情勢のいろいろ
元々、この大陸は十に分裂していた。
北方の覇者、ライオス帝国。
ライオスの従属国である島国、ワダツミ諸島連合。
同じく従属している芸術の国、ジュノバ公国。
穏やかな気候をした農業の国、メイルード王国。
森の中に佇む林業の国、アリオス王国。
岩山に囲まれた鉱山の国、ウルスラ王国。
宗教に支配された戒律の国、フェンリー法国。
歴史だけは長い小国、ユーリア王国。
西方を支配する商人の国、サルドペル共和国。
そして、南方の支配者である我らがガーランド帝国である。
だが現在、その大陸地図は大きく変わった。
アリオス王国、メイルード王国、ジュノバ公国の領地は現在、ガーランド帝国が支配している。そしてライオス帝国との最前線は限りなく中枢まで迫っているし、ウルスラ王国との戦いは佳境を迎えている。加えて、フェンリー法国もまた虫の息だ。
このまま上手くいけば、少なくともウルスラ王国、フェンリー法国の二つはガーランドの支配下に置かれるだろう。
このまま、上手くいけば。
「……今度は、サルドペル共和国が動いたってか」
「ええ。先程聞いた情報ではありますが……現在、サルドペルとフェンリーの国境付近に、兵を集めているそうです。その数は、軽く十万ほど」
「……マジかよ」
野営地。
ウルスラ王国との局地戦を終え、とりあえずこちら側が優位の状況で戦争は進んでいる。ゴーガン湿地帯を抜けて、次は岩山に囲まれたウルード峡谷――ウルスラ王国とガーランド帝国にまだ親交があった頃、街道として使われていた峡谷へと侵攻していた。
左右を切り立った崖に囲まれた、狭い峡谷だ。しかし以前の竜尾谷と比べて、崖の上にはウルスラ王国からも容易に進軍することができない。そのため、高地の優位をとられることはないだろう。
つまりこれから行われる戦いは、狭い峡谷での正面からのぶつかり合いだ。
ウルスラ王国を相手にするだけなら、だが。
「ふむ。まさか西方の雄が動き始めるとはのぅ」
「ウルスラを制圧しても、その後またすぐに戦争になるんじゃねぇの?」
「ああ……まぁ、ウルスラとフェンリーは、ほとんどサルドペルの従属国みたいなもんだからな」
大陸地図を地面に書いて、俺はナッシュ、グランドに対してそう述べる。
サルドペル共和国は、元の国土だけで言うならばガーランドを超える強国だ。大陸では唯一の共和制国家であり、大統領の下で民主主義が行われている国だそうだ。
そして何より、その国としての大きさのみならず、サルドペル共和国が最も強大である理由が、その動かしている金貨の桁である。恐らく、国単位で見ればガーランド帝国とは桁が二つほども違うはずだ。
大陸全土に広がった販路と、潤沢な資金を持つ商人の国。
それが、サルドペル共和国である。
「サルドペルかぁ。正直、どんな国かよく知らんのぅ」
「商人の国、と揶揄して呼ばれることも多い国ですね。全ての物資はサルドペルに一度集まり、全ての国に分配される、とも言われます」
「資金力があれば、それだけ兵も集められるのぅ。そりゃ恐ろしいわ」
「んだな」
はぁぁ、と溜息しか出てこない。
既に、季節は秋になっている。とりあえず上層部の意見としては、冬になる前にウルスラ王国、フェンリー法国の二つを落としておきたい考えだそうだ。
だが、ウルスラとフェンリーの後ろ盾は、その背後に控えるサルドペルだ。正直、冬になる前に決着がつくイメージが全く湧かない。
「まぁ、とりあえず俺たちは峡谷を抜けて、ウルスラ王国の王都を落とすだけだ」
「しかし恐らく、サルドペルはすぐに動くでしょうね。それこそ、ウルスラの王都をすぐに奪還して、そのままサルドペルの一部にしそうです」
「暫くウルスラ王国に滞在せよ、みたいな命令出るかもな。おいおい……また長いこと帝都に戻れねぇんじゃねぇの?」
「そうなりそうですね」
前途多難だ。
俺、この秋には子供が生まれるだろうから、そろそろ帰りたいんだけど。いや本当に。というかほんと、金とかもういいから除隊したい。
どうして俺、除隊を申請してから今まで一年半以上、こんな風に戦ってんだろう。
「そういえば隊長」
「うん?」
「お子様の名前は、決まったのですか?」
「ああ……まぁ、一応。まだ、仮決定段階だけどな」
「差し支えなければ、聞かせていただいても?」
「……笑うなよ」
レインの質問に、一応そう言っておく。
しかし俺の質問に対して、レインは心外だとばかりに眉を寄せた。
「隊長。レインも、笑っていいことと悪いことの区別くらいつきますよ」
「……そうか?」
「レインは、隊長が悩んでいたことを知っています。始めて人の親になる人間が、その子に初めて贈る名前ですから。レインは、それだけの想いの込められた名前に対して、笑うような恥知らずではありませんよ」
「……」
まぁ、悩んだ。本当に悩んだ。
どんな名前がいいんだろう、と朝まで寝られないくらいに悩んだ。
それこそ四六時中、戦場を走っているときにもずっと悩んでいた。
「ああ……まぁ、俺は産まれてくる子供が、男なのか女なのか分からないんだが」
「ええ」
「男の子ならクッキー、女の子ならプリンだ」
「……」
レインに、今のところ仮決定している名前を告げる。
やはり、子供に贈るべき名前というのは、誰にでも愛されるものでなければならない。そして、愛されるべき祝福の名前を考えているうちに、俺は一つの結論に辿り着いた。
誰にでも愛されているもの――それは、お菓子だ。
だったら、お菓子の名前を子供につけたら、その子は誰にでも親しみを持たれる愛される人物になるのではないか、と。
ゆえに、そう仮決定したのだが――。
「のう隊長」
「おう、どうしたグランド」
「そいつは犬の名前か?」
「殺すぞ?」
人が必死に考えた名前に、何言ってんだこの野郎。
犬じゃねぇよ。これから生まれてくる、俺の大事な大事な子供の名前だよ。
まったく。
そう思いながら、レインを見ると。
「……ああ、すみません隊長。思わぬ事態に少し放心しておりました」
「どういうことだよ、レイン」
「それで、犬の名前は良いので子供の名前をお教え願えますか?」
「お前もか!」
俺が一生懸命考えた名前なんだよ!
犬の名前とか言ってんじゃねぇよ!!




