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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第3章:迷いの森と白い怪人
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第27話:炎の景

 炎の森からは逃れた。

 黒の森を照らす、赤の光は、既に何メートルかは向こうだ。

 熱は吹き寄せてくるが、熱い、というほどではない。

 もう魔術による制御はなく、ただ燃えているだけの火だ。

 燃え尽きるか、それでもこの辺一帯を燃やし尽くすか。

 それを気にする余裕は、モリヒトにはなかった。

 モリヒトは、傷を負っていた。

 ライトシールドの防御もなく、とっさの爆風だけで炎の中から逃れたモリヒトは、それによって木々や枝に体を打ち付け、地面に墜落し、全身に擦り傷や打撲を負っている。

 それだけではなく、ミケイルが抜いたナイフもだ。

 爆風で飛ぶ際に、体の一部をひっかけ、そこが切り裂かれたのを感じた。

 どこに打ったか、頭からも血が流れ、左腕は折れている。

 足には相変わらず力が入らない。

 荒く息を吐いたモリヒトは、ミケイルを見上げる。

 煤が体について、焦げている。

「間違いなく良い手だった。ぶっちゃけ、誰が相手でもどんな場面でも、あの手はある程度は刺さる手だ」

 ミケイルが何か言っている。

 息を吸っても、喉が痛くて酸素が吸えない。

 目はぼやけ、耳は遠い。

 それからも、何事かをミケイルは言っているようだった。

「殺す」

 それだけが、はっきりと聞こえた。


** ++ **


 炎には、いい思い出がない。

 レッドジャックをセイヴからもらっておいて、炎の魔術を多用しておいて、その上で言うのもなんだが、モリヒトは火にいい思い出がない。

 住処を失ったの火事だった。

 あの火事から、父もいなくなった。

 炎の明りを背負いながら、黒い森の中、こちらを見下ろすミケイルに、モリヒトは、何かを、思い起こした。


** ++ **


「ふむ・・・・・・?」

 山頂。

 洞の中にあって、黒は下界の気配を感じ取る。

 そうして、黒は洞の外へと出る。

「いかがなされました?」

 小屋に残っていた、守り番役の巫女が、黒に向かって首を傾げた。

「何、下で騒ぎがあるようであるな」

「はい。先ほど、大規模な炎の魔術の行使を確認しました。例の不届きものと戦闘となったものかと・・・・・・」

「モリヒトである。それはそう感じ取れた」

「それは・・・・・・」

 黒の断言に、巫女は口元に手を当て、眉を顰める。

「必要ないと思ったが故、モリヒトには教えていないことがあるのだが・・・・・・」

「? 何をでしょうか?」

「何、大したことではない」

 言いながら、黒が上へと腕を振り上げる。

「何を?」

「雨雲を呼んだ。あの火が、森に回っても困るのでな」

「ああ・・・・・・」

 なるほど、巫女は頷く。

「これこのようにな。真龍は、ある程度、地脈の上にある自然を操れる」

「・・・・・・?」

「先ほどの、モリヒトに説明していないことだ」

「ああ」

 黒がこれをモリヒトに説明しなかったのは、

「モリヒトにあるのは、あくまでも真龍の一部を受けた影響による、魔力吸収体質のみであったのでな。これはできんと思ったから、教えなかったのだが・・・・・・」

 ふむ、と黒は唸った。

「どうされました?」

「いや、炎が上がっている辺り、どうも我の領域から外れている」

「え?」

「・・・・・・見誤ったか」

 山頂広間の縁に立ち、黒は眼下を見下ろす。

「さて、何が起きるやら・・・・・・」

 吹き上がった炎が渦を巻こうとしているのが見えた。

「・・・・・・あの炎、魔術でしょうか?」

 傍らの巫女の一人が声を挙げた。

 確かに、炎の動きとしては、あまりにも不自然な動きだ。

 だが、黒は首を振る。

「否。あれは、自然の炎の動きだ」

 渦を巻く。

 その炎の中央が天を衝くように立ち上がり、まるで蛇の、いや、竜の首のように、うねった。

「!」

 周囲、巫女たちが息をのんだ。

 首をもたげたその炎は、そこから、眼下の森へと炎を吹き付けたのだ。

「やれやれ。これは、思ったよりも大火事になるやもしれんな」

 巫女たちの焦燥を他所に、黒はそう嘆息するのだった。


** ++ **


 モリヒトの意識はもうろうとしていた。

 熱から遠ざかったはずなのに、熱を感じる。

