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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第3章:迷いの森と白い怪人
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第29話:隠れる二人

「・・・・・・ふう」

 安全圏まで脱し、ミケイルは息を吐く。

「大丈夫?」

 サラの気づかわし気な言葉に、ひらひらと手を振る。

「だいぶ深くやられたわね」

 ミケイルの腕のケガを見て、サラは眉を顰める。

「仕方ない。強化がかなり弱体化していたからな」

 いや、とミケイルは首を振る。

「もしかすると、強化が切れていなくても、このぐらいはイってたか?」

 鋭さとか、そういうものとは別方向の意味で、あれはこちらを斬り付けてきた。

 あの斬撃は、防げた気がしない。

「・・・・・・手甲を壊されてなければ、防げたかもしれん」

 ついうっかりだ。

 反射的に、あの剣を腕で受けようとしたのは、失敗だった。

 いつもならば、無骨ながらも頑丈なあの手甲を使っている。

 それで受けようとして、このありさまだ。

「失敗したぜ」

「壊されたのは、あの男の一撃。こうなってくると、本当に天敵ね」

 サラに言われて、ははは、とミケイルは笑う。

 ひとしきり笑った後で、ミケイルは立ち上がる。

「大丈夫なの?」

「ああ、問題ねえ」

「なら移動しましょう。ここは安全圏ではあるけれど、いつまでも残っていい場所じゃないわ。可能なら、もっと安全な場所まで移動したいわ」

「分かってる。腕の方は、まあ、しばらく使い物にならんが」

「なら、しばらくは潜伏ね」

「おお。それだけどよ」

「?」

 ミケイルは、にやり、と笑った。

「テュール異王国。行くぞ」

「はあ?」

 ミケイルの言葉に、サラは顔をしかめた。

「何を言っているの? その有様で」

「『竜殺しの大祭』だよ」

 サラの詰問に応えず、別の答えを返した。

「開催までには、まだ時間がある。それまでなら、腕は回復するし、始まる前に入れればいい」

「・・・・・・それなら、まあ・・・・・・」

 準備の時間は、まだ残っている。

 移動、潜伏、可能だろう。

「あっちに潜んでる教団の連中も多い。手は使えるだろ」

「また怒られるわよ?」

「気にしねえよ。どうせみんな好き勝手やってんだ」

 ミケイルは、サラの忠告を笑って受け流し、腕の怪我に包帯を巻いていく。

 雑極まりない処置だが、身体強化によって自己治癒能力も強化されるミケイルとしては、こうして傷口をふさいでおくだけでも、その内治る。

 炎で焼けてしまった部分は既にえぐってあるので、こうして傷口をふさぐように処置さえしておけば、それで治るのだ。

 軽い傷なら、戦闘中でも治る。

 そういう意味で言うと、未だに治る様子のない傷が不気味だ。

「・・・・・・魔力の回復速度が落ちてるのかしら?」

「いいや、身体強化の度合い自体が落ちてやがる。・・・・・・こいつは、ちょっと知らなかったな」

「どういうこと?」

「今までは、平常の身体強化だけで乗り越えてられたんだよ」

「傷が残ってるわね」

「身体強化が弱まってる」

「・・・・・・? あのモリヒトって男の影響がここまで届いているの?」

 いや、とミケイルは首を振る。

「単純に、俺の魔力量が減ってるのが原因ぽいな」

「魔力量が落ちて、身体強化が弱まっていると?」

「今までは、そんなこともなかったんだが・・・・・・。どうやら、ある程度魔力量が落ちると、身体強化を弱くして、魔力量の回復が早くなるらしい」

「自分の体のことなのに、わかってないの?」

「は! 俺の体のことなんぞ、俺どころか、この処置を施した教団員ですら、多分完全には理解してねえよ。もしそうだったら、俺みたいのなのが、もっと大量発生してるわな」

 ははは、とミケイルは笑う。

「何はともあれ、飯食って寝て、体力回復させときゃ、いずれ魔力も回復する。そうすりゃ、傷も完全に治るだろうよ」

「どちらにしろ、あのモリヒトと戦うことになったら、その仕様のせいで、極端に弱体化するってことじゃないの。・・・・・・本当に天敵ね」

「ああ。ちょっと対策がいるな。たぶんテュールにベリガルのおっさんがいるはずだし、なんかねだってみるか」

「そ」

 にやにやと嬉しそうに笑っているミケイルに、サラは呆れたため息を返すのだった。


** ++ **


「ふん」

 森を脱し、ミケイル達は安全な隠れ家にたどり着いて、サラはテュールへの移動準備のために出て行った。

 その後、隠れ家に一人で寝転がりつつ、体を休めるミケイルは、腕を見て、ち、と舌打ちを漏らした。

