1.昼始め
あれは新学期と言われる時期を過ぎ、もう梅雨に入ろうとしていた6月の半ばのことだった。日毎に増していく蒸し暑さに眉をひそめながら、着古した制服を扇ぐ変わらない日々を送っていた。
『暑い』
そんな風物詩めいた言葉がいたるところから聞こえた。
「あつーい。誰かぁ、冷房つけてきてくれぇ」
それは僕の近くでも例外では無かった。
「あつーい。ああ、マジで暑い」
「分かった、分かったから机に突っ伏すな、森岡。弁当が食べられない」
うんざりするほど聞き飽きた友人の言葉を流して、机を占領している森岡の頭を引き剥がそうとした。が、
「あぁ、ひんやり~。気持ちいいわ」
机にしがみつく森岡は微動だにしない。心地よさ気に緩んだ表情が、これ以上なく腹立たしかった。
それから少しして、どうやら気が済んだらしい森岡がおもむろに頭を上げた。
「あー、気持ち良かったぜぇ」
やけに達成感のある顔でそう言いながら汗を拭う。マンガなんかにありそうなその爽やかさとは対照に、僕は森岡の熱と汗が残った自分の机を見て、なんとも言えない嫌悪感と己の非力さに顔をしかめていた。
一つため息をついて机に弁当を広げる。向かいでは森岡が購買で買い込んだパンを口に運んでいた。窓際から離れた位置にあるというのに、夏の日差しが窓越しに僕と森岡を照らしつける。お互い何かと口にしようとはしなかった。
「暑い」
「暑いな」
ただ時折、そんな会話とも言えないやり取りが行われるだけだった。
しかし正面の森岡から視線をずらし、辺りの教室で昼食を食べている人を見れば僕らの光景が異様だと思わされる。
「ねぇ、来週の修学旅行になに持ってく?」
「取りあえずスマホとゲームは要るでしょ」
「じゃあ誰か人生ゲーム持っていこうぜ」
そんな会話と笑い声があちらこちらから聞こえた。
ああ。そういえば、もうすぐ修学旅行なのか。
いつの間にか弁当箱は空になっていた。食後の礼を済ませ視線を上げる。そこで丁度、僕の方を見ていた森岡と目が合った。
お互い何も言わずに少しの間見つめ合う。その居心地の悪さに負けた僕は、森岡から視線を外した。
「忘れてたけど、来週の修学旅行のプラン。そろそろ決めないと危ないよな」
そんな心にもないことを言いながら、僕は窓の外の雲を見上げる。
森岡も、そうだな。なんて言ってまた沈黙が訪れる。
お腹も膨れて、暑い日差しに眠気に誘われる。いつもの通り昼寝をして、また今日も終わりに向かうのだろう。
そう思っていた時だった。
彼女が僕たちのもとへ来たのは…
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。