第31話:森守の族長
モリヒトは、森守の集落に招かれていた。
家の中に入り、腰を下ろしたモリヒトの前に、一人の老人がいる。
「よう来られた。御客人」
かか、とその老人は笑った。
森守の一族の族長であるその老人を前に、モリヒトはどうしたものか、と頭を悩ませる。
「初めまして。モリヒトです」
「む。森守の族長をしておる。ダフニーズと申す」
互いに、軽く一礼をし合う。
モリヒトの側は、少し後ろにルイホウとクリシャが座り、ダフニーズの側は、少し後ろにクルムとギリーグが座っている。
向かい合う構図ではあるが、ダフニーズの雰囲気は穏やかで、モリヒトの側もそれほど緊張感はない。
ギリーグが多少不貞腐れたような雰囲気を出しているのが気になるが、モリヒトとしてはそれほど関わった相手でもない。無視である。
「今回は、世話になったようですな」
「いや、世話になったのは、こちらですよ」
モリヒトを族長であるダフニーズが招いて、面談をする、ということで、モリヒトが集落を訪れている。
モリヒトを目当てとしているため、ルイホウやクリシャはあまり話すつもりはないらしい。
事件はもう収束していることだし、黒の真龍に招かれた異邦人を見てみたい、というのがダフニーズの意向だというのは、クルムから聞いた話だ。
「森の異常の方に関してなら、俺は基本関わってないし、黒の方については、それこそ俺は招かれた側。クルムに案内もらったし、世話になりましたよ」
「そう言っていただけると、ありがたいですな」
ほっほっほ、とダフニーズは機嫌よさげに笑っている。
ん、とモリヒトが首を傾げたいのは、妙にダフニーズの目がこちらを見据えていることだ。
にこやかに細められ、しわに埋もれた目。
だが、見えないその目が、妙に鋭いように思える。
「時に、モリヒト殿」
「はい」
「あの、事件の下手人ども。どう思われる?」
「どう、とは?」
ふむ、とダフニーズは顎を手でさする。
「昔から、外から何かを持ち込む輩は絶えぬもの。儂ら森守は、そういった者共と、長く争ってきました」
「でしょうね」
「オルクトは、その中では比較的、マシな部類でしてな」
言葉に、わずかなとげを感じる。
「オルクトは、儂らの生き方を尊重してくれるし、森の中のことについては、儂らの意見を聞いてくださる。ずいぶんとやりやすくもなった」
「でも、と続きそうな語り口ですねえ」
「ふむ。結局のところ、儂ら森守は、生きる土地としてこの森を守り、尊き黒様にお仕えする。この生き方ができればよい」
わずかに視線を下げ、ダフニーズは手にした湯飲みから、飲み物を口に含んで、湿らせる。
「・・・・・・じゃが、儂らがいくらそう思っておっても、世界は動く。オルクトもまたそうじゃ。かの国が開発した飛空艇によって、かの国は版図を広げ、儂らはもはや、かの国の領土の一部となってしまっておる」
す、とダフニーズが顔を上げ、その視線がモリヒトを捉えた。
「儂らはこの森の中では最強じゃろう。その自負はあります。ですが」
「森の外に出たらそうでもない、と?」
「否。そちらはよい。だったら、森の中から出なければよいだけ。じゃが、オルクトの発展を見ていると、思うのですよ。あの発展の仕方では、いずれ、森の中であっても、勝てぬ相手も出てくるであろうと」
「ふむ・・・・・・」
モリヒトは唸る。
確かに、そういうことは分かる。
例えばセイヴだ。
あの炎の能力なら、森の中の森守相手だろうが、森ごと焼き払ってしまえるだろう。
「群を抜いた個人。今回の下手人もそうですな。勝てぬ相手はおります。ですが、儂ら森守はそもそも、オルクトの軍勢相手には勝てぬ」
「そりゃそうでしょう。森ごと焼き払われたら、そこまでだし」
「然り。山もありますが、山に争いを持ち込んだとて、黒様がどう思われるか」
「黒がどう思うかなんてわかりゃしませんよ。あれは真龍だ。人間の尺度で計れる存在じゃない」
「・・・・・・ほう?」
ぴく、とダフニーズの眉が動いた。
「では、モリヒト殿は、どう思われる? 真龍の性質を、一部とはいえ持つ貴方だ。儂らより、黒様の心情を理解できるのでは?」
そのダフニーズの言葉に、クルムとギリーグが姿勢を正した。
じ、とダフニーズの視線にさらされるが、モリヒトは、肩をすくめた。
「無理」
簡潔な一言だった。
だが、モリヒトの素直な感想だ。
「ほう・・・・・・? しかし、モリヒト殿。貴方は、黒様と話が弾んでいたようだと聞きますが?」
