第10話:鬼斬りの藤代
アトリはモリヒトの顔を見る。
二人は今、王城を離れて森の中にいた。
周囲には、数人の騎士とルイホウもいる。
森は、魔獣の巣だ。
戦争が起こりにくいこの国では、国軍の実戦訓練の相手となると、魔獣が主となる。
異王国の軍隊は、大きく分けて、騎士、兵士、術士の三種の兵で構成される。
軍団としては、近衛騎士団、王国騎士団、王国軍、巫女衆だ。
近衛騎士団は、王直属の騎士団で、普段は王宮の警護をしている精鋭部隊だ。
王国騎士団は、騎士全てが所属する部隊。
王国軍と併せて、将軍であるルゲイドの指揮下にある部隊である。
巫女衆は、完全に独立した魔術師部隊で、ライリンが巫女長を務め、召還の巫女によって構成されている。
通常、王国内での軍事行動は、王国騎士団と王国軍が行う。
よほどの緊急時等のみ、近衛騎士団や巫女衆は動く。
アトリは最近、王国騎士団の訓練に参加しているため、この訓練にも同行したが、
「モリヒトは何でついてきたのよ?」
「暇だったから」
こちらの世界に来てから、すでに一ヶ月が経っている。
その間に、大体この国の軍隊のレベルは知れた。
「・・・・・・将軍はめちゃくちゃ強いって聞いた。・・・・・・どうなんだ?」
「すごく強いわ。聞いた話だと、この大陸でも結構な有名人なんだとか」
「そんな人が、何でこんな国にいるんだか」
「前の王さまが取り立てたらしいわね。前の王さまは、すごい武人で、そこから縁がつながったんだとか」
「なるほどな・・・・・・」
ふむ、とモリヒトが頷く。
その眼は、周囲に向く。
「この森は、俺とユキオが最初に来た場所だな。熊もどきっぽいものに襲われて、ユキオが何十メートルかぶっ飛ばしてたが」
「・・・・・・何でそんな・・・・・・」
「タマの力らしいぞ? ウェキアスとしての力を使ったからなんだとか」
「・・・・・・そういえば、タマの力について、モリヒトは何か聞いた?」
「タマ自身にもよく分からないらしくてな。ユキオも結構苦労しているみたいだ。訓練の時間自体、ユキオはそう取れないしな」
「ふーん」
「発動の段階で、すでに躓いていますね。はい。・・・・・・モリヒト様の証言を考慮すれば、おそらくは身体能力の強化か、それに類する強化能力だと思われるのですが。はい」
ルイホウは、いつもの杖を持ったまま、ついてきている。
ちなみに、モリヒトは発動体の短剣と一緒に、普通の剣を一本借りている。
使い方は知らないので、正直ただの飾りだが。
アトリの方は、太刀と脇差を腰に差した上で、短槍を一本持っている。
慣れているらしい。槍が短いのは、森の中での使い回しを優先した結果だとか。
太刀と脇差は、何代か前の王によってもたらされたものらしく、この国ではわりとよくある形のようだ。
「・・・・・・まあ、それはユキオの問題だろ。それに、雑談している時間もなさそうだ」
「来たわね・・・・・・」
アトリが短槍を構える。
モリヒトも短剣を抜く。
「・・・・・・ああ、あの熊もどきだよ。俺達が最初にここに来た時に襲われたの」
「ユキオがぶっ飛ばしたってやつのことかしら?」
「そうそう」
「・・・・・・ラウルベアですね。はい」
「どのくらい危ないやつなんだ?」
「かなり危ないです。単独ならともかく、複数体に囲まれると一流の戦士でも危ないですね。はい」
ルイホウも杖を構えている。
出てきたラウルベアは五体だ。
周囲の騎士は六人だから。
「騎士が二人で一体。アトリが二体。さあ、頑張れ!!」
「あんたも戦えよ。男でしょ・・・・・・」
「いやいや。俺は実戦は初めてだし」
などと言いつつ、詠唱を開始する。
「―ブレイス―
風よ/巻き起こせ/敵を捉えよ/縛り付けよ」
