第9話:ユキオとモリヒト
「・・・・・・・・・・・・で、この事態?」
「うむ」
呆れた、という感情のよく伝わるじっとりとした半目で、ユキオはモリヒトを見る。
それに対して、モリヒトは腕を組み、どやあ、という顔をしていた。
「はあ・・・・・・」
ユキオは普段、城にいる時は、女王らしい衣装を身にまとっている。
ドレスほどに華美ではなく、どちらかというと学生服に近い。
ルイホウの着ている巫女服に似た服に比べれば、袂はなく洋服に近い。
ただ、学生服とは違って、スカートは足先を覆うぐらいまで長さがあるし、邪魔にならない程度に飾り紐などがついていて、見栄えはいい。
左腕だけ丈が短く作られていて、それはユキオの持つウェキアス『八重玉遊纏』が、表に見えるようにするためである。
衣装の色などは、その日ごとに女官たちによって変えられているが、基本的な意匠は変わらない。
だが、今日はその衣装は着ていない。
「自分で選んだのか? その服」
「いえ。アヤカが用意してたわ」
「さすがだな」
うむ、と頷く。
この国らしい和洋折衷具合というかなんというか。
「ひょっとして、ユキオの私服って、いつもアヤカが選んでるのか?」
「自分で選ぶものあるけど、服を買いに行くときはアヤカと一緒が多いし、あの子のアドバイスで買う服を決めることも多いから、アヤカが選んでるって言っても、過言じゃないわね」
袂のある袖に、履いているのは袴。だが、全体から感じるのは、和服ではなく洋服、という感じだ。
ヒールが高いこともあって、背筋が伸びて見える。
全体的に背が高く見えることもあり、
「うん。やっぱユキオは綺麗だな」
さら、とモリヒトは誉め言葉を口にする。
「・・・・・・何言ってるの」
その物言いに。ユキオは顔を逸らして文句を言った。
「・・・・・・からかってる?」
「んなわけない」
かかか、とモリヒトは笑う。
「ユキオほどの美人なんて、俺は他に知らん」
「・・・・・・」
真正面から言われると、さすがにユキオも困ったらしい。
言われ慣れているだろうに、とは思うが、モリヒトとしては、かわいらしいとも思う。
「しかし・・・・・・」
モリヒトはおもむろに手を伸ばして、ユキオの首元に手を差し入れ、耳飾りと、その後ろにある髪飾りまでまとめて触れて、揺らす。
「この飾りは、見たことないな。・・・・・・これもアヤカが?」
「ひっ?!」
不意に首元から触れて来た感触に、ユキオが顔を赤くして、首を押さえながら身を引いた。
「な、なんっ?!」
「そんなびっくりせんでも」
「いきなり首触られたら驚くわよ!」
首をさすっているユキオは、怒っている。
「なんか、いきなり来たんだけど・・・・・・。びっくりした・・・・・・」
「まあ、死角から手を入れる感じかね? 目を合わせている時に、ゆっくりと下から動かすと、案外気づかないもんなのよ」
「・・・・・・なんでそんな手管知ってるのよ?」
「ははは。やってみたら案外できてな。話題のネタにはいいもんだ」
「はあ?」
驚く、というのは、感情が素直に出る。
そういう状態だと、話が通じやすくなって、話題運びさえ間違えなければ、親しみにもつながりやすい。
「ということ」
「・・・・・・いつも、そうやって女の子口説いてるの?」
じと、とした目を向けられたが、けらけら笑って否定する。
「はは、まさか! どちらかというと、男を口説くのに使う」
「何で? そういう趣味?」
「いや、トラブルになること多いからな。これで、首を押さえてやると、大概のやつは大人しく言うことを聞いてくれるもんだ」
近くににらみ合ったと思ったところで、不意に首を押さえつけられれば、誰だって怯む。
あとは、そのまま抑え込んで、穏やかな話し合いに持ち込むのだ。
「殴り合いとかで喧嘩になってしまうと、ほら、警察とか来ちゃうだろ?」
「来ちゃうだろって・・・・・・。どんな人生送ってるのよ」
「不運続きなのよ。これでも」
不良に絡まれるなんて日常茶飯事だ。
何が不運って、そんなトラブルに巻き込まれたところでかわいい女の子と知り合うようなラノベ展開なんてないし、本当になんの利益もないことだろう。
ただ絡まれるだけで、応戦してしまえば停学処分を食らったりする。
おかげで、トラブルに関しては、逃げるか手を出さずに終わらせるやり方の方が重要になる。
「・・・・・・ま、そこらへんはどうでもよかろうよ」
にや、と笑う。
「で? その耳飾りや髪飾りは、選んだのアヤカか?」
「服はアヤカ。飾りは、私よ」
「おや、そうなのか?」
モリヒトが首を傾げれば、ユキオは腕を組んで視線を逸らした。
「アヤカが、今日はモリヒトと外に出ろって言うから」
「それでその恰好か。いいね。よく似合う」
「む・・・・・・」
そっぽを向いた顔が、少し赤くなった。
くく、とその様を見て、モリヒトが笑いを漏らすと、ユキオは、はあ、とため息を吐いた。