 教団の実験体であったミケイルが生き残ることができたのは、身体強化のおかげだ。

 だが、それだけではない。

 ミケイルが生き残れた最大の理由は、ミケイルにとって、その身体強化の魔術が、極めて相性が良かった、ということだ。

 魔術に対する相性、というのは、魔術師にとって極めて重要だ。

 相性のいい魔術は、魔力消費が少なく、また、その際に消費した魔力を回復する際の体力消費も軽くなる。

 相性のいい魔術と相性の悪い魔術を比較した場合、威力そのものに大差ないものを放つことには、苦労しない。

 だが、魔術を連発していくと、その差は顕著に表れる。

 あまり広く認識されている話ではないが、魔術師自身に、自分に向いた魔術、向かない魔術が直感的に分かるため、なんとなく通じる話だ。

 そして、身体強化の魔術は、ミケイルの体への仕込みによって、常時発動状態にある。

 そのため、ミケイルは常時魔力を消費し、それを回復することを繰り返している状態にある。

 それは、魔力回復量増大の訓練をより厳しくしたものだ。

 結果として、ミケイルの魔力回復能力は、身体強化魔術での消費量を上回るようになった。

 そのことが、ミケイルの持つ永続的な身体強化へとつながっている。

 身体強化としては異常な筋力上昇、肉体硬化、自己治癒能力の向上は、教団がミケイルに行った人体改造の副産物だ。

「・・・・・・ち」

 ミケイル自身に、この体になったことに対する悲観や後悔は存在しない。

 この体質は便利に使い倒しているし、こちらを実験動物扱いしていた教団員を、叩き潰して好きに生きられる理由ともなっている。

 あの頃のことなど、もはや過去のことだと割り切っている。

 それでも、ふと脳裏をよぎるものはある。

 かつて、人体実験の素材として、同じ牢に入れられていた、同じ境遇の、だが、生き残れなかった者たちだ。

 もし、このことを知っていれば、と思う。

 結局のところ、ミケイルに対する人体実験が一応成功したのは、ミケイル自身の才能、ともいうべきものに由来する。

 他の実験体は、どうあがいてもだめだった。

 そういう結論が出たから、ミケイル以降、同じ実験は行われてはいない。

 だが、

「・・・・・・皆に施されていたのは、俺と同じ魔術。他のやつでも、魔力回復量が追いつけば、俺と同様の状態になる可能性は高い」

 実験体の死亡は、実験の副作用と、身体強化の魔術の共鳴反応による暴走ということになっている。

 ミケイルが生き残ったのは、それが運よくいい具合で収束しているからだと。

 だが、もし仮に、実験体となった者たちに、身体強化を維持するための魔力量を補給できていれば、身体強化が弱まることはなく、実験の副作用に耐え、生き残る者が出たかもしれない。

「・・・・・・・・・・・・だせえな」

 しばらく、沈黙した後、は、とミケイルは鼻で笑った。

「俺は、運がよかったから生き残った。生き残ったから、力を手に入れた。・・・・・・それだけだよなあ」


** ++ **


「ふう・・・・・・」

 サラは、隠れ家から離れたところで、深くため息を吐いた。

 ミケイルとは、出会いに関しては、ずいぶんと古い。

 人体実験の実験体が入れられた牢に、同じように入れられていたのだから。

 だが、たまたまサラだけは人体実験を受ける前に、牢から連れ出された。

 それ以降、教団子飼いの裏組織に入れられ、様々な技能を身につけたのち、いろいろな汚い作業を請け負ってきた。

 教団がミュグラとわざわざ名をつけたものは、ミケイルだけではない。

 それは、教団員にとって、一種の到達点に至った、とする実験結果につけられる分類名でもあるからだ。

 だが、人間の実験体で、ミュグラの名を付けられているのは、ミケイルだけらしい。

「あのミーが、ねえ」

 覚えていることは、少ない。

 思い出せることなど、他と比べても一際小さい子供だった、というくらいだ。

 それが、ああなるんだから。

「時の流れってやつかしら」

 冗談めかして口にするも、笑う気にはなれなかった。

 ミケイルの補佐役の任を受けたとき、言われたことがある。


 ミケイルには、今も暴走の危険がある、ということだ。


 もしそうなれば、ミケイルの今持っている魔力量からして、被害は街一つを飲み込んでもおかしくないらしい。

 何か起こったらどうにかしろ、と言われているが、実際その事態が起これば、多分サラは巻き込まれて死ぬ。

「・・・・・・」

 どうにか逃げたい、といつも思っている。

 だが、

「放って逃げられないのは、きっと私の弱さね」

 サラは、自嘲した。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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