短剣を向けると、五体全てを捕まえたが、
「・・・・・・強いな。縛り付けておけん」
力が違うのか、五体まとめては厳しかったのか、ゆっくりとだが動いている。
「ふむ」
一つ頷く。
「―ブレイス―
雷よ/風の道に走れ/縛られし獲物を食い殺せ/雷光の猟犬よ/顎を開け!!」
閃光と轟音を伴い、雷が五体のラウルベアに奔る。
「・・・・・・だめだな。拡散させると、どうも威力が低くなる」
「やるならやるって言えーー!!」
周囲から猛烈にツッコミが入った。
「何だよ。先制攻撃は大事だろ?」
「鼓膜が破れるかと思ったわよ!!」
アトリがすごい怒っている。
「・・・・・・ああ、ごめん」
アトリに謝る。
「・・・・・・まあ、ほら、軽く削ったから、少しはやりやすくなったろ」
周囲の騎士達が、慌てて魔獣に向かっていく。
「私とあんたとルイホウで、二体、ね」
騎士達は、雷によって相手の動きが鈍っているためか、ちゃんと追い詰めていく。
こちらもやるか、と残った二体のラウルベアを見据える。
「さて、アトリ。二体まとめてはきついだろうから、とりあえず一匹潰すぞ」
痺れているのか、驚いているのか。
とにかく敵は動きを鈍らせている。
「・・・・・・どうするのよ」
「そんなもん、こうやってだよ」
短剣を振り上げる。
「―ブレイス―
雷神の鉄槌よ/一撃必殺の最強を体現せよ/その大いなる一撃は神の裁きを代行する/神の怒りの代名詞/巨人殺しの大鉄槌/トールハンマー」
短剣の先端に、巨大な雷球が生まれる。
振り下ろして剣先をラウルベアの一体に向けた時、その雷球はラウルベアに向かい、
「・・・・・・おお、すさまじい威力だな」
「地形が変わりましたね。はい」
ルイホウと頷きあうが、アトリは呆然とした顔をしている。
それもそのはずで、ラウルベアがいた場所を中心として、木々が薙ぎ払われぶすぶすとした黒煙を上げている。
「・・・・・・魔術ってこんなにすごいの?」
「魔獣相手なら、十分使えるな。・・・・・・人相手だと、詠唱の時間がネックになるのは、セオリー通りか」
うん、と確認する。
訓練していたおかげか、体力の消耗はだいぶ抑えられている。
「・・・・・・ほらアトリ、残り一匹」
「・・・・・・ああもう!」
短槍を携え突っ込んでいく。
その左手で、銀色の腕輪が光る。
「・・・・・・ルイホウ? あの腕輪何?」
「あれは、体力増強用の魔術具ですね。・・・・・・魔力を持っていれば、あれが自動的に身体能力強化の魔術を発動するんです。はい。・・・・・・強化魔術は使い方を間違えると行使者が危険ですから、安全に発動するための特殊な魔術具です。はい」
「ああ、ああいうのもあるんだ」
「騎士の鎧は全て、そう言う類の魔術具として製作されています。はい」
へえ、とため息をつく。
「じゃああの腕輪は、その鎧を腕輪サイズに縮めたもの、ってわけだ」
「その通りです。はい」
本当は、魔術師用の道具なんですけどね、はい、と続け、ルイホウはアトリを見守る。
アトリは短槍で熊の喉を一突きにして、終わらせていた。
周囲の騎士達が、その巨体と腕の力に翻弄されているのを見る限り、アトリと騎士達の実力の違いがよく分かる。
「・・・・・・将軍が言ってた、この国の軍隊は弱い、ってのを象徴するような光景だよな」
時間をかけすぎて、最初にモリヒトが叩き込んだ雷の麻痺が抜けてきている。
「アトリ、助けてやらないの?」
「それじゃあ、訓練にならないでしょうが」
「ごもっとも」
結局、騎士達が三体のラウルベアを倒すのに、それから三十分近い時間がかかるのだった。
** ++ **
「おにぎり?」
「鬼斬り。・・・・・・それが、我が藤代家が継いできた武術の真髄らしいのよ」
真髄ねえ、と呟く。
