帝都への帰還
夏になった。
結局、ここに至るまで俺たち第三師団『切り込み隊』がやってきたのは、穴掘りだけだった。時々ライオス帝国軍と諍いが起こることはあったみたいだけれど、ほとんど第一師団や第十師団だけで事足りたらしい。
何せ、こちらにはおそろしく広く作った空堀がある。
下手に落ちたら上がってこられないほどに深く、そして対岸まで数メートルあるという空堀だ。そして、こちら側は空堀から少し離れた塹壕に第十師団――十字弓の扱いに長けた者が潜り、適宜空堀の向こうにいる敵軍に矢を仕掛けるだけだったとか。
結局、敵軍は空堀を攻略することができずに退却したらしい。
まぁ、今後は向こうも空堀への対策を立てるだろうけれど、とりあえず現状上手くいっている。
正直、総将軍の作戦が上手くいくって信じられない部分が多いけど、上手くいってるのだから仕方ない。
そして、夏になって俺たちがどうしているかというと。
「はー、ようやく帰れんのか」
「そっすね」
つい先程、俺とレインから後任――第六師団へと引き継ぎをしてきたところだ。
結局、春先いっぱいをかけて俺たちは空堀と塹壕を掘り続けた。そしてようやく盤石の体制になった、という段階で交代である。
もっとも、ここからは第四師団から第八師団までの四師団が、野戦砦の建設を行っていくらしいから、どっちもどっちだ。ちなみに現状第五師団は解体されているため、第四、第六、第七、第八の四師団である。
そして俺たちは、ようやく帝都への帰路につくこととなった。
「戦争に出向いた感じがしねぇな」
「んだのぅ。わしら、土木業者ではないぞ」
「オレもマメできてますよぉ。めっちゃ痛いっす」
結局俺たち第三師団がまともに戦ったのって、最初の一戦だけだった。
それも俺が一生懸命綱を引いて、敵軍を足止めしたアレだけである。グランドの言う通り、他はほとんど土木業者のように穴を掘っていただけだった。
まぁそれでも、ようやく戻れるのだ。戻れることを喜ぼう。戦争終わんねぇけど。
「隊長、帰還準備できました」
「よっしゃ。それじゃグランドを先頭に、全員進軍。俺が殿を務める」
「うす」
俺の指示に、そう頷くグランド。
行きは『切り込み隊』が先頭を行くが、帰りは『切り込み隊』が殿を務めるのが流れだ。仮に後ろから襲撃があってもいいように、いつでも戦える部隊を最後方に置いているのである。
そしてこういう一時撤退の場合には、俺が部隊の最後で備えるのも、いつものことだ。
「では隊長、お願いしますね」
「おう。まぁ、特に道中何事もねぇだろうがな」
ちなみに、そんな部隊の最後方というのは、つまりレインと一緒なわけだが。
レインは基本的に、部隊の後ろで全軍を睥睨して指示を出す必要があるため、常に最後方にいるのだ。
「んで、戻ったら一旦休暇か?」
「ええ。一応、全軍に三日間の休暇を与えられています」
「三日か。短ぇな」
「さすがに、隊長が故郷に帰る時間はなさそうですね」
「頑張れば一日は過ごせる」
「……さすがにそれは、頑張りすぎでは?」
とりあえず、少し計算してみる。
休暇を与えられる前日の晩から走れば、翌々日の朝には到着してくれるだろう。そこからジュリアといちゃいちゃしながら過ごして、その日の夜に出発すれば、休暇が終わって翌日の朝には帝都に到着できるはずだ。
俺の体がめちゃくちゃしんどい以外は、何の問題もない。
よし、ジュリアといちゃいちゃするために帰ろう。
「まぁ、隊長がそれで良いなら止めませんが……」
「だが、休暇が終わったらどうなるんだ? また訓練の日々か?」
「そうなりますね。ガーランドは現状、ライオス帝国以外との戦線については維持し続ける方向みたいですので」
「まぁ、そりゃいい報告だ。さすがに、このまま他の国に攻め込むとか言い出したら、総将軍の頭を疑うところだわ」
「ウルスラ王国あたりは、こっちに茶々を入れてきそうではありますけどね」
ウルスラ王国――それは、ガーランド帝国の西にある国の一つで、国境を隔てている。
そして、同じく国境を隔てているもう一国――フェンリー法国と同盟関係にあり、どちらもガーランドを仮想敵国としているのだ。そのため、関係性はあまり良くない。
現状、ライオス帝国との最前線に兵力を集中させているガーランドに、攻め込んでくる可能性は確かにゼロではないだろう。
「ただ、西の二国については現状、放置でも問題ないと思います」
「そうなのか?」
「ええ。ウルスラ王国に対しては、ユーリア王国の方が牽制してくれています。仮にウルスラがガーランドへ宣戦布告してきた場合、ユーリア王国も動いてくれますから」
「なら安心だな」
ユーリア王国。
それはガーランドと国境を隔てる国で、唯一友好関係にある国だ。既に十年以上にも及ぶ同盟関係を築いており、そしてウルスラ王国とも国境を隔てている。
ユーリア王国自体は小国だけれど、ガーランドの属国のような扱いであるためにウルスラもなかなか攻めることができず、小康状態にあるのだとか。そしてユーリア王国は兵の数こそ少ないものの、『ユーリア機動兵団』という戦車部隊が非常に有名であるため、戦力としては非常に高い。
まぁ、そのあたりの国の関係については、俺よりレインの方が詳しいだろうけど。
「お……それじゃ、俺たちもそろそろ出発するか」
「そうですね」
前方の隊員たちは大体出発し、残るのは俺を含む少数だ。
さっさと帝都に戻って、丸一日以上走って、ジュリアといちゃいちゃしよう――そう考えるだけで、口元が緩んだ。
そんな俺に対して、「何も言わずにただニヤニヤしているのは非常に気持ち悪いですよ」とレインが余計なことを言ってきた。
帝都。
行軍を終えて、さぁ休暇だと走る準備をしていた俺は、唐突に総将軍に呼び出された。
いやいやまさか別の国と戦争するとかそんな頭おかしいことしないよね絶対――とか思ってはいたけれど、今まで何度となく頭おかしいことをされてる前科があるから、少しだけ覚悟して呼び出しに応じたのだけれど。
「ギルフォード……まぁ帝都にいる全ての師団に、今夜の内に伝えようと思っていたのだが」
「はぁ」
「お前の場合、先に伝えなければ今から里帰りをしそうだから、先に伝えておく」
「……」
なんでそこ読まれてんだよ。
というかそれつまり、休暇なしってことじゃねぇの?
「三日後から、ウルスラ王国へ攻め込む」
「……」
――さすがに、このまま他の国に攻め込むとか言い出したら、総将軍の頭を疑うところだわ
やっぱり、軍の上層部ってバカなんじゃないだろうか。




