第4話:二人で街を歩きつつ
のんびりと、モリヒトはルイホウを伴って歩いている。
午前中は、結界の点検作業に付き合っていた。
それで、
「残りは?」
「次が最後ですね。はい」
ルイホウは、地図を見ながらそう言った。
「遠い?」
「それなりには。はい」
距離はある、という。
もともと、一日がかりで確認する作業らしい。
昼を過ぎたころには、街の雰囲気は多少は落ち着いたものになりつつある。
大体この時間が、街というのは静かな時間にあると思う。
昼食を摂るために出歩く人は少なく、かといって、仕事が終わるにはもう少しかかる時間。
人通りも少なく、屋台の呼び声も少ない。
これから、夕方になるにつれ、また人は増えていくのだろう。
ちょうど、その谷間とでもいえる時間帯だ。
「ルイホウは、巫女衆に入ってから、魔術の修行を積んだわけだよな」
「ええ。そうです。はい」
「じゃあ、その杖も、その時に?」
「この杖は、たまたま適応したためです。巫女衆は、自分の発動体を選ぶ際に、一度だけ、宝物庫に入って中身に触れることを許可されます。その際に、上手く適応しました。はい」
発動体は、もうモリヒトは四種類持ち歩くのが常になっている。
短剣型のブレイス。双剣型のレッドジャック。小手型のライトシールド。それから、指輪型のリングだ。
時々、使うための訓練もしている。
その辺りは、テュールに戻ってきてからは、クリシャに頼んで、少し本気を出してやっている。
またミケイルみたいなのとやり合う羽目になった時に、いいようにやられるのはご免だと思うからだ。
どんなに頑張っても、まともに勝てるビジョンはないが、こちらの体質が相手にとって天敵であるだけに、有利に立ち回れるとは思うが、確実ではない。
すくなくとも、地力は上げておいて損はない。
たとえ、どれだけ付け焼刃だとしてもだ。
「ルイホウの人生は、どっちかっていうと、巫女衆になってからが本番か」
「・・・・・・あなたは、どうなんですか? はい」
「む?」
ルイホウからの問いに、モリヒトは首を傾げた。
「俺か?」
「はい。・・・・・・そういえば、あまりモリヒト様のことは、多くは聞いていませんでしたから。はい」
「そうだっけな?」
どうだったろうか。
ぼろぼろと話したこともある気がするが、
「大したことは言ってない気がするなあ、確かに」
「不幸ネタの痛い話は結構聞きました。はい」
その痛いってのは、どっちの痛いだろうか。
怪我をした話と、その怪我で何が起きたか、とかは、確かによく話したが。
「俺は、何だ。妹がいるって話はしたっけ?」
「幼いころに離婚して、モリヒト様は父親に。妹は母親に引き取られた、と、そこまでは聞きました。はい」
「そうか。・・・・・・まあ、とは言っても、母親とは一ヶ月に一回は会ってたし、生活費とかの援助ももらっててな。それほど困った暮らしではなかったよ」
生きるだけなら、だが。
生活費は足りていても、それ以外の小遣いは何も足りてはいなかった。
遊び道具など買えなかったし、美味しいお菓子を買うのも、なんだかんだと厳しかった。
たまにちょっと余ったお金で、ホットケーキを焼いたくらいだ。
高校に入ってバイトをするようになってからは、その辺りはだいぶ改善したが。
「食えないほどじゃないが、腹は減った、ていう状態だったかね。うん」
ただ、不幸ネタではないが、よく怪我をしたので、対処は上手くなったと思う。
「高校入ってからは、弁当おごってくれる人もいたしな」
「・・・・・・ほう? 女性ですね? はい」
「・・・・・・・・・・・・そうですね」
ルイホウの目が鋭い。
圧力が増した気がする。
「・・・・・・ふむ。確かに、モリヒト様に対しては、意外と餌付けは有効ですが。はい」
「餌付け言うな。いや、確かに弁当はありがたかったが」
「美味しかったですか? はい」
「めっちゃうまかった」
うん、と頷いたモリヒトの顔を見て、ルイホウは一つ頷く。
「やはり餌付けですか。はい」
その断定に、ははは、とモリヒトは苦笑を返す。
「まあ、ありがたい人ではあった」
「恋人でしたか? はい」
「一応な。・・・・・・とはいっても、最後は盛大に喧嘩別れしたし、向こうはもうこっちの顔も見たくないんじゃないかね」
「喧嘩って、なぜですか? はい」
「・・・・・・さて? 俺は悪くないと思いたいけど、実は俺が悪かったような。でもそうでもないような言いがかりをつけられたような気もするし。・・・・・・ふむ?」
「なぜそんな疑問形なのですか? はい」
「いや、正直よくわからんことでキレられて、売り言葉に買い言葉の応酬で、喧嘩別れして以降、一切連絡取ってないからなあ・・・・・・。あれ、なんであんなに怒ってたんだろ?」
「分からないのですか? はい」
「まったくわからん。すごい意味不明なことを言ってたし」
「意味不明?」
「何だったか?」
あんたには、欠けているものがある。
そう言われたのは覚えている。
「何が欠けてると思う? 常識か?」
「自虐に付き合うつもりはありませんよ? とりあえず、足りていない、と言う意味なら、片手の指では足りないくらい思いつきますが、そんなものは愛嬌のうちでしょうし・・・・・・。はい」
「え、ちょっと待って、俺そんなに欠点あるか?」
「・・・・・・・・・・・・ええ、ちょっと言葉にはしづらいですが、大丈夫。私は愛嬌の内だと思います。はい」
「いい笑顔だー。ごまかしにかかってやがる」
ははは、とルイホウは笑いながら、顔をそむける。
