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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第3章:迷いの森と白い怪人
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第32話:森守の集落での夜

 夜だった。

 森守の集落は、森の中をいくらか切り開いた場所にある。

 切り開いたとはいえ、かなり背の高い樹々が天を覆っている。

 一応、上の方の枝葉は切り払われているため、空は見える。

 森守の集落の建築物は、基本的に木造だ。

 木々を利用し、さらに、森の樹木自体を柱として利用して建築されている。

 森守の家々は、樹上建築となっており、樹々の幹や太い枝に縄や支えの柱を使って、家々を支えている。

 ある意味、ファンタジーらしい光景、という感じだった。

 モリヒトのイメージからすると、森守の集落は、エルフの集落として、イメージしやすいものにも見える。

 黒の森の樹々の中でも、集落近辺の樹々は、特に背が高い。

 遠目にも、この辺りは樹々が盛り上がって見えたくらいだ。

 見上げるほどの巨木の群れと、よく茂ったその枝葉に抱かれるように、森守の集落はあった。


** ++ **


 モリヒトは、集落に一泊することになった。

 貸してもらった客室で、モリヒトは窓から集落を眺めていた。

 客室の造りは、普通の部屋と見える。

 木造で、床はフローリング。壁も板だ。

 何の動物の毛皮かは分からないが、床に敷物がある。

 調度もしっかりしているし、帝都の家具とそれほど差もない。

「・・・・・・眠らないのですか? はい」

 モリヒトがのんびりと集落の夜を眺めていると、ルイホウからそう声をかけられた。

「ん? いや、なんか眠気がない」

 怪我をした後、結構な時間を寝ていたためだろう。

 あるいは、珍しい光景を見ている興奮もあるかもしれない。

 森守の集落の夜は、あちこちに不思議な光を放つ苔やキノコがあり、それによって幻想的に光っている。

「体調はいかがですか? はい」

「快調そのものって感じだな。怪我の痛みもなけりゃ、体の動きに不調もなし」

 歩くも走るも問題なし。

「治りが、前より早い気すらする」

「それは、環境のおかげです。この土地なら、治療用の魔術も出力がよくなりますから。はい」

「ああ・・・・・・。そういうことか」

 この土地は、単純に魔術の出力が上がる。

 周囲一帯、地脈から溢れた魔力に満ちるためだ。

 この森の外だと、地脈から魔力を引き出す技術が他に必要だが、この土地ならそれもいらない。

「・・・・・・ふむ」

「どうかしましたか? はい」

 モリヒトは立ち上がった。

「ちょっと外出ようか。窓から見てるだけじゃつまらん」

 肩をすくめ、モリヒトは部屋を出るのだった。


** ++ **


 樹上建築であり、高所に作られた村、という風情ではあるが、足場の不安定さはまるでない。

 のんびりと歩いているだけでも、周囲は明るさは、決して明るいと感じるものではないが、足場や周囲を見回すのに不自由はない。

「・・・・・・ふうむ」

 露台のように作られた一角に、座ることの出来そうな場所を見つけて、モリヒトは腰を下ろす。

 ルイホウが、静かに隣へと腰を下ろすのを感じながら、ぼう、とモリヒトは村の様子を見下ろす。

 森守の集落は、黒の森の中に、何か所か点在しているという。

 今モリヒト達がいるのは、それらの集落の中でも本村、というか、まとめ役となっている集落であるらしい。

 森守の首都、とでもいうべきだろう。

 それだけに、規模は大きい。

 夜の中でも、数人の人間が歩き回っているのは、集落の中の見回りか。

 あるいは、視覚以外の感覚が強い森守から見ると、昼よりも夜の方が活動しやすいのかもしれない。

「・・・・・・おや、御客人。散歩ですかな?」

 声に振り向けば、そこにはダフニーズがいる。

 付き添いだろうか、若い森守が二人、後ろに従っている。

「族長さんか」

「森の外の人からすると、この森の闇は暗いでしょう」

「そうですね。・・・・・・でも、ここは大丈夫そうですから」

 夜の暗闇に浮かび上がるような森守の集落を見ていると、眠気が不思議と消えていく感じすらある。

 樹々の隙間から見える空には星があり、集落の明りはそれを邪魔するほどの光量でもない。

 樹上建築が多い集落を見ていると、自分が客室としてあてがわれた部屋の内装に違和感がある。

 樹々に沿った作りは、やはり円形や曲線が多いのだ。

 一方で、客室は、直線で切られた板材で作られているため、直線的だ。

「ふうむ・・・・・・」

 こういう違和感を、どう伝えるべきか、とモリヒトが悩んでいる間に、ダフニーズは付き添っていた二人に指示を出し、自分が座る場所を整えていた。

「ご一緒してもよろしいですかな?」

「どうぞ」

 ダフニーズは、小さな卓を持ってきて、そこに陶器製の盃を出した。

「?」

「我々が作っている酒ですな。少々強いので、果汁で割ってあります」

 一抱えほどもある陶器のツボから盃に流し込まれた酒を眺める。

 それから、匂いを嗅いだ。

