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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第3章:迷いの森と白い怪人
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閑話:クリシャの話(3)

閑話はこれで終わり。

 違和感は、多くはなかった。

 旅に出て帰る都度、迎える面々は、少しずつ変化していった。

「仕方ないことではあるんだけどね。死んだって聞かされることも多かった」

「それは、寿命か?」

「まさか。いくら何でも、二十年くらいの話だよ? それで寿命を迎える人は少ないさ」

 クリシャは肩をすくめ、首を振ってから、語る。

「地脈の瘤だよ。今、ルイホウ君たちのような、テュールの巫女が行う、瘤鎮めの儀式。あれの基幹技術の構築さ」

 瘤鎮めの儀式は、今でこそ、テュールやオルクトを中心にそれなりに広い範囲で広がっている。

「それを作ったのが、ミュグラ。ただ、決して簡単な研究じゃなかった」

「そうですね。技術が開発される前は、多大な魔力を用いた魔術で、力任せに消し飛ばす、くらいしか対応がなかったとか・・・・・・。はい」

「うん。まったくもってその通り。・・・・・・だけど、それは決して、瘤を鎮める、っていうものではなくてね」

 『竜殺しの大祭』もその延長である。

 もともと、地脈の正常化を行う『竜殺し』の儀式自体はあった。

 だが、『竜殺し』は、準備に長い時間がかかる上、そもそも瘤を対象とした儀式ではない。

 そのため、瘤の被害は、確かにあった。

「瘤の被害って?」

「瘤はね。長い間放置すると、魔物になるんだ」

「魔物・・・・・・。魔獣とは違うのか?」

「違うよ。魔獣は、魔力を使う獣でしかない。魔物は、根本から違う生き物ですらない何かだよ」

「危険なのか? ものすごく狂暴とか?」

「いえ。個体によりますね。下手に刺激しなければ、何もしない場合の方が多いです。はい」

 ルイホウの説明を聞いて、モリヒトは首を傾げた。

「じゃあ、なんでまずいんだ?」

「魔物は、地脈の魔力を吸い上げる。魔物が発生すると、下流の地脈から魔力が薄れて、大地が枯れるし荒れる」

「それだけではなく、魔物は吸い上げることのできる魔力量に限度があり、それを越えて吸い上げてしまうと、爆発するんです。はい」

「爆発?」

「吸い上げた魔力の量にもよるけど、まあ、とりあえずひどいことが起こると思っておけばいいよ。少なくとも、街一つ吹っ飛ぶくらいの被害じゃすまないから」

 ううむ、とモリヒトが唸るのを見て、クリシャは笑う。

「だから、無理やりにでも魔力で押しつぶす。そうすれば、少なくともそこまでの被害は出ないからね」

 そのやり方でも、被害が皆無とはいかない。

「当時、一番うまいやり方ってされていたのが、瘤を地脈から切り離して、魔術で消し飛ばすこと。・・・・・・『竜殺し』に一番近いやり方だね」

 だが、ミュグラは、その研究に至ったらしい。

「瘤鎮めは、瘤に溜まった魔力を地脈に返して、瘤自体をなくすやり方。『竜殺しの大祭』も、この技術を受けてかなり改変されてる」

 その儀式の開発は、危険が多かった。

「瘤は人工的に生み出すには、当然だけど莫大な量の地脈の魔力を制御する必要がある。当然、それに失敗すれば、まあ、ひどいことになる」

 クリシャの技術でも危険があった。

 最初にミュグラとクリシャでやったことは、瘤を作り出す魔術の作成だった。

「いやあ、多分、今回の事件で使われたものにも、多分影響を与えているよねえ・・・・・・」

 クリシャとしては、頭の痛い問題ではある。

 それでも、あの技術を作り出すこと自体は必要なことだった。

 クリシャは、瘤を生み出す技術の開発が成功してからは、国外を飛び回ることも多かったが、その合間にも、ミュグラは国内の混ざり髪を使って、研究を進めていた。

「・・・・・・技術としては完成していも、魔術との技量が足りなければ、死ぬこともある。・・・・・・だから、その間に死んでしまったり、後遺症を得てしまう子は、すごく多かった」

