第12話:王都テュリアス
テュール異王国の王都『テュリアス』
その王都に並ぶ建物は、ほとんどが木造だ。
これは、この王国全体の風土性のようなものだ。
ちなみに、隣のオルクト魔帝国などは、木造よりも石造りの建築が主となる。
王城も、ほぼすべては木造となっている。
石で作られているのは、厨房などの火を使うところや書庫、武器庫ぐらいだ。
これには二つの理由がある。
一つは、この国には建築に使える素材となるほどの強度を持った石が少なく、広大な森が広がっていることだ。
この国の森は、魔獣の成分を含んでいるのか、モリヒト達の世界の木々が、木材とするまでに十年単位の長い時間が必要なのに対し、この世界の木々は、大体二、三年で木材とするのに十分な大きさに成長するらしい。
この地方特有の丈夫な木も多いため、木造の方が発展したのだ。
もう一つは、建築物に対してかける、魔術効果の違いだ。
テュール異王国は、建国以降、隣国であるオルクト魔帝国に守られ、戦争らしい戦争を経験したことがない。
だが、魔獣の脅威ならば、世界のどの国よりも大きい。
戦争をする国の建築物に求められるのは、対魔術防御の魔術効果であり、この魔術効果を与えるためには、木材よりも石材の方が適している。
それに対して、異王国の建築物が必要とするのは、対魔獣用の魔術効果だ。
魔獣は、人工物を優先して破壊する性質がある。
その詳しい理由は分かっていないが、一説には、そこには人、つまりは食糧があることを理解しているせいだろう、ということだ。
そのため、魔獣対策は、建築物の強化よりも隠蔽が主となる。
そして、隠蔽の魔術効果を与えるには、自然物である木材の方が適しているのだ。
自然物の木を使い、その建築物が人工物ではなく自然物である、と偽装するのである。
そうすることで、魔獣は建築物の中には入ってこなくなる。
この二つの理由から、異王国には木造の建築物が多いのである。
とはいえ、木造の街の常として、火災が多いのも事実だ。
そのたびにすぐさま建て直されるため、王都そのものの歴史は古いのに、王都の街並みはどことなく新しい木の匂いがする。
建築の様式は、和洋中、すべての折衷のような感じだ。
それぞれの特徴を取りこんだ上で、独特に発展を遂げているのだろう。
「・・・・・・む。俺は建築は専門外だが、このデザインは持ち帰れたら売れそうな気がする・・・・・・」
オリジナルではないのが痛いが。
「帰りたいのですか? はい」
「ただのほめ言葉だ。気にするな」
「そうですか。はい」
隣を歩くルイホウは、いつもの巫女姿だ。
目立ってしょうがない。
「・・・・・・色は地味なのに、目立つよな。その格好」
「見られているのは、主にモリヒト様だと思いますが? はい」
「ん~。ひょっとして、俺も守護者だと思われてる?」
「可能性は高いと思います。はい」
むう、と唸る。
「まあ、別にいいか・・・・・・」
うん、と頷く。
「・・・・・・なあなあ。あれ何?」
しばらく歩いて、モリヒトは指差す。
鉄板の上で、何か丸いものを焼いている屋台だ。
「ハミート、というお菓子です。はい」
「・・・・・・どんな?」
「食べてみたらいいですよ。原材料は、小麦粉、卵、牛乳、砂糖、トウガラシ・・・・・・」
「・・・・・・待て。トウガラシ?」
「はい。細切れにしたトウガラシです。はい」
「・・・・・・ちょっと食べてくる」
興味が勝った。
屋台に近寄る。
焼いているのは、赤い生地のクッキーのようなものだ。
「おっちゃん、味見させてくれ」
焼いているおっさんに言うと、
「あん? 味見などとせんと、買え買え。安いぞ?」
「いくらだよ?」
「三〇リン」
「・・・・・・まあ、妥当なもんか・・・・・・」
円で換算すると、大体五〇〇円くらいだろうか。
ちなみに、五円玉のような形の銅貨三枚だ。
「毎度」
銅貨を受け取ると、
「で、緑、茶、赤、橙、黄、白とあるが、どれにする?」
「何それ?」
「あん? 兄ちゃん、ハミート食べたことないのか?」
店主がモリヒトを見て、聞いてきた。
「ねえな」
と答えると、
「兄ちゃん。辛いのは平気か?」
と聞いてきたので、
「まあ、割と?」
と答える。
「じゃあ、とりあえず橙でいっとくか」
