プロローグ
「で、あるからして……。その、なんだぁ。すまん」
目が覚めたときから、目の前にいる強面のおっさんの言い訳を、小一時間ほど聞いている。
覚えている最後の記憶は、楽しそうに浮かぶイルカボートを海底から見上げていたこと。それと幼馴染の蒼大と蒼歌が、海に沈む俺(蒼太)を、必死に追いかけている姿だった。
高校の元同級生の親父たちは、ノリで同い年の子を作り、”蒼”を含む似た名前を付けた結果が、これだ。いつも一緒にいれば、恋愛感情だって生まれる。蒼大は、 蒼歌が、俺(蒼太)に気があると本気で思っている。しかし現実は、 蒼大と蒼歌は相思相愛の関係だ。今は関係ないか……。
言い訳を要約すると、 蒼大が死ぬはずだったが、”大”と”太”を間違えたらしい。
「なにせ、帰国子女で、日本語がよくわかっていない奴だったからな。ワハハハッ!」と僕を殺した死神さんをなぜか擁護する。
俺を殺した死神さんは、誰もが想像できる骸骨+黒ローブ+鎌というスタンダードスタイル。
今は、部屋の隅で子供と座り込んで何かをしている。謝る気は全く無いようだ。
「ハハッ!! ニホンカイコウノ、オクノオクマデヒキズリコンダヨ、カラダペッチャンコッ!!」
俺の視線に気がついた死神さんは、知りたくもない殺人方法について、説明してくれた。
文句を言いたいが、死神さんも目の前のおっさんも、本当に顔が怖い。さらに死神さんは、巨大な鎌を持ち、おっさんは、筋骨隆々で高身長ときた。もう一緒に笑うしか無い。
というか、異世界のスタートって、美人の女神様との素敵な会話から、勇気を振り絞り異世界を救う決意をするんじゃないのか!?
「で、好きな武器を持って、異世界へGoだ!!」
おいおい、それで、説明してるつもりなのか!? 本気なのか!?
「ハハッ!! ソノセカイデハ、オンリーワンデ、ナンバーワンダヨ!?」
無秩序に死神さんが、会話に参加してきてうざい。
ということは、各異世界に転生者は一人?
おっさんは、死神さんを無視して、神々しいほどに光る武器の数々を見ながら。
「あっ。駄目だな。用意されているのは、”蒼大”用の武器だ。どうすっかな……」
そして今は、なんの変哲もない日曜大工の道具を見ながら、「あれなんかは……」と指差す。
「嫌です。アレでは無理です!!」勿論、俺は全力で否定した。
そのとき、部屋の扉が威勢よく開けられた。金属製で重たいはずなのに、なんて力だ!?
「オルグ異端審問官!! 第4ゲートで、異端者の集団が暴れています!! 手を貸していただけませんか!?」と、入ってきたのは、冷や汗ダラダラのちょっと美形のお兄さんだった。
えっ!? 俺の担当者が、異端審審問官?? どういうことだ?
「すまん、蒼太君、しばらく待っていてくれないか」
オルグ異端審問官が、部屋を出るときに、僕のすぐそばを通った。ちらりと見えた腕の太さは、生半可なものではない。もう大木と言っても良いぐらいだ。やっぱり、あんなのに喧嘩は売れない。
オルグ異端審問官が出ていったあと、自分の人生について振り返る。
俺は、蒼歌が好きだった。夢も目的もない自分には、恋だけが生きる意味だった。でも現実は、叶わぬ恋であり、何度も諦めることを決意した。しかし、それは空っぽになるという意味でもあり、結局のところ、弱い自分は、叶わぬ恋にしがみついて生きるしかなかった。
「ハハッ。ソウダヨ。イミナイネ!クルシイネ!タイヘンダネ! シンデヨカッタネ!!」
全く反省の色がない死神である。それどころか、ヘン顔とクネクネボディーランゲージで煽ってくる。
こいつ……。骸骨のくせにヘン顔!? いかん、いかん、こいつのペースに飲み込まれるな。
というか、人の頭の中を勝手に、覗くなよなっ!!
