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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第3章:迷いの森と白い怪人
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閑話:クリシャの話(1)

第3章閑話1

 森の事件が終わり、一時の休息に入っていた時の話だ。

 傷の癒えたモリヒトは、ルイホウとクリシャを連れて、帝都の中を適当にうろうろしていた。

 そんな中で、モリヒトは、オルクトの城にある書庫で、いくらかの記録を読んでいた。

 主に、ミュグラ教団についてだ。

 ミケイルに完全にターゲットにされた。

 それを散々に忠告された段階で、のんきに構えている、というわけにはいかなかった。

 そのくらいは、常識の範囲である。

 調べられる範囲で、手に入れられる範囲で、モリヒトなりに、対策を練るべき、と思ったのだ。

 結果として、資料を漁ったり、ミュグラ教団関連の手配書を見たり、としていた。

 帝都の城には、当然ながら、いろいろな情報を集積した資料室がある。

 その資料室で、司書の手伝いを受けながら、情報収集をしていたモリヒトは、休憩、として、近くのサロンへ来ていた。

 陽光が差し込む、大きなガラス張りの窓がある、明るい部屋だ。

 そこに置かれた椅子に腰を下ろし、背もたれに体重を預け、天を仰ぎながら、文字を追って疲れていた目を揉んでいる。

「ふああ・・・・・・」

「お疲れ様です。はい」

 ルイホウが、温かいお茶を差し入れてくれる。

 それに口を付け、ふう、と息を吐いた。

「さすがに疲れる」

「そうだね」

 モリヒトの作業には、ルイホウとクリシャも付き合ってくれていた。

 ルイホウの方は、どちらかというと魔術関連の最新の研究資料を読むことなどをメインとしているが、クリシャはモリヒトと同じようにミュグラ教団の情報を探っている。

 特に、オルクト魔帝国という大国だからこそ得られる情報や、最新の教団の動向などがメインだ。

 クリシャも、そのあたりの情報収集は怠ってはいないものの、大陸は広い。

 飛空艇による、高速の情報網を持つ帝国と違い、自分の足で旅をしなければならないクリシャは、自分の持つ情報の鮮度が劣っていることを発見していた。

「大したものだよ。やっぱりね」

 クリシャは肩をすくめる。

「ふうむ・・・・・・」

 そんなクリシャを見て、モリヒトは一つうなった。

 クリシャについて、ちょっと気になっていることがある。

「クリシャが、ミュグラ教団が生まれた理由っていうのは、どういうことなんだ?」

「・・・・・・あー」

 モリヒトの問いに、クリシャは悩む。

「言いにくいなら聞かないが?」

「言いにくいって言うか、どこから説明したもんかなあ、と」

 うーん、と考えてたクリシャは、

「旧帝都の崩壊。覚えているかい?」

「ああ。クリシャがやったんだっけ?」

「いや、ボクじゃないよ。当時は、原因不明の災害ということになっていた」

「だったら、なんで原因と・・・・・・?」

「ボク自身に、そういう嫌疑がかかったわけじゃないよ。ただ、ボクが関わっているんじゃないか、と噂が立ったんだ」

 理由はいくつかあるが、最大の理由は、当時クリシャがいた土地だ。

「ボクは当時、テュールの地脈研究所にいた。そして、事件のあったころと前後して、その研究所が吹き飛び、研究者は全滅している。・・・・・・生き残りはボクだけだ」

 重要参考人、という扱いではあった。

 ただ、オルクトからの呼び出しから逃げ、姿を隠している間に、

「世間では、ボクがやった、という風になっていたね」

 あまりにも被害が大きすぎたのだ。

 結果として、その恨みの矛先が、一人の混ざり髪に向いた。

「あの崩壊事件は、結果でしかないんだけどね」

 クリシャは、わずかにうつむき、影のある表情を作る。

 下を向きながら、どこか視線は遠くを見ているようにも見えた。

「事件? なのか?」

「いやあ。あれは事故っていうか、ボクもそうなるとは思わなかったって言うか、誰も想定してなかったというかだから、説明が難しいなあ、と」

「事故、ねえ・・・・・・」

「どう説明したものかな・・・・・・」

 ううん、とクリシャは唸り、やはりポン、と手を打って、

「あれはねえ。地脈災害とでも呼んだ方がいい事件だったんだ」

「地脈災害?」

「うん。ちょっとした理由で、地脈の研究施設でボクが全力で魔術を使ったんだよ。あとで分かったことなんだけど、地脈の研究施設でやったせいで、それが地脈を逆流してしまった。で、黒の真龍がそれを察知してね? 自分の身を護るためか何なのか、とにかく地脈にいつも以上の力を流し込んだ。で、その二つがぶつかったのが、何の偶然か、旧帝都の真下だったみたいでね」

