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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第3章:迷いの森と白い怪人
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第31話:森守の族長

 モリヒトは、森守の集落に招かれていた。

 家の中に入り、腰を下ろしたモリヒトの前に、一人の老人がいる。

「よう来られた。御客人」

 かか、とその老人は笑った。

 森守の一族の族長であるその老人を前に、モリヒトはどうしたものか、と頭を悩ませる。

「初めまして。モリヒトです」

「む。森守の族長をしておる。ダフニーズと申す」

 互いに、軽く一礼をし合う。

 モリヒトの側は、少し後ろにルイホウとクリシャが座り、ダフニーズの側は、少し後ろにクルムとギリーグが座っている。

 向かい合う構図ではあるが、ダフニーズの雰囲気は穏やかで、モリヒトの側もそれほど緊張感はない。

 ギリーグが多少不貞腐れたような雰囲気を出しているのが気になるが、モリヒトとしてはそれほど関わった相手でもない。無視である。

「今回は、世話になったようですな」

「いや、世話になったのは、こちらですよ」

 モリヒトを族長であるダフニーズが招いて、面談をする、ということで、モリヒトが集落を訪れている。

 モリヒトを目当てとしているため、ルイホウやクリシャはあまり話すつもりはないらしい。

 事件はもう収束していることだし、黒の真龍に招かれた異邦人を見てみたい、というのがダフニーズの意向だというのは、クルムから聞いた話だ。

「森の異常の方に関してなら、俺は基本関わってないし、黒の方については、それこそ俺は招かれた側。クルムに案内もらったし、世話になりましたよ」

「そう言っていただけると、ありがたいですな」

 ほっほっほ、とダフニーズは機嫌よさげに笑っている。

 ん、とモリヒトが首を傾げたいのは、妙にダフニーズの目がこちらを見据えていることだ。

 にこやかに細められ、しわに埋もれた目。

 だが、見えないその目が、妙に鋭いように思える。

「時に、モリヒト殿」

「はい」

「あの、事件の下手人ども。どう思われる?」

「どう、とは?」

 ふむ、とダフニーズは顎を手でさする。

「昔から、外から何かを持ち込む輩は絶えぬもの。儂ら森守は、そういった者共と、長く争ってきました」

「でしょうね」

「オルクトは、その中では比較的、マシな部類でしてな」

 言葉に、わずかなとげを感じる。

「オルクトは、儂らの生き方を尊重してくれるし、森の中のことについては、儂らの意見を聞いてくださる。ずいぶんとやりやすくもなった」

「でも、と続きそうな語り口ですねえ」

「ふむ。結局のところ、儂ら森守は、生きる土地としてこの森を守り、尊き黒様にお仕えする。この生き方ができればよい」

 わずかに視線を下げ、ダフニーズは手にした湯飲みから、飲み物を口に含んで、湿らせる。

「・・・・・・じゃが、儂らがいくらそう思っておっても、世界は動く。オルクトもまたそうじゃ。かの国が開発した飛空艇によって、かの国は版図を広げ、儂らはもはや、かの国の領土の一部となってしまっておる」

 す、とダフニーズが顔を上げ、その視線がモリヒトを捉えた。

「儂らはこの森の中では最強じゃろう。その自負はあります。ですが」

「森の外に出たらそうでもない、と?」

「否。そちらはよい。だったら、森の中から出なければよいだけ。じゃが、オルクトの発展を見ていると、思うのですよ。あの発展の仕方では、いずれ、森の中であっても、勝てぬ相手も出てくるであろうと」

