第30話:後始末
「んが」
目を覚ました。
「・・・・・・あー・・・・・・」
耳をすませばわずかに聞こえるのは、機関音だ。
厚手の布は天幕だろう。
その布越しに、遠くから飛空艇の機関音が聞こえる。
体に痛みはない。
上半身を起こす。
足の感覚もきちんとあるし、手や体にしびれもない。
ただ、疲労感はある。
感覚としては、テュールで襲われた時のその感覚に似ている。
「・・・・・・目が覚めましたか。はい」
入り口部分の布を押し広げ、桶を抱えたルイホウが入ってきた。
「おう。ルイホウ。俺、助かったかー」
「危ないところでしたよ。はい」
寝台脇にルイホウは寄ってきて、モリヒトの腕を取って脈を計ったり、額に手を当てて、体調を見たりしている。
「・・・・・・体調におかしなところはありませんか? はい」
「くっそだるい」
「治療の代償に体力を消耗しています。はい」
「・・・・・・やばかった?」
「後遺症が残りかねないレベルでした。地脈の魔力を使って、森守の巫女たちも治療に協力してくださったので、かなり効率よく治療はできましたが。はい」
ほっとした顔で、ルイホウは桶から布を取り、よく絞ると、モリヒトの顔をふく。
「むぐ・・・・・・」
ごしごしと顔や首筋を拭いた後で、ルイホウは一歩を下がると、モリヒトへと頭を下げた。
「申し訳ありません。護衛が果たせませんでした。はい」
「・・・・・・いやあ、ルイホウの謝ることじゃないだろう」
そうも真っすぐ頭を下げられてしまうと困ってしまう。
確かにルイホウは、モリヒトの護衛も担ってはいるが、別に護衛が本職ではない。
「そう。モリヒト君の言う通り」
クリシャも入ってきた。
「そもそも、俺だけを狙い撃ちにするとか、想定できるか」
「それ以前の問題として、みんなあのルートは安全だと思ってたみたいだからね」
クリシャは肩をすくめる。
「聞いたところによると、森守を引き付けるようの囮を造られていたみたいだ」
そう言いながらクリシャが持ってきたのは、どうにも不格好な棒である。
あちこちぼろぼろな上に、やたらと焼け焦げている。
「・・・・・・それは?」
「この森で採れる素材を使って作った、ただ騒がしい波長を発するだけの魔術具だね。作りが雑過ぎてまともな効果は何も期待できないけれど、探知系の魔術を使うと、はっきりとそこに何かある、ということだけははっきりと分かる品だ。・・・・・・おまけに、引き抜くと爆発するトラップが仕掛けられていたらしいね」
本来、魔術具というものは、質がよくなればなるほど、無駄な魔力を発しなくなるため、探知で確認しづらくなるものらしい。
ところが、これはあまりにも作りが雑過ぎて、逆に位置を大きく知らせてしまうのだという。
「それを利用して、囮にされた、と?」
「地脈への干渉は、どうあがいたところで探知に思いっきり引っかかる。せっかく運んだ機材の、一発目の探知で引っかかった大きな反応だ。森守の防人も同じようなものを探知したらしくて、これは確度が高いだろう、と勇んで向かえば、注目を引き付けるための陽動に思いっきり引っかかった、ということらしいね」
クリシャははあ、とため息を吐きながら、肩をすくめた。
「つまり、今回、帝国軍も森守も、完全にしてやられた、というわけ。ボクの見立てでは、おそらくやつらはもうこの森にはいないよ」
「そうなのか・・・・・・」
「おや、なんだか残念そうだね?」
「一方的にしてやられたからなー。なんか仕返ししたいもんだ」
ふん、と唸る。
「おやおや・・・・・・」
くすくすとクリシャに笑われたが、ルイホウは心配そうな顔をしていた。
「勝てませんよ? はい」
「心配そうに言われんでもわかってるさ。ただ、普通に戦えば勝てる相手に、手の届かないところから殴られるのは、すごく腹が立つんだ。それをあいつにやりたい」
「・・・・・・・・・・・・きわめて性格の悪いことを言っているね。まったく」
ははは、とクリシャは笑っているが、ルイホウは笑っていいのかどうか分からない顔をしている。
「というか、仕返しの仕方が抽象的なのに、方向性はやたら具体的ですね。はい」
「あのやろ。俺をきっちり殺しに来てたからな。やり返しておかないと、これから先背中に気を付ける生活はごめんさ」
「・・・・・・何か、ムリしてないかい?」
クリシャもルイホウも、心配そうな顔をしている。
だが、モリヒトとしては、なぜそこまで心配そうな顔をされるかが分からない。
妙に明るい口調で話していることも、多少の早口になっていることも、モリヒト自身には自覚はない。
傷のほとんどはふさがり、身体的には問題ないはずのモリヒトが、どこか青白い顔をしていることも、モリヒト自身には自覚がない。
ただ、不思議とテンションが高めになっているモリヒトに、ルイホウとクリシャの二人が心配そうな顔を向けていることを、モリヒトは意識できていない。
