第34話:酒を飲みながら
森での事件以降、傷は癒えたものの、念のための静養をしていた。
静養、と言っても、適度に街中をうろついたりはしているが。
帰還の報告自体は、アレトからセイヴへと行われて、モリヒトはほぼ同席していただけだ。
モリヒトと黒との間で交わされた会話の内容については、セイヴは積極的に聞こうとはしていなかった。
この国にとって、黒の真龍というのは、決して軽い存在ではない。
だが、
「俺様も、一度アレとは会話している。黒と名乗る真龍がどういうものかは、大体察している」
夜、軽く酒を交えての会話で、セイヴはそう言った。
「正直、アレを相手に交わした会話の内容なんぞ、でかい山なり海なりを前に、一人語りしてるのと変わらんだろう」
「・・・・・・なるほど、いい得て妙だな」
確かに、と、その時は頷いたものだった。
黒と会話をしたことで、得られたことは確かにある。
ただ、それが黒と会話をしなければ得られなかったか、というと、多分違う。
「・・・・・・黒の真龍との謁見は、確かに面白い経験ではあったけどな」
「死にかけておいてか?」
セイヴはくくく、と笑っている。
モリヒトとしては、憮然とするしかない。
「半分くらいは、森への侵入者を防げてないお前のせいだろが」
「と、言われてもな」
「おまけに、あれはミュグラ教団とか言うところの有名人なんだろう? なんで捕まえてないんだ」
「捕まらんのだ。・・・・・・今まで、『怪人』は、ミュグラ教団の関係者とは目されてなかったからな」
『怪人』ミケイルは、今までミュグラ教団とは無関係なところで、事件を起こしていた。
「それどころか、逆にミュグラ教団の捕縛任務に雇われることもあってな」
「・・・・・・その時は?」
「大層なご活躍だったらしい」
セイヴは、肩をすくめた。
「教団員の捕縛。資料の確保。時には、自爆した施設の中から、重要証拠品を抱えて脱出。・・・・・・やつが持ち込んだ証拠品のおかげで、捕縛に踏み切れた教団員も多い。・・・・・・まったく、頭の痛いことだ」
セイヴは、はあ、と深いため息を吐いた。
「どうしたんだよ?」
「やつがミュグラ教団の関係者だとわかったことで、教団対策部署は、今寝る間も惜しんで仕事だよ」
「今回の件でか?」
「いや。やつが今までに関わった、ミュグラ教団関係の事件について、やつが持ってきた証拠のすべてに見直しが必要になった」
ミュグラ教団を追い詰めてきた証拠が、それを見つけてきたのがミュグラ教団の関係者だった、ということで、教団に都合のいい証拠を握らされた可能性が出てきたわけだ。
結果として、オルクト魔帝国のミュグラ教団対策部署は、現在天手古舞となっている、ということらしい。
「面倒だよ。本当にな」
セイヴ自身、ずいぶんと疲れているように見える。
「・・・・・・・・・・・・ふむ。酔いの勢いに任せて、何か弱音でも吐いてみるか?」
「やめろ。気持ち悪い。・・・・・・そういうのは、惚れた女にやるもんだ」
「おやおや。俺はてっきり、セイヴはそういうのは、惚れた女にこそ見せられないタイプかと思ったが」
「は! モリヒトに話すよかましだな」
「ははは。そうかい」
酒を注ぎ直し、乾杯を交わす。
「まあ、今後もやつは来る。身辺には注意しとけ」
「・・・・・・めんどうくさい」
「諦めろ。こっちでも、今後は見つけ次第、捕縛するように命令は下してるがな。・・・・・・おそらく捕まらん」
「だろうな・・・・・・」
あの実力だ。
捕まえるのは、おそらく不可能に近い。
単純に、強い、速い、硬いとそろっている。
捕まえようにも、力ずくで罠ごと食い破られる未来が見える。
「部下からの聞き取った情報を見る限り、アレを捕まえるとなると、大型魔獣用の罠が必要だが、そんなもんを仕掛けたところでかかるようなことはあり得ん」
賢い獣。
「『怪人』ってのは、いい得て妙だな」
「とりあえず、しばらくは潜伏するだろう。その間に、各地に指名手配してはおく」
はあ、とセイヴは酒臭い息を吐いた。
「楽しい話題が出ねえなあ」
「仕方がない。面倒ごとの方が多い。・・・・・・と言っても、『竜殺しの大祭』前だと、大体こんなもんだがな」
「面倒ごとが起こるのか」
「起こる。地脈の不安定化が影響するのか、『大祭』が近くなると、事件が多くなるし、地脈沿いに災害も増える。魔獣もな」
本来なら、一年おきに『竜殺しの大祭』が行われるため、そこまで面倒が発生することはないらしい。
せいぜいで、祭りの雰囲気に浮かれた馬鹿が出るくらいだという。
だが、今回は違う。
先代のテュールの異王の崩御以来、数年ぶりの『竜殺しの大祭』だ。
その間に溜まった地脈異常は、それこそ数年分。
年々、犯罪件数や魔獣被害などは、増加傾向にあったという。
「大変そうだな」
