第11話:竜に呑まれる
最近すっかりと日常となったモリヒトの朝は、モリヒトが目を覚ましたころに、ルイホウが扉をノックする、というものだ。
ルイホウのノックを聞いて目を覚ましているのか、それより早く目を覚ました上でルイホウのノックを聞いているのかは、モリヒトの自覚するところではない。
ただ、今日もそうしてモリヒトは目を覚まし、ルイホウの持ってきた着替えに袖を通して、部屋を出た。
部屋の外で待っていたルイホウを引きつれて、モリヒトは朝食を摂るために食堂へと向かうわけだ。
この国の食事は、基本的に魚が中心だ。
近海に、いい漁場があるらしい。
詳しいことは知らないが、養殖も行っているとのことだ。
ここだけを聞くと、日本のように感じなくもないが、テュール異王国においては米はあまり一般的な食べ物ではない。
地形的に大規模な米作を行いにくいテュール異王国では、米は基本的に高級品なのだ。
米を入手しようと思ったら、数少ない米作農家から入手するか、貿易、輸入品に頼るしかない。
テュール異王国の最大の貿易相手は、隣国のオルクト魔帝国だが、ここから入ってくる穀物は、基本的に麦やトウモロコシである。
米に関しては、一年に数回、外海を通る交易船から買うのが一般的で、少数しか輸入しないために、
モリヒトとしては、魚をさばくのは面倒だが、魚を食べるのはさほど嫌いではない。
ルイホウと向かい合って座り、モリヒトは秋刀魚にも似た焼き魚を解して行く。
きちんと醤油が用意されている辺り、この世界のモリヒトとの類似性が見られる。
ちなみに、醤油はこの国の特産物らしい。
「・・・・・・・・・・・・」
黙々。
モリヒトとルイホウの食事風景は、かなり静かだ。
モリヒトは基本的に食事を一人で行うタイプなので、食事時に雑談に興じる性格ではないし、ルイホウははといえば、行儀という面でしゃべらない。
ついでに言うと、二人とも行儀がいいので、食事に際して音が立つことはほとんどない。
なんとなく、似た者夫婦のような雰囲気を醸している二人である。
ついでに言うと、この二人、相当な早起きである。
そのため、食堂の広さに比して、食堂は閑散としている。
今も食堂にいる一部の兵士は、見張りの仕事のローテーションのために、食事のテンポがずれているだけだろう。
ユキオなどはまだ寝ている。
ただし、アトリはすでに目を覚まして、朝練ともいうべき、早朝鍛錬に出かけている。
習慣らしい。
静かに食べ終わって、合掌。
温いお茶をすすり、モリヒトはふう、と息を吐く。
「さて? 今日はどうするかな?」
何となく呟いたモリヒトに、ルイホウは首を傾げる。
「どうするか、ですか? はい」
「いろいろやりたいことはあるけどね。さて、どれから取りかかったもんかな?」
むう、と腕を組んで唸る。
「全部やってみてはいかがですか? はい」
「・・・・・・ルイホウは、意外に大雑把な性格だよな」
ごく自然な表情で告げるルイホウに苦笑し、
「まあ、のんびり行くかね」
んー、と伸びを一つ入れて、モリヒトは立ち上がる。
向かう先は、とりあえずユキオの執務室だ。
++ ** ++
ユキオの執務室。
結構な広さを持つが、大きな執務机に椅子。アヤカがよく寝転がっているソファや、資料を収めておく書架などに、結構場所を取られている。
モリヒトは、誰もいないその部屋に入り、ソファでのんびりとしていた。
手に持つのは、城内の書庫からルイホウに取ってきてもらった、歴史書の一つだ。
ソファの足元には、それが十冊ほど積み上げられている。
「・・・・・・あれ? モリヒト様?」
しばらくして、ウリンが姿を見せる。
「おはようございます。・・・・・・どうかされたんですか?」
「ん~。別に大した理由はない」
あえて挙げるとすれば、
「この部屋が、今のとこ、一番居心地いいのさ」
「はあ・・・・・・」
ウリンは、傍らに控えるルイホウと苦笑を交わして、
「お茶、淹れましょうか?」
「んー。別にいいよー」
適当な返事にさらに苦笑。
「モリヒト様。何をお読みなんですか? はい」
モリヒトが読んでいるのが、歴史書であることは分かる。
ただ、一通り読み終えているはずのものを、もう一度読みなおしている。
「・・・・・・」
反応なし。
ぺらぺらとページをめくるモリヒトは、ほとんど内容を読んでいないようにも見える。
「あー、あれだー」
「何ですか? はい」
「書くものー」
「はい。はい」
ソファに腰かけなおしたモリヒトは、ソファの前に置かれたテーブルの上にルイホウが置いた紙に、羽ペンを使いさらさらと何かを書いていく。
読んでいた歴史書は膝の上に。
「・・・・・・んー」
しばらく、羽ペンが動いていて、
「なるほどー。んー。でー・・・・・・」
そんな不可思議な唸り声をいくらか上げて、
「・・・・・・あー、次ー」
一冊を読み終えた後は、次の一冊を手に取ってさらに書き連ねていく。