 クリシャは肩をすくめる。 しばらく唸った後で、

「まあ、ボクが六百年生きてるっていうのは言ったでしょ? それを研究したいって言ったやつがいてね」

「それは」

「当時、ボクに精霊という観点から、より高位の人間へと至るための研究に協力してくれ、と言ってきた男がいた」

 混ざり髪として、不老の魔女として、高位の魔術師として、クリシャは当時からそれなりに有名であったらしい。

 決して手の届かない、伝説として。

 そのクリシャに、真龍信仰を掲げながら、より高位の人間となるための具体的な手段の探求のため、協力を要請した男。

 その名を、

「ミュグラ・ノルシウス」

 素性は、

「オルクト魔帝国の魔皇にして、テュール異王国のオルクト魔帝国からの独立を許可した、テュールの始祖王だ」


** ++ **


 ミュグラ・ノルシウス・オルクト。

 当時、世界でも名うての魔術師であったと言われる。

 彼が生まれた当時、テュール異王国はまだ存在しておらず、テュール界境域として、オルクトの管理下にあった。

 『竜殺しの大祭』は行われていたが、その時代、竜殺しの役割を果たすために異世界から呼ばれた存在は、巫女と呼ばれていた。

 魔皇となったのちも、ミュグラはオルクト魔帝国内の統治より、地脈の研究へとまい進した。

 その結果として、現在のオルクトの発展の下地となる研究成果もいくつも上がっており、特に、オルクト魔帝国が持つ騎士鎧に仕込まれた強化術式や、地脈に干渉して魔術使用時に魔力を吸い上げる術式など、その名は今も残っている。

 彼は、皇太子に早い段階で魔皇位を譲ったのち、テュールの地を王国とし、自らがそこの王位に就いた。

 クリシャがミュグラに誘われたのも、この時期のことだ。

 竜殺しのために異世界から召還された巫女とともに、テュール王国を自らの研究のための聖地へと、彼は環境を整えたのである。

 その後、クリシャから精霊に関する領域からの助言を得られたミュグラは、様々な研究で成果を上げていく。

 高効率での瘤に対する対処法に始まり、『竜殺しの大祭』のより効率的な実施方法。

 異世界の巫女召還の際に、召還される巫女に連なる人物を守護者として呼べるようにする方法。

 さらには、異世界へと物を送り込む方法や、召喚者を異世界へと送り返す手段。

 地脈を移動させ、農地などに適した土地を生み出す研究に、天気予報や天候操作。

 魔術についての研究も、彼によって進歩し、その研究の成果に引かれて、多くの魔術師が彼の下に参じた。

 それにより、彼の研究はさらに進み、と様々な成果を上げていった。

 自他ともに認める世界最高峰の魔術研究者として、ミュグラ・ノルシウス・テュールの名は、世界的に広まった。

 初代テュール国王として即位して、五年。

 地位も名誉も持った彼の人生は、まさしく順風満帆に見えた。

 だがその裏で、彼はその内心に抱えていた闇を、より深くしていった。

 他の誰よりもクリシャの傍にいたであろう彼は、老いないクリシャと、自分を比較したのだ。


 老いる。


 人として当然であるそのことが、彼を蝕んだ。

 このままでは、いずれ遠からずして、自らは死ぬ。

 やるべき研究は多く残っている。

 弟子たちがいる。

 テュールやオルクトの未来はどうなる。

 まして、自分がこの国へと誘ったクリシャはどうなる。

 その内心がどうであったか、それはもはや当人ですら自覚できなかったかもしれない。

 そして、彼の暴走は始まる。

 いや、彼はそこに、確かな終着点を見ていた。

 なにせ、彼の傍には、すでに老いを克服した完成形がいたのだから。

 地脈との同化や、地脈から吸い上げた魔力を直接人体に注入することで、後天的に混ざり髪とならないか。

 魔力をすべて失った人間はどうなるのか。

 魔獣と人間の差異は何か。

 そのほか、巫女や全国から集めてきた混ざり髪に対する人体実験を繰り返し、そのすべてを本国に対しては秘した。

 結局、彼の暴走はクリシャによって止められる。

 テュールの王としての在位は、二十年。

 だが、その間に行われた実験の数は千以上にもおよび、被害者の数は万を超える。

 巫女以外にも、秘密裏に異世界からの人間の召喚を行って人体実験の材料とするなど、その行いはあまりにも行き過ぎていた。

 その非道が判明したのち、当時のオルクトの魔皇の決定によって、テュールは異世界から召還された巫女を王とする、異王国として再建されることとなる。


 そして、その非道を暴いたのが、クリシャであった。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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