第2話:早朝の街歩き
朝だった。
白い日の光が遠く、山の向こうから差し込んでくる。
不思議なもので、この世界でも、日は東に昇り、西に沈む。
テュール異王国の場合、東はオルクト魔帝国。西は水平線だ。
そして、さらに言うなら、この国からでも見える、黒の真龍の住まう山から、日は昇るように見える。
空気が潮の匂いを含んでいるように感じるのは、オルクト魔帝国とは違う。
オルクトの帝都は、内陸部にある。
一方で、テュールは国土が狭い上に、半島であるが故に、周囲は完全に海。
もともと海の底から隆起した、という土地もあって、土地の空気全体に、海の匂いがあるように感じる。
まだ日の差し始めという薄暗い時間帯だったが、王都の大通りは賑わっている。
市を開くため、露店の準備をする人々。
先んじて開かれた露店は、近隣の漁村で採れた魚介が並び、一足早く開かれた露店を住人たちが冷やかしている。
それらに混じり、朝早くから王都周辺での仕事に出向く、傭兵や冒険者と思しき、武装した一団達。
行き交う人々は多い。
こういう光景は、元の世界とは少し違うものだな、という印象を受ける。
学生だったからかもしれないが、朝早くを行きかう人々の姿は、それほど多くを見たことがない。
都心であればまた違うのかもしれないが、日本では、早朝の時間に行き交う人々といえば、誰もが判を押したように似たスーツ姿だ。
そう言う意味で、それぞれに様々な恰好をした住人達が行き交う朝の大通りは、目にも耳にも騒がしい。
「元気なもんだ」
「そうですね。はい」
杖を持ち、地図と書類に印を入れながら歩くルイホウの後ろを、モリヒトはのんびりとついていく。
今日は珍しく、モリヒトがルイホウの用事に付き合う形になっていた。
モリヒトの護衛、監督役を務めているルイホウだが、もともとはテュールの巫女衆の一員で、その実力は上位である。
当然ながら、『竜殺しの大祭』が近づいた現在、遊ばせておいていい人材ではない。
現在ルイホウが行っているのは、王都内の結界の調査だ。
『竜殺しの大祭』は、地脈のゆがみをわざと現出させ、それを『竜殺し』を用いて破壊することで実現する。
実態は、『瘤』の破壊と同様なのだが、規模が桁違いだ。
本来なら周囲に影響を与えることなく終わる瘤の破壊も、『竜殺しの大祭』規模となると、完全に成功したとしても影響が残る。
その影響が都市部に及ばないようにするための結界が、テュールの王都には敷かれている。
ルイホウは、今その結界に不備がないかの確認を行っていた。
先の事件で地震があった後、巫女衆のの手で点検作業は行われている。
今は最終確認の段階だった。
とはいえ、
「・・・・・・雑用じゃね?」
「雑用ですね。はい」
問題ないことは確認が済んだ上で、最終確認であるのだから、実際雑用だろう。
「確認しないと問題あるのか?」
「あくまでも、念のため、です。はい」
「その割には、しっかりやるのな」
「眠いなら、帰っていてもいいですよ? はい」
「いじわる言うない。ルイホウと歩きたくて、起きてきてんだぜ? こっちはよう」
「似合わないですねえ。はい」
「茶化すなよ」
はあ、とモリヒトはため息を吐く。
「いつも世話になってんだ。ルイホウが忙しいなら、邪魔しないように付き合うくらいはするぞ? 俺は」
「ふふ。ありがとうございます。はい」
ほぼ王都の全域を回らなければならない仕事だが、ルイホウの歩みは穏やかだ。
全部回れるのか、とモリヒトは思わないでもないが、後ろからルイホウの持つ地図を覗き込んだ限りでは、回るべき箇所はそれほど多くない。
時折、ルイホウの巫女装束を見て、笑顔とともに手を振ってくる市民がいる。
そう言った者たちに、笑顔で会釈を返し、時に手を振りながら、ルイホウは街を歩いていく。
その後ろをのんびりとついて歩きながら、ルイホウと親し気に話すモリヒトには、好奇と奇異の視線が飛ぶ。
「やっぱ、この国だとルイホウは目立つな」
「巫女衆の装束ですから。はい」
「エリート集団だものなあ、この国だと」
実際、騎士集団より人気あるのではなかろうか。
巫女衆の通常業務は、王都内外の結界などの魔術関連施設のメンテナンス以外にも、テュール王国の祭事を司る。
また、それ以外にも、テュール国内に点在する村を巡って、医療者としての活動もしている。
実際、国内の医療関係で、医者のいない村にあっては、巫女衆の巡回は重要だ。
王都であろうと、医療従事者として巫女衆の人気は高い。
医者ほどの医療技術を持っているわけではないが、回復系の魔術を使うことができるため、頼りにされているのだ。
「・・・・・・そういやさあ」
「なんでしょうか? はい」
「巫女衆って女しかいねえの?」
「いません。そもそも、巫女衆の始まりは、テュール建国時に最初に召還された存在です。はい」
「王様?」
モリヒトが疑問を述べるが、ルイホウは首を振って否定する。