「ふむ・・・・・・」

 モリヒトは唸る。

 確かに、そういうことは分かる。

 例えばセイヴだ。

 あの炎の能力なら、森の中の森守相手だろうが、森ごと焼き払ってしまえるだろう。

「群を抜いた個人。今回の下手人もそうですな。勝てぬ相手はおります。ですが、儂ら森守はそもそも、オルクトの軍勢相手には勝てぬ」

「そりゃそうでしょう。森ごと焼き払われたら、そこまでだし」

「然り。山もありますが、山に争いを持ち込んだとて、黒様がどう思われるか」

「黒がどう思うかなんてわかりゃしませんよ。あれは真龍だ。人間の尺度で計れる存在じゃない」

「・・・・・・ほう?」

 ぴく、とダフニーズの眉が動いた。

「では、モリヒト殿は、どう思われる? 真龍の性質を、一部とはいえ持つ貴方だ。儂らより、黒様の心情を理解できるのでは?」

 そのダフニーズの言葉に、クルムとギリーグが姿勢を正した。

 じ、とダフニーズの視線にさらされるが、モリヒトは、肩をすくめた。

「無理」

 簡潔な一言だった。

 だが、モリヒトの素直な感想だ。

「ほう・・・・・・? しかし、モリヒト殿。貴方は、黒様と話が弾んでいたようだと聞きますが?」

「無理」

 モリヒトは、もう一度繰り返した。

「表面上、上っ面だけなら、話は通じますよ。ただ、通じるからって、理解できるかは別でしょう」

「やはり、そうですかの」

 ふ、とダフニーズの雰囲気が緩んだ。

「まあ、そうでしょうの」

「そんなことはない!」

 ダフニーズの背後から、怒声が飛んだ。

 ギリーグだ。

 場にいる全員の注視を受けつつも、ギリーグは叫ぶ。

「黒様は、この地の護りを我らに託された。それこそ、黒様の御意思であろう!」

 ギリーグは、立ち上がり、さらに叫ぶ。

「我らに、託されたのだ! しからば、我らがそれを成すことこそ・・・・・・!!」

「ギリーグ。黙りなさい」

 杖を手に取ったクルムが、その杖の先端で、ギリーグの脇腹を突いた。

「・・・・・・何をするか!」

「喧しいのですよ。今、あなたの意見など誰も求めていないのです」

「何をっ・・・・・・?!」

「ギリーグよ」

「・・・・・・はい」

「黒様の御意思の理解などできぬ」

「できます!!」

 ダフニーズに言われ、ギリーグは悔しそうな顔をしながら、さらに叫ぶ。

 だが、ダフニーズは、ゆるゆると首を振って、否定した。

「できぬよ」

「なぜです!?」

 ダフニーズに、モリヒトは目くばせをされた。

 ん? とモリヒトが首を傾げると、ダフニーズはふむ、と頷き、

「モリヒト殿は、どう思われる?」

「そこで俺に振るかよ・・・・・・」

 はあ、とため息を吐くところだが、モリヒトにギリーグの視線が向いている。¥

「黒の意思の理解なんかできんさ。第一、黒に、意思なんかないだろ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 長い時間をかけ、ギリーグが抜けた声を漏らす。

「黒、つうか、真龍だな。あれに意思なんかない。あれは、ただの自然だ。あったとしても、それのスケールは人間と違い過ぎて理解できないよ」

 空に意思はあるか。大地に意思はあるか。風に意思はあるか。川の流れに意思はあるか。

 人間のスケールで分かるわけがない。

「理解なんぞ不可能だって。ちょうどいい距離を保って、いい具合に付き合うのがよし」

「・・・・・・ふむ」

 ダフニーズは、一つ唸って、頷いた。

「で、ありましょうな」

 頷いてはいる。

 だが、ダフニーズのそれには、どこか諦めを感じた。

「ギリーグよ。儂ら森守は、黒様にすべてをささげておる。だがそれは、黒様にすべてを任されておる、というわけではないのじゃ」

「そんなことは・・・・・・」

「儂らは、この森と同じ。黒様の山の盾である。・・・・・・儂らは、儂ら自身にその役割を課し、矜持とした。なれば、その役目のためならば、ありとあらゆるものを受け入れねばならぬ」

 なんだか、話の行き先が変わってきた気がする。

「儂らだけで守れる、とそんなことは言うてはならぬ」

「族長! あなたがそのようなことでどうするのです?! 我々は、黒様に最も近い一族として、きちんと我らの立場を示さねば・・・・・・!!」

「それと、儂らだけで森と山を守ることが、どうつながる?」

 ダフニーズは、顎を撫でながら、ふう、とため息を吐いた。

「今回、儂らは結局、下手人に何もできておらん」

「そんなことはありません!」

「否。できておらんよ。やつらがこの地より退いたは、もう他にすることがなくなったからじゃろう」

「仕掛けの種切れとかかね?」

「うむ。異常の発生した地点には、不審な魔術具の残骸のようなものが残されておった。・・・・・・おそらく、それが仕掛けの種であろう。解析した結果は、森守、オルクトの研究者。ともにどちらも、使い捨て、と結論を出しておった」

「持ち込んだものが尽きたから、最後に派手なことをやって、退却。・・・・・・完全にしてやられてるじゃねえか」

「そうです。クルム達は、相手のやりたいことを何一つ妨害できていません。やられるだけやられて、そのまま逃げられる。完全敗北です」

「ぐ・・・・・・」

 次々と現状を突き付けられて、ギリーグが唸っている。

「儂らも、外のことを学ばねば」

 ダフニーズの言葉は、ギリーグに向けられていた。

 その様を見て、モリヒトとしては、ふうん、と頷くのだった。


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よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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