私の想い人は私を見ていない
書きたいなと思っていた転生悪役令嬢ものが挫折したのであげます。
もしどんな展開になるか気になる、みたいな感想があれば続きを書くかも…
長閑な昼下がり。優しい木漏れ日の下、背丈の整えられた芝生の上で寝転んでいる人物がいた。
男性の衣服に身を包んでいるが、2つの山のような胸を有する豊満な肉体美からは、間違いなくその人物が女性であることが伺い知れる。
彼女は豊かな濡れ羽色の髪を芝生に惜しげもなく広げ昼寝に興じているようであった。時折そよぐ風が頬を撫ぜ、彼女の短く切りそろえられた耳ぎわの髪を揺らしていく。
「いくら学園の中だからって、ちょっと無防備すぎやしない?」
ふと頭上から注がれた甘やかなテノールに、閉じていた瞼を開いた。そこには、かの男装の麗人にとっては見慣れた、そうでない者にとっては息をするのも忘れてしまいそうなほどの、人並み外れた美貌の青年の顔がある。青年は金糸のような短髪を揺らし、白皙のその美貌を破顔させた。親しげに彼女を見つめるリラの花を思わせる美しい紫の瞳は、悪戯っぽい色を湛えている。それが彼女の黒い瞳とかち合った。つられて彼女の濡れたように朱い唇が弧を描く。
「ここが心地良いからつい、ね」
くすりと笑いながら答える声は、幾分か落ち着いて大人びた女の声である。そんな彼女の様子に、彼は「まあ、気持ちはわかるよ」と言って、隣に座り込んだ。
ここはブルーメデルという王国に設立された、王侯貴族のための学園であった。名目は「各国の人々と交流しつつ、統治者として相応しい知識や礼儀作法を学ぶ場」であったが、実際はこの『ブルーメデル』という国の貴族社会の縮図である。
どこの国でも貴族社会というのは、欲望や陰謀が渦巻き魑魅魍魎が跋扈する世界だが、ブルーメデルもまた例外ではない。皮はなんとか取り繕っているようであるが、その内では貴族が己の私腹を肥やす為に、賄賂や汚職、不正が蔓延り、またそれを当代の王が許してしまっているような現状であった。
そして、面倒なことにそれがそのまま、この学園内でも起こっているのだ。むしろ、他国からの留学生がいる分、学園内の方がドロドロとしているかもしれない。
そんな、普段は貴族の子女達の派閥争いだのなんだのの喧騒も、学園のどの教室や施設からも離れているこの場所には無縁に等しい。学園自体は好きではない彼女だが、この場所だけは好きで、またお気に入りの昼寝スポットであった。
「クラウディア…ここは静かでいいね」
青年が隣に座っているのにも関わらず、そのまま二度寝に入ろうとしていた彼女ことクラウディアは、青年の言葉に一度閉じた瞼を再度開く。
「そうでしょ。寝転ぶともっといいわよ、レオナール」
緩慢な動きで上半身を起き上がらせ、不敵な笑みを浮かべてクラウディアは青年の名を呼ぶと、その儚い美貌に似つかわしくない、太い腕を掴んだ。そしてそのまま、再び芝生の上に寝そべった。腕を掴まれている青年ことレオナールも、自然と芝生の上に引き倒されることになる。「うわわ」っと間の抜けた声を上げたかと思うと、次の瞬間には、どさりという質量を感じさせる鈍い音を立てて、芝生の上に強制的に寝転された。一瞬の沈黙の後、すぐにレオナールはけらけらと子供のような笑い声上げる。クラウディアも同じように笑いだせば、静かだった一画が束の間賑やかになった。
「僕の婚約者殿は相も変わらずお転婆だなあ」
「あら、お望みなら貴方の前でもお淑やかなご令嬢として振る舞うわよ」
婚約者と言っている割に、睦まじく話す二人の声色には、男女のそれらしいものなどは一切ない。まるで友人同士の親しい会話にすら聞こえてくる。
