第24話:待ち伏せの策略
「放っておけねえ」
ミケイルのその言葉に、サラは首を傾げた。
「何のことかしら?」
「あの、モリヒトってえ、男だ」
にぎにぎと自分の右手を曲げ伸ばしする様を眺めつつ、ミケイルは言う。
「・・・・・・あれは、間違いなく、俺の天敵だ。放っておけねえ」
ベリガルとの通信を終え、ミケイル達は今後の方策を練っていた時だ。
大方の方針は、一回ちょっかいをかけての撤退。
そこまでは、ベリガルと話している間に、ミケイル自身が出した結論だ。
サラとしては、必要のないちょっかいだけに、ミケイルの気まぐれに付き合う徒労を感じていた。
それが、身体を休めている合間に、いきなりミケイルは真剣そうな調子でつぶやいた。
確かに、夕食を摂り終えた後、身体を休めている間も、なにがしか考え込んでいたとは思ったが、いきなり、こんなことを言い出した。
「・・・・・・仕留めに行く、ということ?」
サラは、唐突な方針の変換に、ミケイルへと確認を取る。
「ああ。最低でも、動けなくする」
はっきりと、ミケイルが意思表示をしたことに、サラは戸惑い、素直な気持ちを口に出す。
「意外ね」
「あ?」
「貴方、戦闘好きじゃない」
「そうだが?」
「強敵になりそうな相手だっていうのに、あんまり嬉しそうじゃないわね」
「・・・・・・」
「それに、見る限り、あのモリヒトって男は、立ち回りが完全に素人。・・・・・・今は、そんなに強い相手でもない」
「まあな」
「天敵だとしても、今の彼を相手に戦闘が楽しめるはずもない。・・・・・・なぜ仕留めるというの?」
あのモリヒトは、単体での戦闘能力は低い。
軽くちょっかいをかけるだけなら、遠くから矢を射かけるだけでもいい。
でも、仕留めるとなると、その難易度は跳ね上がる。
モリヒトの周囲は、クリシャとテュールの巫女が固め、さらには森守や帝国軍にも護衛されている。
おそらく、あの一団の中では一番仕留めるのに労力がいる。
サラとしては、できれば、避けたいことだった。
「・・・・・・いやか?」
ミケイルの問いに、サラは臆することなく首肯する。
「今、このタイミングで仕掛けるのは、ことの難易度を上げるだけ。いずれ仕留めるにしても、今じゃない方がいいわ」
「そうだよなあ・・・・・・」
がしがし、とミケイルは自分の頭をかいた。
「何より、あの男が貴方の天敵だというのが、私には気にかかる」
「あ?」
「あの男が貴方を倒せなくても、近くにいるだけで貴方の戦闘能力を奪ってくる。その状態で、精霊姫やテュールの巫女なんかを相手にするのは、リスクが高すぎる。・・・・・・私は貴方の補佐だけど、護衛でもある。無駄な危険は犯してほしくないわ」
サラの言うことを聞いて、ミケイルは、わずかに視線を逸らした。
「仕留める、というなら、この森から離れてからでも問題ないはず。それこそ、あの男がテュールに帰ってから、というのも手よ? 森の中より、街中の方が私は得意よ? いくら何でも、城に引きこもる、ということもないでしょうし、たとえそうだとしても、テュールの城なら忍び込む手段はいくらでもある」
「言ってることは、わかる。わかるんだよなあ」
ミケイルとしても、わかってはいるのだろう。
この森の中では、ミケイルは存在感を示しすぎた。
警戒が厳しくなっている現状、襲撃はリスクにしかならない。
仕留めることを目的とするなら、サラの言う通りにするのがいい。
そこまでは、わかっている。
だが、
「放っておくのが嫌だ」
「いやだって、子供みたいな・・・・・・」
サラは、はあ、と呆れのため息を吐く。
「そんなことで・・・・・・」
「あいつは、嫌いだ」
「・・・・・・なぜ?」
天敵、という相手なら、確かに嫌がるだろう。
常人の感性なら。
だが、ミケイルは、体質も影響しているだろうが、そもそもが戦闘好き。
天敵、という存在は、むしろ望むところではないのか、とサラは疑問に思う。
「手ごわい相手よ? 貴方、そういう手合いを求めていなかった?」
「・・・・・・」
ミケイルは、頭をかいている。
「なんだろうなあ? あいつは、俺が求めている強敵とは違う」
「どういうところが?」
「分からん。言葉にできん。とにかく嫌いだ。だから早めに仕留めたい」
「わがままな・・・・・・」
はあ、と、サラは、もう一度ため息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・まあいいわ」
「お?」
「貴方のやりたいことを補佐するのが私の仕事だし」
「おお!」
ミケイルも、自分が無理を言っている自覚はあったのだろう。
サラが受け入れてくれたことで、嬉しそうな声を挙げた。
「よっしゃ! じゃあ、頼む」
「頼むって・・・・・・」
「仕留めるのは俺がやるからよ。あいつを引き離せねえかな?」