考えることがなくなったので、おっさんが説明に使った資料を勝手に読む。資料によると、異世界へ持っていけるスキルは、お馴染みの”ステータスビュワー”と”アイテムボックス”の2つのみ。
ステータスの変更は不可。つまり持ち込み可能な武器1つで世界を救うわけだ。
剣がいいな。いや大剣もいい。ハーレムの中で、大剣を振るう自分の姿を想像してしまう。
だが、これからがハーレムの本番だというのに、妄想は一瞬でぶち壊された。
「お兄ちゃんも、僕の作った夏休みの工作みてみて!!」
こちらは、オルグの息子でカーズ君。眼球が半分ほど飛び出していて、口を開けると歯は虫歯で黒く、髪はボサボサ、フケだれけときた。父親が退室した途端、どす黒いオーラ放ち始める。カーズ君は、夏休みの宿題である”職場見学”と”工作”を夏休み残り3日で片付けるつもりらしい。
「で、この卵は、”血戦の卵”って言うんだ。血で剣を作れるんだよ」と得意げに説明された。
どうやら、1パック10個入りの卵には、それぞれ特殊な能力が仕込まれているらしい。
「内緒だけど、さっき宝物殿から盗み出した禁断の秘宝を取り込んじゃったんだよ!!」
カーズ君は、狂気じみた目で卵たちを撫でる。
「ハハッ。ソウダヨ。マジダヨ。カミノセカイヲ、ヒックリカエスホドノ、タイザイダヨ!!」
死神さんは、鎌を持ちクルクル回りながら叫ぶ。
こいつら……。完全に狂っている……。
「よし、完成、完成。次の宿題は、”職場見学の作文”だったね」と言い。僕に卵パックを渡す。
「ハハッ!! モウ4カイメダカラ!! オボエテルデショ!?」
カーズ君は、父オルグが座っていた玉座とも言える椅子に腰掛けて、父親の真似を初める。
「異端者、蒼太よ。汝の罪は、遥か西の地に佇む……。アレ?なんだっけ、えっと」
可愛いソプラノボイスで覚えたてのセリフを披露しようとしているのか?
それにしても、俺って、”異端者”なのか!?
考えられる理由は、”蒼大”ではなく”蒼太”だからか?
なぜか渡された工作の卵パックを持ったまま、僕は寸劇を見守る。
「んー。頑張って、次の世界で、頑張れや!!」
セリフを思い出せないらしく、完全にアドリブで押し切った?
カーズ君の目が赤く輝き、体を覆っていたどす黒いオーラは、部屋中を覆い尽くさんと溢れ出す。
「ガンバレヨ、ガンバレ!! ムリダケドナ!! ハハッ。ハハハハハハッ!!」
死神さんは、巨大な鎌を狂ったように振り回し踊り続ける。振り回した鎌は、衝撃波を生み出し、四方八方の壁を深く削っていく。
俺は死に人の為、衝撃は体をすり抜けてノーダメージだ。死んだことに初めて感謝する。
部屋は共振し、ドドドドドと上下に激しく揺れ始め、壁はどす黒いオーラと、衝撃波によってボロボロと崩れていく。
崩れた壁の外からは、「此処を……突…さ…ない!!」とか「邪…する…月……た…ご!!」なんて、聞こえてくるし、いや、こっちに向かって来てるのか!?
それを聞いて、カーズ君と、死神さんのテンションは更に上がっていく!!
「ポチっと!!」勢い良く、カーズ君が、決して押してはイケナイであろうボタンを押した。
「ハハッ!! ソレ、オシタラダメネ!! ハハッ!! モウオソイケドネ!!」
「あれーっ? これ駄目だった? ふふふっ。はははははっ。 駄目、笑わせないでよ!!」
「ハハッ!! ハハッ ハハッ ハハッ ハハッ!!!」
完全に、狂気だ。 こいつらがラスボスにしか見えない。
狂気の笑い声を聞きながら、俺は体が空気へ変換されるように、意識も消えていった。