「まあ、今は休んでおいていいよ。ここはキャンプだし、さすがにここを襲撃するのは、危険が大きいのは、向こうも分かっているはずだから」
モリヒトを襲った奇襲のこともあるから、全くありえない、ということはできないが、
「森の異常も収束しつつあります。敵が森から去ったことは、おそらく確実でしょう。はい」
「そうか・・・・・・」
ふう、とため息を吐いて、モリヒトは寝台に身を横たえた。
「寝る」
「そうだね。そうしておいた方がいいよ」
「ええ。戻るにもまだ少し準備に時間がかかるそうですし、体のことも考えて、もう少しお休みください。はい」
** ++ **
「大丈夫かね? あれ」
「・・・・・・どこか、ごまかしている感じがありますね。はい」
モリヒトが寝入ったのを確認して、ルイホウとクリシャの二人は天幕を出た。
キャンプ地全体は、どこか緩んだ雰囲気とともに、撤収準備に入っている。
運んでこられた資材の多くは、そのまま森守に引き渡されるらしく、飛空艇に運び込まれるのは、けが人や、森守から渡される資源が主だ。
今キャンプ地に係留されている飛空艇は、資材運搬用の輸送艇であり、客室を備えた飛空艇が到着するには、もうしばらくかかる。
ルイホウ達は、そちらに乗り込んで帰還することになっている。
「・・・・・・・・・・・・」
ルイホウは、モリヒトのいる天幕を心配そうに見る。
「もう少し、モリヒト君の傍についているかい?」
「・・・・・・そう、でうね。そうします。はい」
ルイホウは、天幕の中に入っていった。
クリシャはそれを見送った上で、キャンプ地を見回す。
「あ、クリシャさん」
アレトが近寄ってきた。
「やあ。今回は、ほとんど仕事がなかったらしいアレト君」
「いやあ、それは言わないでほしいっすよ」
ははは、とアレトは笑いながら後頭部をかいた。
仕事がなかった、と言われて笑っているが、実際のところ、アレトは相当にうまく動いたらしい。
森から脱出しようとしていたミケイル達を捕捉し、アレトは追撃をかけたという。
「逃げられたっすけどね」
本人は軽く言っているが、ミケイルの戦闘能力を直に見たクリシャにしてみると、ミケイル相手に戦い、傷一つなくのんきに笑っている時点で、アレトという魔皇近衛の戦闘能力の評価を、上方修正して余りある。
クリシャとしても、ミケイルと正面からやり合った場合、無傷での撃退は不可能だ。
逃げに徹したとしても、無傷ではすまないかもしれない。
「まったく、無茶苦茶な野郎っすよ。こちとら力込めて斬りかかったっていうのに、ついたのが、かすり傷みたいな切り傷だけとか、マジでへこむっす」
「傷をつけただけでも、大したものだと思うけどねえ?」
「いやいや。腕に結構な切り傷抱えてましたし、多分、あれ、モリヒトさんがやったやつっすよね?」
「傷? モリヒト君が・・・・・・?」
クリシャとしては、少々信じられない。
モリヒトの剣技など、アレトの足元にも及ばないはずだ。
それが、きっちりと切り傷を付ける、というのは、正直、かなり信じがたい。
「モリヒト君は、剣は使えないでしょ・・・・・・」
「魔術だと思うっすよ? なんか、傷口の周りが焦げてたから、多分炎の魔術で剣でも作って斬り付けたんじゃないっすか? うちの陛下みたいな感じの」
「君のところの魔皇様のは、切るっていうより焼き尽くすって感じだけどね」
実際、セイヴが炎の剣で斬り付けたら、死体どころか灰しか残らない。
それは分かっているのだろう。
アレトも苦笑している。
ははは、と笑ったうえで、アレトは続ける。
「・・・・・・実際、かなりの深手でしたよ。両手揃ってたら、多分俺も無傷とは行かなかったと思うっす」
不意に真面目な顔になったアレトを見て、クリシャはふうん、と唸る。
「強かったか」
「もし、もう一回やるチャンスがあるなら、次は正面から斬り合いたいところっすね。逃げる背中を追いながらじゃあ、一撃入れるのが限界だったっす」
大したものだ、とクリシャとしては感嘆しきりだ。
だからこそ、
「モリヒト君は、一体どうやって、アレを撃退したんだか・・・・・・」
「相打ちでしょ。俺としては、あそこまでぼろぼろになっても、生きて戻ってきたのが驚きっすよ。戦いを生業としているわけでもないのに、致命傷だけはきっちり避けてたらしいすね」
「うん。放っておいても、二、三日は死ななかったと思うよ。後遺症は残ったろうけど」
「自分より格上相手に、致命傷を避けて逃げ切るっていうのは、経験より、精神っす。そういう意味で、やっぱタダモノじゃあないっすね。モリヒトさんは」
ははは、とアレトは笑っている。
そうだね、とクリシャも同意して頷きつつも、内心では、モリヒトに対する心配が募るのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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