第11話:新女王とお忍び街歩き(2)
「仲良さげだねえ」
よきかな、というどちらかというとばばくさい口調で、クリシャは、頷く。
その視線の先には、同じように隠れて見守っているルイホウがいる。
街角の路地の奥や、あるいは屋根の上など、人目につかないところから、忍んで二人の警護を行っている形だ。
二人以外にも、テュールの隠密とも呼べる者たちが、どこかに潜んで二人を守っているだろう。
どちらかというと、二人がやっているのだただのデバガメに近い。
「・・・・・・よいことです。はい」
「本音は?」
「私とも同じくらい仲良さげにしてほしいところです。はい」
「・・・・・・・・・・・・素直だねえ」
クリシャは苦笑いを浮かべ、ルイホウの背に手を添えて、杖を振る。
瞬間、二人の体が浮き上がって、路地裏から屋根の上へと、音もなく移動した。
「しかし、あれがあの女王様かあ。ボクの見立てだと、もうちょっと大人ぶった子だと思っていたけれどねえ」
クリシャの見ている限り、子供っぽくはしゃぎまわっていて、微笑ましいとすら見える。
「そういう気取ったところはない方と、私は見ていました。はい」
「おや? そうなのかい?」
「親しみやすさと威厳を、必要に応じて使い分けられる方と見ています。はい」
「ふうん。顔の使い分けができるってことかな?」
「それを、意識せずにできるところが、優れたところなのではないかと。はい」
なるほど、とクリシャは頷く。
ユキオと接して、それほど悪印象を受けることはないが、それも一種の才能ということだ。
「・・・・・・おや? また何か見つけた」
ユキオは、ずいぶんと無邪気な顔で笑って、モリヒトを引っ張っている。
微笑ましい気分になってくる。
クリシャがちら、とルイホウを見ると、割と落ち着いた顔で見ている。
「・・・・・・んー。嫉妬しているかと思っていたんだけど、意外と平静だね?」
「いえ。それほど平静でもないですよ? ただ、参考になるなあ、と思っています。はい」
「参考?」
「ええ。モリヒト様は、ああして引っ張られると弱いのですね。はい」
「・・・・・・・・・・・・こわあ」
ものすごい笑顔で言われて、クリシャとしては、軽く引く。
「まあ、それは冗談として置いておいても、ちゃんと見ておかないと心配です。はい」
「心配って・・・・・・、取られないか?」
「いえ。そちらはあまり。どちらかというと・・・・・・あ。はい」
「ん?」
ルイホウが見ている視線の先を、クリシャが見る。
と、そこを歩いているモリヒトの頭の上から、ベランダに置かれていた植木鉢が落ちていく。
「おっと!」
とっさにクリシャが魔術を行使して、それを止める。
「ありがとうございます。はい」
「・・・・・・今のは・・・・・・」
「モリヒト様が、よく不幸体質、と言っているものですね。はい」
「なるほど・・・・・・」
クリシャは、腕を組んでうなる。
「何か、分かりましたか? はい」
「今のは見えた。・・・・・・あの鉢植え、多分、それなりに大事に育てられたか何かだね」
「と、言いますと? はい」
ルイホウは、モリヒト達を見ながら、首を傾げる。
クリシャは、目つきを鋭くして、モリヒトを見ている。
「わずかだけど、鉢植えに魔力が宿ってたよ。それがモリヒト君に引き寄せられてた」
魔力は、ある程度持ち主の意思に従って動く。
当然、意識を注ぐと、その対象に魔力が注がれる。
放っておけば、自然と消えてしまう程度のものだが、その状態でモリヒトが近づけば、そちらに魔力が引き寄せられて、ものも一緒に引き寄せられる。
「それほど大規模なわけじゃない。能力範囲の中だけの話だから。ただ、軽いものなら、魔力の引き寄せに乗って引き寄せられもするだろうし、ものがよく飛んでくる、と言う事態も理解できるよ」
クリシャは、頷いている。
ルイホウの視線の向く先、モリヒトの方は、と言えば、頭の上のことなど気にもせず、ユキオが興味を示した店先のショーウィンドウの中を、一緒になって覗いている。
「・・・・・・む」
いつも一緒にいるのは、ルイホウにとっては仕事であり、役目だ。
合法的に一緒にいられる言い訳があるわけだし、役得と思っていたが、ふと思う。
「ああいう街歩きが、仕事と混同してしまうのも、考え物ですね。はい」
たまには、普通にデートに誘ってほしいと思うのは、わがままだろうか。
「一応確認するけど」
ルイホウが悩んでいるところへ、クリシャが問いかけた。
「君達二人、まだ肉体関係はないんだよね?」
「もしそういった既成事実があったなら、私はもっと穏やかな気持ちであの二人を見守れると思います。はい」
妙ににこやかな顔をしているのを見て、クリシャは何も言わずに肩をすくめるのであった。
** ++ **
ショーウィンドウ。
店先で、商品を陳列したものを、通りから眺めることができる、大判の透明なガラスの窓。
とはいえ、思うのは、
「こういうの、作れるんだな。この世界」
「城のテラスにだって、大きなガラス窓あるじゃない」
「いや、この手の大判ガラスは、この前の地震の時に軒並み割れてたからな。そんなに経ってないのに、綺麗なのがはめられてるあたり、大したもんだ、と」
生産力がある、ということだ。
こういうガラス製品を売っている店もあって、見ているだけでも楽しい。
細工物については、ほぼすべて手作りではあるらしいが、それだけに同じものは一つない。
