って、詠唱だろ?」
「まあね。・・・・・・でも、長いのよ」
「長いって言ってもなあ」
「普通の魔術の詠唱なら、イメージさえあってれば、多少言葉が変わってもいいんだけど、『竜殺し』の場合、繊細な儀式だから、一言一句間違えちゃダメって」
「ほう」
「まあ、私はもう暗記したけどね?」
ふふん、とどや顔をしたユキオに、モリヒトは偉い偉いと手放しにほめる。
女王としての執務もあるだろうに、よくやったものである。
儀式の簡易な手順は、所詮は展示であるだけに、記載されている情報は相当絞られている。
傍らで同じように展示を見るユキオは、それでもどこか興味深そうだ。
「ユキオは、もう全部知ってんだろ?」
手順も何もかも、ユキオがメインとなる。
ここ数日は、手順の確認と、予行練習に費やされていると聞く。
「知ってはいるけど、あくまでも王の仕事に関することだけよ? 他の細かいことまで全部教えている時間はないって」
「そうか」
「自分がやることをまずは全部完璧に。他のことは知らなくても儀式はできるから、後回しだって」
ユキオは、そう言って肩をすくめた。
モリヒトは、といえば、
「俺は、ルイホウから軽くしか聞いてないのよな」
「あら? どうして?」
「俺は、儀式の場には出ない予定だから」
体質の問題だ。
モリヒトが周囲の魔力を吸収してしまう体質なのは、もう知れ渡っている。
儀式の場にいた場合、『竜殺し』自体に何かしらの悪影響を及ぼす可能性は高く、参加しない方が無難、ということになった。
「そうなの」
説明を聞いたユキオは、小さく頷いた。
「俺は、当日はルイホウと城で待機だな」
「ルイホウも出ないの?」
「もともと、ルイホウの仕事は俺の観察だよ。・・・・・・儀式場から離れたところにいるとはいえ、『竜殺しの大祭』の間に、俺に何かしら起こらんとも限らんということでな。警備の手伝いがてら、王都で待機ってことになってる」
ちなみに、クリシャも一緒だ。
つまり、モリヒトは当日、ルイホウやクリシャと一緒に、一番盛り上がっている祭を楽しんでいていい、ということだ。
「・・・・・・なんかずるい」
冗談めかして、モリヒトがそう伝えれば、ユキオは口を尖らせた。
その反応に笑いを返して、
「『竜殺しの大祭』が終われば、女王としての顔見せだろう? じゃあ、その後にでも祭に繰り出せばいいさ」
「できるかしら?」
「今年は、セイヴが来るらしいからな。一番の来賓があいつじゃあ、城の中でかしこまるより、外に出て屋台を冷やかす方が喜ばれるだろうよ」
どうせ、他国の来賓など、オルクト魔帝国の人員ぐらいしか来ない。
その中で一番偉いセイヴが望めば、お忍びでの祭への参加ぐらい、どうとでもなるだろう。
「そう、そうね」
うん、とユキオは頷いた。
「おや」
展示の中には、『竜殺しの大祭』の後のことを展示しているものもある。
「ほれ見ろ。むしろ、儀式が終わった後の方が楽しそうなのは多いぞ」
「あらホント」
花火を打ち上げることもあるらしい。
その花火の芸術性を競う、花火大会。
あるいは、芸術の祭典や、歌謡祭。
開かれるイベントは多いらしい。
それらすべてが、これからの国家の発展を祝って行われる。
「おもしろそう」
そうやって館内を歩きながら、展示物を見ていく。
歴代の王の肖像やプロフィール、その守護者たちについての展示。
『竜殺しの大祭』があった場での、国内での事件。
それ以外には、王家の歴史に関わる細々とした品など。
「・・・・・・あ、召還の儀式場だって」
大体のことしか書かれていないが、
「ずいぶんといいことが書いてあるな」
新たな王は、王としてふさわしい人物が判定されて呼び戻される、とある。
こういうのは、新しい王を呼ぶ不安を、国民たちに抱かせないためのごまかしだと思う。
ユキオは、うまい具合に選ばれているようだが、いつもそうだったとも限らない。
「ダメなやつが選ばれた時はどうしたんだろうな?」
「たぶん、周りの臣下が何とかしたんだと思う。実際、王の仕事をしてて思ったけどね。場合によっては、王の認可がなくても動けるように制度は整ってた」
「へえ?」
「そういう憲法みたいなものは、建国以来変わってないって話だし、テュールを建国した人は、相当頭のいい人ね」
ユキオが、感嘆の息を吐いた。
誰がこの国を建国したのかは、クリシャから聞いて知っている。
いろいろとやらかした御仁であるとも聞いているため、なんとも言い難い感情が浮かぶ。
「どうしたの?」
「ん? いや、なんというかなあ・・・・・・」
どう説明したものか、とモリヒトは悩む。
ユキオに伝えても、どうしようもない情報であるのも確かだが、
「どうなんだろうな? 正直、王の役目は、儀式を完遂することだけ、と」
「重要なのはね。・・・・・・祝詞とか、長すぎるとはいえ、覚えられないなら、他に代替する手段もあるらしいし」
「ほう?」
「繊細な儀式だって言う割には、できない時の代替手段とか、失敗した時のリカバリーとか、結構手段が充実してるのよ。それこそ、失敗する方が難しいくらい」
「ふむ」
なるほど、と頷く。
「じゃあ、安心だな」
「え?」
「だって、失敗する方が難しいなら、成功すると思ってればいい。失敗したら大変なことになるとは聞いていたから、ちょっと心配だったけどな」
「それは・・・・・・」
ユキオとしては、自分がやるから心配ない、と言いたかったのかもしれない。
だが、
「失敗しないなら、成功したことだけ考えていればいい」
「え?」
「ほら、あれだ。この儀式が終わったら、祭りを楽しむんだ、と」
「・・・・・・・・・・・・それ、死亡フラグじゃない?」
「ははは」
む、と眉を顰めるユキオに、けらけらとモリヒトは笑い声を上げる。
「ま、気楽にやれやってことだ。俺でよければ、また街歩きでも付き合うし、他のやつらだって、ユキオが誘えばついてくる。まだまだこれからもこの国で過ごすんだ。最初っから気張ってると、長生きできねえぞ」
「・・・・・・・・・・・・はあ」
大きく、ユキオはため息を吐いた。
「そんなに気張って見えたかしら」
「アヤカには、そう見えたんだろ」
「・・・・・・そう」
ふむ、とユキオは考え込む。
「アヤカと遊んでやれ。たぶん、実際に気張ってんのはあっちの方だから」
「・・・・・・あー・・・・・・」
言われて、ユキオは顔を覆って天を見上げる。
「・・・・・・情けない。姉失格だわ」
そう言って、手をどければ、晴れ晴れとした笑みがある。
「帰ったら構い倒しましょう」
「それはそれで災難だな」
その様子を、モリヒトは笑いながら見守るのだった。
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。
別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
https://ncode.syosetu.com/n5722hj/