2. 激闘が始まるはずだった。
ミロフは愕然とした。話に聞いていた魔王は、自分の仲間であろうと相手に家族や恋人などの大切な人がいても躊躇せず命を奪う極悪非道の存在だった。しかし、今目の前にいるのは、見た目こそドラ〇エやファ〇ナル・ファ〇タジーなどに出てくるような巨大で禍々しく恐ろしいものだが、そんな存在が目の前で号泣している。ミロフは、予想外な出来事すぎてつい魔王に声をかけてしまった。
「お、おい…大丈夫か? 一体どうした?」
ミロフは自分に怒った、心から怒った。魔王は、自分の祖国や友人を襲った最低最悪の存在、そんな者にあろうことか情けをかけてしまった自分に怒った。
魔王がついにミロフに声をかけた。
「勇者ミロフよ。 長すぎるって、10年は長すぎるって…この部屋に10年はきつすぎるって…」
魔王らしくない言葉を発したその者の名は、魔王ンシュ。ミロフが倒すべき宿敵のはずだった。
「お前…ずっとこの部屋でお前の動き見てたけどさ…なんでそんなに最強技使っちゃうかな。 スライムなんて剣でひと振りでいいだろう、なんで10分に1回最強技使って1週間立ち止まるかな…。」
ンシュの言葉は最もだった。今思えば草むらから出てくるモンスターなど最終決戦直前ならまだしも序盤であれば通常攻撃で倒せるレベルだったと思い返していた。そう、魔王ンシュは、ミロフの冒険の効率の悪さ、頭の悪さ、果たして自分とこいつは戦えるのかと不安に10年間悩まされていた。そして、ようやく自分のもとに現れたミロフを目の当たりにしたとき感極まって涙を流してしまったのだ。
「そ、それは悪かった…だが、容赦はしないぞ! お前は憎き魔王、ここでお前の世界征服という野望を阻止してくれる!」
ミロフはそう言うと戦闘態勢にはいった。いつでも最強の破壊の技を繰り出せるよう準備を始めた。
「この10年の貴様への負の感情…ここで晴らさせてもらうぞ!」
ンシュは、右手の指を突き出すと今までに経験したことがない程の邪悪なエネルギーが集められた。
「なんて力だ…俺の破壊の力でどうにかできるのか…」
予想以上の魔王の力に不安を抱く、勇者。しかし、祖国の両親や妹、魔王に奪われた友人への思いがそんな不安を打ち消した。ついに10年越しの勇者ミロフと魔王ンシュの激闘が始まる。
その時、2人の間に眩い光が現れた。突然現れた光に戸惑う2人、その光の中から声が聞こえた。
「勇者ミロフ…私です、大精霊のマナリです。」
ミロフはその声に聞き覚えがあった。約7年前に救った大精霊マナリの声だった。
「大精霊だと!」
ンシュは、大精霊の存在に僅かだが恐怖した。
「マナリ! 俺に力を貸してくれ! 憎き魔王を倒せる力を!」
破壊の技1発で魔王を仕留められなければミロフに勝ち目はなかった。そんな中に現れた大精霊マナリ、ミロフに力を与えるために現れたと読者なら思うはずだろう。そして、マナリはミロフに言葉を発した。
「7年前にあなたに救われた恩…ここで返させていただきます。」
部屋が神々しい光に包まれた。
「魔王の強大な技を封じました。今の私にできることはここまでです…勇者ミロフ、ご武運を。」
マナリはそうミロフに伝えると姿を消した。一見、なにも変わった様子はないが、大精霊の力によってンシュの力は制限されたようだった。ミロフは、勝ちを確信した。
「ありがとう、マナリ。 あなたの力は無駄にはしない!」
ンシュはどこか様子がおかしかったが、ミロフは気に止めなかった。魔王を倒す絶好のチャンスだと思っていた。
「くたばれ魔王! 破壊の力!」
ミロフは、全体力を消費して破壊の技を魔王に対して繰り出した。そう思っていた。しかし、破壊の技がいくら待っても発動されない。
「どういうことだ!」
ミロフは焦った。自身の最強である破壊の技が出せなければいくら大聖霊によって力が制限された魔王でも倒すことができないからだ。いつものように技を何度も繰り出そうとするミロフだが一向に技が発動しない。焦ったミロフは、魔王の攻撃に備えることにした。しかし、魔王の様子がおかしかった。
「終わった…終わったよ。」
魔王の次に発した言葉にミロフは戦う気力を失くした。