「一番難しいことを言うのね?」
「・・・・・・あー」
顔をしかめたサラに、む、とミケイルはちょっと考えて。
「お、そうだ!」
ぽん、と手を打った。
「何よ?」
「あいつらよ。どうやって山を下りると思う?」
「どうって、登ったところを下りてくるんじゃないの?」
サラは言う。
実際、今休息のために使っているこの場所も、麓に帝国軍が張った、調査機材を置かれたキャンプからそう離れてはいない。
「それよ」
ぴ、とミケイルがサラを指さす。
「俺らがこの森に陣取ってから、山から森の中に滑り降りてる連中いたろ」
「・・・・・・ああ、いたわねえ」
「俺らが仕込みしてた場所から離れてる。モリヒトを安全に下ろすとすれば、そっち使うとは考えられねえか?」
「・・・・・・ふむ」
言われてみれば、とサラは考える。
あの登山道をそのまま降りてくるより、素早くおりてこれる上に、森の中を通る必要もなく、結果として、奇襲の可能性も減らせる。
「確かに。それはあるわね」
「降りてくるルートは分かってる。あっちは、俺達が今どこにいるかつかめてない上、俺達がもうこの森で何かをしようにも、小細工が品切れしてることに気づいてねえ」
「だとすると、あの領域を警戒するのは、当然よね」
「そこを避けるのは、ない話じゃねえってことだ」
にや、とミケイルは笑った。
「見える位置を張ろう。あの仕組みだ。一人ずつしか滑り降りられねえ。一人になるから、吹っ飛ばせれば切り離せる」
「なるほど。成算は高い。・・・・・・ありね」
サラも頷いた。
「だとするなら、移動しましょう。いつになるか分からないし、仕掛けるのに都合のいい場所を取らないと」
「おう」
ふと、ミケイルはもう一つ、悪だくみを考えた。
「ついでだ。仕掛けをしておこう」
「? 小細工は品切れでしょ?」
「だが、何かをやっているように見せかけるだけなら、今ある材料だけで十分だ」
そこらの枝を折って、多少の刻みを入れ、
「サラ、そこに落ちてる骨よこせ」
「はい」
たまたまそこにいたので仕留め、食料にした獣。
その骨を適度に飾り付けた後で、地面から土をほじくり返して、全体を包むようにする。
最後に布を巻く。
「・・・・・・何? その不格好なたいまつ」
サラが言った通りのものが出来上がっている。
「移動の準備は?」
「あとは、野営の痕跡消しね」
「じゃあ、それはそのままでいい。どっち行ったかだけ攪乱してくれ」
「ええ」
たいまつもどきを地面に刺し、
「魔力を通す」
しかし、何も起こらない。
「・・・・・・それで、何が変わるのよ」
「発動体でもなければ魔術具でもない。だが、この森の素材を集めて作ったものだ。魔力の保有量としては十分」
それに、別の魔力を多量に注ぐとどうなるか。
「離れるぞ」
「ええ・・・・・・」
二人は、その場を離れる。
「で? あれで何が起こるの?」
「魔力を多量に含んだ物質に、別性質の魔力を多量に注ぎ込むと、素材の内部で魔力が飽和して変質を起こす」
「ふむ」
「前にベリガルに教えてもらったんだけどな。魔力に敏感な敵をかく乱するために、そこらにあるものを集めて、魔力を注ぐと、一時的な身代わりにできるんだと」
「それは分かるけれど」
「ただ、もともとものに含まれている魔力と干渉すると、魔力は変質する」
「・・・・・・どういうこと?」
「で、その変質を起こした魔力は、明らかな異物となって、周囲に影響を誇示するようになる、とかなんとか」
それが、囮として目立つ。
ベリガルからは、注意事項として言い渡されていたものだ。
ミケイルは、体質的に常時魔力を使用している状態のため、注意しておかないと、魔力の伝導性の高い物体に触れた際に、無意識的にでも魔力を流し込み、痕跡を残しかねない。
その点に関しての注意事項として、魔力を制御することを言い含められていたのだ。
今は、それを逆に利用する。
「ここに派手に残しておけば、絶対にやつらはここを調べに来る」
「・・・・・・ふむ」
サラは一つ頷くと、そのたいまつもどきの周囲の地面を掘って、何かを仕込んだ。
「トラップか?」
「いいえ。しばらくしたら、ここの痕跡ごとまとめて爆破するように仕掛けただけ。タイミングによっては、トラップになるかもしれないけれど」
ちょうどいい攪乱になるだろう。
「じゃあ、貴方は、先に移動しておいて。私は、逆方向に移動した痕跡を偽装してから行くから」
「分かった」
そうして、逆方向へと目を引き付けた二人は、サラの狙撃によってモリヒトのぶら下がる紐を切断し、ミケイルが直接殴り飛ばして、モリヒトを森の中へと吹き飛ばしたのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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