雲梯車の上で
メイルード王国、アルードの関。
既にガーランド帝国が動いた報せは、メイルード王国の方も掴んでいるのだろう。俺たち――帝国軍第五、第六、第七師団がアルードの関に到着した時点で、既に敵軍も関の内部に兵を配置していた。
向こうが情報を把握しておらず、誰もいない関を奪うだけだったら簡単だったんだけど。さすがに、メイルード王国も少なからず諜報員は出しているはずだ。
「さて……それじゃ、俺は雲梯車の方に乗って、運んでもらえばいいんだな?」
「はい、レインはそう聞いております。それと同じく、隊長の信頼する兵を二十名まで乗せるように、と」
「ナッシュとグランドに、適当に選別してくるように言っておいてくれ。ただし、死にたがりはなしで」
「承知いたしました」
ごくり、と目の前に聳え立つ関――それを見て、俺は僅かに笑みを浮かべる。
アリオス王国を攻めるときにも、砦といい王都といい、大きな壁が立ちはだかっていた。だけれど、このアルードの関――ここは、その両方を超える巨大さである。
確かにこれは、下手に縄上りをすると、途中で死にかねない。
「関の上に運ばれても、関の中での戦いが激しそうだな。レイン、狭いところで戦える連中、って伝えておいてくれ」
「承知いたしました。レイン、一旦離れます」
「ああ」
見たところ、関の上――今から俺たちが雲梯車によって運ばれるところに、敵兵はいない。恐らく、壁のようなものは作らずに平坦な壁にしているのだろう。
それによって弓兵は身を隠すことができず、代わりに関の至る所にある小さな穴――あそこから矢を射てくるのだと思われる。
完全に、防御にだけ特化した関だ。
「ふむ……」
雲梯車によって運ばれた後は、とりあえず中央――階下に降りるための階段へ向かうべきだろう。
だが、その後は室内での戦闘になるし、俺の武器も戦斧から別のものに変えた方がいいのかもしれない。長柄の武器というのは、どうしても室内での戦いにおいて不利になるのだ。主に、壁とか天井に当たったりして。
だから俺は持ってきていた荷物から、二振りの短斧を取り出す。
柄も鉄製の、所謂投げ斧に近い武器だ。俺の戦い方というのは基本的に大雑把で、とりあえず力任せに斧で殴ることしか考えない。斧ならば敵の兜ごと頭を砕けるし、敵の鎧ごと弾き飛ばすことができるからだ。
短斧だとその威力も低くはなるけれど、屋内戦である以上仕方ない。
「うす。隊長、十人選抜してきましたぜ」
「おう隊長。わしも十人ほど選んできたぞい」
「ああ……」
俺に向けてそう言ってくるグランドとナッシュに、俺は笑みを返す。
屋内戦――つまり、狭い領域での戦いということだ。これは数の差よりも、個々人の力量の方が強く出る戦いでもある。何せ狭い廊下で戦わなければならない以上、横に並べる人数にも限りがあるし、包囲することもできないからだ。
だから、これは屋内戦という名前の。
先頭を走る俺が――今から行う、虐殺だ。
「雲梯車、発進!」
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
俺、ナッシュ、グランド以下二十一名の『切り込み隊』が乗っている雲梯車――それが、関に向けて走る。
梯子を掛けることができる車だと言っていたから、どう走るのかと疑問に思っていた。しかしその現実は、数十名の兵によって押して動く機構だった。横にいる兵士によって盾により守られ、そして上にいる俺たちも同じく、盾によって頭上を守っている。
かんっ、と俺の盾が何かを弾いた音は、恐らくこちらへ向けて敵兵が矢を放ったものだろう。
「しっかし、二十人ちょいで敵の関に切り込む、ってか」
「隊長がいなきゃ、俺ら死に場所に行けって言われてるモンですよ」
「最初から、隊長ありきで作戦作ってたように思えるぞい。何せ、ガーランドには隊長を超えるバケモンなんておらんからのぅ」
「おいおい、こっそり悪口言ってんじゃねぇ」
誰がバケモンだか。
大体、俺が『ガーランドの死神』とか『ガーランドの悪魔』とか、悪い方の異名しか轟いてねぇの、部下のせいでもあると思うんだよな。俺、『ガーランドの英雄』って別名もあるんだけど、部下からも化け物扱いされてるし。
しかし、随分のろのろと動くものだ。動きがゆっくりな分、俺たちは揺れなくて助かるけど。
走れば一瞬で到着する城壁が、まだ遠い。
「しかし隊長、災難だのぅ」
「あん? どうしたナッシュ」
そこで、ふとナッシュが俺に話しかけてきた。
多分こいつも、暇を持て余したのだろう。頭上に掲げている盾からは、定期的にかん、かん、と矢を弾く音がするけれど、向こうも本気で射かけてきている様子はない。
だから、梯子が掛かるまではまぁ暇といって差し支えない状況だ。
「ようやく帰って、嫁っ子と結婚できるってぇのに、なかなか帰れんのは辛かろうよ。わしは連れ添って二十年にもなるから、もう諦められとるがのぅ」
「……まぁ、この戦争が終わるまでだ。一応、そう約束してるからな」
「メイルード王国を落としたら、ようやく帰れるんかのぅ」
くくっ、とナッシュが含み笑いをして、くいっ、と酒瓶を傾けた。
どうやら、こんな戦場にも蒸留酒を持ってきているらしい。どれだけ酒好きなんだか。
「なぁ隊長、わしな」
「ああ」
「つれ合いとは、結婚して二十二年だ。わしが晩婚だったからのぉ……娘が、この前ようやく結婚してな」
「ほう、そりゃめでたいな」
ナッシュから、家庭の話を聞くのは初めてだ。
もう五十過ぎのはずだから、確かに晩婚と言っていいだろう。まぁ、いつ死ぬとも知れない軍人の中では、珍しくもないけれど。俺だってもう二十五だし。
ナッシュがふぅっ、と酒臭い息を吐き出して、嬉しそうに笑った。
「しかも、もうすぐ孫が生まれるんじゃよ。初孫だ」
「なんだよ、二重にめでてぇじゃねぇか」
「出陣する前に、八ヶ月と言うておったからの。戦争から帰ったら、もう生まれておるかもしれんな」
「帰ったら、祝わせてもらうよ。何か欲しいもんあるか?」
「くくっ」
ナッシュが酒瓶の蓋を閉めて、懐にしまう。
そして、嬉しそうに髭を撫でて。
「そのときは、『ガーランドの英雄』の腕で抱っこしてやってくれ。強い人間に育つように、とな」
「ははっ……!」
ナッシュの言葉に、思わず笑う。
こりゃ、大変だ。
生きて帰らなきゃいけない理由が、一つ増えちまった。
新連載はじめました。
『帝国の黒い悪魔、流刑に処された先で原住民たちの神となる~最強過ぎる武勇は、神の御業と区別がつかない~』
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