「・・・・・・地方の土産物屋を覗いている気分。・・・・・・ここ王都なのに」
「ああ、確かにそういう感じね」
機械での大量生産品もないことはないのだが、そういうものは日用品に多い。
「大地震の時は、なんだかんだ襲撃があったから、いろいろ見逃してるのよね」
「ああ、城の方は大変だったらしいねえ・・・・・・」
「あの事件で一番大けがしたの、腕一本失くしたモリヒトだけどね」
戦った兵士や騎士達は、交代と回復をしっかりしていたので、実は重傷者がいない。
モリヒトが一番大きいけがをした、というのは、確かにそのとおりなのだ。
「まあ、あれは俺じゃなくてセイヴが悪いし」
しれっとセイヴに責任を押し付けて、モリヒトは嘯く。
「まあ、それはそういうことでもいいけど」
ユキオも肩をすくめて答えるにとどめて、店先を冷やかしながら歩いていく。
大通りは、中央が屋台や市場の通りなら、道路脇は店が並んでいる。
王都で店を持てる、というのは、テュールの中では結構大きい商人である印だ。
アクセサリーや置物といった、比較的高価な品を並べる店が多い。
まあ、大通りに並ぶ店は、比較的高価ではあっても、品の種類として高価なのであって、本当に高価な貴族向けの店などは、もっと城に近い場所の、大通りから一本外れた通りにある。
今二人が覗いているのは、一般的な市民向けの店である。
モリヒトが渡されているお小遣いでも、問題なく買えるお店だ。
本当の高級店だと、基本的にツケで、現金払いはない。
「・・・・・・そういや、聞いていいか?」
「何かしら?」
雑貨店に入って、品を見ているユキオに、モリヒトは声をかける。
「俺がこっちに戻ってきてから、タマを見てないが、どうしたんだ?」
「タマのこと?」
言いながら、ユキオが左腕を上げると、左手首に数珠が見える。
ユキオのウェキアス『八重珠遊纏』は、アートリアまで発現している。
まだ幼い姿で現れるタマは、モリヒトがオルクトに出向くまでは、割とよく姿を表していたと思うのだが、モリヒトが戻ってきたから一度も見ていない。
「あー。私もよくわからないのよね。なんだか最近、全然姿を見せなくなってて・・・・・・」
「ふうん?」
タマは、ユキオのアートリアだ。
「呼んでも出てこないのか?」
「出てこないわね。・・・・・・ちょっと心配だけど、ウェキアスとしての力は失われていないし、何か理由があるんだろうって」
アートリアやウェキアスについては、分からないことは今も多い。
だから、持ち主であったとしても、思い通りに使いこなせる、というわけではない。
「力は使えるんだろう?」
「ええ。使いたいと思えば、ウェキアスとしての力は使えるけど、タマは呼んでも出てこないわね」
「ふむ・・・・・・」
ちょっと考えて、モリヒトは店を出る。
「どうしたの?」
その後をついてきたユキオが見ている前で、モリヒトは屋台から甘い匂いのするお菓子を買うと、
「ほーれ、タマ。おやつだぞー?」
ふりふり、とユキオの左手首にはまった数珠の前で振ってみる。
「・・・・・・・・・・・・あえて聞きましょう。何やってるの?」
「子供だし、出てこないかな、と」
「そんな単純なわけないじゃない」
はあ、とため息を吐いたユキオだが、わずかに数珠が光ると、
「お?」
ふと気づいて手元を覗くと、モリヒトの持っていたお菓子の一部が、まるでかじったように消えている。
「・・・・・・・・・・・・なるほど」
「あらまあ・・・・・・」
くっくっく、と思わず笑う。
「どうやら、眠っているわけでもなさそうだな。わざと出てこないのか」
「何をしているのかしら」
自分の左腕の数珠を見ながら、ユキオは首を傾げる。
「力を溜めているのかもなあ。もうすぐ一世一代の見せ場なわけだし?」
「ああ。・・・・・・確かにね」
かじられてしまったお菓子をユキオに渡すと、ユキオはそれを半分に割って、かじられていない方をモリヒトに差し出す。
新しく飲み物を二つ買っていたモリヒトは、片方をユキオに渡して、代わりに半分のお菓子を受け取った。
二人、お菓子をかじりつつ、道を歩く。
「・・・・・・これ、なんか適当に歩いてるみたいに見えるんだけど、何か目的地あるの?」
「一応は」
「あるんだ」
「ああ、城内でモテる男に聞いた、この国でデートするならここに行け、ベストワンの場所だな」
「・・・・・・雑誌のタイトルか何かかしら?」
「まあ、それは冗談にしても、他国からの観光客向けの名所を教えてもらった」
「具体的には?」
「『竜殺しの大祭』記念館」
モリヒトの上げた名前に、ん? と
「・・・・・・何それ?」
「歴代の『竜殺しの大祭』の記録が展示されているらしい」
「歴代?」
「まあ、過去の王だな。・・・・・・あと、『竜殺しの大祭』について、いろいろ分かるらしいし」
「へえ・・・・・・」
ユキオが物憂げな声を上げたのを聞いて、モリヒトは首を傾げる。
「気が乗らんか?」
「え? あ、いや別に?」
わたわた、と手を振って、ユキオは否定する。
「ふむ。じゃあ、行ってみるか」
「ええ」
頷くユキオだが、やはりその表情は少し硬い。
ふむ、と唸りながらも、モリヒトは何も言わずに歩くのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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