事実彼らの関係は、婚約者と言うよりも腐れ縁の親友という方が正しかった。いや、クラウディアの方はそうはなかったが、レオナールの方は昔から彼女のことを女として意識している素振りは欠片もなかったのだ。と言うより、ある「例外」を除いて、この世の全ての女を彼は女として意識していない。当たり前だが、クラウディアは「例外」に含まれていなかった。その事実をクラウディアは物悲しく感じつつも「嫌われているよりはましだ」と思い直して、今日までこの関係を続けている。
彼女のフルネームはクラウディア・エリザベート・ラウラ・ブルーメデルという。ブルーメデル王家の第三王女であり一番末の妹姫。それがこの国におけるクラウディアの肩書であった。
しかし、彼女自身に王位継承権はないに等しい。何故ならば、クラウディアは現王の庶子であったからだ。しかも、ただの庶子ではない。彼女の母は高級娼婦だったのだ。
王と娼婦の間に生まれた娘…。それは由緒正しい歴史のあるブルーメデルの王家にとって、最大の汚点であった。王家という最上級の背広についた、たった一つの汚らわしい染みであり、唾棄すべき、許されざる存在であったのだ。
幾度となく兄王子や姉姫、それぞれの母である王妃達に迫害されたか。そんなのは、最早数を数えるのすら億劫になるほどある。数ある嫌がらせの中には命すら落としかねない程、危険なものも少なくはないだろう。
そんな王家にとって忌まわしい存在の彼女が、唯一王家に役立つために用意された道。それが、隣のレオナールとの婚約である。彼は隣国の王太子であった。
彼との婚約が決定されたのは6年前…まだクラウディアが齢10の時である。その時の彼女は、王家という存在や、王女という身分が嫌で仕方なく、自由になりたいと思っていた。だから、王家によって彼女の意思の一切を無視した決定は不本意で仕方なかったと言えよう。
嫌で嫌で堪らず、幾度となく王城からの脱走を試みたことか。しかし、護衛騎士の一人も、侍女の一人も付けられずに放置された、味方が誰一人もいないただの少女の彼女が逃げ出すことなど、まず不可能であった。むしろ脱走を繰り返す問題児な彼女は、終ぞ婚約式のその日まで、自室に軟禁されてしまったのだ。ただの10歳の少女は絶望しながら、自室でその日が来るのを待つしかなかった。
だが、そんな彼女が、王族として生きていこうと決意する出来事があった。それがまさに、レオナールとの婚約式だったのだ。
あの時の衝撃をクラウディアは一生忘れないだろう。
真っ直ぐに伸びた金糸のように輝く髪は、項よりも上にくる短さで切り整えられており、髪と同じ色の睫毛で縁取られた瞳は切れ長で、その色はまるでリラの花のような美しく繊細な紫であった。染み一つない白皙の顔は鼻梁の線が美しく、彫りが深い。その顔立ちが、伏目がちなリラの瞳と合わさると、この世の人間とは思えない程に儚く、並び立つものがいないと思ってしまうくらいに美しかった。
それを前にしたクラウディアは思った。彼は神が己の理想を形にして作った至高の男性の姿なのだろうと。そして、その美の化身のような少年は、少女の前に傅くと、彼女の小さな、だが姫君というには筋張り、労働者のように皮が硬くなった手を恭しく取り、手の甲に口付けを落としていく。クラウディアの心臓は、らしくもなく早鐘を打った。
「クラウディア殿下。貴女さえ良ければ、僕の妻になっていただけませんか?」
形の良く薄い桜唇から紡がれる声は、まだ少年のものだったが、異様な色気も含んでいる。また、その浮かべている笑顔が儚げな中にも艶があるのだ。
きっと彼の言葉はただの形式だ。本心から自分の妻になって欲しいとは思ってはいない筈である。そんな事は、幼いながらも彼女にも理解できた。
