まだ戦争続くらしい
「ギルフォード。つい先程……第五師団、ならびに第六師団、第七師団が到着した」
「うす」
デュラン総将軍の言葉に、俺はそう短く答える。
まず、アリオス王国を陥落させた部隊――第一から第三師団までは、俺たちを除いて一時帰還している。第一と第二も、一部を兵としてアリオスの所領に残しているらしいが、本隊は既に戻っているらしい。
そして代わりにやってきた、第五から第七師団。ひとまず、メイルード王国の侵攻に対する備えとして、万全の状態の軍を配備させるためにここまで呼んだのだろう。
つまり、これで俺の仕事は終わり――。
「メイルード王国への備えとして、残ってくれて助かった」
「ええ、それじゃ俺たちは――」
「だが、もう一つ頼みたい」
「……」
なんか、そんな気はしてた。
げんなりするけれど、仕方ない。俺はあくまで第三師団の大隊長であり、向こうは総将軍という立場だ。本来なら、人づてに命令が来るべき雲の上の人物である。
それを、こうして呼びつけられている時点で、なんとなく察してはいた。
「陛下より、お達しだ。アリオス王国を打破したが、我が軍は未だ血気盛ん。これを機とし、メイルード王国もまた陥落させよ、と」
「……ちょっと待ってください。諜報とか、作戦会議とか」
「作戦内容は、幕僚長より預かっている。そして、その作戦においてギルフォード、お前の参加を強いられた」
「はぁ……それじゃ、俺は臨時でどこに入るんですか?」
「第七師団の『切り込み隊』隊長が、先日の訓練中に怪我を負って不在だ。そこの隊長代理として、次の戦に参戦してほしい。第七師団のヴィルヘルミナ師団長が、作戦会議で詳しい作戦内容を聞いている」
十の師団のうち、僅かに二人しかいない女性の師団長、その二人目が率いるのが第七師団である。
ヴィルヘルミナ・エルシェント師団長。マティルダ師団長よりも僅かに年は上だが、さばさばしている男勝りの姐御だ。こちらも、マティルダ師団長と変わらないほどに人気が高い。
「……その隊長代理の命令は、俺だけということでよろしいですか?」
「どういうことだ」
「部下は……第三師団から残っている部下たちは、帰還させてやってもいいでしょうか?」
「……それは構わない。だが、お前が戦力になると考えている者ならば、残してもいい。お前にとっても、本来の部隊ではない『切り込み隊』を率いることになる。馴染みの兵がいれば、お前もやりやすいかもしれんからな……その場合は、総将軍命令だと言って構わん」
「承知いたしました」
俺は、ずっと第三師団で指揮を執ってきた。
他の師団のことはよく知らないし、特に第三師団が作戦に出る場合、一緒に出るのは第一、第二、第四のいずれかだ。このあたりの隊長連中とはそれなりに関係が築けてはいるけれど、残念ながら第七師団のことはよく知らないというのが本音だ。
だから、できればナッシュ、グランド、マリオンといった馴染みの兵が周りを囲んでくれれば、少しは俺もやりやすいかもしれないが――。
「……」
俺は、この戦争が終わったら結婚する。
軍を退役し、一般人となり、ジュリアと共に故郷で畑を耕す日々を送るのだ。
戦場を渡り歩いてきたがゆえに、そんな普通の幸せが眩しかった日々――俺には手に入れることができないと思っていたその幸せが、すぐ近くにある。
そして。
ナッシュもグランドも、妻帯者だ。妻を故郷に残し、こうしていつ首が飛ぶとも知れない戦場にいる。
グランドに至っては、先日孫が生まれたのだと嬉しそうに話していたのも記憶に新しい。
「……やっぱ、帰らせるか」
戦場という名の地獄。
そこにいる限り、命の価値は限りなく安い。市井で行えば犯罪となる人殺しも、戦場では栄誉として扱われるのだ。
だから、これ以上はもういい。
俺一人で、この戦争を乗り切ってみせようじゃないか。
「うーし、帰還命令が出たぞー!」
「おぉぉぉっ!!」
第三師団『切り込み隊』百名の駐屯所。
デュラン総将軍に呼び出され、戻ってきた俺を出迎えてくれた彼らに、まず俺は吉報を伝えた。
ここに残った連中は、俺が帰還を決めていい立場だ。残留にあたっては、総将軍の命令を使ってもいいと、そう言われた。
だが、俺はそんな命令を使うつもりなどない。
彼らにとって、戦争はアリオス王国を陥落させた時点で終わっているのだから。
「いやー、やっと帰れるっすねー!」
「がはは! まぁ、悪くなかったぞい! 戦場とは思えねぇくらいにメシと酒が手に入ったからな!」
「家だと、かあちゃんに怒られちまうくれぇ飲んだくれる日々だったぜ! そのくせ全然働いた気がしねぇや!」
それぞれ、嬉しそうにそう言っているマリオン、ナッシュ、グランド。
ナッシュとグランドはどこか名残惜しそうだったが、実際のところは帰れることへの喜びがあるのだろう。
だから彼らは、このまま帰ってもらう方がいい――。
「では隊長、いつ帰還されますか?」
「ああ……とりあえず、明日の朝で準備をしておいてくれ」
「分かりました。では、隊長のお荷物の方も纏めておきますね」
「……いや、それはいい」
思わぬレインの言葉に、俺はそう断る。
常に、帰還の際には荷物の整理だったり、帰りの糧秣の配分だったり、そういったことをレインに任せるのが常だった。レイン曰く、「レインは戦えませんから、せめて裏方で活躍しているのです」とのことだったが。
だが、俺の言葉に対してレインが眉を寄せる。
「……隊長は、帰還されないのですか?」
「あー……まぁ、あれだ。第七師団の『切り込み隊』隊長が、怪我を負って戦線離脱しているらしい。俺は、その隊長代理として残れってよ」
「なっ――! それでは、隊長に一切休みがありませんよ!?」
「ま、怪我なら仕方ねぇさ。俺は残るが、まぁそのうち帰るよ。そのときには、盛大に俺の送別会を開いてくれ」
かはは、と力なく笑ってみる。
しかし、そんな俺の笑いに対して、同じく笑う者は誰もいなかった。
代わりに、ナッシュが大きく溜息を吐くのが聞こえる。
「あーあ、ようやく帰れると思うたのに、やれやれだのう! そんじゃ、わしらももうちょい暴れさせてもらうとするかい!」
「んだな! 正直、暴れ足りねぇとは思ってたんだよ! 隊長の最後の戦だ! わしらが後ろで槍振るわんでどうする!」
「ふむ、仕方ありませんね。では、レインは後ろで指示を出すことを徹底させていただきます。隊員に対する周知は、隊長にお任せしますので」
「え、オレ帰りた……」
「よっしゃ坊主! お前も一緒に暴れるぞ!」
「水差してんじゃねぇよ馬鹿!!」
ナッシュ、グランド、レインがそれぞれ言ってくる。
帰還命令が出た、って俺言ったはずなのに。
俺だけが残って、こいつらはちゃんと帰らせようと、そう思っていたのに。
奇妙な感動に、俺の口元には笑みが浮かんだ。
「よっしゃ! それじゃてめぇら! 今度はメイルード王国相手に暴れようぜ!」
「おうっっっっ!!!」




