第4章:プロローグ
第4章開始
切り立った崖が見える。
竜の首を起こすがごとく。
海の底からせりあがったとされるテュールは、大陸から北西へと飛び出した半島である。
その地形は、半島の先端へ向かうに従い、少しずつ高くなっている。
テュール半島と呼ばれるこの辺り一帯は、全体がわずかに傾斜があるのだ。
都市部などはある程度均しているし、意識しないとわからない程度には平坦に見える。
だが、半島の先端。
そこだけは、明確に他より地形が高かった。
かつて、テュールという土地が現れた時、最初に現れた場所こそ、当時は海のど真ん中であった、半島の先端部である。
そこが、海中から唐突に隆起し、切り立った巨大な岩塊として現れ、その後に、大陸とつながるように間の土地がせりあがったのだ。
当時の様子の記録から最初に現れた岩塊は、瘤が変形したものではないか、とも言われている。
テュール半島は、大陸から北西に突き出している。
テュール異王国の海岸線は、基本的に切り立った崖だ。
本来なら、海からの出入りはできない地形なのだが、西側に一か所、比較的他より崖が低く、高さが海に近い場所がある。
そこに大規模な漁港が設置されており、テュール異王国の食料自給率の一部を担っている。
新鮮な魚介が取れることと、国土の狭さからくる運搬距離の短さから、新鮮な魚介をすぐさま運べることもあって、テュールでは魚介類の料理が豊富だ。
生魚の食文化も、テュール異王国には存在する。
広大な牧草地を確保できないため、どちらかというと牧畜の方が少ない土地なのだ。
それはともかく、テュール異王国には、港はない。
半島の根元にあるオルクト魔帝国との国境にある関所と、この漁港。
この二か所が、テュール異王国と外部との窓口になっている。
とはいっても、漁港に、オルクト以外からものが入ることは少ない。
オルクトからならば、それなりに輸入品目は存在する。
一方で、それ以外の国、となるとなかなか難しい。
それというのも、テュール半島のある大陸西部は、オルクト魔帝国の領土である。
つまり、テュールの港まで行くためには、大陸の北からにしろ、南からにしろ、オルクトの領土を大きく回り込む必要がある。
それでいて、テュールにたどり着いて得られる品は、オルクトで十分に得ることができる。
テュールには、おおよそ特産と呼べるものがないからだ。
そうなると、他国の商人にしてみれば、テュールまで船を出すのは、コストに見合わないのだ。
政治的にも、オルクトに従属していると言ってもいいテュールは、オルクト以外の国を外交をする意味が薄い。
そう言う理由で、テュールに来る外からの船というのは、大概オルクトを経由している。
だからこそ、その船は目立った。
オルクトの様式とは違う、異国の船。
入港の許可を求めだしたところから、港ではざわつきがあった。
他国の船を近くに見ることすら稀なのだ。
それが入港するとなれば、なおさらだ。
そこから降りた人物は、はあ、と息を吐いて、顔を上げる。
「うむ。ここがテュール異王国か!」
血色のいい顔に興奮を浮かべ、男はあちらこちらへと視線を飛ばす。
「・・・・・・さて!」
ぱん、と顔をはたき、男は顔を上げた。
「行かなくてはな!」
** ++ **
「祭りが近い、というのは、いい雰囲気だな」
ふ、と白衣をまとった男は、街中の雑踏に紛れながら、つぶやいた。
ベリガル・アジンは、先のテュール襲撃以降も、この国に留まって、様々な調査をしていた。
もちろん、指名手配の身である以上は、ある程度は潜んでいるが、祭の雑踏の中では、騒ぎさえ起こさなければ、案外に紛れてしまえる。
今も、適当に屋台の主人を談笑し、売り物の肉串を買って、適当にかじりついたところだった。
「やれやれ、案外にのんきなものだ」
ベリガルとしては、多少呆れなくもない。
近くある『竜殺しの大祭』は、極めて重要な儀式だ。
そうてある以上は、一度襲撃もあったことだし、もっと警備を厳重にしてもいいと思うのだが、城はともかく、街中については、それほど警備の増強はされていない。