しかし、彼女はたった齢10の少女で、しかも、このように姫君として扱われたことなど一切ない。そんな娘が、この声色と微笑みに太刀打ち出来る訳がないのである。
彼女は強固に破棄すると決めていた筈の婚約を、気がつけば二つ返事で受けていたのだ。瞬間、儚さを含んだ艶やかな微笑みが、年相応の少年らしい無邪気なものへと変わる。
「では改めてご紹介させていただきますね、殿下。僕はレオナール。レオナール・ラウール・シャルル・ド・コートドールと申します。気軽にレオとお呼びください」
彼の輝かしい笑顔を見た時に、彼女は少年…レオナールの側にずっと居たいと思った。恋してしまったのだ。あまりにも美しい彼に。その中にある天使のような無邪気さに。そして、彼の側に居続けるには彼に並び立つに相応しい女性に…王族の一員になる必要があるとも理解した。以来、クラウディアは逃げることをやめ、王族として認められるべく生きていくことになるのだ。
その甲斐もあって、彼女は現在「鴉姫」と蔑まれながらも、実力派の貴族や平民からの成り上がりの貴族、騎士などの一部から指示を集めるまでに至る姫君となった。
いくら庶子とは言え、彼女は他の兄王子や姉姫達に比べ、圧倒的に社交的で、また身分に分け隔てなく有能な者たちの意見を聞く王女であったからだ。更には女性であるというのに、そこらの貴族の子息よりもずっと紳士的な男装の麗人でもある。女性からの人気は、身分家柄関係なく高かった。それは彼女の通っている学園でも同じだ。若い乙女たちにとって、彼女は理想の王子様像を投影するのにピッタリの人物なのである。その実、本人の中身は恋する乙女であるのだが。
「あ、リーリエだ」
物思いに耽っていたクラウディアの耳朶を震わせるのは、婚約者が自分以外の女性の名を呼ぶ声であった。そのリラの花のような瞳は、前方に向けられている。クラウディアもつられるように、そのまま前方を見やった。
見慣れた彼女ですら、思わずため息が出てしまいそうな程美しいレオナールの横顔の先には、一人の少女がいる。周りにはレオナールほどではないが、この学園でもトップクラスの美青年達が揃っていた。その中にはクラウディアの異母兄もいる。美少女にデレデレとした情けない異母兄の姿を情けなく感じながらも、クラウディアは彼らの中心にいる少女を見つめていた。
錚々たる美青年達に囲まれても尚、少女は目を見張るばかりに格段に美しく、目を逸らすことが出来なかったのだ。
この少女こそが、レオナールにとっての「例外」であり、彼の世界において唯一の「女性」であった。
その肌は穢れを知らぬ雪のように白かった。新雪のような純白を纏った髪は、ふわふわと緩いカーブを繰り返し、彼女のその柔らかな印象をより強調している。微笑みを浮かべる頬は薔薇色で、青年達を見つめるくりくりとして大きい瞳は、ピジョンブラッドのルビーをそのままはめ込んだかのように美しい。その鼻梁の線は整っており、その下に小さく結ばれているさくらんぼのような唇は、今は優しい笑みを形作っている。背丈の大きい青年達に囲まれ、埋もれてしまいそうな程に小柄な体は華奢で、触れれば壊れてしまいそうなその様は、まるで繊細で緻密な硝子細工のようであった。
レオナールが神が己の理想を形にして作った至高の男性の姿ならば、リーリエは神がこの世のありとあらゆる愛らしいものや美しいものを全て集めて作った少女と言える。
少女の周囲に取り巻いている青年達は、そんな彼女の虜であった。そして隣の最愛の婚約者もまた、穢れなく美しいあの少女の虜であった。いや、この学園のありとあらゆる男が彼女の虜であると言っても過言ではないかもしれない。クラウディアは自身の容姿に関してそこそこ自信はあったが、それでも彼女に敵うとは思うほど自惚れてもいなかった。