「無理」
モリヒトは、もう一度繰り返した。
「表面上、上っ面だけなら、話は通じますよ。ただ、通じるからって、理解できるかは別でしょう」
「やはり、そうですかの」
ふ、とダフニーズの雰囲気が緩んだ。
「まあ、そうでしょうの」
「そんなことはない!」
ダフニーズの背後から、怒声が飛んだ。
ギリーグだ。
場にいる全員の注視を受けつつも、ギリーグは叫ぶ。
「黒様は、この地の護りを我らに託された。それこそ、黒様の御意思であろう!」
ギリーグは、立ち上がり、さらに叫ぶ。
「我らに、託されたのだ! しからば、我らがそれを成すことこそ・・・・・・!!」
「ギリーグ。黙りなさい」
杖を手に取ったクルムが、その杖の先端で、ギリーグの脇腹を突いた。
「・・・・・・何をするか!」
「喧しいのですよ。今、あなたの意見など誰も求めていないのです」
「何をっ・・・・・・?!」
「ギリーグよ」
「・・・・・・はい」
「黒様の御意思の理解などできぬ」
「できます!!」
ダフニーズに言われ、ギリーグは悔しそうな顔をしながら、さらに叫ぶ。
だが、ダフニーズは、ゆるゆると首を振って、否定した。
「できぬよ」
「なぜです!?」
ダフニーズに、モリヒトは目くばせをされた。
ん? とモリヒトが首を傾げると、ダフニーズはふむ、と頷き、
「モリヒト殿は、どう思われる?」
「そこで俺に振るかよ・・・・・・」
はあ、とため息を吐くところだが、モリヒトにギリーグの視線が向いている。¥
「黒の意思の理解なんかできんさ。第一、黒に、意思なんかないだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
長い時間をかけ、ギリーグが抜けた声を漏らす。
「黒、つうか、真龍だな。あれに意思なんかない。あれは、ただの自然だ。あったとしても、それのスケールは人間と違い過ぎて理解できないよ」
空に意思はあるか。大地に意思はあるか。風に意思はあるか。川の流れに意思はあるか。
人間のスケールで分かるわけがない。
「理解なんぞ不可能だって。ちょうどいい距離を保って、いい具合に付き合うのがよし」
「・・・・・・ふむ」
ダフニーズは、一つ唸って、頷いた。
「で、ありましょうな」
頷いてはいる。
だが、ダフニーズのそれには、どこか諦めを感じた。
「ギリーグよ。儂ら森守は、黒様にすべてをささげておる。だがそれは、黒様にすべてを任されておる、というわけではないのじゃ」
「そんなことは・・・・・・」
「儂らは、この森と同じ。黒様の山の盾である。・・・・・・儂らは、儂ら自身にその役割を課し、矜持とした。なれば、その役目のためならば、ありとあらゆるものを受け入れねばならぬ」
なんだか、話の行き先が変わってきた気がする。
「儂らだけで守れる、とそんなことは言うてはならぬ」
「族長! あなたがそのようなことでどうするのです?! 我々は、黒様に最も近い一族として、きちんと我らの立場を示さねば・・・・・・!!」
「それと、儂らだけで森と山を守ることが、どうつながる?」
ダフニーズは、顎を撫でながら、ふう、とため息を吐いた。
「今回、儂らは結局、下手人に何もできておらん」
「そんなことはありません!」
「否。できておらんよ。やつらがこの地より退いたは、もう他にすることがなくなったからじゃろう」
「仕掛けの種切れとかかね?」
「うむ。異常の発生した地点には、不審な魔術具の残骸のようなものが残されておった。・・・・・・おそらく、それが仕掛けの種であろう。解析した結果は、森守、オルクトの研究者。ともにどちらも、使い捨て、と結論を出しておった」
「持ち込んだものが尽きたから、最後に派手なことをやって、退却。・・・・・・完全にしてやられてるじゃねえか」
「そうです。クルム達は、相手のやりたいことを何一つ妨害できていません。やられるだけやられて、そのまま逃げられる。完全敗北です」
「ぐ・・・・・・」
次々と現状を突き付けられて、ギリーグが唸っている。
「儂らも、外のことを学ばねば」
ダフニーズの言葉は、ギリーグに向けられていた。
その様を見て、モリヒトとしては、ふうん、と頷くのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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