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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第4章:人が騒ぐ、それを祭と呼ぶ
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第12話:新女王とお忍び街歩き(3)

 記念館に並んでいるのは、過去の歴史だ。

 立派に飾り立てられた大きな建物は、案外に人の入りは少ない。

 飾りが新しいのは、今年が近づいているからだろう。

「『竜殺しの大祭』って、普通には一年に一回やるらしいからな。全部の記録が入ってるわけじゃないらしいけど」

 細かい記録は、城の書物庫の中だ。

 ここの記念館にあるのは、『竜殺しの大祭』のおおまかな歴史や、手順の解説である。

 基本的に、一般市民が『竜殺しの大祭』の現場を観戦することはできない。

 儀式場へ入ることができるのは、関係者に限られる。

 今回で言えば、当事者である女王や巫女衆以外だと、守護者や国家上層部、あとは、オルクト魔帝国からの来賓くらいだろう。

「・・・・・・しかし、『竜殺し』っていっても、やっぱり儀式なんだよな」

 壁にかけられた説明書きを見ながら、モリヒトは呟く。

「大きい剣よね」

 ユキオが示したのは、展示された大剣についてだ。

 壮麗な飾りを施された大剣は、銘を『竜殺し』という。

 展示されているのはレプリカだが、実際の『竜殺し』と、外観はほぼ同じだ。

 儀式用の剣であり、刃はついていない。

 ユキオの身長よりも長い大剣であり、ユキオはこれを持って儀式に臨むことになる。

「・・・・・・振れたか?」

「タマの補助があってようやく。持ち上げるだけならそんなでもないんだけど、振り回すとなると、やっぱり長さのせいで重さに振り回されるわね」

 仕方なし、という口調で言ってはいるが、ユキオの表情はどこか悔しそうだ。

「まあ、実際の儀式の時は、大上段に振り上げて、振り下ろすだけらしいけど」

 あくまでも、儀式だ。

 『竜殺しの大祭』は、根本は瘤の鎮めの儀式であり、それを大規模化したものでしかない。

 実際に竜を殺すものではなく、『竜に見立てた瘤』を破壊する儀式だ。

 対象は動かないし、儀式魔術を発動するための動作として、剣を振り上げて振り下ろせれば、それでいい。

「・・・・・・祝詞とかあるんだけど、これが長いのよね」

 辟易した顔でユキオは嘆いている。

「祝詞って、詠唱だろ?」

「まあね。・・・・・・でも、長いのよ」

「長いって言ってもなあ」

「普通の魔術の詠唱なら、イメージさえあってれば、多少言葉が変わってもいいんだけど、『竜殺し』の場合、繊細な儀式だから、一言一句間違えちゃダメって」

「ほう」

「まあ、私はもう暗記したけどね?」

 ふふん、とどや顔をしたユキオに、モリヒトは偉い偉いと手放しにほめる。

 女王としての執務もあるだろうに、よくやったものである。

 儀式の簡易な手順は、所詮は展示であるだけに、記載されている情報は相当絞られている。

 傍らで同じように展示を見るユキオは、それでもどこか興味深そうだ。

「ユキオは、もう全部知ってんだろ?」

 手順も何もかも、ユキオがメインとなる。

 ここ数日は、手順の確認と、予行練習に費やされていると聞く。

「知ってはいるけど、あくまでも王の仕事に関することだけよ? 他の細かいことまで全部教えている時間はないって」

「そうか」

「自分がやることをまずは全部完璧に。他のことは知らなくても儀式はできるから、後回しだって」

 ユキオは、そう言って肩をすくめた。

 モリヒトは、といえば、

「俺は、ルイホウから軽くしか聞いてないのよな」

「あら? どうして?」

「俺は、儀式の場には出ない予定だから」

 体質の問題だ。

 モリヒトが周囲の魔力を吸収してしまう体質なのは、もう知れ渡っている。

 儀式の場にいた場合、『竜殺し』自体に何かしらの悪影響を及ぼす可能性は高く、参加しない方が無難、ということになった。

「そうなの」

 説明を聞いたユキオは、小さく頷いた。

「俺は、当日はルイホウと城で待機だな」

「ルイホウも出ないの?」

「もともと、ルイホウの仕事は俺の観察だよ。・・・・・・儀式場から離れたところにいるとはいえ、『竜殺しの大祭』の間に、俺に何かしら起こらんとも限らんということでな。警備の手伝いがてら、王都で待機ってことになってる」

