特別待遇
「……?」
俺の答えに対して、小さく首を傾げるレオナ。
黙ってたら普通に可愛いんだけど、俺としては意味が分からない。なんで俺が暗部に行かなきゃいけないんだよ。というか、暗部って諜報部の一組織だったって初めて知った。
ふむ、レオナが顎に手をやって。
「ギルフォード、お前に幾つか問うが」
「ああ」
「お前は除隊の申請をしていたな?」
「ああ、そうだよ」
「それは暗部に入るためだろう?」
「違ぇよ」
なんでそうなるんだよ。
そもそも、俺が除隊申請を出したのはレオナと会う前だし。除隊申請出したときには、暗部の存在すら知らなかったし。
そんな俺の至極真っ当な意見に対して、しかし意味が分からないとレオナは眉を寄せていた。意味が分からないのはマジでこっちだっての。
「総将軍、どういうことだ」
「だから、先も言っただろう。ギルフォードが除隊をするのは、妻と結婚するためだと」
「帝都に、妻と共に住めば良いだろう。別に、田舎に戻る必要などあるまい。田舎で畑を耕して暮らすよりも、帝都で軍属である方が良い生活ができるだろう」
「……」
まぁ、レオナの言うとおりではある。
田舎で畑を耕しても、獲れる作物は自分が生きる分くらいだ。冬になれば出稼ぎに行かないと、翌年の食べるものがないということだって珍しくない。
実際、田舎の農村の懐事情なんてそんなものだ。こうして軍でそこそこの地位にいて、それなりの給金を貰って、帝都で暮らす方が確かに生活の質は高いだろう。
「それに、今後妻との間に子ができれば、田舎で暮らすよりも帝都にいた方が質の良い教育を受けさせることができる。少なくとも将来、畑を継ぐ以外の選択肢がない農村育ちよりも、生まれてくる子のためになるとは思わないか」
「うっ……」
「諜報部に来た場合、お前の待遇は軍幹部だ。将軍位に等しい。これは帝国において、準男爵位と同等とされる。つまり、貴族しか入ることのできない学院にも、子を通わせることができるぞ」
「……」
まずい、反論が思い浮かばない。
確かに今後の生活を、俺は思い描いていた。ジュリアと共に畑を耕し、のんびりと暮らす日々を。貯金も報奨金もあるし、死ぬまで金に苦労することはないだろうから、日々生きていく分だけ作っていけばいいと。
だけれど確かに、俺とジュリアの間に産まれてくる子供の将来は、考えていなかった。
俺は田舎でのんびり、家族で暮らしていくことができればそれでいいと――そう思っていた。
「暗部の待遇は良いぞ。通常任務の場合は内勤だ。五日の仕事に対して、二日の休暇が与えられる。潜入調査などを行う場合も、その期間に応じて追加報償が出されるし、二週間の潜入を行った場合はその後一週間が休暇となる」
「休みそんなに多いのか!?」
「そうだ。加えて、通常任務の内勤は、ほとんど何もすることがない。何故なら暗部は、戦争にしか役に立たない者しか集めていないからだ。わたしは毎日訓練をしているし、別の同僚はずっと本を読んでいる」
「その事実を、総将軍である私の前で言ってもいいのか?」
「お前に諜報部へ口を出す権利はない。そもそも暗部は、特別な能力を持つ者しか入ることができないエリートの集団だ。そしてギルフォードは、わたしが認めた凄まじい身体能力を持つ男だ。特別待遇も当然のことだろう」
やばい、物凄く心が揺れ動いている。
確かにその仕事、めっちゃいい。そもそも俺は戦争でしか役に立たないし、一人で縄上りを任されるくらいに身体能力には自信がある。そして何より、現在の暗部の一人であるレオナがそれだけ推してくれているから、特別待遇ということだ。
帝都にジュリアを呼んで、そこで俺は内勤をしながら時々潜入調査とかして、一緒に暮らしていくというのもありな話――。
「どうだ、ギルフォード」
「……ちょ、ちょっと、待ってくれ」
「無論、待つとも。どうせ、春まで戦端は開かん。我々暗部も、それまでは一部を除いて、内勤で過ごすだけになる」
レオナが頷く。
現状、恐ろしく心惹かれることしか言われていない。ちょっと、ジュリアに提案してみようと思えてくるぐらいに。
マジでどうしよう。
「一度故郷に戻り、妻に相談してみるといい。その上で否と言うならば、わたしはもうこれ以上何も言わない」
「……分かった」
「良い返事を期待している」
レオナがそう告げた、次の瞬間。
ひゅんっ、という風を裂く音と共に、レオナの姿は消え去っていた。速すぎる。
そして――大きく溜息を吐くのはデュラン総将軍。
「まぁ、そういう話だ」
「……そういう話だったんすか」
「諜報部のウルージ部長、暗部統括官のフォーミュラ局長、そして暗部幹部員のレオナ……この三名からの推薦だ。先のレオナの言葉、何一つ間違ったことは言っていない。それだけ、諜報部はお前を高く評価している」
「ええ……」
本当に、いい話だということは分かっている。
マティルダ師団長のおかげで作ることができた、レオナとの縁があってのものだ。彼女がそれだけ俺を高く評価してくれていたからこそ、推薦という形になったのだと思う。
「先、休暇を取ったばかりだが……お前が必要ならば、特別休暇を与えてもいい。故郷の妻とも、相談しないといけない案件だろうからな」
「……ええ」
「私としては、あまり歓迎したくない異動の提案だったが……お前にとっては、良い話だ。熟考して、答えを出せ」
「分かりました」
とりあえず、また休暇を貰うことにしよう。
その上で、ジュリアに相談しなければ。何せ、これから生きる場所が変わってしまうのだ。今まで仲良くしてきた村の皆とも、別れなければならないのだ。
故郷を捨てる――というわけではないけれど。
こんなこと、一朝一夕に決めることができる話じゃない。
「ああ、それから」
デュラン総将軍は、何気なく。
「一応言っておくが、暗部の死亡率は八割だ」
「断っといてください」
死亡率八割て。
どちゃくそ危険な職場じゃねぇか。




