こんなの絶対おかしいよ!
俺は今、相変わらず最前線にいる。
ちなみに俺をここに残したデュラン総将軍は、現在帝都に戻っている。もう八ヶ月も最前線にいたから、一度戻って色々確認しなければならないことがあるらしい。
そして、レインをはじめとした俺の部下――『切り込み隊』たちも、一時帰還した。さすがに八ヶ月もずっと戦場にいるわけだから、そろそろ一旦戻るようにマティルダ師団長から命令を受けたのだ。レインは名残惜しそうな感じだったけれど、さすがに命令に逆らうことはできず、一時帰還した。
まぁつまるところ、全員が一時帰還したわけだ。
俺以外が。
「おかしくねぇか!?」
「いや、まぁちょっとおかしいとは思うけど」
俺はそう、焚き火を一緒に囲んでいる第三師団『遊撃隊』隊長アンナに向けて、そう愚痴を述べていた。
いつも一緒にいた面々――レイン、ナッシュ、グランド、マリオンは全員、今帝都で羽を伸ばしているはずだ。そして俺は現状も変わらず、最前線である。
そろそろ、ゆっくり風呂に浸かりたい。美味いもんが食べたい。ぐっすり眠りたい。帰りたい。
「そんで、ジュノバ公国との戦いでも、大活躍だったんだって?」
「つか、俺に全部押しつけすぎな気がするんだけどよぉ……」
はぁぁぁ、と大きく溜息を零す。
ジュノバ公国は、電撃的に攻め込んだガーランド帝国によって、割とあっさり陥落した。
道中の砦は俺が縄上りしてこじ開けて、城は俺が縄上りして門をこじ開けて、こちらの被害は限りなくゼロに近い圧勝だった。俺が物凄く疲れたこと以外、味方に被害は全くなかったと言っていいだろう。この戦いで、俺に贈られる勲章が二つ増えた。
「今、ギルの勲章幾つ溜まってんのよ?」
「あー……六つ? 七つ? 分かんねぇ。勲章が与えられるたぁ言われてるけど、帝都に戻んねぇんだから全くくれねぇし」
「あたしが聞いた話だと、報奨金が兵卒の生涯収入くらいはあるみたいよ」
「とんでもねぇな」
生涯収入て。
というか、そんなにも勲章とか報奨金とかはずまなくていいから、もう帰りたい。本気で。
「つーか……上層部、マジで何考えてんだ?」
「うん。正直、あたしも意味が分からないんだよね。ライオス帝国との全面戦争とか、軍事費足りてんのかな」
「それな」
ジュノバ公国を陥落させて、俺はもう帰れると思っていた。長きに渡る、八ヶ月もの戦いがようやく終わると、そう感じていた。
だが今、こうしてガーランド帝国軍は第一師団から第四師団までを招聘し、ライオス帝国との全面戦争に乗り出したのだ。正直、意味が全く分からなかった。
「正直、あたしはもうジュノバ公国戦で終わりだと思ってたよ。これからライオス帝国との全面戦争に乗り出すってなると、冬来ちゃうじゃん」
「それだよ。冬に戦争とか、マジで狂ってるとしか思えねぇ」
現在、季節は秋だ。
ジュノバ公国を下すまで、割と時間がかかってしまったせいで、秋も既に深まっている。このまま戦争に臨むとなれば、間違いなく冬に差し掛かってしまうだろう。
もう少し北に行くと雪が降るし、そうなれば野営をしなければならない兵士たちの間では、凍死も少なからず出る。だからこそ、冬に戦争を行うというのは愚策なのだ。冬に差し掛かるならば、一旦戦争を中断して兵を引き上げて、そのまま冬を越えるまで停戦するのが常である。
「一応、ジュノバ公国はライオス帝国の属国だったからねぇ。それで、ライオス帝国との関係が悪くなったとは聞いたけど」
「ライオスだって、冬に戦争なんざしたくねぇだろ。和平の道はなかったのかよ」
「向こうから和平の使者が来たらしいんだけど、総将軍が追い返したらしいわよ」
「総将軍何考えてんだ。頭おかしいのか」
俺は言葉を選ばず、そう罵声を漏らす。
そもそも今のガーランド帝国は、急激に空気を入れた風船のようなものだ。急激に国土を拡大し、治安維持もしっかり行えていない状態で、さらに次の国を攻め立てるなんて奇妙極まりないにも程がある。
そんな俺の考えを分かってか、アンナが小さく溜息を返してきた。
「まぁ一応、冬の間は専守防衛、って指示は来てるけどね」
「それがおかしいだろうが。停戦して一時帰国が基本だろ。というか、広がった領土の維持から始めるべきだろうが」
「一応、他の師団で色々動いてはいるみたいだけど……今度はそのせいで、別の国が動き出しそうな感じなのよね。ガーランドとライオスが争っている間に、漁夫の利を得ようとしてる動きも幾つか出てるって」
「そうなるだろ当然。瓦解するのも時間の問題だぞ」
そもそも、国を三つ落とした時点で無茶なのだ。
アリオス王国、メイルード王国、ジュノバ公国――この三国を合わせると、ガーランド帝国の領土は倍ほどにもなる。そして領土が倍になったということは、それだけ管理しなければならない場所が増えたということなのだ。
これで帝国の統治がまともに行われず、飢えに苦しむような地域が出てしまった場合、そこの民が蜂起する可能性もある。そして蜂起が行われた場合、軍事力はそちらに割かねばならず、自然と他の地域に対しての対処も疎かになってしまう。
そして何より、敵国につけいる隙を与えることになってしまうのだ。
結果どうなるかは、簡単である。
蜂起の連鎖、敵国の侵略――そして、帝国そのものの瓦解。
「まぁ、そうならないように色々手は回してると思うけど……それでも、心配にはなっちゃうわよねぇ」
「上層部の頭大丈夫なのかよ、マジで」
そこで、ふとアンナが手を叩いた。
何か、いいことでも思いついたかのように。
「うんとさ、ギル。ちょっと試しに、上の人に言ってほしいことがあるんだけど」
「何だよ」
文句だったら、いくらでも言ってやる。
別に今更、降格とか怖くねぇし。除隊だったら尚更嬉しいし。
上の人間に噛みつくんなら、今の俺ほど的確な人材はいないだろう。
「ええとね……こう」
「……それ言って何になるんだ?」
「まぁ、ものは試し。ものは試し」
うひひ、と笑うアンナ。
俺がそれを言って、何になるのかは分からない。
まぁ言えって言うなら、別に言うけどさ。
「では全軍! ライオス帝国との講和は成った! 一時、帝都に帰還するぞ!」
「おぉっ!!」
総将軍の代わりに率いていた副将軍が、全軍に向けてそう告げてきた。
何でいきなり方向性がまるっきり変わってんだ?
俺ただ、副将軍にこう言っただけだよ。
アンナに言われた通りに、一字一句間違わずに。
「停戦中なら戦争が終わったわけじゃないんで、俺まだ除隊しないっすよ」
って。




