名付けを考える
「ほほう。それじゃ産まれてくる子供の名前を、隊長が決めることになったのかい」
「そりゃ責任重大じゃのぅ。名前というのは、親が子供に最初に贈るものじゃからなぁ」
「だから悩んでんだよ……」
はぁ。
大きく溜息を吐きながら、俺は隣にいるグランド、ナッシュの二人に対してそう言う。
実際、ここ何日もずっと悩みっぱなしなのだ。何せ名前だ。今後の人生全て、俺の子供が背負う名前である。
だから、良い名前を考えたいのだけれど、学のない俺にはどんな名前をつけていいか分からないのだ。
「つーわけで、何か候補とかねぇか? もう俺、考えすぎて寝不足なんだよ」
「ふむ。安直じゃが、より幸せになれるであろう名前をつければどうじゃ? 名前に意味を持たす形じゃの」
「ほう」
「例えば副官のレインちゃんじゃが、『レイン』という言葉は古語で『祝い』という意味を持つ。お前さんの知り合いにも、レインベルとかレイナとかおるじゃろ。あれは大抵、『祝いの』という枕からなる言葉じゃ」
「ほー。レインそんな意味だったのか」
「ちなみに、儂の娘はユミールというが、これは古語で『創造』の意味を持つ言葉を、ちょいともじった感じじゃの」
「ふーむ……」
なるほど、と頷く。
確かに、名前に幸せになれるような意味を込めるというのは、子供への最初の贈り物っぽい。
今後の人生における、子供の幸せを祈るならば、そういう風に名付けるのが一番だろう。
「だが、下手にこじらせん方がいいぞ」
「ナッシュ、どういうことだ?」
「妙な名前はつけない方がいいってことだよ、隊長。中にはいるんだわ、『我が子に世界で唯一の名前を』とか考える奴がよ。そういう奴は大抵、こじらせた結果変な名前をつけたがるもんだ」
「マジか」
ナッシュの言葉に、思わず眉を寄せる。
何せ俺、そういう方向で考えていたのだ。
そりゃグランドの言うように、幸せとか祝いとか創造とかそういうプラス方向の意味を持つ名前をつけたら、確かに子供の幸せを祈ってる感じはすると思う。
だけど、同時にそういう名前ってめちゃくちゃ多いのだ。それこそ俺、知り合いにレインって名前を持ってる奴何人もいるし。確か、『遊撃隊』のアンナの下にも一人、レインって名前の奴がいたと思う。
だからつけるなら、もっと凝った名前の方がいいかと考えていたのだが。
「ああ。俺の息子の嫁が、そのタイプでなぁ」
「ナッシュの子供も結婚してたのかよ」
「そりゃ、俺ももう五十路だからな。孫も三人いるっての」
「マジかよ」
「だがなぁ……最初の孫が、ジジイの俺にはなかなか覚えらんなくて困ったもんだったわ」
「……そんなに変な名前なのか?」
隣で、大きく溜息を吐いているナッシュ。
グランドも初孫がいるし、ナッシュにも孫が三人いるし、『切り込み隊』の平均年齢やばくないだろうか。まぁ、五十路のくせに最前線で未だに戦える二人がおかしいのかもしれない。
「そうなんだよ……俺の初孫、男の子だったんだがな」
「ああ」
「ウィンフレードニクスオンザゲイルだ」
「……」
「ウィンフレードニクスオンザゲイルだ」
「二回言わなくてもいい」
ウィンフレードニクスオンザゲイル。
とりあえず繰り返してみたけれど、やばい。三秒後には忘れてる気がする。
「……意味聞いてもいいか?」
「『勝利の剣は夜風と共に歩む』だそうだ」
「意味すら分かんねぇんだけど」
「もう俺、全部呼ぶのが面倒だからいつもウィンくん、って呼んでるよ」
まぁ、そうなるだろうとは思う。
さすがにナッシュの孫ほど長い名前をつけようとは思っていないけれど、俺もちょっと間違ったらそんな名前をつけていたのかもしれない。
ウィン……ああ、駄目だ。もう忘れた。
「最初は『ウィンくん』と呼びたくて、最初をウィンにしようと思っていたらしい。最初に聞いたときの候補は、ウィンフレードくんだった」
「……それでいいじゃねぇか」
「そこで俺の息子が何を血迷ったのか、さらに続きをつけやがったんだ。最近は平民のくせに、姓持ちの貴族みてぇに自己紹介してら」
「……そうなるだろうなぁ」
ウィンフレードうんぬんよりは、ウィンフレード・うんぬんの方がまだ分かるだろう。
まぁあくまで、どこで区切るかは本人の自由だし。
「なるほどなぁ」
「まぁ、名前を決めるのも一苦労よ。隊長も、存分に苦労するがええわ」
「だが、自分が名付けた子供の名前を呼ぶのは、良い気分だぞ。俺も初めて娘が生まれたときには、何回も意味もなく呼んじまった」
「まぁ、参考にさせてもらうわ」
ぶっちゃけ、何の参考にもならなかったけれど。
それでもまぁ、名付けはそれだけ苦労すると分かった。また今夜も、紙を前にうんうん唸ることだろう。
ジュリアが気に入るような名前を、ちゃんと考えないと。
「あのぉ、隊長」
「うん? どうしたマリオン」
「その……物凄くほのぼのした空気ではあるんすけど」
「ああ」
俺の後ろから声をかけてくるのは、マリオンだ。
その声音に、若干の呆れを混ぜて。
「今、戦争中ですよね?」
「そりゃそうだろ」
ざしゅっ、と俺の振るう斧が目の前の敵兵を切り裂く。
そもそもナッシュとグランドも、俺の隣で槍を振るいながらだ。俺たち『切り込み隊』は、常に最前線を走るのだから。
遭遇したウルスラ王国の部隊とこうして戦いながら、突破しようとしている状況である。
「……そんなに余裕なんすか?」
「戦争なんて、基本的に手足を動かしときゃ済むからな。頭と口は暇なんだよ」
「じゃのう。こういう集団戦は、さほど考えることがないからなぁ」
「まぁ、考えずに済むのも嬢ちゃんの指揮のおかげだけどなぁ」
先頭を走る俺、ナッシュ、グランドたち最前線の部隊は、とにかく目の前にやってきた敵を倒すことに集中するだけだ。
大局はレインが見てくれているし、後退すべき状況になれば教えてくれる。一枚下がれ、という合図は基本的にレインが出してくれるのである。ちなみに、一枚下がれの指示が出ても、俺だけは下がらずにマリオンを後ろに置いたままだ。
「ん……敵の勢いが弱まったな」
「後ろで退却を始めておるのう。まぁ、向こうさんは哨戒部隊のようじゃし、本格的に戦うつもりはないんじゃろうな」
「ま、退却してくれるならそれがいい。誰も死なないのが一番だからな」
「じゃのぅ」
ふぅ、と小さく息を吐いて軍の動きを止め。
そして、折り重なる屍を踏み越えて。
どんな名前つけようかなぁ、と。
未だに悩み続けていた。




