将軍執務室
「ギルフォード、参りました」
「おお、ギルフォード。よく来てくれたな」
将軍執務室。
俺が普段務める駐屯所とは、また別の軍部施設の最上階にある一室だ。一応俺は大隊長という立場ではあるけれど、この軍部施設は幕僚長から将軍に至るまでの様々な上層部が集まった場所であるため、俺もほとんど足を踏み入れたことはない。
前回ここに来たのは、デュラン総将軍に除隊の申し出をしたときだ。
相変わらず、高級な調度品が無駄に並んでいる部屋である。
「何でも、わざわざ足を運んでくださったのだとか」
「ああ。少し、お前に用事があってな。休暇を取っていたのか?」
「はい。故郷に一度戻っていました。妻に色々伝えることもありましたので」
「……そうか」
ふむ、とデュラン総将軍が顎髭を撫でる。
俺は極めて冷静な表情でいたが、心の中では内心「妻に色々(キリッ)」という感じだ。なんかこういう報告のとき、妻にとか普通に言える奴ってかっこいいよな。
「奥さんは、何か言っていたか?」
「……まだ戦争終わらないの、と。随分、長く待たせてしまっているものですから」
「ああ……それについては、申し訳ないと思っている。だがギルフォード、お前はこの戦争が終わるまで除隊しないと、そう約束してくれた。この約定、反故にはしないと信じているぞ」
「……それは、勿論ですが」
本音を言うなら、今すぐ除隊したいけれど。
だが俺も一応、社会人だ。社会人たる者、自分の仕事には責任を持たねばならない。というか、早く俺の後任の『切り込み隊』隊長を用意してくれないものだろうか。
それとも、俺から誰か指名した方がいいのか?
いやでも、俺別に指名された覚えないし。気付いたら隊長になってたし。
「だが、その上で一つ厄介なことが起こってな……」
「どうなされたのですか?」
「ギルフォードの除隊を、別の機関から要請されたのだ。本人が除隊を申し出ているならば、今すぐ除隊させてやるべきだ、と」
「……」
誰か知らんけどありがとう。
いや、普通そうだよな。除隊を申し出て、じゃあ次の戦争が終わったら、って言われてなんか未だに戦争が終わってない俺っておかしくね?
普通は除隊申請を受け入れてくれて、その後引き継ぎとかやって、最終日には花束を貰ってさようならだよ。
「そして、その上で配置換えを提案してきたのだ」
「……配置換え?」
「分かりやすく言うならば、別の部署に移るように要請してきたということだ。お前は知っていると思うが、軍部は大きく三つに分かれている。お前が現在所属しているのは、実働部だ」
「はぁ」
さすがに俺も、軍に入って長いからそれなりに知っている。
まず作戦立案を行う幕僚部。そして事前準備や後始末などを行う諜報部。最後に実際に戦争で戦う俺たち、実働部だ。
だから一応、俺の正式な立場としてはガーランド帝国軍部実働部、第三師団所属大隊『切り込み隊』隊長という無駄に長いものである。
だが、別の部署に移れというのは――。
「ギルフォードに、諜報部への異動が要請された」
「はぁ………………………は?」
「諜報部最高責任者からの要請だ。待遇は第三諜報部への所属に加え、現状の給金の三倍増だ。さらに、軍部管理者寮を利用可能。勿論、そこで妻子と共に暮らしても良い、と」
「いやいやいや!」
あまりにも意味が分からない言葉に、思わずそう叫ぶ。
俺は除隊する理由は、故郷に戻ってジュリアと共に過ごすためだ。ジュリアと共に、彼女の両親が遺した畑を維持しながら、のんびり余生を過ごすためなのだ。
それが諜報部に異動とか、全く意味が分からない。
「勿論、お前の事情は分かっている。今回の除隊も、あくまで田舎に帰るための除隊であるということも、理解している」
「ですが! それだと俺は……!」
「だから、まぁ……内勤への配置換えということだな。ヴィルヘルミナから聞いたが……お前の除隊したい理由は、残す者に対する配慮だと聞いた。危険な戦場へ赴くことで、妻に心配をかけてしまうことを懸念している、と」
「ま、まぁ、そうですが……」
「故郷へ戻らずとも、妻を帝都に呼べばいい。住むところも用意する……まぁ、諜報部はそう言っている。どうだ?」
どうだ、と言われても。
そこに、俺の希望なんて全く加味されていない――。
「いや、そんなもの……断りますよ。俺はあくまで、田舎に帰るために除隊するわけなんで」
「……まぁ、お前がそう言うだろうとは、諜報部の者にも伝えた」
「でしたら、話は以上ですよね? 春からの戦争には参加します。ただ、俺は戦争が終わったら除隊します。その意思は変わりません」
「……分かった。そう伝えておこう」
まったく。
俺はあくまで、ジュリアと一緒に田舎で過ごすために除隊するってのに。
というか、諜報部に知り合いとかいないんだが。なんでわざわざ、故郷に帰るために除隊する俺を指名してくるんだか。
全く意味が分からない。
「伝える必要はない」
「えっ……」
だが、そんな総将軍の言葉に対して、別の言葉がその後ろから。
総将軍も予期せぬ声だったのか、ばっ、と後ろを振り返る。
そこに立っていたのは――少女。
「ギルフォード。お前の身体能力、そして人知を超えた強さについて、上層部に報告した。お前は、軍の先頭にいるべき人材ではない。我々と共に、暗部での仕事を行うことこそ、お前の能力を活かすだろう」
「……」
上衣が隠しているのは胸元くらいで、思い切り腹を見せている少女。下半身もまるで下着のようなそれは、肌色の割合が非常に高い――そんな、おそろしく際どい格好をした美少女が、そこに立っていた。
当然、その姿を見るのは、二度目。
アリオス王国の王宮で、共に潜入した女――レオナだった。
「わたしと共に来い。暗部では、お前の能力を適切に評価している。お前の能力を正当に評価しない実働部になど、いる必要はない」
「……いや、行かないけど」
差し出された右手。
だけれど、そもそも俺は行く気がない。
レオナはそんな俺の返答に対して、僅かに首を傾げ。
「こほん」
「……?」
「わたしと共に来い。暗部では、お前の能力を適切に評価している。お前の能力を正当に評価しない実働部になど、いる必要はない」
「だから行かねぇってば」
しつけぇなこいつ。