 そのリスクを知っても、研究に協力してくれる混ざり髪は多かった。

 自分たちの意思で協力してくれるだけに、危険だから、と遠ざけることは、クリシャにはためらわれた。

 なにより、未完成とはいえ、瘤鎮めの技術は一定の成果を上げ、テュールの、ひいては混ざり髪達の地位は向上しつつあった。

 それもあって、クリシャは、わずかな違和感に、目を瞑ってしまったという。

 結果として、目に見えないところで、それは進んでいた。

 ミュグラは、クリシャに隠れて人体実験を行っていた。

 もし、その対象にクリシャの知り合いの混ざり髪で使われていれば、発覚はもっと早かっただろう。

 だが、人体実験に使われていたのは、混ざり髪ではない一般人だ。

 テュールは、混ざり髪だけの国ではなかったし、そもそも混ざり髪は数が少ないから、国としての体裁を維持するには、混ざり髪ではない人間は必要だった。

 そして、そう言った人間は、オルクト側から、何人も流れてきていた。

 ミュグラが作り上げた、魔術技術と、それによって生み出された様々な産物、それらの取引を目的とした商人や、その護衛、あるいは、新興の国での成り上がりなど、求めるものを求めて、多くの人間が流れ込んだ。

 その中から、身寄りのない者を狙いさらう。

 あるいは、様々な利益を餌に、勧誘する。

 そういうやり方で、ミュグラは密かに人を集め、人体実験を行っていた。

「・・・・・・目的は、簡単に言ってしまえば、混ざり髪を人工的に作り出すこと。そのための、人体強化だね」

「あの、『怪人』みたいなのか」

「たぶん、あれはそういう研究の、一種の集大成だろうね」

 決して、それ自体が悪かった、とは言えない。

 実際、

「ある程度の成功例はあった」

「成功例って・・・・・・」

「ルイホウ君たちが持っている、地脈関連技術は当然、ミュグラが生み出したものだし。・・・・・・それに、ルイホウ君も、それらの魔術の効果を最大限に高めるために、いくらか肉体に仕掛けがあるでしょ?」

「しかけ?」

「主に、入れ墨などですね。ライリン様などは、ほぼ全身に及んでいますし、私も・・・・・・」

 ルイホウがそう言って、袖をまくると、二の腕の中ほどに当たる場所に、線がいくらか見える。

「このように、いくつか入っています。はい」

「入れ墨を通じて、体表の魔力の流れを整え、強化する。そうして、魔術技能の底上げを行う。ミュグラの研究成果だ」

「それが、人体実験の結果だと?」

「そもそも、その研究がなければ、巫女衆は誕生してないね。混ざり髪にしかできない仕事になってたと思うよ」

 混ざり髪ではない一般人でも、処置を行い、体を慣らしていけば、それ相応の力が手に入る。

 それは間違いなく、ミュグラの成果だ。

「・・・・・・でも、失敗の方が圧倒的に多かった。・・・・・・それを知ったのは、研究所に踏み込んだ後なんだけどね」

 調べたのは、娘からの情報提供があったからだ。

 結婚し、子供ができて家庭に入った娘は、街中で一般市民と関わることも多かった。

 そして、その中で、入国してきた一般人に、行方不明者が出ている、という噂を聞きつけた。

「ボクは、ちょっとその情報には慎重になった。・・・・・・混ざり髪は、地域によっては犯罪者扱い。それが、混ざり髪が中心となって運営している国で、一般人の行方不明者が出ているなんていう話になったら、国の評判に関わるからね」

 全力で、調査に回った。

 そして、怪しげな研究所を見つけ、踏み込んだ。

 そこにいたのが、

「ミュグラだった」

 ミュグラと、ミュグラの高弟たち。

 それが集まった、秘密の研究所。

 表には出せない様々な研究が行われる研究所は、まさに悲惨の一言であった。

 忍び込んだクリシャは、その研究資料を見つけ、研究のおぞましさに鳥肌を立てていた。

「・・・・・・だから、まあ、研究所ごとね? 全部吹っ飛ばしたわけ」

「端折ったな?」

「いやあ、もう鳥肌ものなんだもの。想像できる? ボクは侵入者だっていうのに、出会った研究者は、ボクを歓迎したんだ」


『おお、ついに理解を示されたか!』

『どうか! この崇高な研究のため、御身を調べさせていただきたい!』

『この研究さえ成功すれば、多くの者が救われる!』

『あなたと同じステージへと至ることができる!』


「誰も、ボクが敵になるなんて考えてもいなかった。自分たちは正しいことをしていて、崇高な目的に、ボクも協力しにきたんだって・・・・・・。結局、ミュグラ一人が、まともだったよ」