現在は昼休憩、ということで、森の中に設けたベースキャンプで、モリヒトとアトリ、ルイホウはバーベキューをしていた。
焼いているのは熊肉である。
「オカルトとかの分類?」
「いいえ。藤代のいう『鬼』は、強者や達人、あるいは狂人を指す言葉よ。要するに人間離れして強い人や異常者、異能者、ということね」
「そういう奴らを倒すために特化しているのが、藤代の武術だと?」
「そう。・・・・・・だから、実を言うと魔獣みたいな、人間の形をしていない敵を相手にするのは、想定していないのよね・・・・・・」
はあ、とアトリはため息をつく。
「あの世界で人以外の相手を想定した武術なんて、それこそオカルトの領域に足を突っ込むことになると思うが?」
「まあ、そうね」
うん、と頷く。
「・・・・・・だけど、こっちの世界で生きるなら、そういうのを対象とした武術を学ぶ必要もあるかな、と思うわけよ」
肩をすくめるが、モリヒトはあっさりと言い返す。
「必要ないんじゃないか?」
「どうして?」
「アトリは俺より魔力多いんだし、魔術を学んだ方がはやいだろう。魔術の威力はさっき見た通りだしな」
肉が旨い。
もとは魔獣の肉だが、十分食用としてイケる。
「・・・・・・野菜と米の飯が欲しいな・・・・・・。あとタレ」
「そうね・・・・・・」
「野菜ならありますけど。はい」
ルイホウが野菜を並べ、塩と胡椒を振っていく。
「・・・・・・まあ、今日は我慢するか。・・・・・・あとで、焼き肉用のタレを作ろう」
密かに決意する。
「アヤカとかユキオとかは、甘党かな? それとも辛党か?」
「ユキオとアヤカは甘党よ。私は激辛が好きだけど」
「・・・・・・ものすごく辛いやつ?」
「タレにトウガラシをすり入れて食べるわ」
「・・・・・・」
首を振って、味のイメージを追い出す。
「話を戻そう。・・・・・・アトリは、魔術の訓練はしないのか?」
「ん~。確かに魔力はあったけど、私には向いてない気がするのよね」
ばくばくばく、と肉ばかりを食べているアトリを見て、
「・・・・・・野菜も食え。太るぞ」
「珍しい論理ね。肉だけならむしろ太らないわ」
ものすごく自信満々に言い切るだけに、一瞬納得しかけて、
「んな訳あるか。ダイエットって言葉の意味をちゃんと知っているか?」
「痩せること」
「食事管理だ」
野菜をまわすのに、器用に肉だけをつまんでいく。
「・・・・・・カロリーを消費するなら、健康でいるのが一番なんだぞ? 運動した時の消費カロリーより、普通に生活している生理活動の消費カロリーの方が圧倒的に大きいんだから」
「・・・・・・そうなの?」
あくまでもモリヒトオリジナル理論だが、
「考えてみれば分かるだろ? 成人男性の血液が約四リットル。水に換算すれば重量にして四キログラム。それを一瞬たりとも休むことなく全身に送り続ける心臓が、一体どれほどの運動をこなしているか」
「・・・・・・なるほど、ね」
それでも肉を食べる手を止めない。
「・・・・・・肉食だな。アトリは・・・・・・」
「このところ、魚ばっかりだったから」
「・・・・・・この国、半島だからなぁ・・・・・・」
食事のおかずは、どうしても魚中心になる。
「だからといって、言い訳になるかよ」
アトリの前に野菜を積み上げる。
「・・・・・・むう・・・・・・」
仕方なさげに箸をさまよわせ、野菜をつまみだした。
「全く。お前もいい加減、いい大人だろうが」
しょうがないやつだ、とため息をつく。
「・・・・・・で、もう一度話を戻すが。・・・・・・魔術が向いてない?」
「ええ。私は、魔術をあんまり信用できないのよ。リアリストだから」
「なるほど・・・・・・」
「むしろ、私よりリアリストっぽいくせに、何でモリヒトはあそこまで魔術を使いこなせるのよ?」