「こっち向け。せめて」
「ふふ。ですが、どうなのでしょう? 毎日お弁当下さるような方だったのでしょう? だったら、欠点の十や二十、愛嬌として受け入れるでしょうし。はい」
「欠点の桁が・・・・・・。いや、まあ、気にしても仕方ないか。・・・・・・まあ、そこはその通りでな。俺の悪いところは、いくらでもツッコミ入れてくる人だったから、その人がわざわざ欠けている、なんて言うのは、多分相当なことなんだろうな、と、当時は思ったわけだ」
「でも、喧嘩別れですか? 喧嘩の原因は何だったんですか? はい」
「あー。なんか、妹に会わせろってしつこくて・・・・・・」
「それが理由で?」
「いや、会わせたら会わせたで、なんかこそこそしだしてなあ・・・・・・。で、問い詰めたら、あとは売り言葉に買い言葉」
多分、最初は隠し事に対するちょっとしたイラつきでしかなかった。
ただ、聞いている間に、だんだんとヒートアップしてしまって、それ以降、連絡するのが億劫になり、大学進学で県外に出てしまったこともあって、住む場所も大きく離れてしまい、自然消滅してしまった。
「その恋人に関しては、今は何か思うところはないんですか? はい」
「ぐいぐい来るね」
「気になります。はい」
いいんだけど、圧を感じる笑顔に、なんで、とはモリヒトは聞き返せない。
聞き返すほど、無粋でもないつもりだ。
「正直言うと、未練はある。・・・・・・会いたいかどうかと言われると、微妙なんだが」
「喧嘩したことを謝りたいとかでしょうか。はい」
「かもな。どういったもんかは、言葉にしきれないよ」
「そういうものですか。はい」
「・・・・・・あのね。一応言っておくけれど、喧嘩別れしたって言っても、まだ一年くらいしか経ってないからな?」
「一年もあったのに整理を着けられていないのは、逆に女々しいというのでは? はい」
「・・・・・・厳しいねえ・・・・・・」
かろうじての反論も、ばっさりと切り捨てられてしまうと、モリヒトは、何も言い返せなくなる。
「まあ、前の女のことなど綺麗さっぱり忘れましょう。・・・・・・私は、そちらの方がうれしいですし。はい」
にこー、とルイホウが笑顔を向けてくる。
綺麗でいい笑顔だなあ、と見惚れる一方、やっぱりさっきからルイホウの笑顔には圧を感じる。
あと、距離が近い。
「意外と、ルイホウはそこらへんぐいぐい来るよな」
巫女という職とか、ルイホウの楚々とした外見とか、丁寧な物腰とか、そういう一見したイメージからすると、ちょっと予想外に肉食に感じる。
モリヒト自身、そこまで気に入られた理由が、実感できていないので、ちょっと戸惑いもありつつだ。
綺麗な子に言い寄られて悪い気はしていないけど。
「攻めて攻めて攻め落とせ、というのは、ヨミ様から習った生き方です。はい」
「アグレッシブなアートリアだなあ、おい」
アートリアって、女神の化身じゃなかったっけ、と内心首を傾げるモリヒトだが、ルイホウは続ける。
「実際、相当嫉妬深かったそうで、先王陛下は、結婚できなかったそうです。はい」
「・・・・・・できなかったっていうところが、なんか、あれだぞ? 怖いぞ? うん」
「主人とアートリアの関係も、千差万別ですから。先王陛下は娘として扱いたかったそうですが、ヨミ様は全く違っていまして。・・・・・・ええ、保護されたばかりのころなど、私もよく警告されたものです。はい」
「・・・・・・十にもならない子供相手に?」
「誰に対してもそうでした。大人げなく能力を使ってまで牽制するので、一時先王陛下が叱るのですが、それすらも嬉しそうで・・・・・・。はい」
「わあ。筋金入り」
手の付けようのないやつだ、と、モリヒトは目を覆う。
「それ以外では、文句のつけようもない、まさしく王のパートナーでした。はい」
ふふふ、とルイホウは笑いながら、地図を広げた。
「さて、あそこ、最後の一か所です。・・・・・・終わるまで、待っていてもらえますか? はい」
「今日は、ルイホウの仕事に付き合うさ」
「では、仕事終わりに、何か甘いものでも食べたいです。はい」
「祭りだしなあ。お菓子の屋台も出てるだろ」
「しばらくぶりに二人なので、もう少し雰囲気を要求したいのですが? はい」
「なんだ、道理でぐいぐい来ると思えば・・・・・・」
はは、とモリヒトは笑う。
「ちょっとびっくりするくらい、ルイホウは俺のこと好きな」
「・・・・・・・・・・・・」
モリヒトの言葉に、ルイホウの笑みの目がちょっと冷たくなった。
「はいはい。調子に乗るな、と」
「いえ、否定はしませんが。はい」
「お、おう・・・・・・」
顔がぐい、と近づいてきた。
「あなたの方は、どうなんですか? はい」
しばらく、ルイホウはじっとモリヒトの顔を見て、
「やりがいのない人です。はい」
深いため息を吐いて、ルイホウはモリヒトから離れた。
「もうちょっとうろたえてください。はい」
「難しいことを言う。ルイホウにされても、かわいいなあ、くらいしか思わないぞ?」
「・・・・・・・・・・・・」
じぃっ、とルイホウはモリヒトを見つめるが、モリヒトは、へら、と笑うだけだ。
「はあ・・・・・・」
肩を落とすルイホウの頭を、モリヒトは笑いながら撫でるのだった。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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