「当時は、ただの巫女でした。・・・・・・その人物が女性であったことから、伝統的に巫女衆は女性が務めています。はい」
「伝統って、理由それだけか?」
「ええ。今となっては、ですが。はい」
「当時は、理由があったってことか?」
「巫女衆が始まった時、その巫女衆には混ざり髪が所属しました。そもそも、巫女衆の始まりは、混ざり髪の社会的な地位を守るためにあった、と言われています。はい」
差別を受けていた混ざり髪を保護し、国内で一定の地位を持たせるため、当時の王はそういう仕組みを作ったという。
「結果として、テュールに連れた来られた混ざり髪は、ほぼすべてが巫女衆の所属となったそうですが、集まったのは女性ばかりだったそうです。はい」
理由は、いろいろある。
巫女衆という組織が設立された当初、トップが女性であったこととか、影響力の強いクリシャが女性だったこととか、女性の方が社会的な立場が低いために保護を必要としていたとか、いろいろだ。
男の混ざり髪は、すぐに打ち殺されるか、もしくは傭兵などになって自立していることが多かったこともある。
もっとも、当時の社会情勢では、混ざり髪は完全実力主義の傭兵などでないと、まともな仲間に恵まれなかった。
「そういうわけで、いつの間にか伝統的に、巫女衆は女性の職、ということになったわけです。はい」
「ほう・・・・・・」
モリヒトは、城で出会う巫女衆を思い返す。
「女ばっかりのところにいるにしては、巫女衆って、割と男慣れしてるよな」
「男子禁制にしているわけではありません。地脈研究は、男性の研究者も多いですし、職務に差し障りが出ない限りは、交際も許されています。はい」
「そうか」
「まあ、本当に男性が苦手な子は、そもそも巫女衆の専用区画から出ませんから。はい」
「城で会うのは、会っても大丈夫な子ばかりってことか」
「そういうことになります。はい」
いろいろ事情があるもんだ、と考えながら、モリヒトはルイホウの後をついて歩いていく。
** ++ **
いくつかの結界の基点を見回り、ルイホウの仕事を見て思うのは、やはり雑用だ、ということだ。
誰にでもできる仕事ではなかろうか。
むしろ、ルイホウの実力を考えるなら、『竜殺しの大祭』の儀式場の構築に回るべきだと思う。
「・・・・・・俺のせい?」
「違いますよ。はい」
ルイホウは笑った。
モリヒトの監督役という仕事のために、そういう現場から遠ざけているのか、とモリヒトは思ったが、ルイホウははっきりと否定する。
「今回はユエルがいますから。はい」
「あの黒い耳がぴこぴこしてるちびっこ?」
「・・・・・・その覚え方はどうかと思いますが、まあ、いいでしょう。はい」
次の巫女長として教育を受けている、というユエルだが、実力としては、まだルイホウの方が上のはずだ。
「ユエルには、現在巫女長が代々継承してきた、儀式制御術式の中枢回路を転写している最中なんです。その工程の一環として、儀式場の魔術式とユエルに刻まれた中枢海路の接続を行う必要があるんです。はい」
「今、その接続を?」
「している最中ですね。この接続は、他者が補助できませんから、私はいるだけ邪魔になります。はい」
「そんなことはないだろ」
いくらなんでも、いるだけで邪魔になるということもないだろう、とモリヒトは思うのだが、ルイホウはゆるゆると首を振った。
「この術式の継承は、私も受けたことがあります。はい」
「・・・・・・? じゃあ、なんでルイホウは・・・・・・」
「私では、適合できなかったのです。はい」
「・・・・・・才能?」
「言ってしまえば、その通りではあります。はい」
ううん、とルイホウは唸った。
どこか困ったような笑みを浮かべる。
「私は、魔術師として、十分な才能がありました。ですが、召還の、そして、『竜殺しの大祭』に関わるような、『テュールの巫女』としての才能は、ほとんどなかったんです。はい」
「違うものなのか? それは」
「ええ。違います。はい」
ルイホウは、それで言葉を切ってしまった。
モリヒトは、頭をかく。
「で? お前は足りなくて、ユエルは足りていた、と」
「そうなりますね。はい」
ん、と前を歩いていたルイホウは、モリヒトを振り返る。
少しだけ、困った顔をしていた。
「おもしろくもない話ですよ? はい」
その目は、聞きたいですか、と聞いているように、モリヒトには思えた。
だから、モリヒトは頷く。
「別に構わん。俺も普段から、面白くもない話してるし」
「そういう、ことでもないのですが。・・・・・・はい」
ふう、と、一つ、ルイホウはため息を漏らす。
手に持っていた地図を、無意味に撫でて、
「では、次の目的地に着いたら、少しだけ。はい」
「そうかい」
そう言って、二人はまた歩き出した。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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