「・・・・・・アルコールの匂いに混じって、めっちゃ木の匂いがする・・・・・・」

「でしょうなあ。この森で採れた果実から作った酒を蒸留したものを、この森の樹々で作った樽に詰めて、ある程度の期間置くのです」

「なるほど」

 ウィスキーとかであった気がするなあ、と思いながら、口に運ぶ。

「・・・・・・きっつ」

 果汁で割ったというが、それでもかなり度数が高い。

 口に含んだ分から、いい匂いを含んだアルコールが舌の上にのって、鼻へ抜ける。

「酒飲みなれてないときついだろ、これ・・・・・・」

 言っていても、隣ではルイホウがのんびりと盃を傾けている。

「ルイホウは、大丈夫なのか?」

「このくらいは、飲みなれていますので。はい」

 言いながら、くいっと煽ると、今度はツボをもらって、自分で酒を盃に注いで飲んでいる。

「強すぎだろう」

 モリヒトは、成人してからそれほど経っているわけでもないため、あまり多くの酒は飲んでいない。

 あまり飲みなれていない、という意味でも、ちょっと酒がきつい。

「・・・・・・うーむ・・・・・・」

 飲み会に参加したことがないわけではないが、アルコールとしては結構強いのもあって、手の平に乗る程度の盃一杯でも、かなりくる。

「おっと、肴がありませんな」

 ダフニーズは笑いながら、皿を卓の上に出した。

「黒い肉片・・・・・・」

 失敗料理の漫画的表現のそれによく似ている。

 真っ黒な木の欠片のようなものが、皿の上に載っている。

「いやはや。そう見えますか。・・・・・・この森の樹々は、基本的に材木として優れているのですがね。一点、欠点がありまして」

「というと?」

「とにかく黒い。これは、この森で狩った獣の肉を、この森の木で燻製にしたんですがね。肉自体も黒味がありましたが、燻製にした途端この有様でしてな」

「炭、じゃないですよね?」

「これで普通の燻製なのですよ」

 手を伸ばし、つまみ上げて、口に運ぶ。

 かなり薄切りにしてあるが、かなり硬い。

 何回も何回も噛んで、口の中でようやく柔らかくなったところで、何とか噛み切れる。

 そうしてから、酒を少し飲んだ。

「まあ、酒だなあ」

「ほっほっほ」

 ダフニーズなどは、ブチっとあっさりと燻製肉を千切り食った後で、ぐい、と盃を干している。

「・・・・・・本日は、お手間を取らせましたな」

 しばらく、そうして互いに飲み食いしていたところで、ダフニーズが不意に頭を下げた。

 何のことか、とモリヒトはしばらく考えて、昼間の面談のことか、と思い当たる。

 頭を下げられる理由については、なんとなくわかっている。

「・・・・・・あのギリーグに言うことを聞かせるのに、わざわざ俺を呼んだんですね」

「まあ、思ったよりもスムーズにいきましたな。ギリーグも、力不足は分かっておったのでしょう」

 ダフニーズは、ほっほっほ、と笑っている。

「別に、黒のことは守る必要があるとは思わないけどなあ・・・・・・」

「ふむ。そう思われますかな?」

 酒をちびちびと舐めながらのモリヒトの言葉に、ダフニーズは視線を鋭くして問い返す。

 モリヒトが思うのは、黒の真龍と交わした会話についてだ。

 あれらの会話から受けた印象としては、

「黒は、近くに森守がいるからそれに近い生活をしているだけで、いなかったらいなかったで、それに応じた存在になるだろ」

「然り。黒様の本質は、何者にも手を出すことはできませぬ」

 ダフニーズは、盃を傾けた後、ふう、と息を吐いて、つぶやくように言った。

「ミュグラ教団を名乗るあの者らが何をしようとも、黒様の本質を揺るがすものにはならぬ」

「人間がやることも何もかも、全部含めて自然の一部ってことか」

「然り、ですな。・・・・・・黒様に近い儂らですら、その考えに至るものは少ないのに、モリヒト殿は、ずいぶんと自然にその思考に至るのですな」

「・・・・・・言われてみるとそうだな。俺、割と黒のことわかるな・・・・・・」

 ふむ、と考える。

「まあ、俺の中には、真龍の一部があって、それのせいで性質の一部があるらしいし。案外そういうところから分かるようになってるのかも」

「なるほど」

 モリヒトの言葉に、ダフニーズは頷いた。

「・・・・・・儂らが守るのは、儂らの生活に他なりませぬ。森守の中には、儂らは黒様から庇護を受けている。その恩に報いねば、と思っている者も多いですがの。儂らは、ただ、黒様の作り出す環境こそが最も過ごしやすい環境であるが故にここにいる、というだけのこと」

 ふ、と笑いながら、ダフニーズは自らの顔に生えた角を撫でた。

「先ほど、モリヒト殿がおっしゃったことは、案外に正解に近いのですよ。黒様は自然にそこにある環境であるもの。大きな存在ではあるが、本来言葉の通じる存在ではない。・・・・・・ところが、黒様とは会話ができてしまう。それが、勘違いを生んでしまうのでしょうなあ・・・・・・」

「笑ってるが、若いころはそちらもそういう勘違いをしてたクチだろ・・・・・・」

「ほっほっほ」

 ダフニーズは、話を逸らすかのように笑っていた。


評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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