ユキオやアヤカが部屋に来ても、それに反応することなく、モリヒトは一人で次々と紙を消費していく。
全ての歴史書を読み終えて、
「・・・・・・まあ、こんなところか」
テーブルの上の紙には、ごちゃごちゃといろいろ書き連ねられていて、ルイホウには何が書いてあるのかは分からない。
「・・・・・・何をしてるの?」
ユキオに声を掛けられて、
「あれ? ユキオか。おはよう」
「「「・・・・・・」」」
ユキオ、アヤカ、ウリンの三人は、何とも言えない表情を作る。
「モリヒト様。すでに、昼は過ぎています。はい」
「・・・・・・む?」
窓の外を見て、
「・・・・・・腹減ったな」
第一声にそう漏らし、ルイホウが苦笑する。
「何か持ってきます」
ウリンが、部屋を出て行った。
「それで、モリヒト様は結局、何をしていたんですか? はい」
「ちょいと、疑問の解消を、な」
「・・・・・・疑問?」
「いやな。前から不思議に思ってたんだ。王位継承権について」
「・・・・・・私?」
ユキオが自分を指差す。
「んー。何か妙だろ?」
「何が、ですか?」
アヤカが、モリヒトの書き散らかした紙を順繰りに眺めながら、
「歴代の王のことを調べてたんですか・・・・・・」
そう呟いた。
それを聞いて、モリヒトは小さく笑みを作ってアヤカの頭を撫でる。
「よく分かったな」
「・・・・・・ここに、書いてあります」
アヤカが示す紙を全員が、ユキオとルイホウが覗き込むが、
「・・・・・・ゴメン、分からない」
「私もです。はい」
横に首を振る二人を見て、モリヒトは苦笑。
「メモだからな。それだけ見て理解するってのも、なかなか難しいさ」
アヤカが集めた紙をもらい、ぱらぱらとめくって、
「なあ、ルイホウ」
「はい? 何でしょうか? はい」
モリヒトは、ルイホウに目を向ける。
「この国の王様は、別に血が繋がっているわけじゃないんだな」
++ ** ++
モリヒトは、ルイホウの顔を見る。
調べて分かったことは、おそらく、ルイホウやライリン達は当然知っていることで、今はまだ、他に知ることが多いから、と話さなかったことだろう。
「そうですよ。・・・・・・先代とユキオ様の間に、血縁関係はありません。はい」
あっさりと答えてくれたのだから、多分正解だ。
「だろうな」
うんうん、と頷くモリヒトに、しばらく唖然としていたユキオが、
「え? どういうこと?」
「だってさ。・・・・・・先代の王様は、金髪碧眼だったらしいぞ? そのさらに先代は、赤髪に黒い目。どう考えても、ユキオの祖先じゃないだろ・・・・・・」
「ええ?! ・・・・・・じゃあ・・・・・・」
モリヒトがこれを調べ始めたのは、ちょっとした疑問だ。
先代国王の肖像については、城内を散歩している時に見つけた。
その顔が、あまりにもユキオに似ていなかった。
「・・・・・・ええっと。私、何となく、先代の王様が私の親なんだなー、とか思ってたんだけど」
「大外れ。お前さんは、この世界の出身者ではあるだろうが、この国の生まれかどうかは、正直確信は持てないな」
モリヒトが肩をすくめると、
「・・・・・・うー。何か、自分の勘違いが気恥ずかしい・・・・・・」
ユキオは、頭を抱えて机に突っ伏した。
「まあ、しょうがないさ。最初の説明からすると、この国の人間が、王になる存在を異界へと送り込んだ、みたいな言い方だったからな」
モリヒトは、ふむ、と唸ると、
「まあ、そのほうが都合がいいんだろうが」
「モリヒト様。どうしてモリヒト様がそんなことを? はい」
「ん? 気分」
「気分、ですか。はい」
何とも言えない表情を浮かべ、ルイホウはユキオを見る。
「ユキオ様。大丈夫ですか? はい」
「あー。うん。別にショックを受けてる、とかじゃないから。ただ、意外と自分でも、本当の両親とか意識してたんだなーって」
アヤカがユキオの傍にいって、その頭を撫で始めた。
モリヒトは、さらに歴史書をペラペラとめくる。
「この世界では、昔から、生まれたばかりの赤ん坊が、突然消えるっていう怪現象があったんだと」
「我々は、そうして赤ん坊が消えることを、『竜に呑まれる』と言います。はい」
ルイホウの捕捉説明。
「その『竜に呑まれた』子供を、召還して、この国は王にしているらしい」
「・・・・・・えーと、じゃあ」
「調べれば、可能性のある夫婦を探すくらいはできるだろうが、まあ、本当の親かどうかはまず分からんな。この世界に、DNA検査ができる技術力があるとは思えんし」
その言葉を聞いて、ユキオは少し肩を落とす。
「・・・・・・やっぱ気にしてたか」
「えっと・・・・・・」
「まあ、分からないから諦めろ」
「あっさり言うなあ・・・・・・」
どこか力なく笑うユキオ。
それから、ふっと顔を上げて、
「・・・・・・ところでさ、何でモリヒトはこれ調べてたの?」
そう聞かれたモリヒトは、歴史書に落としていた目を、ん、とユキオに向けて、
「ひまつぶし」
そうあっさりと答えた。