行軍再開
小休止を終えて。俺たちは再び行軍を始めた。
中には翌日の夜にも飲んだくれていた者がいたらしく、軍の随所で遅刻者が大量に現れたらしいが、それほど大きな問題として取り上げられなかった。
そもそも、こんな風に戦争がずっと継続すること自体、今まであり得なかったことだ。そして、小休止で歓楽街に行っていい、などと許可が下されたのも初めてである。それだけ全員が疲弊しているということだし、精神的にまいっているのだ。
だったら戦争やめればいいじゃないか、というのが俺の意見なのだが。
「はぁ……」
「おう、どうした隊長。元気がないのぉ」
溜息を吐く俺に対して、グランドがそう話しかけてくる。
俺は昨夜は飲まずに、野営地にちゃんと戻ってきた。だから、酒が残っているというわけではないけれど、多少の寝不足である。
だから溜息を吐いたのを、耳聡くグランドが聞きつけたようだ。
「ん……あ、ああ、まぁな……」
「む? 何ぞあったんか? まさか、嫁っこがあの街で働いとったんか!?」
「んなわけねぇだろ! ジュリアがあんな場所で働くか!」
「じゃあ、どうしたんじゃ。隊長の士気は、ワシら全員の士気に関わるからの。何ぞ悩みでもあるんじゃったら、聞くぞい」
「あー……」
目だけで、周囲を見回す。
とりあえず、見える範囲にはいない。だから、ちょっと初めて知ってしまったことを、グランドに説明して、相談してみることにしよう。
何故それで、俺がここまでへこんでいるのかも。
「マリオンなんだけどな」
「へ? オレがどうかしたっすか?」
「うわっ!? お前いたのかよ!?」
「いや、いましたけど」
背後から声を掛けられて、思わずそう驚く。
そういえば、マリオンって俺よりも結構背が低いから、こうして軍に紛れるとどこにいるか分からなくなるんだよな。
一応、突撃のときには常に俺の後ろにいるように伝えてはいるけれど。
しかし、思わぬ位置から出てきたマリオンに、どうやら聞かれてしまったらしい。
俺はひとまず頭をフル回転させて、とりあえずここからマリオンを遠ざける方法を考える。
「お、お、おう、マリオン。丁度良かった、お前を探してたんだよ」
「あ、そうなんすか? オレ、ずっと隊長の後ろにいたっすけど」
「だったら何か言えよ……まぁいいや。ちょっと、レインに言伝を頼んでいいか?」
「うす」
マリオンは小さい分、小回りがきく。
そして、部隊の最前線にいる俺と異なり、レインの位置は最後尾だ。全体を俯瞰して見て、随所に命令を走らせるのが彼女の役割である。
だからこうして、俺からレインに何か伝えることがあったりとか、逆にレインに何か聞くことがあったりした場合、マリオンを走らせている。
これはいつものことだから、疑われてはいないはずだ。
「何を伝えればいいすか?」
「……あー。今後の、行軍予定を」
「……それ、今必要すか? 今後の予定だったら、今夜の野営のときにでも聞けば良くないすか?」
「うるせぇ、今必要なんだよ」
「……うす。承知したっす」
とととっ、とマリオンが部隊の後ろへと抜けてゆく。
隊長の最終奥義、『有無を言わさず命令』を使ってしまった。だけれど、さすがにこの会話にマリオンを混ぜるわけにはいかない。
そんな俺の意図を分かってか、グランドがにやにやと笑みを浮かべていた。
「はぁ……いないな? 戻ってきたら、すぐに教えてくれ」
「おう、大丈夫じゃ。それで、小僧がどうしたんじゃ、隊長」
「一昨日の夜な……俺は、マリオンと二人で飲んでたんだよ。男同士だし、別に同じ部屋でいいか、って先に宿をとったんだけどな。あのとき、マリオンが少し嫌がってたんだよ」
「ほう?」
あれはレインとアンナ、マリオンと俺――四人で飲む、少し前だ。
野営地に戻っても、街の中の宿屋を使ってもどちらでもいい――そう許可を得たため、久しぶりに柔らかい寝台で眠りたいと考えて、俺は宿屋を選択した。
そのとき、俺たち以外にも先に宿をとった者も多かったらしく、残り一部屋だと言われたのだ。
寝台が二つある部屋だし、まぁ俺とマリオンの男同士だし、別に問題ないだろうと、そう考えていた。
だが、マリオンが嫌がったのだ。それはちょっと、と。
「まぁ、別に男同士だからいいじゃねぇか、って無理やり一部屋とって、酒場を出た後でそこで寝泊まりをしたわけなんだがな」
「ふむ?」
「だからまぁ……その、何だ。あいつ、鎧を着たままで寝始めるから、さすがに脱がしてやろうと思ったんだ」
「ほう……?」
後悔に、思わず頭を抱える。
酒場を後にして、そのまま二人で肩を組んで宿に戻り、そのままマリオンは寝台に横になって、すぐにぐーぐー寝息を立てた。
だけれど小休止とはいえ一応、武装はしているわけだ。さすがに、鎧姿のままで寝かせるのも寝苦しいだろうと考えた。
だから、鎧を脱がせてやったわけだ。俺、優しいだろ?
「寝てる顔を見てると、なんかすげーこいつ女みたいだなぁ、って思ってたんだけどさ」
「まぁ、確かに小僧は女顔じゃのぉ」
「今まで俺、マリオンと一緒に水浴びとか、したことねぇんだよな。あいつ、水浴びのときっていつも消えるだろ?」
「ふむ。確かにワシもないのぉ」
「……だから、知らなかったんだよ」
鎧を脱がせた。
ついでに、宿に置いてあったローブでも着せてやろうと思って、服も脱がした。汗だくの服のままで寝たら、朝寝苦しいだろうし。
そんな俺の優しさが、あだになってしまった――。
「あいつな……」
「うむ……?」
「めっちゃ、でけぇ……」
「……」
ぼろんっ、という擬音が非常に似合うほど、俺には衝撃的な大きさだった。
こいつ、こんなクレイモアを隠していたのか、と思わず身震いしたほど。
「まぁ……勝手に見て、申し訳ないと……そう、思ってんだ……」
「そうか……」
「このこと、あいつには内緒な……」
「了解じゃ」
「うすー。隊長、戻ったっす。レインさんも不思議がってたっすよ。ええと、今後の行軍予定なんすけど……ん? 隊長? どうかしたっすか?」
その身に、巨大なクレイモアを隠しているマリオンが、そう報告してくることに対して。
俺は、目を合わすことができなかった。