** ++ **


「ああ、ついに見つかってしまったか」

「ミュグラ・・・・・・」

「どうしてこんなことを、とは、聞かないのかね?」

「聞きたくないよ。・・・・・・君はきっと、全部わかってるんだから。そこまで馬鹿じゃないだろう? 君は」

「ほめてもらえて光栄だ。・・・・・・だから、こちらから聞こう。・・・・・・どうする?」

「ここを、消す。資料も、すべてだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」


** ++ **


「最後は、静かなものだったよ」

 クリシャがやろうとしたのは、研究資料を全て廃棄し、研究所を破壊することまで。

 だが、ミュグラは、

「自爆スイッチを押したんだ」

「・・・・・・なんだって?」

「自爆スイッチ。・・・・・・まあ、用意はしてるよね」

「いやいや。なんでだよ。普通用意しねえよ」

「踏み込まれた時の証拠隠滅用だよ。・・・・・・まあ、正確に言うと、瘤の爆発を発生させる術式だけどね」

「すごい爆発が起こるんだったか」

「うん。放って置いたら、王都にまで影響が出かねなくてさ。・・・・・・だからボクは、魔術を思い切り叩き込んで、それをどうにかしたわけ」

 爆発を抑え込むために放ったものだったが、

「うまくいったと思ってたんだけど、後で、帝都が吹っ飛んだと聞かされた時は、それはもう呆然としたね」

「おいおい・・・・・・」

「テュールの方は、ミュグラの遺言が見つかってね。今みたいな異世界から召還した王を据える政治形態に移っていった。・・・・・・まあ、ミュグラはもともと、そういう風にするために、いろいろ調整はしてたから、混乱は少なかったかな」

 むしろ、オルクトの方が問題は大きかったが、それはまた別の話だ。

「まあ、そういうこと。ミュグラ教団は、その時研究所から逃げ出していた高弟の中の誰かが始めたものなんだ。当然、その思想はミュグラのもの。つまり、ボクを到達点として、人を越えたものを作り出すこと。・・・・・・組織のはしりは、確かにボクとミュグラなんだよ」

 クリシャが話を締めくくると、モリヒトとルイホウは、何とも言えない顔をした。

「まあ、今となっては昔の話だよ」

 クリシャは肩をすくめる。

「今のミュグラ教団は、正直どういう思想を持っているのか分からないから。・・・・・・調べるのは大事だよ」

「おう」

 モリヒトは、結局、何かを言うことはやめたらしい。

 その気づかいのようなものを感じて、クリシャは微笑む。

「気にしなくてもいいよ。長い間、ずいぶんと考えてきたけどね。その後にミュグラ教団がやってることを見ると、もう許す気にはなれないから」

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 モリヒトは、しばらく黙ったあとで、そう頷くのだった。


** ++ **


「お母さんは、陛下とは結婚しないの?」


 娘に、そう聞かれたことがある。

 ミュグラは、一度王妃をなくしてからは、妻をめとらず、テュールの王になったとも、妃を迎えることはなかった。

 ただ、ミュグラの一番近くにいたのは、クリシャだ。

 だからこそ、国民の誰もが、クリシャは、ミュグラというテュール王の妻、と、そういう風に見ていた。

 考えたことが、なかったわけではない。

 長く生きて、一度も伴侶を持ったことのなかったクリシャだ。

 ミュグラがその相手、と妄想を巡らせたことが、ないわけではない。

 だが結局、そうはならなかった。

 それで全部だ、と、クリシャは受け入れた。

 ずっと一緒にいられればいい。

 だけど、そうはなれない。

 最後のあの日、久しぶりに正面から見たミュグラの顔は、老いていた。

 自分と同じ時間を生きられなかった男の顔は、疲れ切っていた。

 一緒に年老いて死ぬことができない。

 あの顔が、それ以降の自分の生き方を決めた。

 決して深入りしないで、適度に交流して、別れる。


 だから、と思う。


 この目の前にいる青年とは、どれほどの付き合いになるだろうか。

 そのことが、ちょっとした楽しみではあった。


次回は第4章になります。

テュールに戻り、『竜殺しの大祭』を待つ。

その時起こる騒動とは・・・・・・。みたいな内容になります。


評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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