「何。これが最後の区切りだと思えば、気は楽なものだ。どのみち、年々その手の問題は増えていた。それも『竜殺しの大祭』が終われば落ち着くだろうしな」
「そうかい」
肩をすくめた。
『竜殺しの大祭』に備える、どこか浮ついた空気は、オルクト魔帝国の中でもある、ということらしい。
「ラストスパートっと」
「そういうことだ」
それは、本当に明るい話題、ということなのだろう。
セイヴは、多少は明るい顔色をしている。
「『竜殺しの大祭』の際には、帝都の中でも多少それに乗じた祭を許可することにしている」
「そうなのか?」
「そりゃそうだ。この国に極めて影響の大きい儀式だぞ? やるに決まってる」
「ふむ」
「それに、祭りの機会は逃すもんじゃない」
うむうむ、とセイヴは頷いている。
「・・・・・・やっぱ、祭りは多いのか?」
「多いな。民間から申請があった場合は、可能な限り許可するようにしている」
「お前自身が祭り好きだもんな」
「もちろんだ。・・・・・・民は笑顔で財布のひもがゆるくなり、街はにぎやかになる。税収増えるぞ?」
「俗物め」
モリヒトが言えば、セイヴは、ははは、と大声を上げて笑う。
数回、街を見て回った印象として、確かに帝都では祭、というかイベントごとが多いようだ、と思った。
特に、帝都の中心を貫く大通りだ。
歩く都度、なにか違うイベントをしている。
元の世界の都心を歩いているようで、ちょっと懐かしい思いをしたものだ。
その中に、時折『空飛ぶ魔皇来訪店』、とか書かれているのぼりがあることがあるのは、さすがに苦笑してしまうが。
「・・・・・・まあ、騒がしい方が、紛れるには便利だものな」
「ははは! 祭の空気の中でなら、俺様が紛れても、誰も委縮せんのでな」
無礼講、というやつだ、とセイヴは笑うが、その都度誰かが異を痛めているだろう、と思うと、同情しかない。
「あまり無理はかけるなよ?」
「せんよ。俺様は優しい魔皇だぞ?」
説得力ねえよ、その言葉。
** ++ **
「それはともかく、だ」
「?」
ボトルを一本開けたあたりで、セイヴが話を切り替えた。
「近いうちに、テュールから客が来る」
「客?」
「通例通りなら、守護者の誰かだ」
「ふむ」
アヤカ、アトリ、ナツアキの顔を思い浮かべた。
「用件は?」
「『竜殺しの大祭』へのオルクト皇族の招待状を持ってくる」
盟主国への、礼儀、ということらしい。
オルクト側としても、自国に影響の大きい儀式であるだけに、あまり軽く扱うことはできないという。
「オルクト皇族は、誰かしら出る。今回は、俺様がいく」
「魔皇ご本人が?」
「数年分溜まっている分、今回は規模が大きいことが予想されるからな」
「ふむ」
「そうでなくても、新しい異王が即位した際には、魔皇本人が訪問するのは、慣例だ」
なるほどなあ、とモリヒトは頷いた。
一度顔合わせはしているとはいえ、あくまでもあれは非公式。
公式には、『竜殺しの大祭』こそが、初顔合わせとなるわけだ。
「で、お前どうする?」
「どう、とは?」
「招待状持ってきた使者は、招待状を渡したら帰る。俺様がテュールに行くのは、それこそ『竜殺しの大祭』の直前だ。・・・・・・お前は、どっちのタイミングで帰国するんだ、と聞いているんだよ」
あ、とモリヒトは思った。
モリヒトは、一応所属はテュールになっている。
いつまでもオルクトに世話になるわけにはいかないし、ルイホウと一緒に帰ることになる。
「・・・・・・そうだな。使者と一緒に帰るか」
「だったら、飛空艇を一隻出すことになってるから、それに乗って帰れ」
「そうさせてもらう」
「・・・・・・で、本題があるんだが・・・・・・」
「ん?」
「クリシャのことだ」
「何が?」
「お前、あの女をテュールに連れていけ」
「なんでまた?」
「今回の『竜殺しの大祭』は、いろいろ特別になる。そもそも、テュールは襲撃を受けた直後だ。『大祭』の時にも、教団の邪魔が入ることが予想される。手は多い方がいい」
「・・・・・・なるほど」
「あと、本人の希望もある」
「クリシャが?」
「テュールには、いろいろと行っておきたい場所もあるんだと。今までは、関所のせいで気楽に行き来はできなかったらしいが、いい機会だから、テュールに行きたいんだとさ」
「ほう?」
「こちらとしても、重要参考人を一地域に押し込められるんなら、メリットがある」
「俺に監視しろって?」
「そこまでは言わん。ただ、縁を切らないようにしてくれ」
「・・・・・・まあ、引き受けるけど」
「頼んだ」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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