また性格面でも彼女は優れており、この世の一切の穢れを知らず、この世の善性の全てを集めたかのように慈悲深いのだ。その慈悲深さはどんな者にも与えられ。その清く慈悲深い心根は、どんな悪人ですらも泣いて罪を悔い改めるほどだという。まさに完全無欠の完璧美少女である。
余談だが、この少女はレオナールと同級生で同い年…クラウディアよりも2つ上の上級生である。
そんな完全無欠の完璧な美少女は、レオナールの声に反応したのか、こちらにその愛らしく美しい笑みを向けている。
「こんな所にいたのですね、レオナール。ふにゅう…もぉ、どこにも見当たらないからずっと探したのです。次の授業の教室に一緒に行きましょう?」
合間にやや奇妙な口癖…というか鳴き声を挟みつつ、リーリエと呼ばれた少女はレオナールに精一杯という様子で駆け寄り、彼にだけ声を掛けた。その隣にいたクラウディアはガン無視である。単純に気付いていないだけなのだろうが。まあ、これは実は最初に出会った頃からなので、クラウディアは一切気にしていなかった。実際、レオナールが美しすぎて、その周囲にいる人間が霞むどころが空気になってしまうのはよくあることだったからだ。だから、リーリエが何時も自分に気が付かないのはレオナールと一緒にいる限り仕方のないことでもあるのだ。
それよりもクラウディアが気にしたのはリーリエの言った「次の授業」である。もうそんな時間なのかと少し焦りながら、ズボンにしまった懐中時計をズボンのポケットから取り出し、時間を確認した。確かにもう次の授業の時間が差し迫っている。クラウディアの受ける授業は、この場から少し離れた場所にあるのだ。そろそろ向かわねば間に合わないだろう。
「ではレオナール。私もそろそろ向かわねばならんので、ここいらで失礼するよ。リーリエお姉様も失礼致します」
クラウディアはすくっと立ち上がると「男装の麗人」と「下級生の令嬢」としての仮面を付ける。そして、レオナールには男口調で、リーリエには上級生に対する口調で接した。
レオナールはそんなクラウディアに対して「また後でね」と親しげに返してきたが、リーリエは話しかけられて漸く彼女の存在に気付いたのだろう。慌てたように身を竦め「ふえぇ!クラウディアさん、いらっしゃったのですね!?気付かなくてごめんなさいです!!」と頭を下げてきた。
それに対してクラウディアは笑顔で流すつもりであったが、不幸なことにこの場には彼女を嫌って仕方ない異母兄がいる。リーリエがやや大げさと言える謝罪を述べ、頭を下げたのを見て何やら勘違いをしたらしい。明らかに激怒という表情をその顔に浮かべ、クラウディアに詰め寄ってくるのが見えた。クラウディアはそれを見ると「こりゃいかんな」と思い、離脱の姿勢を取る。
「いえいえ!レオの側にいると皆霞んでしまうのは仕方ありませんもの!お姉様、私は一切気にしておりませんので!では御機嫌よう!!」
捲し立てるように早口でそれだけを告げると、クラウディアは脱兎の勢いでその場から立ち去った。きっと後から、異母兄に呼び出されるだろうが、そんな事は今は関係ない。授業に遅れてしまう方が問題なのだ。
設定などをある程度固めたのですが、思うようにいかず1話の冒頭で挫折したので供養としてアップしました…
冒頭部分なのでまだ悪役令嬢要素も転生者要素もない…。
感想などもいただいたので、改めて世界観や登場人物の設定を固めて書き直す予定です。
大分国の設定とかも変わっているのと、正ヒロインことリーリエの口調が苦手ということもあったので、彼女の設定も変えています。(実は作者の苦手なタイプの喋り方でわざと書いてました)
なんかこういう男ほしいぜ…みたいなのがあったらだす…かも…