1. まずは勇者の設定紹介
この物語は、勇者と魔王が繰り広げる壮絶な物語の記録というわけではない。世界を救うために身も心も戦いに捧げた勇者と世界を我が物にし、どんな犠牲をも厭わない卑劣な魔王の一風変わった物語である。
勇者の名前はミロフ。剣と盾、鎧を纏ったありきたりな男である。しかし、彼には他の勇者とは変わった点が1つだけあった。彼は、100個の技を持つが、99個は戦いには全く役に立たないものだった。残る1つは、自分の体力全てを犠牲にすることであらゆる物を消滅させることができる破壊の力であった。なお、その技を使えば1週間は身動き1つとることができない。そんな勇者は、10年の時を経てようやくマグマの上に浮かぶありきたりな魔王城へと辿り着いた。
「ついに辿り着いた…10年、祖国の両親や妹は元気だろうか。」
家族構成までもありきたりな設定の勇者、これまで何度も体力を0にしてきた勇者の10年は感慨深い物だった。神殿で対峙したありきたりなボスも草むらから現れるありきたりなスライム相手にも破壊の力を駆使して乗り越えてきた。そんな地味で過酷な思い出も今となっては悪いものではなく感じていた。そんな10年を鮮明に振り返りながら、拳を握り締め、ミロフは魔王城へと足を踏み入れた。
魔王城の中は、読者も容易に想像できるだろう。石造りの天井、壁、床には赤いカーペットが延々と敷かれていた。
「なんてありきたりなんだ…ただまっすぐ進めば魔王のところに辿り着けるとでも言うのか。」
ミロフの想像は、読者の想像通りと言っても過言ではなかった。ひたすら伸びる一本道を突き進み、時には扉を開け、時には階段を上り、ただまっすぐ進むだけだった。しかし、今までの小説や漫画ではお馴染みの強敵、今まで戦ったボスとの連戦などのようなものはなく、ひたすら歩き続けるものだった。そして、ついに禍々しいオーラを放つ巨大な扉を目の前にした。
「なんだかんだでボス部屋の前まで辿り着いてしまったが、鍵もなにも手に入らなかったぞ。 このままこの部屋に入っていいのだろうか…。」
何かの罠のような気がした勇者。しかし、地味な10年を過ごしてきた彼にとってもはや怖いものなどなかった。ミロフは、巨大な扉を押し開けた。
「待っていたぞ…勇者ミロフ。」
重々しい声が響く部屋の中は真っ暗だった。しかし、今にも押しつぶされそうな禍々しいオーラが部屋に充満していた。間違いない、ここに魔王がいる、そうミロフは悟った。
「待っていたぞ…本当に待っていた。」
重々しいその声はどこか喜びが溢れているように感じた。ミロフは、剣を手に取り、どんな攻撃をも避けられる体勢をとった。しかし、とてつもない攻撃が待っていると考えていたミロフには疑問があった。魔王がいるであろう部屋の床が、まるで大雨が降った後かと思えるほど濡れていた。
「これは一体どういうことだ?」
ミロフは、何かの攻撃の前触れかと身構えるが一向になにも来ない。何かがおかしいと思ったミロフは、真っ暗な部屋の奥を目を凝らして見た。そこには如何にも魔王というありきたりな姿をした怪物が存在した。しかし、その魔王は、甲高い声を不規則に出していた。
「魔王! これは一体なんの真似だ! 姿をしっかりと表せ!」
ミロフがそう魔王に叫ぶとその途端、部屋の中が謎の光に照らされた。ミロフは、これで魔王の姿を完全に捉えることができると思った。そして、ついに彼の目に魔王の姿が映し出された。
魔王は、号泣していた。