第七話 スラッシュ三連撃
ラースの怒号が走る。
驚いた五番隊長が、数名の部下に建物を調査させるよう指示を出す。
「おい、ガキ降りてこい。10秒だけ待ってやる。姿を見せなければ、矢で串刺しにするぞ!!」
兵士たちは、子供が登ったであろう経路を発見したが、鎧で身を固めている兵士では登れず、仕方なく投降させることにした。
不味いな。どう考えても、詰んでるな。いや、まだ手はある。
俺は短弓を持ち立ち上がると、全体を狙撃できる位置まで屋根の上を移動した。
人の塊は大きく分けて2つ。
遠くの固まりは、奴隷とされる子供たち。
帝国騎士団は、手前に陣取っており、幸運にも矢の射程圏内であった。
そして自分の一撃で倒せる相手を、HPバーで確認すると、素早く全6発を放った。
恐ろしいほどの幸運が味方しているのか、矢はすべて命中し、次々と倒れていった。
「一番隊、三番隊、五番隊は、展開後、次の号令があるまで、矢を放ち続けろっ!!」
騎乗したまま流れるよに建屋を包囲し、各々屋根に矢を放ち始めた。
矢は、まるで雨のように屋根に降り注ぐ。
勢い余って屋根を超えて、反対側に落下する矢もあり、何名かに被害が出た。
矢が放たれる直前に薄命の卵を発動させた。
40秒間で、うまくやらなければ……。
俺は、体を矢で貫かれ激痛が襲ってくるかと思ったが、予想よりも痛みがないことに驚いていた。
だが手足の感覚が徐々になくなり、力が抜けていく。
恐らく原因は、2,3本目に心臓を貫かれたことで、全身に血が回らなくなったためであろうか。
キースの足元には、血が大量に溜まっていた。
俺の作戦では、屋根の上で矢に貫かれ死んだと思わせることだった。
兵士が屋根へ登れないことがわかり、わざわざ生死を確認しに来ないだろうと踏んでいた。
この作戦は予想以上に、良い出来だと思う。
心臓を貫かれたことで、誰が見ても俺が死ぬことは一目瞭然だ。
後は屋根に倒れて、敵から見えない位置で、矢を抜くこと。
帝国が去るのを待つだけだった。
だった……。
奴隷として集められた子供体の中には、エルティアもいた。
エルティアは、無謀にも敵に矢を放つキースに驚愕していた。
あのキースが、なぜ?
しかも今度は、自分が狙われてしまっている。
エルティアの時間がゆっくりと進む。
あの雨のような矢が、キースに吸い込まれるかの様に、何本もキースの体に刺さっていくのを、全身の血が引くような絶望と、頭の中が真っ白になる中、ただ、ただ、見つめていた。
「キースッ!!」エルティアは立ち上がると同時に叫ぶ。
そして、エルティアの声がしたため、自然と顔と体の向きを変えた。
視界には立ち上がるエルティアを殴る兵士が目に入った。
自然と「エルティア」と叫び、不意にエルティアへ手を伸ばそうとしたが、足元に貯まる血で足が滑り、屋根から転げ落ちてしまった。
よりによって、騎士団長ラースの目前に。
号令後、あたりは静寂に包まれた。
建物の至るところに突き刺さる矢が、いかに過剰な攻撃だったかを証明する。
そんな事を気にする様子もなく、建物を囲んでいた騎士隊は、元いた場所へ整然と並び終えている。
なぜ過剰な攻撃が必要だったのか。
理由はある。
今回、地方領主の次男であるファランクスが、指揮官である領主代理かつ、初陣という立場で、この戦場に立っていたのだ。
勿論、騎士団長ラースに、ファランクスの身の安全は、託されていたのだ。
それが先程の子供の矢により、大怪我を負った。
最悪、この子供の首を持ち帰らねばならなかったのだ。
「今、楽にしてやる。首は貰っていくぞ」
まだ息があることに多少驚いたラースだったが、とどめを刺すため、剣を振り上げた。
首?