紙袋の中に十枚入れ、店主が手渡してきた。
「買ってきた」
戻ってみると、ルイホウがいない。
「?」
どこへ行ったのか、と思いつつ、ハミートを一つ口に放り込む。
「・・・・・・っ!!」
辛かった。
それはもう、ものすごく。
口の中に入れた瞬間は、砂糖などで甘いと感じたのに、それらを一瞬で吹き飛ばして口の中の味覚を破壊してくる。
「・・・・・・辛、辛ぁっ!!」
飲み下すと、喉が焼けるようだった。
「モリヒト様。飲み物です。はい」
すっと差し出されたカップを一気に煽る。
どこかぬめるような触感は、どこか飲むヨーグルトに似ている。
ただ、甘みが強く、口の中に残る辛みは引いて行った。
「・・・・・・これが、お菓子?」
袋の中のハミートを見下ろす。
「辛すぎるだろ・・・・・・」
「何を選びました?」
「橙?」
「辛いものの中では一番辛くない奴ですね。一番きついのが緑です。はい」
「・・・・・・赤じゃねえの?」
「トウガラシの種類が違うんです。赤はトウガラシしか使っていませんが、緑はそれ以上に辛いものを混ぜ込みますから。はい」
「・・・・・・茶は?」
「赤と緑の中間ぐらいの感じです。橙は辛さが入ってきます。黄は甘さ控えめで、白は甘いですね。初心者なら、とりあえず橙から入るのがおすすめです」
「橙で滅茶苦茶辛いんだけど・・・・・・」
「橙から、辛い味が入るんですよ。黄は普通の焼き菓子ですし、白は砂糖が振りかけてあるので甘いのです。はい」
「ふうん・・・・・・」
「普通はこの・・・・・・」
言いながら、ルイホウは持っていたボトルを見せる。
中には、白の液体が入っているようだ。
「リーベと一緒に食べるんですよ。辛さを中和してくれますから。はい。・・・・・・強者は、緑をそのまま食べるそうですが。はい」
「それはすでに味覚が破壊されているな」
「同感です。はい」
カップにもう一杯リーベという飲み物を注いでもらう。
「これは?」
「牛乳に砂糖や果汁を混ぜ、ある程度熱してからはちみつを溶かすんです。単体だとかなり甘いですよ? はい」
一口飲んで、なるほど、と唸る。
「・・・・・・こんなもんを、この国の人間は日常的に食ってんのか?」
「好んで食する人もいますが、さすがに両極端すぎるので、日常的に食べている人は、そうはいないと思います。はい」
もう一枚食べて、リーベで流す。
「・・・・・・普通に口の中がおかしくなるな・・・・・・」
「リーベにハミートを溶かして、飲む人もいるそうです。はい」
「変な食文化だな」
モリヒトは苦笑しつつ、街の中の散策を続けた。
** ++ **
三日後。
** ++ **
「いよう、ユキオ」
ユキオの執務室に顔を出し、モリヒトは中に入る。
ルイホウには、アトリとナツアキを呼びに行かせた。
「モリヒト? 三日もどこに行ってたの?」
疑問には取り合わず、
「ほい。お土産」
モリヒトは、ユキオに紙袋を渡す。
「・・・・・・何これ? クッキー」
紙袋の中身を見て、ユキオは眉をひそめる。
「庶民のお菓子らしい」
「ハミート、ですか?」
ウリンはやはり知っているようだ。
ユキオに渡した紙袋の中身は、黄色いハミートだ。
「・・・・・・アヤカ」
同じ部屋の中にいたアヤカに声をかける。
「・・・・・・」
何かの本を読んでいたアヤカは、じと、とモリヒトを見て、本に視線を下ろした。
「・・・・・・あれ?」
「連れて行ってくれなかったから、すねてるみたい」
「おやおや」
ユキオと二人で苦笑し合う。
「別に、拗ねているわけではありません」
とげとげしい声が返ってきた。
「まあまあ・・・・・・」
言いながら、モリヒトはアヤカに近づく。
「アヤカはすごく辛いのと、それなりに甘いのと、どっちがいい?」
「・・・・・・それなりに甘い方で」
答えに頷く。
アヤカは甘党だ。そういうところが、どことなく子供っぽい。
そのことを微笑ましく思いつつ、白のハミートを渡す。
「さて、アトリとナツアキにも渡さんとな」
ちょうど、アトリとナツアキが来た。
ルイホウも一緒だ。
「・・・・・・あれ? 何か美味しそうな匂いね」
「本当だ」
「ほれ。二人にお土産」
中身は両方とも、緑のハミートだ。