「・・・・・・のんき、というよりは、警戒を解いている、というところか」
実際、テュール異王国は、魔術技術に関して言えば、オルクト魔帝国と比べて引けをとるものではない。
オルクトの技術が流れている、ということも大きいが、『竜殺しの大祭』関連で、地脈関連の研究が大きく進んでいることも大きい。
地脈関連の技術において、オルクト、テュールの両国を越える国はない。
そして、テュールの場合、地脈上にあるものに対する感知技術は特に高い。
目的は、地脈上に発生する瘤を、より早く感知するためだ。
ただ、これを応用し、テュール異王国内では、魔術による検知網が敷かれている。
先の一件以降、この検知網が強化されているのを、ベリガルは知っていた。
「・・・・・・しかし、一度潜り込んでしまえば、こんなものだ」
感知の魔術の仕組みを知っていれば、その検知網にかからないように潜伏することはたやすい。
実際そうして、ベリガルはこの国に潜伏している。
ばれてはいない以上、ベリガルの考えは正しかった、ということだ。
「・・・・・・しかし、さて、だからこそ、どうしたものか」
ベリガルとしては、このまま『竜殺しの大祭』を実行に移させるのは避けたい理由がある。
理由を取り除く手段も用意はしているものの、困ったことにベリガルでは実行が不可能な理由があった。
さらに言えば、このまま放置しておくと、ベリガルにとって望ましくない形で『竜殺しの大祭』が行われてしまう情報もつかんでいる。
テュール異王国にとっては、敵対者であるはずの自分こそが、このままではどうにもならない状態になってしまう情報を握っている、ということに、皮肉めいたものを感じ、ベリガルは苦笑を漏らした。
「なるようになる、とするには、惜しいが・・・・・・」
成り行きに任せる、というには、先の予測が立ってしまっている。
もう少し、引っ掻き回す材料が欲しい。
「彼らの到着を待つか」
もう数日すれば、協力させられそうなコマもそろう。
動くのはそれ以降、としても、問題はないかもしれない。
** ++ **
さて、と襟を正す。
最近では、この装束に身を包むのにも慣れてしまった。
「・・・・・・おはようございます」
廊下で出会った人に挨拶をすれば、笑顔で挨拶が返ってくる。
歓迎されている、という状態から、同僚と認められ始めた、と思うのは、少々浮かれ過ぎだろうか。
廊下の行き当たり、少しだけ豪華な部屋の扉。
左右に立って警備にあたる騎士に挨拶をすれば、騎士が中へと取り次いでくれて、入室を許可された。
「おはよう」
「おはよう。ナツアキ」
王の執務室へと入ったナツアキへ、ユキオから声がかかった。
それなりに朝早い時間だと思うが、ユキオはすでにしっかりと身支度を整えた上で、書類整理に勤しんでいた。
傍らにはアヤカもいる。
「で? どれ持ってくんだ?」
「そこの山」
「あいよ」
ナツアキは、机の端にある山をそれが載せられた盆ごと持ち上げる。
これから、これを大臣であるベルクートのところへと持って行って、庶務を手伝うことになる。
「・・・・・・ナツアキ」
部屋を出ようとしたナツアキの背に、ユキオから声がかかった。
「ん?」
「・・・・・・決まったの?」
ユキオには珍しい、少しばかりの躊躇の混じった問いかけだった。
何を問われているのか、内容のない問いかけではあったが、ナツアキには通じた。
「・・・・・・あー」
それに対し、ナツアキの方も、わずかに躊躇を持つ。
「・・・・・・まだ」
「そう」
ナツアキが、迷ってから述べた答えに、ユキオは短く答え、また書類仕事に戻る。
「・・・・・・・・・・・・」
アヤカが、何か言いたげにナツアキを見るが、ナツアキはその視線に背を向けて、部屋を出るのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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