「そりゃあれだ。俺はゆるオタで、こういうファンタジーがかなり好きなタイプの人間だからだ」
「・・・・・・ちょっと意外」
箸を止め、アトリはモリヒトを見る。
「俺は、人が作った物語が好きでな。ラノベや漫画中心に、本棚が占拠されている」
「へえ・・・・・・」
「さらに言えば、しっかりと中二病を発症し、こういう呪文系統はオリジナルを書いたノートを作ったこともある」
「・・・・・・へえ・・・・・・」
「引くな。・・・・・・まあ、ちょっといろいろあってな、そういう物に逃避していた時期があるんだよ」
あんまり言いたい過去ではないから、そこはさっさと話を切り替えて、
「だからかな、リアリスト、と言っても、俺はこういうイメージには慣れている」
挿絵がない小説は、イメージができないと楽しみが半減する。
「・・・・・・ふーん・・・・・・」
「・・・・・・ほら、あれだ。お前は魔術っぽく、必殺技とか叫んでみたらどうだ?」
「必殺技?」
「必殺技! みたいな?」
「・・・・・・できると思ってる?」
半目に対し、首を傾げながら答える。
「やってやれないことはないと思う。・・・・・・ふむ、ちょうどいい。あれで実践してみよう」
ベースキャンプの端の森から、ラウルベアが現れた。
「ちょうど肉も切れかけたしな」
短剣を抜き、腰だめに構える。
「・・・・・・メジャーな技で行ってみるか」
すう、と息を吸い、
「―ブレイス―
風よ/空破斬!!」
逆袈裟に切り上げる。
風が地面を走り、ラウルベアを両断した。
「ほらできた」
「・・・・・・今の、何?」
「とあるゲームの技」
まあ、ツッコミはいらない。
「こんな感じでさ。発動体を武器として使えば、やれるんじゃないか?」
「・・・・・・考えておく」
そうしろそうしろ、と頷き、焼き肉に戻った。
** ++ **
必殺技。
アトリは考える。
昼休憩を終え、モリヒトとルイホウはベースキャンプに残り、アトリは適当に森の中をうろついていた。
「・・・・・・うーん・・・・・・」
必殺技、というか、技のイメージそのものは難しくはない。
イメージトレーニングは、武術の修練においては効率的な修練方法だ。
スポーツ選手も、多くイメージトレーニングを取り入れている。
「ふむ・・・・・・」
今持っている短槍や太刀はただの武器なので、モリヒトから短剣を借りてきている。
手の中でそれを弄び、
「・・・・・・やってみよっかな・・・・・・」
ちょっと考える。
敵、敵、的、と探す。
「・・・・・・いたいた」
狼っぽい何かだ。
普通の犬より大きい。
よし。
「・・・・・・えっと」
短槍を横の地面に突き刺し、短剣を構える。
構えは、居合のような腰だめの構えだ。
鞘も何もないから、抜刀術にはいかないだろうが、
「―ブレイス―
藤代流抜刀術/走刃閃!」
駆け抜け、すり抜けざまに斬り抜ける。
大剣を振り抜いたかのような斬撃が放たれた。
「・・・・・・うわあ・・・・・・」
実際やってみるとなかなかすごい。
「とはいえ、これはちょっと使いづらいなあ・・・・・・」
漫画やアニメであるまいし、藤代の流派的にも、戦闘中に技名を叫ぶとかしない。
実際、走刃閃と名前こそついているものの、この技を放つぞ、と身構えることなど藤代の流派の中ではしない。
無駄な上に、隙だからだ。
ただ、それはそれとして、
「・・・・・・ちょっと楽しい、かも・・・・・・」
声に出し、イメージした通りに技が出るのは、少々病みつきになりそうだ。
威力も出たし。
「・・・・・・なるほど、これが必殺技、ね」
もうちょっと、試し切り行ってみようか。
数十分後、体力を使い果たして、ぶっ倒れたアトリが救助された。