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閉館ちゃん

作者: 緑羅 贈

 午後7時45分、間もなく閉館を告げるアナウンスが、図書館内に響き渡った。

 女子大生、來摩游は、読んでいる本を借りるか借りないか迷った結果、元の場所に戻した。棚の高い位置にあったので、踏み台を使わないと本を出し入れできない。くらい、彼女は小さい。

 誰もいないからと、机に広げた私物を急いで鞄にしまっていると。彼女よりもさらに小さい、5歳くらいの少女の姿をした者が、声をかけてきた。

「こんばんは、游ちゃん。毎日、閉館時間ぎりぎりまで本を読んでいて、偉い子だねぇ」

 若干、お婆ちゃん口調の少女を見て、游は笑顔で。

「ボク、本が大好きだから。小説って、絵が無い分、自分で登場人物の容姿とか想像できるのが、楽しいんだよね。あとがきで、この子はこういう感じですとか書かれてたら、イメージ変わっちゃうけど」

 彼女は、話している最中に止まっていた片付けの手を、再び動かし出す。

 少女みたいな者は、首をかしげながら尋ねる。

「じゃあ、何で借りないの。游ちゃん、一人暮らしだよね。家の方が、静かで集中できると思うのだけど」

 游は、荷物を全てしまい終え、鞄のチャックも閉じると、質問者を見ながら応える。

「一人暮らしに憧れる子って、結構いるけどさ。そんなに良いもんじゃないんだよ。家事は全部自分だし、一緒にご飯を食べてくれる人もいないし。たまに、でれ寂しくなるんだ。読書も、それと同じ」

 一人で、静かな空間で集中して、本を読み耽りたい人もいる。だけど、自分は集中できる空間より、誰かと感想を言いながら読むほうが好きと、彼女は言った。

 5歳くらいの女の子は、深く頷いた。

 この少女の姿をした者は、閉館15分前に何処からともなく現れることから、閉館ちゃんと呼ばれている。

 司書の方たちとは同僚の様な存在で、図書館の窓の鍵が掛かっているか、出しっぱなしにされている本は無いかなど、閉館後も見て回っているらしい。

 噂によれば、閉館ちゃんは図書館に住む妖精と言われている。だからか、閉館ちゃんは、図書館内に寄贈されているすべての書物の配置、厚さ、内容など、全てを記憶しているとのこと。

 時々、終読後の感動を誰かと分け合いたくても、内気で中々人と会話ができない子の話し相手に、短い時間だがなってあげたりもしているのだ。

 中でも、游とはよく話す。平日の夜に限るが、ほぼ毎晩のように、二人は顔を合わしている。

 游が、本を借りず、閉館時間ぎりぎりまで読書をしているのは、閉館ちゃんに会いたいというのが、実は一番の理由。

 本日のタイムリミットまで、残り10分弱。

 もう少し、閉まりかけの図書館の化身である少女と話したい女子大生は、鞄のひもを肩に掛けながら、此処で尋ねるようなことではない質問をした。

「閉館ちゃんのオススメ本って、何かな。ほら、今日は木曜日だし、明日も来られるか分からないから。今のうちに聞いておいて、明日、閉館時間まで残れないなら、昼にでもその本を借りてみようかなぁ、って」

 ちょっとでも長く一緒に居るための、切り札だった。

 閉館ちゃんは、悩むしぐさも見せず、女子大生に微笑みながら応える。

「そうかい、そうかい。そうだね、土曜日はこの時間まで開いていないし、日曜日はそもそも休館日だから。嬉しいよ、あたしにお薦めの本を聞いてくれて。場所を教えておくね、着いてきて」

 歩幅を合わせて、女子大生は少女の後ろを歩く。

 図書館本館3階、隣の書庫へ続く連絡通路の手前にある本棚で、少女は足を止めた。

 著者別に、たくさんの小説、文庫本が並べられている。その中から、とある女性作家の、比較的薄めで、表紙やタイトルからしても読みやすそうな本を、少女は指差した。背が小さくて、届かない。生憎、近くに踏み台も無いので、そうするほかなかった。

 その本はシリーズ化されていて、1から5巻まで置かれていた。游は背伸びをし、角に指をかけて傷つけないように注意しながら、1巻を手にする。

 あまり読んだことが無い、冒険物のジャンルだったが、この機に新しく足を踏み入れるのもアリと思った。

「ボク、普段は恋愛か探偵か、たまに、戦系の小説を読むんだけど。冒険物も、面白そうだね」

 彼女は、裏表紙に書かれている要約を読むと、少女に笑顔で言った。

 図書館の化身少女も、口に手を当て、クスクスと体を小刻みに震わしている。

 游は、再び背伸びをして、手にした小説をもとの位置に押し戻した。すると、別のシリーズ化されている本が、順不同に並べられているのに気付く。

 向かって左から1巻、2巻と直し、ようやく、全てを順番通りに並べたところで。

「あっ、ホタルノヒカリが」

 帰宅を催促するかのように、館内には卒業式の定番ソングが流れ始める。游は、この曲が好きではない。

 なぜなら、閉館ちゃんと別れなければならないから。二度と会えないわけではないが、それでも、平日の夜に15分しか会えないのは、彼女にとって短すぎる。

 閉館ちゃんも同じ気持ちなのか、どこか、寂しげな雰囲気を漂わせている。

 無理とは分かっているが、游は尋ねた。

「閉館ちゃん。今夜だけでも、家に泊まりに来れない」

 少女は、ゆっくりと首を横に振った。閉館間際にしか現れないといえど、あくまで少女は図書館の化身のような存在。この建物から、出ることはできないのだ。

 分かってはいたのに、女子大生の目には涙が浮かんでくる。それを慰めるためか、閉館ちゃんは。

「じゃあさ、この図書館に置いてなくて、游ちゃんが好きな本を教えて。あたし、取り寄せる。あたしが好きな本と游ちゃんが好きな本、お互いに読んだら、感想を言い合いっこしよ。ねっ、約束」

 少女は、小指を差し出す。

 大学生にもなって指切りげんまんは恥ずかしい気もしたが、彼女も小指を立てて、少女と交じらせた。

 時刻は間もなく、午後8時になろうとしている。

 二人はせめて、入り口で別れようと、同じ速さで階段を下りる。

 途中で、游が好きな本を言うと、閉館ちゃんは名前だけなら知ってると応えた。

 1階に着くと、入り口はもう目の前。司書の方たちが、カウンターから二人を見ている。

「バイバイ、閉館ちゃん。またね」

 女子大生が、笑顔で手を振る。図書館の化身少女も、同様に振りかえす。

 どうやら、彼女が最後だったみたいで、游が図書館を出て数歩進んで振り向くと、既に図書館の入り口にはカーテンが敷かれていた。

 少し落ち込んだ女子大生だったが、次会える日を楽しみにして、元気に返って行った。

 一方で、閉館ちゃんは、帰宅していく司書のみなさんを、御見送りしている。

「おやすみなさい。気を付けて、帰ってくださいね」

 全員が帰宅すると、閉館ちゃんは、可能性を考えて残っている人や出しっぱなし本、電源が入りっぱなしのパソコンや空いている窓が無いか、隈なく確認する。

 すべてが終わると、館内を真っ暗にした。そして、誰も知らない少女の部屋で、パジャマに着替え布団に入る。この行動は習慣のはずなのに、涙がこぼれた。

 怖いからではない、游の言葉を思い出したのだ。

 閉館ちゃんも、彼女と同じで蛍の光が苦手。だって、自分で自分を消さなければならないのだから。


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