 ちなみに、クリシャも一緒だ。

 つまり、モリヒトは当日、ルイホウやクリシャと一緒に、一番盛り上がっている祭を楽しんでいていい、ということだ。

「・・・・・・なんかずるい」

 冗談めかして、モリヒトがそう伝えれば、ユキオは口を尖らせた。

 その反応に笑いを返して、

「『竜殺しの大祭』が終われば、女王としての顔見せだろう? じゃあ、その後にでも祭に繰り出せばいいさ」

「できるかしら?」

「今年は、セイヴが来るらしいからな。一番の来賓があいつじゃあ、城の中でかしこまるより、外に出て屋台を冷やかす方が喜ばれるだろうよ」

 どうせ、他国の来賓など、オルクト魔帝国の人員ぐらいしか来ない。

 その中で一番偉いセイヴが望めば、お忍びでの祭への参加ぐらい、どうとでもなるだろう。

「そう、そうね」

 うん、とユキオは頷いた。

「おや」

 展示の中には、『竜殺しの大祭』の後のことを展示しているものもある。

「ほれ見ろ。むしろ、儀式が終わった後の方が楽しそうなのは多いぞ」

「あらホント」

 花火を打ち上げることもあるらしい。

 その花火の芸術性を競う、花火大会。

 あるいは、芸術の祭典や、歌謡祭。

 開かれるイベントは多いらしい。

 それらすべてが、これからの国家の発展を祝って行われる。

「おもしろそう」

 そうやって館内を歩きながら、展示物を見ていく。

 歴代の王の肖像やプロフィール、その守護者たちについての展示。

 『竜殺しの大祭』があった場での、国内での事件。

 それ以外には、王家の歴史に関わる細々とした品など。

「・・・・・・あ、召還の儀式場だって」

 大体のことしか書かれていないが、

「ずいぶんといいことが書いてあるな」

 新たな王は、王としてふさわしい人物が判定されて呼び戻される、とある。

 こういうのは、新しい王を呼ぶ不安を、国民たちに抱かせないためのごまかしだと思う。

 ユキオは、うまい具合に選ばれているようだが、いつもそうだったとも限らない。

「ダメなやつが選ばれた時はどうしたんだろうな?」

「たぶん、周りの臣下が何とかしたんだと思う。実際、王の仕事をしてて思ったけどね。場合によっては、王の認可がなくても動けるように制度は整ってた」

「へえ?」

「そういう憲法みたいなものは、建国以来変わってないって話だし、テュールを建国した人は、相当頭のいい人ね」

 ユキオが、感嘆の息を吐いた。

 誰がこの国を建国したのかは、クリシャから聞いて知っている。

 いろいろとやらかした御仁であるとも聞いているため、なんとも言い難い感情が浮かぶ。

「どうしたの?」

「ん? いや、なんというかなあ・・・・・・」

 どう説明したものか、とモリヒトは悩む。

 ユキオに伝えても、どうしようもない情報であるのも確かだが、

「どうなんだろうな? 正直、王の役目は、儀式を完遂することだけ、と」

「重要なのはね。・・・・・・祝詞とか、長すぎるとはいえ、覚えられないなら、他に代替する手段もあるらしいし」

「ほう?」

「繊細な儀式だって言う割には、できない時の代替手段とか、失敗した時のリカバリーとか、結構手段が充実してるのよ。それこそ、失敗する方が難しいくらい」

「ふむ」

 なるほど、と頷く。

「じゃあ、安心だな」

「え?」

「だって、失敗する方が難しいなら、成功すると思ってればいい。失敗したら大変なことになるとは聞いていたから、ちょっと心配だったけどな」

「それは・・・・・・」

 ユキオとしては、自分がやるから心配ない、と言いたかったのかもしれない。

 だが、

「失敗しないなら、成功したことだけ考えていればいい」

「え?」

「ほら、あれだ。この儀式が終わったら、祭りを楽しむんだ、と」

「・・・・・・・・・・・・それ、死亡フラグじゃない?」

「ははは」

 む、と眉を顰めるユキオに、けらけらとモリヒトは笑い声を上げる。

「ま、気楽にやれやってことだ。俺でよければ、また街歩きでも付き合うし、他のやつらだって、ユキオが誘えばついてくる。まだまだこれからもこの国で過ごすんだ。最初っから気張ってると、長生きできねえぞ」

「・・・・・・・・・・・・はあ」

 大きく、ユキオはため息を吐いた。

「そんなに気張って見えたかしら」

「アヤカには、そう見えたんだろ」

「・・・・・・そう」

 ふむ、とユキオは考え込む。

「アヤカと遊んでやれ。たぶん、実際に気張ってんのはあっちの方だから」

「・・・・・・あー・・・・・・」

 言われて、ユキオは顔を覆って天を見上げる。

「・・・・・・情けない。姉失格だわ」

 そう言って、手をどければ、晴れ晴れとした笑みがある。

「帰ったら構い倒しましょう」

「それはそれで災難だな」

 その様子を、モリヒトは笑いながら見守るのだった。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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