 それが、炎から来るものなのか、怪我から来るものなのか、判別がつかなくなってきている。

「・・・・・・まずい」

 モリヒトの冷静な部分は、そう言っていた。

 明らかに、自分の体が危険な状態になりつつある。

 感覚が薄れてきている。

 奇妙な寒気すら感じる。

「・・・・・・・・・・・・」


<だめだねえ>


 モリヒトの耳が、確かにその声を聴いた気がした。


<こんなところで、死なれたら困る>


 炎を見た。

 夢を見る。

 いつも、炎に炙られて消える、夢がある。

 住んでいたアパートが火事になった時、モリヒトはそのアパートにはいなかった。

 飲んだくれた父だけだったはずだった。

 アパートに入る。

 ゴミだらけのそこ。

 片づけながら、ゴミを拾いながら。

 モリヒトの住んでいたアパートは、ボロとはいえ、二部屋あった。

 父は奥の部屋を占領し、モリヒトは手前の部屋で生活していた。

 そこが生活スペースでもあって、モリヒトは狭い領域で暮らすことを余儀なくされていた。

 夜寝ている時でも、父が起き出して出かければ踏みつけられることもあり、部屋の隅で眠るようになった。

 家の外で過ごすことが多くなったのも、荷物や財産を家の外で管理するようになったのも、ある種の必然ではあった。

 家の中に金を置いておけば、父が持ち出して酒に変えてしまう。

 だから、いつも通帳もハンコも自分で持ち歩いていた。

 必要なものは、必要になる都度引き出すようにしていた。

 そういう生き方をしていたから、学費とかの大金で必要なものは、別に暮らしていた母に、すべて預けていた。

 父と話をしなくなってから、どの程度経ったか。

 父と顔を合わせても、互いに見ないふりをする毎日だった。

 そんな環境の中で、自分が母のところに住みつかなかった理由は何だったか。

 母は、違う街に暮らしていた。

 母の下に行けば、今住んでいる場所から離れることになる。

 それを忌避した理由があった。


 その答えは、夢の最後、覚えていないあの場面にある気がする。


 そうだ。

 あの日は、確か通う予定になっている高校で、奨学金やらなんやらの説明を受けていた日だった。

 不自然な何かを感じたのは、家の扉を開けた時だった。

 靴が一つ、多かった。

 家へ入った。

 火が、燃えていた。

 ガソリンの匂い、焼ける音。

 その傍らに、父が立ち尽くしていた。


<大丈夫。わたしがいる>


 モリヒトは、意識を失った。


** ++ **


 炎が周囲を焼いている。

「ち!」

 舌打ちとともに、ミケイルは腕を振るった。

 その腕が、飛び込んできていた炎を払う。

 腕を焼く熱に顔をしかめつつ、ミケイルは周囲を見回す。

 いつの間にか、森の様相が一変している。

 炎のまわりが早い。

 周囲の木々が、いつの間にか火に包まれている。

 先ほど脱した炎の森が、そのまま追いかけてきたようでもあった。

 そんな中で、モリヒトが動かない。

「・・・・・・死んだか?」

 ぴくりともしないのに、そう感じたミケイルがつぶやくが、

「・・・・・・いや、まだだな」

 自分の体の感覚で分かる。

 身体強化は弱化し続けている。

 近づいたことで、身体がどんどんと弱まっているのを感じる。

 このままだと、ミケイルと言えど、炎に巻かれて死ぬか、身体改造の副作用で死ぬかのどちらかだ。

 時間がない。

 だが、

「ああ?」

 炎が、立ちふさがる。

「魔術か。・・・・・・じゃあ、ねえよなあ?」

 おかしい。

 周囲に残る火は、モリヒトが起こした魔術が、森の木々に燃え移ったものだ。

 それが、まるでミケイルに敵対するように、モリヒトを守るように、動いている。

「どういう手品だ?」

 襲い掛かってくる炎は、腕を振るえば払える程度のものだ。

 やはり魔術の炎ではない。

 だが、

「くそ、近づけねえ!!」

 モリヒトと隔てるように、炎の壁が立ちふさがる。

「誰だ!? 誰かいやがるな?!」

 こんな不自然な現象は、魔術でなければ起こりようがない。

 モリヒトに動いている素振りがない。

 そうである以上、誰か、別の誰かがいる。


<帰れ。今は、お前の相手をしてる場合じゃない>


「あ?」

 炎が、立ちふさがる。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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