流石に首を切断されたら、不味いぞ。
薄命の卵も残り6秒。
俺は次のカードを切る。
復讐の卵を発動する。
突如、帝国騎士団の上空に、28匹のワイバーン(子供)が出現する。
次の瞬間、28匹のワイバーン(子供)は、同時に地面目掛けファイヤーブレスを放った。
対象である一番隊、三番隊、五番隊は、二番隊と四番隊を挟むように整然と並んでいる。
常日頃の練習成果が災いする。
結果として、帝国軍騎士団全体に、ファイヤーブレスが放たれていた。
俺は、騎士団長が、阿鼻叫喚の地獄とかした隊に注意を逸らしているすきに、体中に刺さる矢を抜き取った。
ギリギリ薄命の卵の再生が発動中に抜いたため、傷一つ無い状態まで回復していた。
ゆっくりと立ち上がると、全力で後ろの建屋に走り出す。
騎士団長ラースは、あれだけ矢を打ち込まれて、平然と走る子供に、愕然としたが、気を取り直し、馬を走らせ追い打ちをかける。
迫る騎士団長ラースの剣が届くよりも早く、建物に入り、ドアを閉め、閂をかけた。
そこには先程、戦ったであろう冒険者の死体が転がっていた。
俺は、死体に触り、薄命の卵をチャージする。
死体は消えたが、いくつかの武器だけが、床に転がる奇妙な光景を作り出す。
そして脱出経路を考える。二階か、裏口か、それとも……。
裏口を開き、建屋内に引き返し、そのまま宿屋の隠し地下室へと身を隠す。
地下室の奥へ行き、先程死んでいた冒険者から入手した弓矢を構えた。
この宿屋である建屋は、キースの友人であるデイルの父のものであり、小さい頃は、冒険と称して、よくこの地下室へ入った。
この地下室への入り口は、食堂の奥にある。
全く死角のないただの部屋であり、入り口からは、ただの床にしか見えない。
きっと、敵も食堂を一瞥して、裏口から出たと考えるであろう。
俺もわかっている。
例え騎士団長を倒せても、残りの騎士たちと戦う術など無いということを。
一分、五分……。
暗闇の中で待ち続ける。
頭上からは質量のある何かが動いている音がする。
音の移動方向から、まだ地下室への扉が発見されていないことがわかる。
安堵の中、一度、深呼吸をする。
さらに時間が過ぎ、もしかしたら、このまま逃げ切れるのではないかと思ったそのとき、地下室の扉が開き、僅かな光が入り込んだ。
何者かが、ゆっくりと静かに階段を降りてくる。
何者かが視界に入ると同時に、矢を放つ。
漫画とは違い、現実では、この暗闇で矢を避けるなど不可能だ。
矢は鎧の中心に当たるが、運悪く、分厚く硬い箇所にあたりノーダメージで弾かれた。
騎士は、盾で見を守るように構え、一歩、また一歩と、距離を縮めてくる。
俺は、薄命の卵を発動し、盾の死角に入るように、騎士へ走り出す。
騎士は、盾を捨て、両手で剣を構える。
俺は、剣など意に返さず騎士へ向けて全力で走る。
騎士の間合いに入ると同時に、左肩から切り裂かれた。
しかし俺は、そのまま勢いに乗って、騎士にしがみつく。
血戦の卵を発動すると、右手に、血の短剣が召喚される。
しがみついたまま、心臓の近くに鎧の隙間を見つけ、差し込んだ。
崩れ落ちる騎士から離れ、左肩の傷が再々されるのを待つ。
騎士は、即死とはならずに、痙攣していた。
俺は、騎士の剣を拾い階段を登る。
「まさか、三番隊、隊長のザレドゥを倒したのか?」
階段を登ると待っていた騎士団長ラースが呟く。
「ラース隊長。こ、こいつは、危険です。恐らく、魔の者でしょう」
言われなくともわかっている。
全身を矢で貫かれ、建物の屋根から落ち、ワイバーンを召喚し騎士団を壊滅させ、この食堂の死体を消し去り、三番隊隊長ザレドゥを倒し、無傷で目の前に立つ、この少年は異常だ。
魔の者でなければ、なんなのかと。
ラースと呼ばれたその男の眼光は、鋭く冷たい。
俺は、地下への撤退を決意する。
この一瞬の戦いの中で、二人は、それぞれ小さな祝福を受ける。
「させぬ」ラースの斬撃の軌道は、目で追うことはできなかったが、深淵の卵の影の手により、ラースの持つ、ブロードソードを掴むことに成功する。
キースへの祝福は、偶然にもここが日陰となっていたことだ。
しかしラースにも祝福が送られる。
ラースは、咄嗟に、その剣を捨てた。
そして視界に入った剣。
恐らく部下が殺害した冒険者の物であろう剣を拾い自身の最大アクティブスキルを発動する。
「スラッシュ三連撃っ!!」
スラッシュ!、ダブルスラッシュ!!、トリプルスラッシュ!!!
キースの体は、細切れとなり、暗い地下へと落ちていった。