「・・・・・・あら? 何これ? クッキー?」
「ハミート、というらしい」
「へえ」
アトリがぱくりと口にする。
「「あ・・・・・・」」
アトリが食べたハミートが緑色であるのを見て、ルイホウとウリンが声を上げたが、
「美味しいわね」
「「「・・・・・・」」」
「む? 何よその眼は?」
緑の辛さを知る三人は、つい、と顔をそむける。
アトリは、また一枚、ごく普通に口にした。
「・・・・・・ふむ」
ナツアキもその姿に触発されたか、ぱくり、と口にして、
「・・・・・・がはっ!!」
倒れた。
「・・・・・・あー」
「ちょ、ナツアキ?!」
「ナツアキはだめだったか・・・・・・」
「何?! 毒?!」
アトリが慌ててハミートを遠ざけているが、
「大丈夫。味覚がショートしただけだ」
「ショートって・・・・・・?」
「緑色のハミートは、ただひたすらに辛い調味料を混ぜ込んだものです。はい」
ルイホウの説明に、ウリンが頷く。
「・・・・・・ねえ、モリヒト?」
ユキオが恐る恐る聞いてきた。
「こっちは、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。そっちの黄色いのと白いのは、ほとんどただのクッキーだ」
恐る恐る口にしたユキオは、ほっとした顔を見せた。
「甘」
ウリンが茶を淹れて、全員に配っている。
うんうん、と頷き、倒れているナツアキを見る。
「これ、どうするかな?」
「あんたのせいでしょ?」
アトリは三枚目をぽりぽりとかじる。
「むしろ、お前が生で緑を食ってるのが異常なんだよ」
呆れしか出てこない。
「いうなれば、タバスコを一気飲みしてるようなもんだぞ?」
「うえ・・・・・・」
ユキオが顔をしかめた。
「・・・・・・そんなに辛いかしら。これ」
ハミートの緑を見て、アトリは首を傾げる。
部屋の中の空気が、微妙な視線に乗ってアトリに集中する。
「ちょ、何よう・・・・・・?」
その視線に、どこか怯えたようにアトリは口をとがらせる。
「・・・・・・いや、好みってもんは人それぞれだからな」
うん、と頷き、モリヒトはそれ以上気にしないようにする。
「・・・・・・さて、と」
ふと、懐に入れた紙袋に手が触れた。
「おお、そうだ。お土産はもう一個あった」
取り出した紙袋から取り出す。
「はい。ユキオ」
「・・・・・・何これ?」
「新女王の似顔絵プレート」
描かれているのは、どこの女神か、というような美女だ。
「私、こんななの・・・・・・?」
明らかに造作の違う顔に、ユキオは苦笑している。
「国民の期待の大きさが、そのまま表れているじゃないか」
はあ、とため息をつくユキオを置いて、アトリに投げ渡す。
「アトリの分もあるぞ」
「まじで?」
「アヤカとナツアキのも買ってきた」
並べてみる。
「ナツアキだけは完全に駄目だな」
「うん。あまりにも違いがありすぎだね」
「これはちょっと、美化しすぎよね・・・・・・」
「これがナツアキだったら、ナツアキをヘタレとは呼べなくなります」
うんうん、と全員が頷く。
張本人が床に寝ているとはいえ、言いたい放題だ。
「そういった肖像画は、本人の顔が分からないよう、わざとぼかして描くものです。はい」
ルイホウが言うが、
「そういうレベルじゃねえだろ。これ」
「というか、モリヒトの分は?」
「俺は守護者じゃない」
「・・・・・・何かずるいです」
アヤカがポツリ、と漏らす。
「かかか。まあ、どうするかは好きにすればいいさ」
さて、と伸びを一つして、
「ま、少々疲れた。俺はしばらく休んでるよ」
そう言い残し、モリヒトは執務室は部屋を出た。
** ++ **
「ルイホウ。何かありましたか?」
「え? どうしたの? アヤカ」
アヤカがふとルイホウに話を振ったので、ユキオは戸惑う。
「モリヒト。何だか機嫌が悪いみたいだから・・・・・・」
「ええ、まあ、ちょっと。・・・・・・はい」
ルイホウも歯切れが悪い。
「何かあったのかしら?」
アトリがわくわく、とした顔をする。
「・・・・・・ルイホウ、もしよかったら教えて?」
「・・・・・・分かりました。はい」
ユキオがにっこりと笑って頼むと、さすがに女王の言葉を聞かないわけにはいかないのか、ルイホウは頷くのだった。