「ルイホウにも、そういうこと言ってるの?」
「いや、ルイホウには言わないな」
「・・・・・・なんで?」
「こういう物言いは、言って甲斐のある相手じゃないとなあ・・・・・・。ルイホウはそういう隙がない」
「隙って」
「かわいげって言ってもいいぞ?」
** ++ **
「ほう? つまり私にはかわいげがないと? はい」
「ルイホウ君。落ち着いて! なんか杖がみしみし言ってる!」
** ++ **
隠れてこちらを窺っているだろうルイホウとクリシャがいるらしい方向から、なにやら寒気のする気配がしたが、モリヒトはつとめて無視した。
「ちょっとびっくりするぞ? ルイホウは毎日、全く変化がないからな」
「変化って?」
「ユキオは、毎日服の色変えたりしてるだろ? ルイホウはまずそういうことをしない。それから、身に着けている飾りも変えない。それどころか、髪の長さとかも一緒だぞ」
「ええ?」
「たぶん、毎日整えてる」
** ++ **
「そうなのかい?」
「ええ。巫女衆として、必要なことですので。はい」
「理論上はあるけど、そこまで精密にやっているのかい?」
「必要なことですので。はい」
** ++ **
おそらく、巫女衆としての仕事に関わることなんだとは思うが、
「・・・・・・おかげで、かいがない」
「かい?」
「だって、服装から髪型からそこまでかっちり決まってるんだぞ? アクセサリーとか送ってもつけてもらえないってことじゃないか。・・・・・・かいがない」
「ああ・・・・・・」
モリヒトは首を振って、頭をかく。
「ま、今はそれはいい。今日は、誘ってついてきてくれたことに感謝だ」
はは、と笑いながら、ユキオに手を差し出す。
その差し出した手を見つめながら、ユキオは口を尖らせた。
「・・・・・・今日の朝、あなたが部屋に来たんじゃないの」
「おう。昨日アヤカに頼まれてな」
「・・・・・・だから、あの子着替えとか素直に出してきたのか」
「それを言ったら、俺を部屋まで案内したのもアヤカだぞ?」
「あの子は・・・・・・」
はあ、と額を押さえて、ユキオはゆるゆると首を振る。
「どうしてモリヒトと出なきゃいけないの?」
「おいおい。その物言いは傷つくなあ」
苦笑しながら言えば、ユキオはちら、とモリヒトを見て、
「アヤカと一緒でいいじゃない」
「俺が?」
「私が!」
ユキオを連れ出すなら、アヤカの方がふさわしいかもしれない。
だが、アヤカとしては、自分ではなく、モリヒトの方がいい、と判断した理由があるんだろう。
そちらについては、特に気にしても仕方ないだろう。
「何にしても、デート仕様にせっかくおめかししたんだろう?」
「デート・・・・・・。いや、私は別にそういうつもりは・・・・・・」
怯んだような仕草を見せるユキオだが、モリヒトはからりと笑って、その手を取る。
「とりあえず行くぞ、と」
「強引」
「そういう日だと思っとけよ。慣れない相手と街歩きにデートってのも、ありだろう」
「・・・・・・」
大人しく手を引かれるままに、ユキオはモリヒトの後を付いて歩いていくのだった。
** ++ **
「・・・・・・ふむ。上手くいきました」
ユキオとモリヒトの二人が城を出て行くのを上から見下ろして、アヤカは頷く。
「アヤカはいいの? ユキオと一緒に行かなくて」
そのアヤカの後ろにいたアトリが、首を傾げる。
「良いのです。姉さまと一緒に街歩きは、いつでも機会がありますので」
「ふうん?」
アトリは首を傾げる。
「でも、ユキオって、そんなにモリヒトのこと気に入ってるの?」
「気になってます。断言します」
「アヤカがそこまで断言するとか、怖いわね」
「・・・・・・姉さまとモリヒトは、そんな話す機会ないのです」
「そうかしら? ・・・・・・そうかも?」
アヤカの言うことに、アトリは少し唸って、確かに、と頷いた。
「そういえばそうよね。モリヒトがいるときは、あんまり話に入ってこないもの」
言われてみれば、程度の話ではあるが、確かに思い返してみるとそうだ。
おしゃべりなところのあるユキオには珍しく、モリヒトがいると聞き役に回ってしまうことが多い。
「そのくせ、わたしと話す時は、モリヒトの話がぽつぽつと出るのです」
「・・・・・・へえ?」
アトリの声に、興味が混じった。
「おもしろいでしょう?」
「・・・・・・アヤカ。ひょっとして、ナツアキの時以上に楽しんでない?」
「そんなまさか。・・・・・・姉さまのお相手は、わたしの兄さまになるのですよ? 見極めねば」
「小姑・・・・・・」
ふふふ、と笑いを漏らすアヤカに、アトリは顔が引きつる思いがした。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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