第1話
冷蔵庫にあったプリンがなくなった。プリンは全部で10個あった。
高校2年生の友則が、昨日の下校途中に現在交際中の彼女から北海道旅行のおみやげにともらったのだ。
昨日、彼女からプリンをもらったと自慢げに話した友則は、1つずつ食べてもいいよと家族に伝えた。
友則の家族は、友則を含めて6人。祖父と祖母。父と母。友則と妹である。
友則はその日のうちにプリンを1個食べた。
プリンは耐熱ガラスに入っており、ソフトプラスチックの蓋がしてある。自然素材のみで作られた無添加のプリンは、濃厚な牛乳と卵の味がして、多少の弾力があり、舌の上で崩れていく触感と同時に甘さが口の中に広がり、とてもおいしかった。
友則から話を聞いた家族は、彼女と仲の良い友則を冷やかしながらも、滅多に食べれない北海道産のプリンに心を躍らせて、それぞれが友則に礼を言った。
これが昨夜の話。
そして今朝。友則は朝ご飯のあとにプリンを食べた。
その時は、まだ箱にプリンが8個あった。家族は誰も食べていないのだ。
その後、妹が起きてきて友則の目の前でプリンを食べた。妹は中学生でクラブの朝練習で誰よりも早くに出掛けるため、友則がテレビを観ているうちに、手早く支度をして学校へ向った。
冷蔵庫のプリンは、その時7個残っていた。
その次に父が起きて来た。父が朝食を食べている時に、友則は家を出た。
友則は昨日と今朝でプリンを2つ食べた。妹は1つ食べている。単純に計算しても、本日中に家族全員がプリンを食べれば、残りは3個になる。なのに、友則が高校から帰ってきて冷蔵庫を開けた時、プリンは1つも残っていなかった。
友則は冷蔵庫を覗いて愕然とした。冷蔵庫の中には、プリンが入っていた箱がある。しかし、箱の中はプリンが1つもないのだ。あるのは、プリンについて記された説明書のみ。
友則は、箱の底にあった説明書を見た。
説明書には、北海道の環境や卵と牛乳などの自然素材のみで作られたプリンが、いかにおいしいかが記されている。
彼女からもらったプリンがなくなってしまった一大事の時に、悠長に説明書を読んでいる場合ではない!
友則は、説明書を箱に入れてから、冷蔵庫を閉めた。
「お袋。プリンが無い! 全部無い!」
友則は、隣の居間でのんびりとテレビを観ていた母親に言った。
母親は韓流ドラマを観ていた。邪魔をしないでとばかりに、振り返って不快な表情を友則に向けた。
「プリンの事くらいで、騒がないでよ。テレビの声が聞こえないじゃない」
「お袋。プリン、いくつ食べた?」
友則の質問を聞いた母親は、体の向きを変えてテレビに向き直る。テレビを観ながらぼそりと答えた。
「まだ1つも食べてないわよ。朝から忙しくて、プリンを食べる暇なんて無かったわよ。このドラマが終わったら食べようと思っていたのに」
母親の体重は83キロ。甘いもの好きな母親が「まだ1つも食べてない」という証言は怪しい。
友則は、祖父と祖母がいる居間にも行った。
祖母もテレビを観ていた。祖母が観ているのは録画した時代劇だった。祖父も将棋の雑誌を読みながら一緒にテレビを観ている。二人の前にあるちゃぶ台には、空になったプリンの耐熱ガラスの容器が二人分あり、容器の中に使用済みのスプーンが入っていた。