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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第4章:人が騒ぐ、それを祭と呼ぶ
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第6話:発見と盛り上がる話

 ナツアキは、街中を視察していた。

 修行中とはいえ、国全体が、『竜殺しの大祭』に沸き立っている中で、ナツアキのような若者が浮かれない、というのは無理がある。

 その辺りは、大臣たちもわかっているようで、城の中での仕事に縛り付ける気はないようだった。

 街中の視察、という名目で、ナツアキは祭の雰囲気を味わっていた。

 以前の瘤事件で地震が起こった際に、周囲に指示を出してまとめたのだナツアキだったこともあって、顔見知りも多くなった。

 もっとも、市井に出回っている、本当に本人を見て描いたのかわからない守護者の肖像のせいで、ナツアキが守護者の一人であることは、未だばれていない。

 そのことについて、ナツアキは悲しむべきか、お忍びで出歩けることを喜ぶべきか、よくわかってはいなかった。

「さて・・・・・・」

 最近のナツアキは、大通りを中心に、近くの通りの先にあるいくつかの公園や屋台を冷やかす、というやり方で街中を歩いている。

 たまに行き交う警備兵などと、状況について確認したりしつつ、あるいは市場の店主などから、店の状況を聞いたりしつつ、だ。

 守護者の一人、とは思われていなくとも、若い文官の一人、くらいには思われているらしい。

 守護者として、ちょっといい服を着ているので、いいところのお坊ちゃんが、文官として勤めるようになって、街中の見回りに出ている、というのが、ナツアキを知る市民たちの考えである。

 手元の帳面に知ったことを書きつけながら、ナツアキは歩く。

 町中を見回り、ある公園に近いところにたどり着いて、

「む」

 ぱたぱた、と服のほこりをはたく。

 襟をちょっと正して、髪を軽く撫でつけて、眼鏡を磨く。

「む・・・・・・」

 それから、大丈夫、と確認した上で、通りを歩く。

 ある店の前に差し掛かったところで、

「あ、トキトさん」

 声をかけられた。

 トキトウ・ナツアキ、と名乗ったが、トキト、と覚えられてしまい、もうそのままでいいや、となった相手だ。

「こんにちわ。ミーナさん」

 ナツアキが答えたのは、店の一角に並べられた花の手入れをしている少女だ。

 店は、薬屋である。

 並べられている花は、薬草の花であったり、薬草を育てるついでに育てられた花などらしい。

 薬屋の副業として、そういった花を売っているのだという。

 その花の手入れをしている少女は、足を止めたナツアキを見て、笑った。

「今日も見回りですか?」

「うん。もうすぐ、『竜殺しの大祭』だからね。外からいろいろな人が入っているし、問題がないかとか、物価とか、警備のこととか、いろいろ見て回っているんだ。まあ、半分勉強だけど」

「なるほど」

 ミーナ、と呼ばれた少女は、ナツアキの言葉を聞いて、素直に感心の表情を浮かべた。

「すごいですね」

「全然、まだまだだよ」

 まんざらでもない顔でそう返しながら、ナツアキは眼鏡を上げ下げする。

 ミーナ、と呼ばれた少女は、ナツアキと同年代だろう。

 赤茶けた髪をして、そばかすの浮いた顔をした、言っては何だが平凡な少女である。

 少なくとも、ユキオやアトリを見慣れているナツアキからすると、普通、と言える顔立ちだ。

 ただ、ナツアキはこの少女の前に来ると、緊張してしまう。

 理由は、もう思春期だから、でいいと思う。

 ユキオやアトリやアヤカと幼馴染で近くにいても、女性に対する免疫が着くか、は別の問題であるらしい。

 本人はしゃきっとしているつもりでも、周りから見るととても照れ照れしている分かりやすい青年の奇行が、しばらくそこで目撃されることとなった。


** ++ **


「・・・・・・という光景を目撃したのよ」

 モリヒトが言葉をしめると、しばらく執務室には沈黙が下りた。

 それから、

「く、ふっ・・・・・・!」

 ユキオが噴き出し、それからアトリ、アヤカも肩を震わせる。

「・・・・・・・・・・・・あー、そうか! 最近妙に城下街に行きたがると思ったら・・・・・・!」

 くふ、とまた噴き出す。

「ナツアキが、ナツアキがねえ・・・・・・」

 アトリも、くすくす笑っている。

「おもしろい、面白いことになってきました。姉さま」

 アヤカも、とても愉快そうな顔をしている。

 ナツアキの奇行は、どうやら三人にとってツボであるらしい。

「よく見つけて来たわ。モリヒト。ぐっじょぶ」

「ぐっじょぶ」

 ぐ、と互いにサムズアップして見せ合う。

「・・・・・・いいんでしょうか」

「さあ? 楽しそうだし、いいのではないですか? はい」

 その様子を、少し輪から離れたところで、ウリンとルイホウが見ている。

 ちょっとだけ、ルイホウは不機嫌そうなのを見て、ウリンは首を傾げた。

「どうかしたのですか?」

「いえ。つい勢いに押されて流されましたが、よく考えるとなあなあにされてしまっただけではないか、と思えてきまして。はい」

「は?」

「いえ、こちらの話です。気にしないでください。はい」

 ルイホウは首を振って、ふう、と肩を落とした。

 それから、執務室の一角に目をやる。

 いつの間にやら、クリシャが来ていた。

「何かあったのかい?」

 聞かれて、ルイホウが説明をすると、

「へえ・・・・・・」

 クリシャは、一つそう頷いただけで、特に気にした様子もなく、ウリンから出されたお茶を飲み始めた。

「気になりませんか?」

「さすがに、そういうのに毎回わくわくするには、ちょっと年を取ったかなあ」

 苦笑を浮かべて、クリシャはなにやら盛り上がっている方を見る。

 モリヒトだけ、そこから抜け出して戻ってきた。

「あら、モリヒト様。もうよいのですか? はい」

「さすがに、恋バナ関連で女子のバイタリティにはついていけん。自分から話題を提供しておいてなんだが」

 モリヒトが提供した話題で、勝手に盛り上がっている向こう側に目をやって、モリヒトは肩をすくめる。

「おもしろがってますね。はい」

「なんだかんだで重要な話題ではあると思うがね」

 きゃいきゃいと盛り上がってはいるが、ユキオあたりはちゃんと考えているだろう。

「もしかすると、ナツアキのこちらに残りたい理由になるかもしれんのだし」

「・・・・・・ああ、言われてみれば、そうですね。はい」

 ナツアキは、まだこちらに残るかどうかを明言していないと聞く。

「帰還って、いつでもできるんだよな?」

「はい。儀式自体の準備に一週間ほどかかりますが、時期に制限はありません。・・・・・・『竜殺しの大祭』が終わった直後が、地脈も綺麗になっているので、一番いいタイミングではありますが。はい」

「ふうん。いろいろ、考えているんだねえ」

「重要な話だぞ? 一生のことなんだから。こっちから帰れても、向こうからはもうこっちには来られん。そういう意味でも、人生の岐路だな。まさしく」

「なるほど」

 クリシャはふんふん、と頷いている。

 ただ、やはりクリシャにとっては、他人事のような雰囲気がある。

「クリシャは、今何してんだ?」

「色々と知恵を貸しているよ。面白いね。やはり。昔ボクがいたときより、術式自体は洗練されているんだけど、基礎部分で失伝してしまっている理論なんかも多くて、補完している感じ」

「おかげで、今後の地脈研究が進みそうだ、と研究部は喜んでいるようです。はい」

「いいことじゃん」

 ふむ、とモリヒトは唸る。

「どうかしたのかい?」

「んー。・・・・・・すまん。クリシャ。明日、ちょっと付き合ってくれ」

「おや? ボクとデートかい?」

「ははは。ルイホウも一緒だぞ」

「ありゃ残念」

「お邪魔だというなら、城に留まりますが? はい」

「おおう・・・・・・」

 ルイホウの圧のある笑顔に若干顔を引きつらせつつ、クリシャはモリヒトへと向き直る。

「ボクが必要な何かがあるのかい?」

「いや・・・・・・」

 モリヒトは、未だ盛り上がっている三人の方にちら、と目をやって、

「ナツアキが熱を上げている相手についてだ」

「ん?」

「ちょっと遠かったのと、少し暗かったから、もしかしたら見間違いかもしれんのだが」

「うん」

「あの子、混ざり髪かもしれん」

「へえ?」

 モリヒトの言葉に、クリシャは興味深そうに眼を見開いた。

「そうなのですか? はい」

 ルイホウも、モリヒトの言葉にわずかに驚きをにじませて言う。

「見間違いかもしれん。髪の色は赤茶だったし、多分混ざっている色はそれに近い赤だと思う。混ざっている色が近すぎて、ちょっと判別がつかん」

「でも、モリヒト君は分かった、と?」

「なんとなく、そうじゃないかな、と思っただけだ。・・・・・・混ざり髪と気配が似ている気がしてな」

「ふうん。なるほど」

 クリシャが、顎に手を当てて唸る。

 それを見ながら、モリヒトはルイホウへと顔を向ける。

「この『竜殺しの大祭』で、ミュグラ教団のやつらが何かを起こす可能性は高い。そんな中で、混ざり髪がいて」

「何かつながりがを感じるのかい?」

「いや、単純に安全なのかどうかだ。・・・・・・やつらは、混ざり髪をいい素材と見ている節がある。今は良くても、もし目についたら」

「なるほど、さらわれる可能性があるね」

「で、確認しておきたいんだよ」

「分かった」

 うん、とクリシャは頷いた。

「そういうことなら、ボクも見に行こう」

「頼む」

 モリヒトがクリシャと頷き合ったところで、

「ただいまー」

 ナツアキが帰ってきた。

「ナツアキー」

 そして、ナツアキを妙につやつやした笑顔のユキオが手招きしている。

「え? 何?」

「いいから、ちょっと・・・・・・」

 疑問顔を浮かべながらも、三人が集まっているところに近づいていったナツアキは、

「捕食かな」

「ハエトリソウ、ですね。はい」

「疑似餌の釣りみたいな」

「ぱくっと」

 三人の輪の中に取り込まれ、洗いざらい吐くことになるのであった。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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